翌朝、目が覚めた頃には、午前八時を回っていた。
「やべっ、もうこんな時間だ」
洋子とは、午前九時ぐらいにチェックアウトする約束をしているので、あまり悠長にしていられない。大急ぎで荷物をまとめ、着替えをすませたオレは、財布と携帯電話を持って、昨夜のレストランへと向かった。
レストランの前まで来ると、ちょうど洋子が出てくるところだった。
「おはよう、洋子。寝坊して済まない」
だが彼女は、大して気にしていないようだ。
「別に構いませんわ、ロビーで待っていますから」
待たせてしまうのは申し訳ない気もするが、思い通りにいかない旅もいいものだ。
「ありがとう、それじゃあ朝飯喰ってくるよ」
半時間待っていてくれと頼み、店内へ入った。
窓際の席に座ると、とても大きな窓からは、温泉街が見渡せた。
「ああ、今日は雨が降らないといいな…」
旅館前の通りには所々水たまりができている。これからの天気のことを気にしながら、ウェイターを呼んだ。
ちょっと優雅な朝食を済ませたオレは、ロビーへと急いだ。
「お待たせ」
洋子は新聞を読んでいたが、オレに気が付くと、それを綺麗に畳んで元の場所に戻した。
「さてと、そろそろ行きましょうか」
待たせてしまったお詫びに荷物を持ってやろうかと言うと彼女は、
「大丈夫ですわ、自分で持てますから」
と断った。
旅館を後にしたオレ達二人は、散策も兼ねて、湯田中駅まで歩いて行くことにした。やがて、湯田中郵便局の前に差し掛かった。その時、狭い路地から細身の男がゆっくりと出てきて、オレに声をかけた。
「やあ、北山、久しぶり」
オレは、男がいったい誰なのだろうかと、記憶を探った。過去にどこかで会った気もする。
「もしかして、久松か?」
やっとのことで思い出した。ずいぶん雰囲気は変わってしまっているが、高校生時代の友人、久松健二であることは間違いない。
「やっと思い出してくれたか。君とはあれ以来、十二年ぶりだな」
彼はそう言うと、懐かしむようにぼおっと空を眺めた。
十二年前の春、オレと久松は、卒業の記念に旅行した。特に記憶に残っているのは、飯田線城西駅~駅間にある「渡らずの鉄橋」と呼ばれるS字型の鉄橋を見に行った日のことだ。その日の晩、オレ達二人は、とある事件に巻き込まれて、旅は台無しになってしまったが、今では良い思い出だ。
「北山さん、この方はあなたのお友達?」
そうだ、洋子に彼を紹介しなくては。
「ああ、そうだ。彼は高校生時代の友人、久松健二だ」
洋子は、彼と握手を交わし、
「私は、岸辺洋子です。よろしく」
と簡潔に自己紹介した。
そういえば彼とは、あの旅行以降会うこともなく、たいして連絡を取り合っていなかったので、すっかり疎遠になっていた。だが、こうして偶然にも再会したのは、何かの縁だろうか。
彼にいろいろと質問してみたが、
「まあ、いろんなことがあったけど、今は、○×出版の記者をしている…」
と、そっけなく答えるだけで、詳しく話そうとはしなかった。
何やら複雑な事情がありそうなので、それ以上尋ねることはやめておいた。
彼が黙り込んでしまったことで、気まずい雰囲気になってしまった。
そうだ、何か別の話題に変えよう。
「なあ、せっかくだから、今夜どこかで飲まないか?」
すると彼は、
「ああ、別に構わないが…」
と渋々承諾してくれた。
初対面にもかかわらず馴れ馴れしい三人クッソワロタ。