頭を抱え込んだ久松は、時折ため息をつくばかりで、オレはそんな彼を見て、自分も会社をクビになってしまったら、どうすればいいのだろうかと悩んだ。
ふと、久松は、
「なあ、一緒に自殺しないか?」
と言い出し、シクシクと泣き出した。
「おいおい、縁起でもないこと言うんじゃねえよ。それに、お前が泣いているのを見ていたら、こっちまで泣きたくなってくるぜ、まったく……」
オレは、久松が相当思い詰めていることに心を痛めつつ、自分も自殺しようかと考えた。
「ああ、これからどうすればいいんだ…」
「ほんと、そうだよな……。オレも、出勤する日を減らしてくれと言われて、今は休みを取っているんだが、そのうちクビになるかもしれないんだ……」
「だから、一緒に自殺しようと言ってるじゃないか、グスン……。なあ、どこで死のうか?」
「う~ん、お前が好きな碓氷峠とかどうだ?」
「そっ、そうだね、グスン、ヒック……」
オレは、目を腫らしてずっと泣き続ける久松とそんな話をしながら、物思いに耽る。
ふとオレは、この事件が一段落したら、この旅館を出て、三人で二本木駅や姨捨駅のスイッチバック、碓氷峠のメガネ橋を見に行ってもいいなと思い、それを久松に提案してみた。
すると久松は、
「そうだな、それで少しは気が晴れるかもしれないな……」
と、息を整えながらそう言い、ようやく泣くのを止めてくれた。
「ほんと、お前は鉄道の名所も好きだよな」
オレがそう言うと久松は、
「君もじゃないか、北山」
と笑ってくれた。
「じゃあ、洋子のところへ顔を見せに行こうか。洋子もお前のことを心配していたぞ」
「そうだね。洋子さんに謝らないといけないし」
そして、オレと久松は洋子の部屋に向かった。
「オレだ、入ってもいいか?」
オレはドアを二回ノックし、洋子の返事を待った。
「ええ、いいですよ」
洋子はそう言って、ドアを開けてくれた。
「あっ、久松さん。お怪我は大丈夫ですか?」
洋子が久松の体調を訊くと、久松は、
「ああ、大丈夫だよ。脳震盪を起こしただけだから、大したこと無いよ」
と、照れくさそうに答えた。
「そうですか。本当に無事でよかった」
洋子は胸を撫で下ろし、
「さっ、中に入ってください」
と、オレ達二人を部屋の中に入れてくれた。
その後、久松はオレに話してくれたことと同じことを洋子に話した。
久松の話を洋子は、
「何とも不思議な話ですね」
と、興味深そうな様子で聞き、久松の話が終わったところで、オレに打ち明けたことと同じことを久松に話した。
「えっ、あの時の?」
久松は、オレと同じように驚きながらも、
「失礼とは思うけど、あの頃よりもすごく綺麗になったね……」
と、洋子の美しさを褒めた。
「何ですか、その言い方」
洋子は、幼子のように頬を膨らませた後、
「まったく、北山さんと同じリアクションじゃないですか。もう、仕方の無い人ですねえ」
と言って微笑んだ。
その後、昼頃になってオレ達三人は、聞き込みから戻ってきた警官に呼び出され、二階のレストランへと向かった。
そして、おじいさんの証言は、目撃証言により証明されたと伝えられ、おじいさんは解放された。
「はぁ、やっと分かってもらえたよ、まったく……。刑事さん達もご苦労様なこった……」
おじいさんはそう言って、大きなため息をつき、椅子に座った。
「それでは、私達はお暇します」
眼鏡の警官は、オレ達に頭を下げ、連絡先を書いた紙をオレに手渡してから、他の警官と共に去って行った。
おじいさんと昼食を共にしたオレ達は、連絡先を交換し合い、勘定を済ませてレストランを出た。
おじいさんは、後日保険会社を通じて、久松に治療費を払うが、自分の車は大して壊れていないから、そのままにすると言って頭を下げ、去って行った。
その後、オレと久松はオレの部屋へ、洋子は自分の部屋へそれぞれ戻った。
久松は自分の荷物をオレの部屋から運び出して自分の部屋に戻した後、旅館にまだ残っている警官に挨拶してくると言って、姿を消した。
自分の部屋に一人残されたオレは、何をするでもなく、ただ呆然と座卓に座って過ごした。
一時間程して、久松はカメラ片手に戻ってきて、オレに残っていた警官も帰ったと言った。
そして、散歩に行かないかと誘ってきた。
「ああ、そうだな」
オレは貴重品を持って、久松と共に部屋を後にした。
旅館の外に出ると、路面にはチョークで、久松の倒れていた場所をマーキングした跡が残っていた。
「ああ、今朝ここで僕は倒れていたんだったな……。何だか不思議な感じがするな……。無事に戻って来ることができて、本当に良かった……」
久松はその跡を見ながら、感慨深そうに呟いた。
「そうだな……」
オレも同感だと思いながら、久松に何処へ行くのか訊いた。
「なあ、何処へ行くんだ?」
「駅に行ってみようと思うんだ。丸窓電車を撮影したいし……」
オレはやっぱりなと思いながら、久松について行くことにした。
十分ほど歩いて駅に着くなり、久松は丸窓電車が置かれている留置線に向かった。
オレは、久松が写真を撮っている間、自販機で買った缶コーヒーを待合室で飲みながら、駅のホームに入ってきた電車から客が降りて、電車が再び上田駅方面へ走り去るのを眺めた。
しばらくして、久松は満足そうな顔をして、待合室に入ってきた。
「お待たせ」
オレは、
「いい写真は撮れたか?」
と声を掛け、久松を隣の席に座らせた。
「ああ、撮れたよ」
久松は、デジタルカメラのモニターを見せてくれた。
何枚か撮った写真の中には、ホームに入っていく電車と留置線に置かれている丸窓電車が並ぶように写っているものもあった。
「おお、なかなかいいじゃないか」
いい感じに撮れているので褒めてやると、久松は照れくさそうに頭を掻いた。
その後、オレ達は温泉街をゆったりと散策してから旅館に戻り、旅館の前の公衆浴場に行って朝風呂したのだった。