久松や洋子との思いがけない再会、久松の失踪など、様々なことがあった旅から数日後、1週間の休暇を終えて、オレはいつものように会社に向かった。
会社に着くなり、上司に呼び出され、また出勤する日を減らしてもらうことがあるかもしれないと言われた。
この調子では、いつかは解雇されるのではないかと不安を覚えつつも、自分の席に戻り、仕事に取り掛かったのだった。
それから2年後、会社はなんとか業績を建て直し、結局オレは解雇されずに済んだが、それでも何人かの同僚は辞めていった。
そんなある日の夜、仕事を終えて帰宅し、何気なくドアポストを見ると、切手の貼られた封筒が入っており、送り主を見ると、なんと久松であった。
封筒には、手紙と電気機関車が写った写真が入っていた。
手紙には、数年前の旅以降、洋子とたびたび会うようになり、現在も交際を続けていることや交際を始めて一ヵ月後に再就職が叶い、充実した毎日を送っていることなどが書かれていた。
手紙を読み終えたオレは、心の中で久松を応援しつつ、それを机の引き出しにそっとしまったのだった。
そして、1997年9月30日の夜、仕事を終えて退社したオレは、電車で横川駅に直行した。
ホームは、釜飯の売り子やマスコミ関係者、鉄道オタクらしき人などで混雑している。列車を撮影できそうな所に何とか移動し、列車がやって来るのを待った。
しばらくして、長野行きの特急あさまがホームに入ってきた。
売り子は、列車の乗客に向かって何度かお辞儀しながら、
「かまめし~、かまめし~! 峠の釜飯はいかがですか~」
と、大きな声で呼びかける。
特急あさまが停車してドアが開くと、多くの乗客が降りてきた。
釜飯を買って車内に戻る人も結構居たが、カメラを手にした、いかにも鉄道オタクらしい人の方が多かった。
やがて、特急あさまの後部に連結される補助機関車が、汽笛を何度か鳴らしてホームに入ってきた。
青地に白帯が入った2両の電気機関車は、特急あさまの数メートル手前で一旦停車し、黄色のヘルメットをかぶった作業員は、双頭連結器の切り替えを行う。
連結器の切り替えが済むと、作業員はプラットホーム上に上がり、緑色の手旗を振りながら、トランシーバーで運転士に指示を出す。
機関車はゆっくりと特急あさまに近づき、双方の連結器がきっちりと噛み合うと、すぐさま停車した。
連結が済むと、作業員は車両の間に入り、ブレーキパイプとジャンパー線を接続した。
「連結作業、完了! ロクサンの運転士さん、出発してください」
作業員がそう言ってから、その場から離れた。
「四番線から、長野行き特急あさまが発車します。黄色い線の内側に下がってください! はい、危ないから下がって!」
駅員は、拡声器でそう怒鳴りながら、体を乗り出して撮影しようとする鉄道オタク達を制止する。
発車メロディーが鳴り、車掌が笛を吹いてドアを閉めると、電気機関車が長めの汽笛を一回鳴らした。
そして、電気機関車に押された特急あさまは、名残惜しそうに走り出した。
売り子達は、特急あさまの乗客に何度かお辞儀しながら、
「ありがとうございました~、ありがとうございました~」
と大きな声で言った。
特急あさまが走り去った後、オレは改札を抜け、帰りの電車の切符と飲み物を購入し、待合室のベンチに座った。
「あっ、北山、久し振り」
どこかで聞いた声だなと思い、隣に座った人物を見ると、久松だった。
「久し振りだな、久松」
「あの旅以来だね」
オレと久松は、数年前の旅の思い出をしみじみと思い出しながら、再会を喜んだのだった。
おしまい