久松に出会ったのは、隣町の高校に進学して間もない頃だった。
ある日の放課後、オレはいつものように自転車で、学校の最寄り駅へと向かっていた。駅前に差しかかったとき、オレと同じ制服を着ている誰かが道端で転んでいるのを見かけた。もともと口下手で引っ込み思案な性格なオレだが、何故かこのときは、自転車を停めて初対面の彼に声を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
傍らには、カゴが変形した自転車が倒れており、少し離れたところに黒のリュックサックが落ちている。
「ああ、ありがとう……」
転倒した自転車を立てるのを手伝ってやると、服や手足についた砂埃を払いながら、ゆっくり立ち上がった。掌や肘、膝に擦り傷ができているが、そんなことは気にもせず、落ち着いた様子で、リュックサックを拾い、自転車を駐輪場まで移動させた。
制服のポケットの中を探ると、何枚かの絆創膏が出てきた。
「これを使ってくれ」
差し出した絆創膏を彼は、申し訳なさそうに受け取った。彼をトイレに向かうのを見届け、彼の自転車を点検することにした。幸い、カゴ以外に目立った損傷はなく、強いて言うならば、前輪がほんの少し歪んでいるだけだった。何度か軽く蹴ったり叩いたりしてやると、走行に支障が無い位に矯正できた。
トイレから出てきた彼は、自販機でコーラを一本買い、オレに手渡した。
「これは、さっきのお礼。ところで、君の名を聞いていなかったね。僕は、久松健二、よろしく」
オレは、戸惑いながらもコーラを受け取り、
「北山だ、よろしく…」
と答えた。オレと久松の出会いは、少々ぎこちないものだったが、この出来事以降、とても親しくなり、長期の休みにはよく、二人で旅行するようになった。
旧型国電に乗るために、神奈川の工業地帯を走る鶴見線を利用したり、スイッチバック駅が見たいがために、奥羽本線の峠駅を訪ねたりと、そのほとんどが、鉄道マニア(特に、乗り鉄)がよくするような旅だった。それもその筈、彼は典型的な鉄道マニアなのだから。彼の父親が国鉄職員で、祖父は元蒸気機関車の機関士、彼が鉄道に興味を持つのも当然であった。いつのことだったか、彼の家へ遊びに行った際、オレは彼のコレクションを見たが、そのあまりの多さに言葉も出なかった。
機関士の制服や帽子、タブレットという金属製の重りを入れるタブレットキャリア、特急列車のヘッドマーク、サイドボードなど多岐に渡っていた。
彼と親しくなったのはいいものの、あまり勉強しなかったので、二年生の冬休みを迎える頃には、成績が下の上ぐらいまで落ちてしまった。少なからず、このままではまずいという思いはあったのだが、次第に、自分は両親の自己満足のために勉強しているのではと思えてくるのだった。
思い返してみれば、幼い頃から色々と習い事をさせられ、いつも誰かと比較され、何か失敗するたびに父さんは、お前は駄目だの馬鹿だの罵倒した。食卓での話題は、近所の誰々が馬鹿だ、駄目な奴だと嘲笑する内容が大半。もし、それに少しでも反論しようものなら、父さんが怒り出すので、おとなしく話を合わすしかない。
そんな毎日にいい加減疲れていたのかもしれない。ある満月の夜、二人が寝静まった頃を見計らって家出した。あてもなく、自転車で山あいの道路を東に向かって進んだ。途中何度か休憩を取りながら、夜明け前には、青梅線や八高線、五日市線、西武鉄道線が交差する拝島駅に着いた。
「さてと、これからどこへ行こうかな……」
空が少しずつ白んで行くのを眺めながら、自転車を駅前の駐輪場に停めた。自宅を飛び出してきたのはいいものの、何もすることが無いので、小さなリュックサックからカメラを取り出し、側線をゆっくりと移動している貨物列車やホームに入線してくる始発列車を撮影した。
何枚か写真を撮ったあと、家から持ち出した菓子パンとポテトチップスのみの朝食を済ませて再出発した。ひたすら東に向かい、昼過ぎには新宿駅についた。
あても無く駅前を彷徨っていると、誰かに呼び止められた。
「! 一体どこへ行ったのか心配したじゃないの、まったく」
どうやら、母さんは朝からオレを必死に探していたようだ。
「ごめん、母さん……」
どうして居場所が分かったのか聞こうかと思ったが、とても疲れていたので、これ以上話す気にもなれず、そのまま近くに停めてある母さんの車に乗り込んだ。母さんは何も言わずに少々苛立った様子で車を発進させた。
家までの道中、大して話すことも無かった。オレはジャンパーを脱ぎ、後ろに流れてゆく景色を眺めているうちに眠ってしまった。
北山のお母さん、なかなか行動力あるなw