一睡もできぬまま一夜を過ごしたオレは、フラフラと一階の洗面所に向かった。
「ああ、結局眠れなかったな……」
大きなため息をつきながら鏡を見ると、疲れきって酷くやつれた自分が映っている。
「酷い顔だな、ハハハハ……」
オレは、その姿をただ呆然と見ながら一人虚しく笑ったのだった。
眠気が襲ってくるのに耐えながら、なんとか顔を洗い終えて、台所につながる引き戸を開けると、コーヒーを飲みながら流し台にもたれかかっている父さんがいた。
「あっ、おはよう……」
父さんは、いつものようにオレに声を掛けたあと、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップを流し台に一旦置き、食パンをトースターの中に入れてタイマーをセットした。
残ったコーヒーを一気に飲み干して、マグカップを片付けた父さんは、
「お前もコーヒー飲むか?」
と、訊いてきた。
「そうする……」
何も食べる気がしなかったが、一応何かは口にしておこうと思い、食器棚から自分のマグカップを取り出した。
オレが小さな鍋に水を入れて火にかけたところで、父さんはダイニングに置いてある長いすのところへ行き、ゴロンと横になった。
「父さん、パンが焦げるよ」
オレがそう声を掛けると、
「ああ、焼けたら皿に出して、こっちに持ってきてくれ」
と言って、大きなため息をついた。
どうやら、父さんも眠れなかったようだ。
オレと久松が起こした騒動のことが気になって仕方がないようだ。一応、父さんに謝っておくことにした。
「父さん、オレと久松のせいで寝れなかったんだよな? なんか、ごめん……」
焼きあがった食パンを皿に出し、父さんのところへ持っていくと、父さんは、
「すまない……」
と一言だけ言って、大儀そうに起き上がった。
「ああ、別にいいよ、父さん……。さてと、オレは腹減ってないから、もう一眠りしてくるよ……」
オレは父さんにそう告げて、再び二階の自室に戻った。
「久松は無事だろうか……」
再び布団にもぐりこんで出てきた言葉は、昨夜と同じだった。
ふと、前年の夏休みに奥羽本線のスイッチバックを久松と二人で訪ねたことを思い出した。
「確か、あの時もあいつ、写真を撮ってる間に居なくなって、次の日に北海道から電話をかけてきたな……」
もしかしたら、今回も同じようにどこかに移動していて、生きているかもしれない。可能性は十分にある。
そう思うと、昨夜あれだけ悩んでいたのが何だか馬鹿馬鹿しくなった。
「今度は一体、何処へ飛ばされたんだろう……。まったく、あいつの特殊体質には困ったもんだ……」
大きなため息とともに再び眠気が襲ってきて、オレは眠りに落ちたのだった。
「……きなさい、早く、起きなさいってば!」
母さんに体を揺さぶられて目覚めたのは、
昼近くになった頃だった。
「やっと起きた。久松君のお母さんから電話よ、早く電話に出て」
母さんは慌てた様子で、オレをベッドから引きずり出した。
「分かった、分かったから、落ち着けよ、母さん」
なんとか母さんを宥めて、一階のリビングに向かった。
電話に出ると、久松のお母さんはまず、オレに謝った。そのあと、久松本人から電話があったことを話してくれた。
話が終わったあと、再び母さんに受話器を渡し、オレは自室に戻った。
大急ぎで荷物を準備して、リビングに戻ったオレは家を飛び出した。もちろん、久松を迎えに。