霧の峠   作:chukuasama

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家出した北山は、母親に発見されて自宅に連れ戻される。
その日の晩、母親がキレた。


第五章 母さんが……

「着いたわよ」

 母さんの少し疲れたような声でオレは目を覚ました。母さんが運転席のドアを開けた瞬間、冷たい風が吹き込んできた。オレはジャンパーをさっと羽織り、車を降りた。

 二人がかりで自転車を後部座席から降ろした後、家の中に駆け込んだ。家に入るなり、

「もう、勝手にどこかへ行っちゃだめよ」

 と母さんに言われたが、疲れが一気に出てきて、反論する気にもなれなかった。 

 そのままオレは二階の自室に篭ったが、三十分位経って、母さんが部屋に入ってきた。追い出すのも面倒なので入室を許した。先に口を開いたのはオレだった。

「なあ、どうしてオレの居場所が分かったんだ?」

 車の中では気まずくて訊けなかったが、やはり気になって仕方がなかったので、思い切って訊いてみることにした。すると母さんは、大きなため息をついた。

「だいたい、あんたの行動は単純すぎるのよ。何か悩みがあるなら、話してくれたらいいのに……」

 そして、オレを見つけるまでの経緯を話してくれた。オレがいなくなったことにいち早く気がついたのは、父さんだった。いつものように母さんは、朝五時に起きた。

朝食の支度をし、六時頃に父さんが起きた。オレも学校がある日は、同じぐらいの時間に起こされる。休日なら、父さんはだいたい八時半ごろに起きて、オレは昼前まで寝ている。いつもだいたいそんな感じなので、冬休み中のオレは当然、起きる時間がとても遅い。

 七時頃、出勤しようとした父さんは異変に気がつく。そう、ガレージからオレの自転車が無くなっていたのである。だが、オレがいなくなったと聞いて慌てる母さんに対し、

「家出だろう、どうせそのうち帰ってくるさ」   

 と父さんはまったく気にする様子もなく、そのまま会社へ行ってしまったのだそうだ。

 オレのことが心配な母さんは、見当のつく場所を探すことにした。久松の家に電話をかけたり、車で近所の公園や河川敷を探したりしたが、ついにオレを発見できなかった。途方に暮れた母さんは、ふとあることを思い出した。それはオレが以前、自転車で新宿まで遊びに行ったことだった。母さんは、まさかとは思いつつも新宿に向かい、駅前を彷徨っているオレを偶然発見したという次第である。

「もう、勝手に何処かへ行っちゃだめよ。心配するじゃないの」

 母さんはオレの頭を優しく撫でてくれた。

「はいはい、分かったよ」

 オレは適当に返事して、そのまま布団の中に潜り込んだ。

「うまくいかない事があっても、一人で抱え込んじゃだめよ」

 母さんはオレに念を押すと、一階に降りて行った。

 その日の夕食時、母さんと父さんは大喧嘩した。母さんは普段おとなしい人で、父さんには素直に従うことが多いのだが、この時はものすごい剣幕で怒っていた。

 父さんは、いつも何かしらの理由でオレや母さんにつらく当たる。また、オレに対しては、何をするにしても口うるさく指図するのだ。とにかく、重箱の隅を突く様なことばかりだ。それが原因で、オレはいつしか、激しく反感を抱くようになったのだった。それでも母さんは、大して文句も言わず、ずっと我慢してきたのだった。

 二人はダイニングでしばらく言い争っていたが、遂には母さんがキレた。

「もう、いい加減にしなさいよ! いつもいつも、私や孟司に八つ当たりして、あなたはいったい何がしたいのよ!?」 

 母さんはそう叫ぶなり父さんの胸倉を掴み、壁に押し付けた。

「何をするつもりだ!?」

 父さんがそう言い終わらないうちに、母さんは思いっきり父さんの鳩尾を殴った。

「グヘッ、ウグッ…」

 父さんは苦しさのあまり、思わずしゃがみ込んだ。

「これで終わると思うなよ!」

 母さんはそう言うと、強制的に父さんをその場に立たせ、今度は股間を蹴り上げた。

「こっ、殺す気か……?」

 母さんは、その問いには答えず、悶え苦しんでいる父さんを引きずり倒し、無茶苦茶に殴ったり蹴ったりした。父さんは鼻や口から血を流しながら、ヒーヒー悲鳴を挙げた。

「ああ、すっきりした」

 母さんは自分の分の食器を片付けて、そそくさと風呂に入ってしまった。

「父さん、大丈夫か……?」

 逃げた先の脱衣所からダイニングでの惨劇を見ていたオレは、倒れている父さんの元にそっと歩み寄った。

「ウウッ、だ、大丈夫だ……」

 父さんは、何とか立ち上がるも足がおぼつかず、すぐその場に座り込んでしまった。オレは父さんを助け起こし、とりあえずリビングのソファーに座らせた。

「ティッシュを何枚か取ってくれ……」

 父さんにティッシュを手渡すが、とにかくすごい量の出血で、なかなか止まらなかった。冷凍庫の氷を小さなビニール袋に詰めたものとティッシュペーパーを父さんに手渡した。 

「すまないな、隆……」

 父さんがそうつぶやくが、オレは素直に返答することもできず、その場に立ち尽くすしかなかった。しばらくしてなんとか口や鼻からの出血が収まった。

「自分の食器を片付けておけよ……」

 父さんはオレにそう言うと台所の流しで顔を洗い始めた。

「まだ、食べ終わってねえよ……」

 とオレは答えたが、食欲が失せてしまい食べる気にもなれなかった。

 しばらくして母さんが風呂から出てくる物音がした。

「隆、風呂に入りなさい」

 母さんが脱衣所からオレを呼んだので、

「は~い……」

 と、オレは何事も無かったかのように返事をしたのだった。




北山の母親、めっちゃコエエエ!
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