オレの名は北山 隆、東京都奥多摩の出身だ。
幼い頃のオレは病弱だった。
母さんの話によると、オレは、超低体重で生まれてきたそうだ。
母乳を全く飲まなかったので、粉ミルクを飲ませるようにしたのだが、離乳する頃になっても、かなりの少食だったらしい。だがオレは、両親の心配をよそに、すくすくと成長した。
小学生・中学生時代は、成績優秀で、周囲の大人達から将来を期待された。
オレは、両親の過剰なまでの期待を背負い、素直で優秀な息子であり続けた。
だがオレは、大人達の操り人形のような自分が大嫌いだった。
そんな調子であるから、高校生になる頃には、反抗心からすっかり腐ってしまった。
まともに勉強もしなくなり、塾も次第にサボるようになった。
堕落した毎日を送りつつも、なんとか無事に高校を卒業し、大学入試にも合格できた。結局、入学できた大学は、たいした所ではなかったが、腐ったままの自分ではだめだと一念発起し、必死に勉強した。
そのおかげもあってか、卒業後、都内のとある企業に就職できた。
だが、仕事に全く充実感というものが感じられなかった。
ほぼ毎日、何かしらのことで上司に怒られるし、業績が思うように伸びない。
悩みを気楽に相談できる相手もおらず、追い詰められる一方だった。
そんなある日、ついに社長から、呼び出しを食らってしまった。
「君、この調子だと、辞めてもらうからな! これが最終警告だ!」
無理もない。
そもそも、オレには営業の仕事なんて向いていないのだから。
その後も社長は、ネチネチと嫌味を言い続け、全く終わる気配がなかった。
もうオレには、彼のお小言を聞いている余裕などなかった。
オレは、懐から辞表願を取り出し、それを彼にそっと差し出した。
「今までお世話になりました。失礼します…」
呆気にとられる社長を尻目に、オレはその場から、そそくさと立ち去った。
「ああ、せいせいしたぜ…」
夜の街をあてもなく、彷徨っていたが、何を思ったか、公衆電話ボックスに駆け込み、受話器を手に取った。そして、テレフォンカードを挿入口に入れ、ふと脳裏に浮かんだ番号をダイヤルした。
「もしもし、母さん…。オレだよ…」
何から話そうかと迷っていると、母親の能天気な声が聞こえてきた。
「どうしたの、孟司? 元気がないわね」
このまま、何も言わないのもどうかと思い、思い切って、仕事を辞めたことを話した。
「何ですって!? いったい何をやっているのよ、この馬鹿!」
案の定、母さんは激怒した。
「す、すまない、母さん…。やっぱり、オレには、営業の仕事なんて向いてなかった…」
オレはただ、母さんに謝ることしかできず、そのまま電話を切ったのだった。
一年後、幸いにも新たな職を見つけた。以前の職より、給料は少し下がってしまったが、意外とこれが楽しく、自分に合っているように感じた。
やがて、世の中はバブルの絶頂期に突入した。
だが、そんな状態も長くは続かなかった。多くの銀行が不良債権を抱え、次々に倒産し、あれほど高騰していた株価も、暴落。多くの者が職を失い、路頭に迷うこととなった。
オレの勤めている会社も例外ではなく、多くの同僚がリストラされていった。
予断を許さない状況が続き、なんとか無事に迎えた1995年。オレは、三十歳になった。
そんなある日のこと、会社のほうから、出勤する日を減らしてくれと言われた。
なにせ、この不況であるから、仕方あるまい。
ならば、いっそのこと、一週間程休みを取って、旅に出よう。
そう決心するのに時間はかからなかった。
後日、上司と相談し、すんなりと一週間の休暇を認めてもらえた。
「さてと、何処へ行こうか。」
帰りの電車の中で、色々と考えた結果、長野の温泉巡りに決定した。
帰宅後、荷造りをしていると、母さんから電話が掛かってきた。
「もしもし、隆」
「何だよ、母さん?」
そう言えば、再就職以来、まともに連絡を取っていなかった。
「ねえ、隆。もう三十歳になったんだから、いい加減、相手見つけて、結婚してしまいなさいよ」
何だ、そんな話か。
「もう、いちいちそんなことで、電話してくるなよ・・。こっちだって、色々と忙しいから、そんな暇ねえんだよ」
まったく、余計なお世話だ。
オレは少々苛立ちながらも、しばらく母さんとたわい無い話をした後、おやすみの挨拶をして、電話を切った。
「さてと、さっさと風呂に入るとするか・・」
荷造りを終え、着替えと防水ラジオを持って、脱衣所へと向かった。
ラジオで翌日の天気を確認すると、長野県内は向こう一週間、晴れの予報だった。
「ふむ、これなら大丈夫だ・・」
天気予報が終わると、心地よい音楽が流れ、政治や経済関連のニュースが始まった。適当にそれらを聞き流しながら、のんびりと湯に浸かり、明日からの旅に思いを馳せた。
旅は、長野・新潟県方面の予定である。
初日は、最寄駅から快速電車に乗り、新宿へと出て、山手線に乗り換える。
上野から高崎までは、あえて各駅停車を利用し、高崎から信越本線の特急あさまに乗り換えて、終点の長野を目指す。長野到着後、バスやタクシー、長野電鉄を利用し、夜まで思う存分、市内や市周辺の観光を楽しみ、同市内の温泉宿に宿泊。
二日目は、上田市へと移動し、同じく市内の観光をし、ホテルに宿泊。
三日目以降、新潟県入りすること以外、何も決めていない。
翌朝、簡単な朝食を済ませた後、キャリーバッグを手に、部屋をあとにしたオレは、徒歩で最寄駅へと向かった。
このとき、この旅があんな大変なものになろうとは、思いもしなかった。
ホームに入ってくる電車を眺めながら、新たな出会いを想像して、独りニヤニヤと笑った。周囲の人々に白い目で見られたのは、言うまでもない。
電車の中は、すし詰め状態で、駅係員に押し込まれて、何とか乗り込むことができた。
拙い文章ですが、如何だったでしょうか? ご感想をお待ちしております。