霧の峠   作:chukuasama

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第二十八章 峠へ

 公衆浴場を後にして、旅館に戻ったオレと久松は、それぞれの部屋に戻った。

 オレは、昨夜布団で寝なかったことを思い出し、昼まで寝た方が良いなと考え、部屋の電気を消して、窓の障子を閉め、布団に入った。

 昨夜はあまりよく眠れなかったこともあってか、布団に入ってすぐに眠りに落ちた。

 ふと目が覚めて、枕元に置いた携帯電話を手に取って時刻を確認すると、昼どころか夕方になっていた。

「ああ、ちょっとこれは寝すぎかな……。まあ、いいか……」

 薄暗い部屋の中で、布団に寝転がってしばらく天井を眺めていたが、喉が渇いたので、起きることにした。

 茶を淹れるのも面倒だったので、蛇口の水を湯呑に入れ、それを一気に飲み干した。 

 顔を洗って寝癖を直すと、腹がぐうと鳴った。

 腹は減っているが、二階のレストランに行く気にはなれず、リュックサックの中に乾パンやスナック菓子を入れていることを思い出し、それらを取り出して食べた。

 ゴミを片付けてテレビをつけると、刑事ドラマの再放送をやっていた。

 チャンネルを変え、他のチャンネルを見ていったが、どこも報道番組や通販番組、ドラマばかりで、何も面白いのがやっていなかったので、元のチャンネルに戻し、刑事ドラマを見ることにした。

 しばらくそれを見ていたが、誰かが部屋のドアをノックした。

「は~い」

 返事をして部屋の電気をつけ、ドアスコープを覗くと、久松だった。

 ドアを開けると久松はオレに、どこか体の調子が良くないのかと訊いてきた。

 昨日は良く眠れなかったので、昼まで寝ようと布団に入ったが、つい夕方まで寝てしまったと言うと、久松は苦笑し、

「ああ、僕のせいで眠れなかったんだな。済まないな」

 と謝った。

「気にするなって。それより、何の用だ?」

 オレがそう尋ねると久松は、

「あした碓氷峠に行こうと思っているんだけど、どうだい?」

 と言ってきた。

 信越本線の碓氷峠の区間は、廃止前に行ってみたいものだと、かねてから思っていたので、彼の提案に乗ることにした。

「いいよ。それで、洋子に訊いたのか?」

 オレがそう訊くと、久松は洋子にも同じ話をしたら、是非行きたいと言ってきたことを話してくれた。

 オレは、高校生時代の洋子は、文芸部に入っていて、鉄道を題材にした小説を書いていたことを思い出し、そういえば、洋子も鉄道オタクだったなと苦笑した。

 翌朝、オレ達三人は、早起きして朝食も食べずに旅館をチェックアウトし、タクシーで駅に向かい、上田行きの電車に乗った。

 上田駅のキオスクで、飲み物と食べ物を買ってから、横川方面の各駅停車に乗り換えた。

 電車の車内は、通学途中の学生や通勤中のサラリーマンなどで溢れ、座るところが全く無く、オレ達三人は朝食を食べることもできず、吊革を持って立つしか無かった。

 やがて、電車が軽井沢駅に着くと、値段の高そうなカメラを持った、いかにも鉄道オタクといった風貌の男達が大勢乗ってきて、車内の混み具合は更に酷くなった。

 しばらく発車まで待っていると、電気機関車のモーター音と警笛が車外から聞こえてきた。

「はい、連結オーライ」

 連結作業員らしき声と電気機関車の警笛が聞こえてきたかと思うと、車掌は車内放送で、

「ただいま、連結作業中です。発車までしばらくお待ちください」

 と言った。

「はい、残り三メーター、二メーター、一メーター。はい、ヤワヤワ~、ヤワヤワ~、止まれ止まれ~。はい、連結完了~」

 連結作業員の声がまた聞こえてきて、電車は軽く揺れた。

 連結作業が完了すると、ホームに発車メロディーが流れて、車掌が笛を吹き、ドアを閉めた。

 そして電車は、電気機関車に引かれてゆっくりと走り出した。

 いくつかのトンネルと橋を通過して、急坂を下り終えると、進行方向左側に丸山変電所跡が見えてきた。

 久松は、周りの乗客に謝りながら、すばやくドアの傍へと移動し、デジタルカメラのレンズをドアの窓に近づけて、シャッターを切った。

 写真を撮り終えた久松は、満足そうな顔をして、オレの横に戻ってきた。

 やがて、電車は最後のカーブに差し掛かった。

「間もなく、横川~、横川です」

 車掌が車内放送でそう言うと、電車は車輪を軋ませながらカーブを抜けて横川運転所の傍を通過し、減速しながらガタガタとポイントを渡っていく。

 そして、ガタンと揺れて電車は所定の位置に停車した。

 圧縮空気の音と共にドアが開き、オレ達三人は、他の鉄道オタクに押されるようにして電車を降り、改札を抜けた。

「ああ、やっと着いた……」

 洋子はそう言いながら、大きく伸びをする。

 久松は、リュックサックを地面に下ろし、デジタルカメラをその中にしまってから、

「お疲れ」

 と、洋子に声を掛けた。

 オレは、自販機で飲み物を三つ買い、そのうちの二つを二人に渡す。

「ありがとう」

「あら、すみません」

 久松と洋子は、それぞれオレに礼を言い、遠慮がちに受け取った。

 三人で話し合った結果、タクシーで、めがね橋こと、碓氷第三橋梁に行き、そこで写真を撮った後、徒歩で熊ノ平信号場に行くことになった。

 オレは、駅前の電話ボックスの電話帳でタクシー業者の番号を調べ、携帯電話から磯辺駅前のタクシー業者に電話した。

 タクシーが来るまでの間、オレ達三人は朝食を取り、他愛も無いおしゃべりをして時間を潰した。

 電話してから二十分程立って、タクシーがやって来た。

 タクシーに乗り込み、行き先を告げると運転手は、

「ああ、あのレンガ造りの橋ですね。分かりました。あそこに行きたいって言う人、結構居るんですよね~」

 と言い、車をゆっくりと発進させた。

 十分程で第一の目的地に着き、料金を支払って、運転手に礼を言ってから、タクシーを降りた。

 碓氷第三橋梁の前で、横に三人並んで写真を撮った後、小道で橋の上に上がって、そこからの景色を楽しんだり、写真を撮ったりして過ごし、満足したところで、次の目的地に向かった。

 碓氷第三橋梁から熊ノ平信号場へは、いくつものレンガ造りのトンネルを抜けて行かねばならず、トンネルの中は、懐中電灯を持ったオレと久松が、洋子を間に挟む形で進まねばならなかった。

 唯一の明かり区間は全て橋の上であり、下を見ると、谷底までかなりの高さがあった。

 十号隧道を抜けると、そこは熊ノ平信号場であった。

 オレ達は、飲み物で一息ついた後、写真を撮ったり、通過していく列車を眺めたり、慰霊碑に書かれている内容を読んだりと、それぞれ好きなことをして過ごした。

 オレ達以外にも、写真を撮っている人が結構居て、久松はその集団に混じって、通過する列車を写真に収めていたが、言葉を交わすことなく、場所を譲り合うときに軽く会釈する程度だった。

 二、三時間ほど熊ノ平信号場で過ごした後、オレ達はもと来た道を引き返し、碓氷第三橋梁まで戻ってきた。

 そして、携帯電話でタクシーを呼び、横川駅に戻った。

 釜飯と切符を買って、待合室で釜飯を食べたオレ達は、特急あさまで大宮駅まで行き、そこで解散した。

 オレは、そこから埼京線と小田急線を乗り継いで自宅まで帰ったのだった。

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