久松が帰ってきたのは、その日の夜だった。
久松は、母親やお兄さんとともに、我が家へ謝りに来た。
母さんは、何度も頭を下げる久松の母親に困惑した。
久松のお兄さんは、
「弟がご迷惑をおかけし、すみません」
と、頭を下げながら、お詫びの菓子折りを母さんに差し出そうとする。
久松はオレと母さんに一言謝った後、オレを家の外へ連れ出した。
「去年の旅行も、君に迷惑かけたね……。本当にごめん……」
久松はそう言って、申し訳なさそうに項垂れた。
オレは怒る気にもなれず、
「まったく、どれだけオレが心配したと思ってるんだ……」
と言うことしかできなかった。
「本当にごめん……」
彼は尚も頭を下げる。
彼が何度も謝ってくるので、いい加減こちらがイライラしてきた。
「もう、謝らなくていい! 」
オレがそう怒鳴ると、久松はビクッと体を震わせながら、おそるおそる顔を上げた。
「まったく、何度も謝るぐらいなら、最初から居なくなるんじゃねえよ!」
オレは苛立ちのあまり、久松を一発殴った。
「痛いよ、何も殴らなくていいじゃないか!」
久松は半泣きになりながら、オレを睨んでくる。
「何だよ、オレとやるつもりか?」
オレがそう言うと、
「やらないよ。どうせ君にかなわないのは分かっているし……」
と、目線をそらしながら、駄々っ子のように頬を膨らませる。
「分かったよ、殴って悪かったな……」
オレはただ、彼を宥めるしかなかった。
久松がやっとのことで機嫌を直してから家の中に戻ると、母さんや久松の母親、久松のお兄さんの三人は、リビングで楽しそうに談笑していた。
三人は、オレと久松が戻ってきたのに気がつくと、久松の顔を見て驚いた。
「あんた、何やってんの?」
母さんは、久松の頬が少し腫れているのを見て、オレの頭を叩いた。
「ごめん、殴ってしまった……」
オレが項垂れながらそう言うと、久松のお兄さんは、
「まったく、君達は仲が良いんだから……」
と、あきれたように笑う。
久松の母親も怒るどころか、ニコニコとオレと久松を見ている。
「ほんと、すみません……」
母さんは、そんな二人に何度も頭を下げる。
「おばさん、こんな腫れぐらい大丈夫だよ…。そもそも、僕が居なくなったのが悪いんだし……。北山君が怒るのも当然だよ……」
久松は腫れた頬をさすりながら、母さんが頭を下げているのを宥める。
そこへ、父さんが帰ってきた。
「ああ、こんばんは……」
リビングに入ってきた父さんは、久松の母親とお兄さんに挨拶してから、リビングの隣の和室に入って行った。
「おばさん、もういいから頭上げて……」
久松がそう言うと、母さんはようやく謝るのをやめた。
「ほんと、ごめんね。氷嚢か何かを持ってくるから、ちょっと待っててね」
そう言うと母さんは、台所の冷蔵庫へ行き、取り出した氷嚢を脱衣所に置いてあるタオルにくるんでリビングに持ってきた。
「えっ、いいんですか?」
久松は、氷嚢を受け取るのを躊躇する。
「いいのいいの。それよりちゃんと冷やさなきゃ」
母さんは、半ば強引に久松に氷嚢を渡した。
そこへ、着替えの終わった父さんが和室から出てきて、久松のことを心配しつつ、オレの方を睨みつけてきた。
その後、久松一家は帰ったが、久松を殴ったことを父さんと母さんに叱られたのだった。
この夜以降、オレと久松はそれぞれ、四月から始まる大学生活の準備で大忙しとなり、実際に会うこともほとんど無くなった。
次回で1995年に戻ります。過去の話が長すぎる(笑)。