茶でも飲んで心を落ち着けようと思い、電気ポットでお湯を沸かしていると、部屋のドアがノックされた。
「すみません、警察です。北山さん、いらっしゃいますか?」
洋子に以前の久松失踪事件のことを話していた時も、警察がなかなか来ないなと気になっていたので、ドアを開けて警官を部屋の中に招きつつ、到着が遅くなった理由を率直に尋ねた。
すると警官は、今朝この周辺の住宅街で事件があり、その処理に追われていたので、到着が遅くなってしまったと謝った。
そして警官は、
「早速ですが、昨夜のことについてお伺いしてよろしいですか?」
と本題を切り出した。
オレは、以前の失踪事件のことをうっかり話してしまわないよう留意しつつ、警官の質問にできるだけ詳しく答えてやった。
やがて、全ての質問を終えた警官は、オレに礼を述べてから、部屋を出て行った。
その後、警官に茶を出し忘れたことに気付いたが、まあいいかと思い直して茶を淹れ、それを冷ましながら、飲み干した。
「はぁ……。まったく、あいつはどこに行ったんだ?」
以前の失踪騒動は、久松が話してくれた通り、戦後間もないころの熊ノ平駅だったが、今回は、どこに飛ばされたか分からないし、無事に帰ってくる保証もない。
「ああ、あの時と同じように、ただ待つしかないのか……。くそっ……」
オレは、何もできないもどかしさに苛立ち、乱暴に湯呑を座卓に置いた。
仮に、以前と同じ時代、同じ場所にタイムスリップしたとして、あの信号場へわざわざ探しに行って、久松が現代に戻ってくるのを待つというのも、馬鹿馬鹿しいし、警察に余計な疑いを抱かせてしまう。
やはり、無事に帰ってくるのを祈りながら待つしかないのだろう。
そんなことを考えていると、腹がグウとなった。
「ああ、そういえば昼飯食っていないな……。でも、食べる気がしないな……」
壁掛け時計を見れば、午後一時を過ぎている。
「ああ、そう言えば、洋子はどこへ行ったんだろうか……」
気分転換を兼ねて、洋子を探しに行ってもいいが、少々気まずい。
「う~ん、外には出られないだろうし、どうするかな?」
色々と悩んでいると、誰かが部屋のドアをノックした。
「どちら様?」
オレはそう言ってから、ドアスコープで確認した。
「ああ、洋子か……」
そっとドアを開けてやると、洋子は遠慮がちに部屋へと入ってきて、
「さっきは、あんなことを言ってすみませんでした……」
と謝って頭を下げた。
「ああ、気にするな。こっちもあんな話をして済まなかった……」
オレも正直、あの旅で出会った女の子が、洋子だと知って驚いたのだから、お互い様である。
「あっ、そういえば、警察を呼んだんですか? 外に出ようとしたら、警官に外に出ないように言われたんですが……」
洋子は思い出したようにそう言って、二階のレストランで、詳しく事情を訊かれたと話してくれた。
「ああ、オレの部屋にも来たぞ。もちろん、君に話したことは伏せたが……」
オレがそう言うと洋子は、
「ああ、そうですか……。そりゃそうですよね。そんなこと言っても信じてくれないでしょうし」
と、納得して頷いた。
「その通りなんだよ。あいつを探そうにも、ただ単なる失踪じゃないから、どうしようもないんだよな……。ああ、タイムマシーンがあれば、良いんだけどなあ」
「ほんと、そうですよね。ああ、某青い猫型ロボットが居てくれたらいいのに」
「ほんと、それな」
オレと洋子はしばらく、くだらない妄想話をしていたが、それにも飽きて、二人仲良くぼうっとしていると、オレの腹と洋子の腹がほぼ同時に鳴った。
「ああ、そういえば、何も食べてないな……」
「あっ、私も……」
「なあ、軽いものでいいから、二階の売店で何か買って食べるか?」
「そうですね。でも、もしかしたら、売店の店員さんも、事情を訊かれているかも……」
「あっ、そのことを考えていなかったな」
一応、二階に行ってみようという話になり、オレと洋子は部屋を後にした。
二階の売店まで来てみたが、やはり数名の警官が店内に居る。
「ああ、やっぱりだめか……」
「そうみたいですね……」
オレと洋子が、がっくりと肩を落としていると、一人の警官が声を掛けてきた。
「あっ、今なら大丈夫ですよ。ちょうど今、店員全員から事情を訊き終えたところですから。一体どうされたんですか?」
どうやら、大丈夫なようだ。
「ああ、ありがとう……。ただ、腹が減ったから、何か食べようと思って買いに来ただけさ……」
オレがそう言うと、警官達はその場を空けて店の外に出たので、さっさと買い物を済ませることにした。
「さてと、何にしようかな」
店内には、様々な土産物がズラリと並び、その中にちょっとしたお菓子や軽食、飲み物が置かれている。
「そうですね、これなんかどうでしょう?」
洋子がそう言って差し出してきたのは、上田電鉄の丸窓電車をモチーフにした、かわいらしいデザインの箱だった。
「何これ?」
「リンゴが入ったケーキみたいですよ」
「ふ~ん、じゃあこれにするか」
オレ達は、リンゴのケーキ二箱を購入し、売店を後にした。
部屋に戻って箱を開けると、リンゴケーキの文字が印刷された黒い小袋が五つ入っていた。
小袋を一つ開けると、銀紙に包まれたリンゴのケーキが出てきた。
「何これ、ちっさ……」
「あら、失敗ですね……」
「まあ、せっかく買ったんだし、食べよう」
オレと洋子はがっかりしつつも、小さなリンゴのケーキを食べたのだった。
リンゴのケーキを食べた後、洋子は自分の部屋に戻って行った。
「ああ、結構うまかったな……」
空き箱を手にして、この箱を捨てるのは勿体ないなと思いながら、久松が帰ってきたらこれを買ってやろうと心に決めた。