オレは隣県の大学へ、久松は都内の大学へそれぞれ進学したため、実家を離れて暮らすこととなり、次第に疎遠になっていったのだった。
「ああ、そんなこともあったな……」
「本当に懐かしいなあ……」
長野駅へと向かう長野電鉄の電車の車内で、オレと久松は、洋子から離れた席に座って思い出話をしていたが、次第に眠くなってきて、知らぬ間に二人仲良く眠ってしまった。
「……さん、北山さん、起きてください」
洋子に起こされて窓の外を見ると、オレ達の乗っている電車は、長野電鉄長野駅のホームにちょうど入るところだった。
「久松、起きてくれ。終点だ」
オレが体を揺さぶると久松は、
「フワア、よく寝た」
と、大きなあくびと伸びをして、座席から立ち上がった。
やがて、電車は長野駅の二番ホームにゆっくりと入り停車した。
オレ達三人は、電車を降りて階段を上がって改札を抜け、地上に出た。
地上に出たあと、JR長野駅へ向かい、信越本線の電車で上田駅へと向かった。
上田駅に着いた頃には、正午前になっていた。
「腹減ったなあ。お昼にしない?」
改札を抜け、駅前広場へ出たところで、久松がそう言い出した。
「そうだな、何処で食おうか。雑誌を見るから、ちょっと待ってくれ」
オレは、あらかじめ用意していた観光案内雑誌をリュックサックから取り出し、上田駅周辺の飲食店を探すことにした。
しばらく、パラパラとページをめくっていると、とてもおいしそうな旬菜料理や手打ち蕎麦が写った写真が目に付いた。
「成程、これはうまそうだ……」
写真を見ていると、久松も覗き込んできた。
「なあ、ここにしないか?」
久松は目をキラキラさせて、こちらを見てくる。
「まったく、仕方がない奴だな。分かった、ここにしよう」
久松があまりにも期待に満ちた目でこちらを見てくるものだから、笑ってしまった。
「フフッ、久松さんったら、子供みたいでかわいい」
洋子もそんな久松を見て、笑いのツボに嵌ったのか、手で口を軽く押さえながら、笑い出した。
「もうっ、何ですか?」
久松は、洋子に笑われて照れくさいのか、顔を赤らめながら、頬を膨らませた。
「はいはい、お前はガキか」
オレは、久松に対してツッコミを入れた。
そんなことをしているうち、オレの腹がグウと大きな音を立てた。
「あら、今、大きな音が鳴りましたね」
洋子はニコニコしながら、オレの方を見てきた。
「うるさい、さあ、行くぞ」
オレは、久松と洋子を無視して、雑誌の地図を頼りにお店を目指すことにした。
「北山さん、怒らないでくださいよ~」
「そうだよ、お前だって俺のこと馬鹿にしたじゃないか~」
久松と洋子は、足早に歩き出したオレのあとを追いかけて来た。
お店に着くと、入り口の前には、スーツ姿や作業服姿の人がたくさん並んでいた。
「いらっしゃいませ、只今お席が混んでおりまして、お待ちいただくことになりますが、よろしいですか?」
店員が店の中から出てきて、オレ達にそう告げた。
「ええ、別に良いですけど……」
オレがそう言うと、店員は申し訳なさそうに頭を下げた。
二十分ほど待って、ようやく席が空き、店員が案内してくれた。
「ふう、やっと座れた……」
オレ達は、一息ついてから店員を呼び、各々食べたいものを注文した。
注文したものが来るまでの間、久松と洋子が色々と話しているのを眺めつつ、ガラスのコップの氷水をチビチビ飲んでいると、隣の席の客が席を立ち、会計の所へ向かった。
しばらくすると、作業服姿の人が三人やって来て、空いた席に座った。
隣の席の三人は店員を呼び、定食を注文した。
その後も店内をぼんやりと眺めていると、店員は、洋子が注文した手打ち蕎麦を持ってきた。
「はい、ご注文の手打ち蕎麦です」
店員は、刻みのりが乗った手打ち蕎麦や薬味、蕎麦つゆ、蕎麦湯の入った急須などを洋子の前に置いた。
「ええ、ありがとう」
洋子が礼を言うと、店員は一礼して、厨房に戻って行った。
そのあと店員は、久松が注文した親子丼、オレが注文したうどんの順に持ってきた。
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
店員がそう訊いてきたので、オレは、
「はい」
と短く答えた。
店員は、注文伝票をテーブルの端にそっと置くと、
「ごゆっくりどうぞ」
と言って、厨房に戻って行った。
「いただきます」
オレは、二人がそれぞれ注文したものをおいしそうに食べているのを眺めつつ、うどんに箸を付けた。
昼食を終えて店を出たのは、午後一時近くになった頃だった。
「さてと、これから何処に行こうかな?」
オレ達は雑誌を見ながら、何処へ行くか考える。
「なあ、せっかく上田に来たんだから、上田城を見に行こうよ」
久松は上田城に行きたいようだが、洋子はどこへ行きたいのか訊いてみなくては。
「なあ、あんたはどうなんだ?」
洋子は、何やら考え事をしていたようで、
「へっ、あっ、そうですねえ……」
と、少し遅れて返事をした。
洋子はしばらく考え込んだ末に、
「お城を見に行くのもいいとは思うんですけど、ありきたりすぎませんか? 例えば、北国街道沿いの街並みを散策するとかどうでしょう?」
と、訊いてきた。
「ああ、そうだなあ……。久松もそれでいいか?」
オレがそう訊くと、久松も
「ああ、それもいいねえ」
と、快諾してくれた。
結局、上田城へ行くのはやめて、北国街道沿いの古い街並みを散策することにした。
駅前でタクシーに乗り、上田城近くにある柳町という所へ向かった。
とある神社の近くでタクシーを降り、ギリギリ二車線分の幅がある通りに入った。
「本当にここであっているのか?」
場所を間違えていないかと、しつこく地図を確認したが、どうやらこの通りであっているようだ。
半信半疑で通りを進むと、小さな橋に突き当たった。
橋を渡ると、路面がアスファルトから石畳に変わり、建ち並ぶ家々も現代的なものから白壁や格子戸、卯建などがある、趣のあるものに変わった。
「へえ、こんなところに歴史的な街並みがあったんだ。知らなかったなあ」
久松がそう呟くと、洋子も
「私、過去にも何度かここに来たことがあるんですけど、いつ来てもいい街です」
と、感慨深そうに呟いて、建ち並ぶ家々を眺めている。
二人がいい感じになっているのを見て、なんとなくムカついたので、放置することにした。
「ケッ、なかなかいい感じになってるじゃねえか、お二人さん」
二人に聞こえないぐらいの声で嫌味を言ってそっと離れた。
ふと目についた古道具屋に入ると、頭が禿げていてメガネをかけている、いかにも頑固おやじといった感じの店主が、気だるそうに
「いらっしゃいませ」
と言った。
そして、カウンターに置いた椅子に座って新聞を読み始めた。
蛍光灯で照らされた薄暗い店内には、蓄音機や柱時計、ブリキのおもちゃ、汽車土瓶、ホーロー製の看板、古めかしい扇風機など、レトロな品々が所狭しと陳列されている。
しばらくそれらをじっくり見ていると、ウエストポーチに入れている携帯電話が振動しだした。
「はい、もしもし……。ああ、ごめんごめん」
通話ボタンを押して電話に出ると、久松が少し怒ったようにオレの居場所を訊いてきた。
街並みの保存地区になっている通りの南端にある古道具屋だと伝えると、
『まったく、子供じゃないんだから、急にいなくならないでよ~。今からそっちに行くから、そこから動かないでね』
と、あきれたように言って、電話を切った。
「お前らが仲良くしてムカついたから、無視してやったんだよ、バーカ……」
オレは、店主に聞こえないよう、小さな声で久松に対する愚痴を言ったあと、汽車土瓶と洒落たデザインの氷コップをそれぞれ一つずつ選び、カウンターへ向かった。
支払いを終えて店を出ると、二人が息を切らせながら走ってきた。
「かわいい女の子とイチャイチャできて嬉しかったか?」
嫌味を言ってやると、久松は息を整えてから、
「何言ってんだよ、バカ。お前が勝手に居なくなったもんだから、洋子さんと探し回ったんだよ」
と言って、オレから目線を逸らす。
オレは更に久松をからかうことにした。
「ええ~、怪しいなあ。本当は、嬉しかったんだろ? お前ら二人があまりにもいい感じになっていたから、邪魔にならないように配慮してやったんだけどなあ~」
久松は俯いたまま何も言わず、顔を赤らめている。
「あっ、図星だな」
オレがそう言ったところで、洋子は笑いを堪えきれなくなったのか、声を出して笑った。
柳町をあとにしたオレ達は、上田駅周辺でしばらくブラブラして、時間を潰してから上田電鉄に乗り、別所温泉に向かった。
柳町の下りは、上田市の観光案内を見て思いつきました。