ありふれは"いけない"律者達は世界最強 ~最強の錬金術師と最強の戦乙女~ 作:siera
シアという兎人族を乗せしばらく、シアが騒いでハジメかユエに怒鳴られるという事を繰り返していると、遠くで魔物の咆哮が聞こえてきた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。
「っ!皆さん!もう直ぐ皆がいる場所です!あの魔物の声……ち、近いです!父様達がいる場所に近いです!」
「だぁ~、いちいち怒鳴るな!聞こえてるわ!銀狼、先行できるか?」
「問題ありません。飛ばすからしっかり掴まってください!」
ブローニャはアクセルをさらに吹かせ、二輪を一気に加速させる。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。
そうして走ること1分。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。
ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めて魔物から身を守っている。あちこちの岩陰からウサミミだけが少し見えており、数からすると二十人程…見えない部分も合わせれば四十人といったところか。
そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーン……いや、プテラノドン?というやつが一番近い。体長は4~6m程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を自在に動かしていた。
「ハ、ハイベリアです……」
「ハイベリア、ですか」
サイドからシアの震える声が聞こえてくる。あの翼竜もどきは〝ハイベリア〟というらしい。
現状ハイベリアは全部で六匹、兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしているかの様。
そのハイベリアの一匹が遂に行動を起こす。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。
ハイベリアは待っていたと言わんばかりに、そのアギトを開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族、しかも子供だ。
ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供2人に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。
周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべていた。誰もが次の瞬間には二人の家族が無残にもハイベリアの餌になるところを想像したのだろう。しかし、それは有り得ない、なぜなら――
――この場には、世界屈指のヴァルキリーが現れるのだから。
「ここから狙います」
「ここからって……このとんでもない速度で動いてる乗り物からですかぁ⁉」
ブローニャは、高速で奔るバイクを上で器用に立ち上がり、狙撃銃を呼び出して構える。操縦はこれまた器用に、片足をハンドルに引っ掛けるように押さえ、操縦を行う。
狙撃銃のサイトを覗き、ハイベリアの頭を狙う。撃ち抜く寸前、片腕に付けられている装置を起動し「時空断裂」を起動した。
周囲が紫がかった景色に変化し、あらゆるモノの動きが極限までスローとなった。起動した本人を除いて。これなら狙撃は簡単だ。
10秒ほどしか効果は続かないが、襲い掛かるエモノ一匹だけを狙うだけであれば、十分な程の時間だ。
ダァン‼と火薬が炸裂した音が渓谷内に響き渡る。電磁気力で加速させるバレルが、火薬の威力で高速に撃ちだされる弾丸にさらなる速度を付加させた。
青い雷光が銃口から、稲妻が奔ったかのように光速で撃ちこんだ弾丸は、翼竜の頭を的確に撃ち抜いた。
静止した世界では痛みを感じる事は無く、貫かれた頭の弾痕から血が噴き出し、空中で静止した。のこり3秒――ブローニャは命中したのを確認し、狙撃銃を戻し、両手に拳銃を呼び出し構えた。
「3・2・1……0」
視界が元の色を取り戻した瞬間、その場を襲う炸裂音と稲妻の音。そして、突如頭から血を吹き出し、苦しみの絶叫を上げながら地面へと墜落していくハイベリアがこの場をさらに混乱させた。
「なっ、何だ!?!?」
「今何が起こったの!?」
子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら、目の前の頭部を砕かれ絶命したハイベリア、後方でのたうち回っているハイベリアを交互に見ながら呟く。
すると、更に発砲音が聞こえ、のたうち回っていたハイベリアを幾条もの閃光が貫いていく。胴体をぐちゃぐちゃに粉砕されたハイベリアが、最後に一度甲高い咆哮を上げるとズシンッと地響きを立てながら崩れ落ち動かなくなった。
上空のハイベリア達は仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。
黒板を引っかく音に似た甲高い硬質な何かが削れるような音だ。
今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、見たこともない青い乗り物に乗って、高速でこちらに向かってくる三人の人影。
その内の一人は見覚えがありすぎる。今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女子。
一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……
その彼女が青い乗り物の横で立ち上がり手をブンブンと振っている。その表情に普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族。
「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」
その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。
『『『シア!?』』』
「みんな~!待っててくださ~い‼‼」
「座っててください、照準がぶれます!」
サイドカーに乗っているとはいえ、立ち上がって動かれるとさすがの重装ウサギでも機体がブレる。
立ち上がって狙撃銃を構えていたが、横の残念ウサギが動くおかげで、奥のハイベリアを狙うエイムがブレてブレて撃てないでいた。
そんな時、いつの間にか追いついていたハジメが、シアの居るサイドカーに横づけし、突如首根っこをガッシリと掴む。
ハジメは前方のハイベリアを見ているため表情はしっかりと見えないが、何となく不穏な空気を察したシアが恐る恐る尋ねた。
「あ、あの~ハジメさん?なぜ、首を掴んでいるのです?」
「ふっ、なぁに…銀狼の戦闘を妨害するくらい元気なら、お前も銀狼の為に働かせてやろうと思ってな」
「は、働くって……な、何をするのです?(汗)」
「なに、ちょっと飢えた魔物の前にカッ飛ぶだけの簡単なお仕事だ」
「……何をしているのです?」
「!? ちょ、何言って、あっ、持ち上げないでぇ~、振りかぶらないでぇ~」
「銀狼、投げたら合わせる。左側狙え」
「!、了解です」
焦りの表情を顕にしてジタバタもがくシアだが、筋力ステータス人外級のハジメに敵うはずもなく、あっさり持ち上げられる。
ハジメは片手でハンドルを操作すると速度を上げる。そいて二輪をドリフトさせ、その速度と遠心力も利用し問答無用に上空を旋回するハイベリア達へ向けてシアをぶん投げた。まるでハンマー投げのハンマーである。
「逝ってこい!残念ウサギ!」
「いやぁあああーー!!」
物凄い勢いで空を飛ぶ残念ウサミミ。シアの悲鳴が峡谷に木霊する。有り得ない光景に兎人族達が「シア~!」と叫び声を上げながら目を剥き、ハイベリアも自分達に向かって泣きながらぶっ飛んでくる獲物に度肝を抜かれているのか、シアが眼前を通り過ぎても硬直したまま上空を見上げているだけだった。
「(魔物すら驚いて襲えてないのは少し笑えてしまえますね)そして…良い的です」
その隙を逃す二人ではない。滞空するハイベリアなどクレー射撃の的を撃つより楽な作業である。
銃声が四発鳴り響き、放たれた弾丸が寸分のズレもなくハイベリア達の顎を砕き貫通して、そのまま頭部を粉砕した。
ブローニャの射撃に大きなずれなく、合わせるように右側のハイベリアを落ち落していく。見事な射撃技術、この世界で銃を初めて持ったとは到底思えない技だ。
断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、力を失って地に落ちていくハイベリア。
シアを襲っていた双頭のティラノモドキ〝ダイヘドア〟と同等以上に、この谷底では危険で厄介な魔物として知られている彼等。
それが何の抵抗もできずに瞬殺された。有り得べからざる光景に硬直する兎人族、そんな彼等の耳に上空から聞きなれた少女の悲鳴が降ってくるのであった。
「あぁあああ~、たずけでぇ~!!!」
慌ててシアの落下地点に駆けつけようとする兎人族達を追い抜いたブローニャ。
ちょうど落下中のシアを空中にレーンを生成しその道を滑走、そのまま見事にキャッチし、二輪を回転させながら着地しドリフトの姿勢で停止させた。
「あふんっ!」
「ふぅ、久しぶりにこんな動きしましたね」
「うぅ~私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたいですよぉ~」
「だったら、その残念な脳を取っ換えてから言ってください」
「辛辣ッ!?!?」
「……シ……!…シア!無事だったのか!」
「っ、父様!」
真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性。薄着のウサ耳男性とかいうシュールとしか表せない光景にブローニャは微妙な気分になる。
彼女は感情や表情をあまり見せたりしないが、女子としての感性が無いわけではない。むしろ普通の女子以上に可愛いモノに目が無い(得にホムやホムなど)。
なのでこの光景は、一瞬だったとはいえバニー姿のおっさんを幻視し明らかに顔がゲッソリとする。ので、少し遠くに居た女の子と男の子の方を見て忘れようとしたブローニャであった。
「成人男性のウサ耳はともかく、あれぐらいの少年ぐらいだったら得に違和感は無いんですが……」
「でもあの子も年を取ったら……う、余計な事は考えないようにしましょう」
その間にシアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後、ブローニャとハジメの方へ向き直った。
「お二人がハジメ殿と銀狼殿で宜しいか?私はカム。シアの父にしてハウリアの族長をしております」
「この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」
そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。
「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ?」
「それはもちろん!この御恩、必ずお返しすると私が誓いましょう」
「……随分あっさり信用するのですね。私の記憶では、亜人は人間族に良い感情を持っていないと思っていたのですが」
「一応、私達も貴方達を襲った帝国の人間と同じ人間族に分類されるモノではあるハズですが」
陽気な(おバカな)シアの存在で忘れそうになっていたが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせい。にもかかわらず、同じ人間族であるハジメに頭を下げ、しかもハジメの助力を受け入れるという。
まあ自分達が無事に生存できる道が現状それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりである。嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱くのは当然だろう。ブローニャの当然の疑問にカムは、それに苦笑いで返した。
「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」
「それに、貴方達は帝国の人間とはどこか違うと、何となく見て取れますし……」
その言葉にハジメは感心半分呆れ半分、ブローニャは想定内の返答で少し心配になった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらい情の深い一族、理由は何となく「こういうモノだろう」だとは思っていたが……。
初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎるこの感じ、知性を持った人間というよりかは、どちらかというと人間に慣れ過ぎた野生の動物に近いのではないか?……人がいいにも程があるというものである。
「えへへ、大丈夫ですよ、父様。銀狼さんは元々優しいお人です!それにハジメさんは"女の子に対して容赦ない"し、『グサッ』"対価がないと動かない"し、『グサッ』人を平気で囮にするような"酷い人"ではあります『グサリ』」
「ぐっ…自覚があるから故心に刺さる……」
「ん…ハジメ、体中にいっぱい矢印刺さってる」「心にダメージ負うのであればやめればいいのでは……」
「でも、約束を利用したり希望を踏み躙る様な外道じゃないです!ちゃんと私達を守ってくれますよ!一緒に行動した時間は少ないですけど、私が保証します」
見事な事実陳列。まだ多少人としての気ごころが一欠けら分ぐらい残っているハジメにはかなりのダメージである。だが、そのダメージは次の言葉で加速した。
「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」
シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しでハジメを見ながら、うんうんと頷いている。
ハジメはシアとカムの無自覚攻撃に額にキレて青筋を浮かべながらドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。
「……ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋」
「ユエ!?」
「(また言葉に含みがある言い方を……)」
まさかの口撃に口元を引きつらせるハジメ。痴話喧嘩も良いが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、ブローニャは全員に出発を促す。
「皆さん、そろそろ行きますよ。こんな所で止まってたらまた魔物来ますよ」
「あぁそうですね!皆、銀狼殿についてくる様に!」
『『『はい!』』』
「私は遠足を率いる先生ではないのですがね……。そこの二人も!痴話喧嘩始めるのは良いですが、先行きますよ」
「んなぁ!痴話喧嘩じゃねえよ!」
「ん…そう!私のハジメは愛を確認してただけ…♪」
「そんな事もしてねぇわ‼」
「んえぇ!ハジメさん、また私をのけ者にしてユエさんとそんな事していたんですかぁ⁉だったら私もハジメさんと――「ドパンッ!」あ痛ァ‼‼‼」
「「「シア!?!?」」」
「……なんというか、一気に騒がしくなりましたね」
「(ふっ、煩いと感じているはずなのになんだか懐かしい、キアナ達と学んでいた学園生活時代を思い出します……)」
老若男女様々なウサミミ獣人、計42人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。
当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。
乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いでそれを成し遂げている人物である二人に対して畏敬の念を向けていた。
ちなみにユエは二人がすぐに敵を見つけてすぐに対処してしまうので、やる事が無い退屈さで頬膨らませて少しご立腹であった。そこまでしてハジメに良い所見せたいのか……。
もっとも、大人達とは違い小さな子供達は総じてつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメとブローニャをヒーローだとでも言うように見つめている。
特にハジメは男の子人気、ブローニャは女の子人気が強い。多分カッコイイ兄貴や、頼れるお姉様とでも感じてるのだろう。
「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」
子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。
額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言で発砲した。
「あわわわわわわわっ!?何ですかもう!ハジメさん子供苦手なんですか~!?」
「……全く、何でこうなったんだ……」
「もう、ハジメさんはつれないお人ですよねぇ。それに比べて~……」
「おねえちゃん、おねぇちゃん!」
「どうかしましたか?」
「あたまなでて~」
「またですか?ふふっ、いいですよ。(ナデナデ」
「にへへ~」「あ~良いな~!私も私も~!」
「銀狼さんの方はしっかり相手してくれてますよ~?それに比べてハジメさんは…冷たいです、悲しい人ですぅ……!」
先ほどからのちょっかいからの、言葉での軽い馬頭にイライラが募っていくハジメ。それを発散するかの様に引き金を引く。
お手製のゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。道中何度も見られた光景にシアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。
「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か」
「……でも父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か」
「いやお前等。この状況見て出てくる感想がそれか……?」
「……ズレてる」
そうこうしている内に、にぎやかなハウリア一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ブローニャが創り出したドローンで見る限り、渓谷だというのに中々に立派な階段がある。
岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、50メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプ。階段のある岸壁の先には樹海もうっすらとだが見えている。
ブローニャが索敵がてら地形の確認をしているとシアが不安そうにハジメに話しかけてきた。
……どうするのですか?」
「どうするって何がだ?」
「何を話しているのでしょうか?」
ハジメとは離れた箇所から眺めている為ブローニャからは声があまり聞こえてこない。仕方ないので、少し近づいて盗み聞きの様な感じにはなるが、偵察しつつ聞いてみることにした。すると――
「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんと同じです。」
「その……敵対、できます?」
「…お前、未来が見えていたんじゃないのか?」
「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」
「……何が言いたいんだ」
「その…帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」
成程、彼女は私達のその後を案じているということか。
本当…自分達の命が危ない状況だというのに、人の事を思う彼女らハウリア族というのは優しすぎる。
シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きでハジメを見ている様子、しかしハジメは、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのける。
「それがどうかしたか?」
「えっ?」
「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって」
「そ、それは…だって同族じゃないですか!」
「お前らだって、その同族に追い出されてるじゃねぇか」
「それは……まぁ、そうなんですが……」
「大体、お前は根本が間違ってる」
「根本、ですか?」
さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔である。
この際、ブローニャも聞いてみたかった。この世界で生き残り、元の世界に帰るまで戦う事を決めた彼の思想を。
「いいか?俺は、お前等が樹海探索に便利だから雇った。そんで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ」
「断じてお前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃないし、まして今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」
「は、はい……覚えてます……」
「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな」
「だが……それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは只の障害つまりは敵だ。敵は殺す……それだけのことだ」
「な、なるほど……」
何ともハジメらしい考えに、苦笑いしながら納得するシア。彼の思考はいたって単純明快、「邪魔しなければ問題ない、ただ的であれば排除する」これである。
この考え方、ブローニャもかつて同じことを思ったことがある。かつて組織の殺し屋として各地を回っていた際に頭に刻んでいた思想と似ているのだ。
「"対象"と選ばれた者は排除する。それを邪魔する存在も排除対象、それ以外は只のデコイでしかない」……感情など抱かず始末していたかつての自分にそっくりである。
「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」
カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。
ブローニャ一行は階段に差し掛かった。ハジメを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないよう。
そして、遂に階段を上りきりハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。登りきった崖の上、そこには……
三十人の帝国兵がたむろしていた。
「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」
周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員が軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、シア達を見るなり驚いた表情を見せた。
だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡す。帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。
帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやくハジメの存在に気がついた。
「あぁ? お前誰だ?兎人族……じゃあねぇよな?」
ハジメは帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。
「ああ、人間だ」
「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ?もしかして奴隷商か?まぁいいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」
小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。当然、ハジメが従うはずもない。
「断る」
「……今、何て言った?」
「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺のもの、あんたらには一人として渡すつもりはない」
聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。
「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」
「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」
ハジメの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ハジメの後ろから出てきたユエに気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからかえもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、ハジメの服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。
「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな」
「ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して奴隷商に売っぱらってやるよ‼‼」
その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかり、ユエが右手を掲げようとした。
だが、それを制止するハジメ。訝しそうなユエを尻目にハジメが最後の言葉をかける。
「敵対するつもりか?」
「あぁ!?まだ状況が理解できてねぇのか!てめぇは、震えながら許しを――」
ダァン!!
想像した通りにハジメが怯えないことに苛立ちを表にして怒鳴る小隊長だったが、その言葉が最後まで言い切られることはなかった。
なぜなら、一発の破裂音と共に地面が抉れ、小隊長の前に存在していた大地がはじけ飛んだのだ。何が起きたのかも分からず呆然としてる小隊長。それを知ってか知らずか、彼らに警告する少女の声が木霊した。
『これは警告です。これ以上敵対するのなら、次は頭です』
目の前に起こった現実に理解できず、幾つもの額の青筋と汗が小隊長の心境を表している。そして彼は、この幾つも存在していた選択肢の中で最も"愚かな選択"を下した。
「…て、テメェら‼‼‼‼こいつらを殺せ‼‼帝国を馬鹿にしたゴミ共を一匹残らず……‼‼‼殺せぇ‼‼‼‼‼」
ドパァァンッ!
一発しか聞こえなかった銃声は開戦の狼煙――
300m後方の崖から撃ち込まれたライフル弾は、小隊長の頭部を元の形すら残さず爆ぜた。
突然、小隊長を含め仲間の頭部が弾け飛ぶという異常事態に戦闘態勢を取ろうとした兵士達がパニックになりながらも、武器をハジメ達に向ける。
過程はわからなくても原因はわかっているが故の、中々に迅速な行動ではる。人格面は褒められたものではないが、流石は"帝国"の兵士といった所か。
何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士達に追い打ちが掛けられた。
ドパァァンッ!
ハジメが放った一発しか聞こえなかった銃声は、同時に
突如巻き起こった虐殺にパニックを起こした帝国兵の前衛が飛び出し、後衛が詠唱を開始する。だが、その後衛組の足元に青い紋様が浮かび上がる。上下左右の一部が無い円形の中心に点が見える模様だ。見たことが無い"何か"に詠唱を中断せずに注視する後衛達だったが、次の瞬間には物言えぬ骸へとその身を転じた。
ドガァンッ!!
その模様は照準、重装ウサギが狙いをすました事を知らせる悪魔のサインである。重装ウサギは、逃げることもしない"的"に向けてミサイルを数弾射出。爆音と共に上空へ上がったミサイル高く放物線を描きながら照準先の的へと弾着し爆裂、帝国兵を逃さず吹き飛ばした。
それもそのはず、このミサイルは対崩壊獣用。普通の機械や戦車でも歯が立たない化け物相手に撃ち込むべき代物、決して対人に撃ち込むようなモノでは無い過剰火力兵器なのだから。
この一撃で、密集していた十人程の帝国兵が即死、さらに七人程が巻き込まれ苦痛に呻き声を上げた。
背後からの爆風に、思わずたたらを踏む突撃中の前衛七人。何事かと背後を振り向いてしまった六人は、直後、他の仲間と同様に頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
血飛沫が舞い、それを頭から被った生き残りの一人の兵士が力を失ったようにその場にへたり込む。
無理もないだろう。ほんの一瞬で仲間が殲滅されたのである。彼等は決して弱い部隊ではないし、むしろ上位に勘定しても文句が出ないくらいには精鋭だったはず。それ故にその兵士は「悪い夢でも見ているのでは?そうに決まっている」と呆然としながら視線を彷徨わせていた。
兵士が体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳をハジメに向けている。ハジメはドンナーで肩を叩きながらゆっくりと兵士に歩み寄っている。
黒いコートをなびかせて死を振り撒き歩み寄るその姿は、さながら死神にでも見えていることだろう。
「ひぃ、く、来るなぁ!い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か!助けてくれ!」
命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。ハジメは、冷めた目でそれを見下ろし、おもむろに銃口を兵士の背後に向けると連続して発砲した。
「ひぃ!」
兵士が身を竦めるが、その体に衝撃はない。ハジメが撃ったのは、手榴弾で重傷を負っていた背後の兵士達だ。
それに気が付いたのか、生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、今度こそ隊が全滅したことを眼前の惨状を持って悟った。
振り返ったまま硬直している兵士の頭にゴリッと銃口が押し当てられる。再び、ビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。
何かを怯えた表情で話している様で、何か尋問でもしているかのようだ。そして、兵士の言葉に悲痛な表情を浮かべていく兎人族達。ハジメは、その話を聞いた後にその様子をチラッとだけ見やる。
直ぐに視線を兵士に戻すともう用はないと瞳に殺意を宿し銃を額に合わせる。ハジメの殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いを行っている。しかし、その返答は……
ドパンッ!
開戦の狼煙と同じ、一発の銃声だった。
「―――任務、終了」
地面から起き上がり、下に居るハジメ達を見下ろすブローニャ。その瞳は平静そのものだった。
このような事態が初めてではない。組織で殺しは何人も行った。その後も平和を脅かしかねない存在を、依頼と称して始末する事は何度もあったから。だが、平静を装っていた彼女の心はほんの少し悲しみが生まれていた。
「ヴァルキリーになっても、始末屋という過去は逃がしてはくれはしないんですね」
「お、戻ってきたな」
下に降りてハジメ達と合流したブローニャ。その周辺には数多の兵士だった肉の塊と血だまり、そしてその光景を見て息を呑む兎人族達。あまりに容赦のないハジメとの行動に完全に引いているようである。その瞳には若干の恐怖が宿ってるように感じる。それはシアも同じだったのか、おずおずとハジメに尋ねた。
「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」
呆れを多分に含んだ視線を向けるハジメに「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。ハジメはその言葉に反論する。
「一度剣を抜いた者が、相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎるだ」
「そ、それは……」
完全に委縮してしまっているシア。彼の眼はあまりに冷たく暗い。その瞳を見たシアやユエ、ブローニャは彼の殺意を隠すことない眼が、人ではない魔獣の様に見えてしまった。
慈愛が強すぎる兎人族に共感できないとはいえ、彼らに見せていい顔ではない。耐えきれずユエが彼に抱き着き止めた。
「ハジメ…そんな目を、向けないで」
「っ……」
「すまない、我々を守ってくれたというのに……少々驚いただけなのだ。我らはこういう争いに慣れておらんのでな」
「決して貴方に含むところがあるわけではないのだ。気に障ったのなら申し訳ない」
「いや、いい……それよりさっさと樹海に向かうぞ」
ハジメは無傷の馬車や馬のところへ行き、兎人族達を手招きする。樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようという策である。
魔力駆動二輪を〝宝物庫〟から取り出し馬車に連結させる。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。
ちなみに無残な帝国兵の死体はユエが風の魔法で吹き飛ばし谷底に落とした。後にはただ、彼等が零した血だまりだけが残されるだけになるように。
どうせ魔物が多いこの土地なのだから、置いておけばいいだろとケロっと言い放つハジメにさらなる不安を抱いたシアであった。
ハジメが魔力駆動二輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。
二輪には、ハジメ以外にも前にユエ、後ろにシアが乗っている。
当初、シアには馬車に乗るかブローニャの二輪に乗るように言ったのだが、断固としてハジメの二輪に乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。
ユエが何度叩き落としても、ゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。一方ブローニャは何故か自分が避けられた様に感じてほんのちょっと気が沈んでいた。
「ハジメの何が彼女達を引き付けるのか、理解できないですが……何か負けた様な気分です」
「……そう思う前にコイツどうにかできなかったのか?」
「…なにかありましたか?」
先ほどの一件からハジメの様子が少し変だ。先ほどより覇気も無く、何か遠い何かを見ている様に感じる。
少し前まで、あの時の戦闘では何故固有魔法を使わなかったのか、などユエといつもと変りない感じで話していたハズだが。
「…いや、人間を殺しても特に何も感じなかったから、感傷に浸っちまってただけだ」
「そう、大丈夫ですか?」
「ああ。これが今の俺だし、これからもちゃんと戦える…人間でも殺せるってことを確認できて良かったさ」
なるほど、彼の心境は未だ人の域を出ていないらしい。感傷に浸れるだけの心に思考するだけの思いがある様だ。彼にとっては、そんな敵を倒す為に不必要なモノなど要らない方が良いと思うだろうが……。
「その人を殺した後に思う心境、無くさないようにしてくださいね」
「なんだ、アンタは初の人殺しにしちゃ落ち着いてるな」
「……初めてなんかじゃないですよ」
「何?」
「私の二つ名である銀狼、これはヴァルキリー時代の者ではありません。殺し屋時代に設けられたコードネームの様なモノです」
「それって……!」
理由を聞く前に、彼女が乗る二輪は後ろへと後退しブローニャは後方の警戒に戻ってしまった。彼女から告げられた一言は、彼の今の状況を考えさせる、深い一言になってしまった。
「どうしたの?ハジメ」
「いや……銀狼がな」
後方で軽い仮眠をとっていたユエが起き、何があったのか聞きに来た。ハジメは先ほどの会話をすべて共有する。もちろん同じ二輪に乗るシアにも共有されることになった。
「彼女が……」
「銀狼さんにそんな過去が」
「あいつは昔から、死と隣り合わせだったわけだ。道理で動きが素人とは全く違う訳だ」
「でも…彼女がただの殺し屋とは思えない」
「ですね!なんてったって今の銀狼さんはすっごい優しいですし、子ども達なんかと笑顔で接していました!」
シアやユエにとって、ブローニャの認識としては「頼りになる仲間」であったり「強くて賢い少女」といった認識であり、今まで過ごしてきた中で彼女にそんな暗い過去がある様な少女には到底見えなかったのだ。
ブローニャと数か月大迷宮にて過ごし、模擬戦などもしたユエから見ても、そのような人間とは到底想像できそうにない。確かに彼女の戦闘能力や技術は他の人間とは何次元も違い、それがどのような能力なのかもわからない。だが……世界の為に戦っている人間とだけ言っていた彼女の言葉に嘘は含まれてなかった。
「もしかして……怪しんでる?」
「いや、アイツの存在を不安に思ってるわけじゃないんだ。俺的にはユエと同じぐらい大切な仲間だと思ってるし、今もその認識は変わってない」
「ただ…アイツが過ごしてきた世界って、いったいどんな場所なのか、気になったんだよ」
この世界にきて様々な苦難をその身に体験したハジメではあるが、元の世界では只の学生として何不自由なく過ごしてきていた。
平和な世界で学校に行き、父や母が居る家庭へと戻り食事を取る。遊びたいときは自由に遊べ、友人も沢山。だがブローニャはどうだったのだろうか…あの世界でも、化け物と呼ばれる存在が人々を脅かしていると聞いた。そんな世界で……普通に居られるのか?気になる…ブローニャに聞いてみたい。
いつしかハジメとユエのブローニャに対する興味と探求は、彼女のもつ創造能力だけでなく、その全てへと大きく肥大していた。
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