列車に乗ったのは良いものの、これからどうしようかと思い悩んだ。
「また雷に打たれたら帰れるのかなあ?
でもそれは嫌だなあ。できれば別の方法で帰りたいんだけどなあ……」
しばらくすると、車掌さんが車内改札にやって来た。
「すみません、切符を拝見します」
とりあえず、横川駅までの切符を購入した。
「はい、どうも」
車掌は、切符の隅に専用のはさみで、車内改札印の代わりになる切込みを入れたあと、
「次は、横川、横川です。切符をお持ちでない方はお知らせください」
と言いながら、隣の車両へゆっくりと歩いて行った。
車掌が居なくなった後、これからのことを色々と考えるのに嫌気が差し、車窓を楽しむことにした。
列車は、ゆっくりと碓氷の急坂を下っていく。時折、客車の前後に連結された電気機関車が汽笛を鳴らす。
トンネルを抜け、しばらく坂を下ると、レンガ造りの大きな橋に差し掛かった。眼下には、国道十八号線と碓氷川が見える。
「おお、ここが碓氷第三橋梁か……」
今、この橋を列車に乗って渡っているのだと思うと、写真を撮らずには居られなくなった。
鞄から一眼レフを取り出し、窓を開けてレンズを外に向けた。北山君と一緒にタイムスリップできなかったのが、至極残念である。一九八三年に戻りたいのはもちろんだが、その前にこの風景を写真に収めておきたい。そう思うと、カメラを握る手に力が入った。
連続撮影の機能を使い、何枚か写真を撮ったところで、列車はトンネルへと入って行った。
やがて、列車は霧積川橋梁を渡り、丸山信号所までやって来た。進行方向左側には、レンガ造りの丸山変電所が見える。
窓の外を眺めていると、長野方面の列車が坂を上ってきた。長野方面の列車は隣の線路をゆっくりと走り、軽井沢駅手前の矢ケ崎信号場まで続く、長いラックレール区間に入って行った。
自分の乗っている列車も再び走り出し、エントランス装置をゆっくりと通過してラックレール区間を抜けた。ここからは勾配が緩くなり、普通の鉄道と同じく鉄車輪とレールとの摩擦のみで走る。
やがて、右手に横川機関区が見えてきた。ここは後に、横川運転所となる場所である。ここまで来れば、横川駅はすぐそこだ。ぼおっと車窓を眺めていた僕は、慌てて降りる準備を始めた。
「まもなく、横川、横川です。降り口はー」
列車はガタガタとポイントを跨いで、ゆっくりと横川駅のホームに入っていく。
「ご乗車ありがとうございました。横川、横川です」
駅のホームの放送が聞こえたかと思うと、列車はガタンと軽い衝撃と共に停車した。セミのけたたましい鳴き声を聞きながら、重い荷物を抱えて列車を降り、改札口で切符を駅員に渡して横川駅を後にした。
今晩の宿をどうするか考えながら、あてもなく駅周辺をうろついていると、駄菓子屋が目に入った。軒先には、大きく赤い文字で氷と書かれた正方形の旗と小さな風鈴がぶら下がっている。
「とりあえず、アイスでも食べて涼むとするか……」
暑さで頭がぼうっとして気分が悪くなっていたので、惹かれるようにひっそりとした店内へ入った。
「あのー、すみません。誰かいますかー?」
店の奥に向かって呼びかけると返事が返ってきて、腰が曲がったおばあさんが危なげな足取りで出てきた。
アイスを一つ購入し、店内で食べながら涼んでいると、おばあさんが話しかけてきた。
「われ、どこから来たんだんべぇ?」
おばあさんの言葉が訛っていたので、一瞬何を言われたのか分からず、思わず聞き返した。
「だから、われ、どこから来たんだんべぇ?」
おばあさんが言い直してくれたので、かろうじて、僕がどこから来たのか訊いたのだろうと推測できた。もちろん、未来から来たとは言えないので、適当に東京都からきたと答えた。
おばあさんは、僕が首にかけているカメラを見て察したのか、
「へえ、もしかして、列車の写真を撮りに来たんだんべぇ?」
と訊いてきた。
僕の父親は電気機関車の運転士であり、自分も鉄道に興味があると明かすと、おばあさんは昔のことを思いだしたのか、どこか寂しそうな表情で遠くを見つめた。
話を聞けば、おばあさんの旦那さんは蒸気機関車の運転士であったが、戦争で南の島へ行き、アメリカ軍との戦闘で多くの仲間達と共に死んだそうだ。
おばあさんは話を終えると、しおらしい話を聞かせて済まないと、申し訳なさそうに項垂れた。自分は別に気にしていないと告げると、おばあさんは照れくさそうに、ありがとうと言った。その後もおばあさんと他愛もない話をしたが、これ以上長居するのは失礼だと思い、話を丁度良いところで切り上げて店をあとにした。
横川駅へ再び戻ったが何もすることがなく、待合室のベンチに腰掛けてぼんやりとしていると、駅近くの荻野屋からおいしそうな香りが漂ってきた。
財布の中には、熊ノ平駅の駅員さんに頂いたお金がまだ幾らか残っている。熊ノ平駅の駅員さんには本当に申し訳ないが、せっかく横川駅に来た以上は荻野屋の釜飯を食べておきたい。そう思うと、我慢ができなくなった。
隣席のおじさんに、自分が荻野屋へ釜飯を買いに行っている間、荷物を見張っておいて欲しいと頼むと快諾してくれた。
「それじゃあ、頼みます」
僕はそう言い残して、財布片手に荻野屋へと向かった。
この話を書いていて、我ながらに「久松はめっちゃマイペースやな。普通は動揺するだろうし、見ず知らずの人に荷物を預けるとこ無用心すぎるだろw」と思いましたw
久松:「駄目作者、もうちょっと考えてから書けよな、まったく……」
自分:「うっさいなあ、放っておいてくれよ。文才が無くて悪かったな!」
北山:「まあまあ二人とも、喧嘩するなって」
久松:「仕方ねえな。おい、駄目作者、次はちゃんと書いてくれよな」
自分:「はいはい、分かったよ」
北山:「それじゃあ、次回もお楽しみに」
自分:「ちょっと待てよ。それは僕のせりふだろ!」