この話には「精神的BL」が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
「サブトレーナー、ですか?」
「うむ、提案ッ! 担当ウマ娘も増えたことで、スタートレーナーも手が回らないと思ってな!」
有マ記念も終わり年も越したころ。
テイオーがシニア期、カフェがクラシック期に突入し、俺も改めて気合を入れていたある日。
俺は理事長室に呼ばれ、秋川理事長からサブトレーナーの提案をされていた。
サブトレーナー……そんなの考えたことも無かったな。
「学園側としても、新人トレーナーの育成も並行できます。スターさんが良ければ、是非と思っているのですが……」
座っている理事長の隣にいたたづなさんが、彼女の話にフォローを重ねている。
サブトレーナー。それは担当ウマ娘を持たないトレーナーが、先輩トレーナーの元についてノウハウを学習しながら手伝ったりするトレーナーのことだ。
基本的に新人トレーナーはサブトレーナーになることが多く、俺のように最初から担当ウマ娘を持つのは異端に入る。
それもそのはずで、ウマ娘側も新人トレーナーよりはベテラントレーナーに担当されたいと思っているほうが多いだろう。
少なくとも経験がある程度しっかりしている方が、お互いのためになるという訳だ。
俺も一応担当ウマ娘を二人抱えているが、まだトレセン学園のトレーナーになって二年程度。まだまだ新人トレーナーの部類に入るとは思うのだが……
「学園側としては、スターさんをかなり評価しています。というかですね、新人トレーナーなのに無敗の三冠ウマ娘を輩出するのは偉業なんですよ?」
「肯定ッ! スタートレーナーはもっと胸を張るべきである!」
秋川理事長とたづなさんが口々に俺のことを肯定してくる。
そこまで言われてしまっては、俺も少し照れてしまう。客観的に自分を見られると、ちょっと変な感じがするが悪くはない。
だが俺がサブトレーナーを持って指導出来るほど立派かと言われると、それは自分でも首を傾げてしまう。
俺がここまで来れたのはテイオーとカフェの支え合ってこそだ。
一人ではある意味何も出来ないのだ、俺は。
そうなると、この提案は学園側には悪いが断った方がいいかな……
「すみません、私には少々荷が重いかもしれないので……。他のトレーナーさんに任せても大丈夫でしょうか……?」
「うむ! 確かに、まだトレセン学園に来て二年目のトレーナーにこんなことを任せるのは、少し重いかもしれない! スタートレーナーの気持ちもよく分かる! だがな!」
「それから先は私が言いましょう」
たづなさんが理事長の話を遮って、ゆっくりと口を開いた。
その顔は若干の怒りが滲み出ており、キッと俺を睨んでくる。
俺はその顔を見て、何か最近悪いことをしてしまったかと過去を思い返してしまう。
瞬時に最近の出来事を振り返るが、何も規則違反はしてないはずだが──
「スターさん。最近、夜遅くまで仕事してますね?」
「……日付変わる前には寝てますよ?」
「嘘ですね。ちょくちょくスターさんの部屋から光が確認できてます」
痛いところを突かれた。
確かに最近自分のモチベーションも大きく、仕事をかなりやっているのだ。
そうなるとついつい集中してしまい、いつの間にか外が真っ暗になっているということが何度もあった。
それだけならまだマシで、下手したら晩ごはんを忘れるということも一度や二度ではない。
「確かに、スターさんが頑張っているのは分かっています。ですが、それで倒れたら意味ないんですよ?」
そうたづなさんが心配そうな顔になって覗くように見てくるが、俺も一応体には気を使っている。
倒れたりしない限界まで、だけど。
この体、一回しっかり寝れば基本的に回復してしまうのだ。自分でも不思議に思ってしまうが、これが事実なのだから仕方ない。
そしてこれを活かさない手も無い。
最近感じたけど、この疲れが残らない体。ちょっとズルいと思う。
だがそれは自分の中の話であって、他の人から見れば無茶をしているように見えるのだろう。
「すみません」
心配かけさせて申し訳無いと素直に反省し、俺は理事長たちに向けてそっと頭を下げる。
そうすると、たづなさんが先ほどよりも柔らかい口調で話しかけてきた。
「ですので、先ほどのサブトレーナーの話に戻るんですよ。指導なんて言っていますが、仕事を分担すると考えれば楽になるんじゃないですか?」
そう出されると、俺も強く出れない。
ここまでモチベーションがあって、バリバリ仕事をしているのに夜まで作業してしまう理由。
その理由は簡単で、単純に仕事量が多い。
テイオーとカフェのトレーニングを考えたり、メディアへの対応、レースの分析などなど……
いくらやってもやることがいっぱい出てきてしまい、俺の手が回らない。
俺が二人いないかなぁなんて思ったことだってある。
それがサブトレーナーが就くことで少しでも楽になるのなら、この話も悪く無いのか……?
「……分かりました。担当ウマ娘に相談してみます。それからの返事で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。いい返事期待していますね」
俺は一度話を保留にしてもらうと、彼女たちに「失礼しました」と一礼して理事長室を後にする。
そっと理事長室の扉を閉めると、俺は早速携帯を取り出してテイオーとカフェが入っているグループに今日のことを報告するために文字を打ち込んでいくのであった。
そして──
『今回のサブトレーナーの件ですが、受けることにしました。よろしくお願いします』
『はい、分かりました。顔合わせの日程についてはまた追々連絡致します』
時間は少し過ぎて、その日の夜。俺はたづなさんに、サブトレーナーのことに関してメールで返信をしていた。
既読がついて返事が来たことを確認した俺は、ごろりとベッドに寝っ転がる。
「怒られたな……」
その後テイオーとカフェにサブトレーナーの件について話をしたのだが、彼女たちから思った以上に怒られてしまった。
特にテイオーは最初は渋そうな顔をして出来ればやめてほしいなんてことを言っていたのだが、俺が仕事に関して話したら急に態度が一転。
彼女が「倒れるギリギリ見計らってやっていいなんて、一言も言って無いよね?」と目を見開いて詰めてきた時はかなりひやひやした。
カフェも「姉さん……」と心配そうな顔をしながらも怒気も感じられる言い方に、俺は謝ることしか出来ない。
三人で話し合った結果「トレーナーの仕事が落ち着くまでは、サブトレーナーに就いてもらおう」という結論に落ち着いた。
だがその決断を下すときにテイオーが苦悶の表情を浮かべながら、こくりと頷いていたので気になってしまう。
やはり今まで二人三脚でテイオーとやってきたので、今更誰かが介入するのが不安なのだろうか。
そんなテイオーに対して、今回は迷惑をかけてしまうことになってしまった。
テイオーの不安も取り除けるようにペースを上げて仕事を終わらせるためにも、その日はいつもよりも早めに目を閉じることにするのであった。
~~~~~~~~
それから一週間後。たづなさんから連絡が来て、サブトレーナーと顔合わせすることになった。
指定された時間に理事長室の前に行き、扉をノックする。
こんこんという音が廊下に響くと、中から「どうぞ」と声が聞こえたのでゆっくりとドアを開けて室内に入った。
するとそこには理事長はおらず、たづなさんと会ったことの無い男性が一人立っていた。
俺と目線が合ったからか彼がぺこりと礼をしてきたので、軽く会釈して返事をする。
「お疲れ様です、スターさん。彼が今回サブトレーナーに就いてくださる、黒崎トレーナーです」
「黒崎です。よろしくお願いします」
黒崎と名乗った男性は清潔感のあるスーツ姿をしており、第一印象としてはとても真面目そうな人だった。
身長は俺よりも高く、大体175㎝くらいだろうか。
彼が恐らく、俺の仕事を手伝ってくれるサブトレーナーなのだろう。
「スターゲイザーです。今日からよろしくお願いします」
俺も自己紹介を返して、彼とじっと向き合う。
そこからどうすればいいか分からずに、お互いが固まっているとたづなさんが俺の元に近づいてきてそっと耳打ちをしてきた。
「彼は私たちが吟味して選びました。なので、とても良い方ですよ」
俺はその言葉を聞いて少しほっとする。
そうなると、彼は理事長のお墨付きのトレーナーということだ。
あんまりコミュニケーションが得意な方ではないと、自分でもうすうす思っている。
その中でわだかまりなく話す事が出来る人なのであれば、仕事間でもあまり問題は起きないだろう。
そう話したたづなさんは、にっこりと笑うとぱんと手を叩いてきた。
「それでは、お二人とも担当ウマ娘に会いに行きましょうか!」
俺たちは彼女の話を聞いた後、二人で理事長室を後にする。
そのまま廊下を歩いて、向かうは新しいトレーナー室だ。
本来であれば、俺の仕事部屋は寮の自室になっている。
今まではテイオーやカフェも俺の自室に呼んでミーティングなどをしていたのだが、今回男性のトレーナーが今回就くことになったため寮を使うことが出来なくなった。
そもそも、トレーナーがウマ娘寮に進入禁止なのだ。俺が例外的に許されているだけで。
なので今日からトレセン側から新しいトレーナー室を受け取り、そちらに引っ越すという形になった。
新しいトレーナー室に向かっている最中、黒崎さんが緊張気味に俺に話しかけてくる。
「あのたづなさんから話は聞いていたんですけど、本当にウマ娘なんですね」
俺は特にメディア露出はしてないので、テイオーのトレーナーは世間では不明になっている。
だがそれはあくまで世間であって、トレセン学園内では別だ。
しかしその情報も外部に漏れているというのは特に今のところ無いので、学園側がせき止めてくれているのだろう。ありがたい限りである。
そんな話を聞いているうちに、トレセン学園にあるトレーナー室に辿り着いた。
鍵もかかっていないドアを開けると、そこには俺の担当ウマ娘であるトウカイテイオーとマンハッタンカフェがソファに座っていた。
「お待たせ」
そこは寮の部屋より少し大きめの部屋で、二人分の机やソファ、大きめのテレビまで置かれていた。
俺たちが入ってきたと同時に、後ろに立っていた黒崎さんを彼女たちはじーっと見つめている。
まるで品定めしているかのような視線に、彼もちょっと戸惑っているみたいだ。
そんな一触即発な空気を解消するために、俺は口を開いた。
「……まぁ、取り敢えずお互いに自己紹介するか。じゃあ、テイオーから」
「ボクこそが無敗の三冠ウマ娘こと、トウカイテイオー様だぞ! ボクのトレーナーをしっかりとサポートしてよね!」
ふふんといつもより胸を張って、テイオーが自己紹介をする。
何故か「ボクの」のところにやたら力が籠っていた気がするが、いつものテイオーらしい発言だった。
その後カフェに目配せをすると、彼女が黒崎さんに対して視線を合わせた。
「マンハッタンカフェといいます……。私の姉さんが無茶しないように、どうかよろしくお願いします……」
カフェがぺこりとお辞儀をすると、彼もそれに合わせて頭を下げる。
こちらも何故か「私の」のところが強く発言されていたが……まぁ機嫌が悪いというわけではなさそうだ。
一通りウマ娘たちが自己紹介し終えると、今度は黒崎さんの番が回ってきた。
「黒崎です。最近入社したばかりの新人トレーナーですが、どうかよろしくお願いします」
「新人トレーナーなんだ。へぇー、なんて呼べばいい?」
「まぁ好きに呼んで頂ければと。友人からはクロって呼ばれたりしてますね」
「じゃあ、それでいっか。よろしくね、クロ」
テイオーが持ち前のコミュニケーション能力を活かして、早速彼のあだ名を引き出している。
流石テイオー。俺よりも先に、彼との仲を深めていきそうだ。
仕事を円滑に進めるために頑張って彼とコミュニケーションしなきゃなと思いながら、その日から彼との仕事が始まるのであった。
~~~~~~~~
それから半月後。
始めの週こそぎくしゃくして敬語交じりで話しかけていたのだが、それも慣れてリラックスして話すことが出来るようになった。
今では俺もカフェもテイオーに釣られて「クロ」と呼んでしまうようになり、チーム内の空気は大分ほぐれたと思う。
だが彼はテイオーとカフェのことを未だにさん付けで呼び、俺のことも「スタートレーナー」と呼んでくる。
彼は基本的にかなり丁寧に俺たちに接してきていて、どっちが年上か分からないくらいだ。
さてそんなクロだが、かなり仕事が出来る人だった。
最初は分からないところをしっかりと聞いてくれるし、慣れてしまえば早く仕事を片付けてしまう。
それによって俺の負担も減り、今では自分の自由時間がかなり増えた。本当にありがたい限りである。
そんな彼に仕事を任せられるようになったころ、とあることが起きた。
「あれ、スタートレーナー。お昼ご飯はどうしたんですか?」
とある日のお昼休憩の時間に、彼が俺に対してそう質問してきた。
そんな疑問に対して俺も一瞬だが思考が止まる。
別にご飯を抜いているわけではないのに何故だろうと思ったのだが、その疑問は直ぐに解消された。
俺は自分の机の隣にあった引き出しをがらりと開けると、今日の昼食を取り出す。
「あぁ、栄養バーとゼリー飲料。ちょっと忙しいし、これでいいかなって」
そう言いながら昼食を取り出して、クロにアピールする。
俺は今まで昼食を全てこのトレーナー室で済ませている。それは前のトレーナー室の時も同様だ。
いつもは朝に買っておいたコンビニ弁当やパンなどが置いてあるため、それが見えなかったから心配してくれたのだろう。
俺が一旦パソコンを弄る手を止めて、袋を開けて栄養バーを取り出す。
シンプルなチョコ味のバーを齧っていると、クロが立ち上がって俺の腕をがしっと掴んできた。
「あの……ウマ娘ですよね……? それだけで栄養足りると思っているんですか……?」
まるで信じられ無いものを見るような目で俺のことをじっと見つめてくる。
あの……顔が近いんですけど……
俺と目が合っていることもお構いなしに、クロが立て続けに質問をしてきた。
「まさか、朝と夜も……」
「いや、流石に朝と夜はある程度しっかり食べてるぞ? 寮がご飯出してくれるからな」
「そういえばスタートレーナー、寮住みでしたね。少し安心しました……」
俺がそう答えると、彼が安心したかのようにほっと息を吐く。
昔こそ全然食べていない日とかあったりもしたが、トレセン学園に来てからはしっかりとご飯を食べるようにしている。
お昼がこんな簡素なのは、トレーナー室を出るより部屋で食べたほうが効率がいいからだ。
今までのトレーナー室が寮にあったので、わざわざトレセン学園併設の食堂に行くのも時間がかかる。
その名残が今でも残っているというわけだ。
というか──
「なぁ、そろそろ離して貰っていい?」
「あっ、すみません……」
クロが指摘され、慌てて俺の腕から手を離した。
そんな焦ることもないのにと思ったのだが、彼にとっては何か気になることがあったのだろうか。
ぼんやりと考えながらゼリー飲料を飲んでいると、彼が下を向きながらぶつぶつと呟き始める。
そして何かが決まったのか、俺に向けてとあることを提案してきた。
「スタートレーナー、流石にウマ娘でそのご飯だけでは栄養が足りてません」
「はぁ」
「なので明日から私がお弁当を作ってきます」
「……へ?」
クロが突然そんな提案をしてきたので、俺の口から変な声が出る。
お弁当って朝早くから起きて作ってこないといけないじゃないか。
仕事も任せているのに、そんなことをクロに任せられない。
「いや、大丈夫だよ。ほら、クロにも負担が大きいしさ」
「いえ、どうせ私もお弁当作ってきてるのでついでです。そんな心配しないでください」
俺が大丈夫と言っても、彼はなかなか引き下がらずに主張をしてくる。
そんなお互いに譲らない話し合いを数分した結果、俺の方が先に折れて彼にお弁当を頼むことになった。
「分かった……けどお金は払うからな。これは俺のプライドだから、素直に受け取ってほしい」
「スタートレーナーがそこまで言うなら……。私もトレーナーなんですから、これくらいやって当たり前ですよ」
クロがトレーナーなのは重々知っているが、急にそんなことを言ってきてどこか引っ掛かり首を傾げた。
──もしかして、俺もウマ娘だからテイオーとかと同じように見られてる?
「全く……変な奴だな……」
俺がぽつりと呟くと、クロがこちらの方を振り向いて「何か呼びました?」と聞いてきたのでなんでもないと返事をした。
そんなやり取りがあった次の日から、俺は彼からお弁当を手渡しで受け取ることになる。
クロのお弁当は、いつも食べているコンビニ弁当とかよりもとても美味しかった。
あと……なんかほんの少し、彼の温もりが感じられた気がする。
~~~~~~~~
「──とまぁ、クロがそれからお弁当作ってくれるようになってさ。それが美味しいんだよな」
「なるほど、最近スターさんが機嫌がいいのはそのためでしたのね」
「ひゃー、熱々ですなぁ。ネイチャさんもそこまでいってたなんて知りませんでしたよ」
「……ボクの方がトレーナーのこと思ってるもん」
クロと出会ってから数か月後。
彼のおかげで仕事も早く片付くようになり俺の休みの時間も増え、休みの日も多めに貰えるようになった。
そんな休日である今日は、テイオーのライバルで友人のマックイーン、ネイチャと一緒に都内にある喫茶店にお出かけをしている。
そこで俺は、彼女たちにクロのことを聞かれて近況報告をしていたのであった。
マックイーンとネイチャは興味津々といった感じで聞いてくれていたが、テイオーは苦虫を嚙み潰したような顔で俺の話を聞いていた。
彼のことを積極的に訊ねてくれると、何故か俺も嬉しくなってしまう。
彼女たちと他愛の無い会話をしていたりすると、先ほど注文していた商品が届いた。
「お待たせいたしました、こちらいちごパフェでございます」
「来ましたわ! ダイエットなんて知りませんわ! これしか勝ちませんわ!」
「おぉ~、キラキラスイーツですなぁ」
俺たちが頼んだのは、この喫茶店名物のいちごパフェだ。
お値段はそれなりするがそれに見合うほどのクオリティを誇っており、とても美味しそうに見える。
トレーナーになってから甘味の味を知ってしまい、こういうパフェを好んで食べるようになってしまった。
そんな綺麗に盛り付けられたパフェを、俺は携帯の写真アプリを立ち上げると一枚写真に収める。
「……ん? トレーナー、写真撮るのなんて珍しい。SNSとかやってないよね?」
「あぁこれは話題作りに、ちょっとな」
写真が撮れたことを確認した後、スプーンで一番上に乗っかっていたイチゴを一口。
うん、やっぱり高いパフェに使われている果物は美味しい。素材からしてグレードが違う感じがする。
周りを見るとみんな美味しそうな顔をしながら、パフェを食べ進めていた。
このお店は他にもスイーツがあるらしいので、また今度クロでも連れて来ようかな。
パクパクと勢いよく食べているマックイーンの隣──俺から見て正面に座っていたネイチャがニヤニヤしながらスプーンをこっちに向けてきた。
「ほら、またスターさん。黒崎さんのこと考えてる。話題作りも黒崎さんと会話するためでしょ。ネイチャさんには、バレバレですよ~」
はて、そんなに彼のことを考えていただろうか。
俺がパフェを食べる手を止めて一旦振り返ってみると、確かになんか最近クロのことばっかり考えていた気がする。
一体いつからだっけ。クロが生活の一部に組み込まれて、一緒にいると安心するようになったのは。
まぁ、それだけ彼が俺たちのチームに馴染んできたということなのだろう。
俺が一人で納得していると、それまでパフェを食べていたマックイーンが手を止め──爆弾をぶん投げてきた。
「ところで、スターさんはいつ黒崎さんに告白しますの?」
──時が止まった。
一瞬でその場の空気がかちりと固まる。
隣に座っていたテイオーは勿論、正面にいるネイチャもパフェを食べる手が止まった。
俺も例外ではなく、いきなりの質問に脳が思考を停止する。
それでもなんとか返事をしようとしても、出てくるのは単語の一つのみ。
「な、な……」
「あぁ、もう付き合ってましたの? なら、そう言ってくださいまし」
「トレーナーは付き合ってないやい!」
テイオーが机を叩く勢いで、マックイーンに対して反論している。
ネイチャは天井を見上げて「あちゃ~」なんて言いながらこめかみを抑えていた。
俺はテイオーが少し大きな声を上げてくれたことによって、なんとか現実に戻ってこれたので思考を加速させる。
取り合えず何を勘違いしたのか知らないが、マックイーンは俺がクロのことを好きだと思っているみたいだ。勿論恋愛的な意味で。
……まぁ、思春期真っ只中の女子中学生は恋バナとかが好きな時期なのだろう。むしろ微笑ましく感じる。
だが、流石に俺がクロに対して抱いている感情は恋愛要素な訳ではない。
というか恋とかよく分らないしな。
「俺は別にクロのこと嫌いじゃないけど、別に恋愛感情なわけじゃないよ」
「そうなんですの?」
「そりゃ、好きかと聞かれたら好きかもしれないけどさ。それはいつもお世話になってるからであってな」
俺が彼に対して感じている感情。今思っていることを正直に彼女たちに話す。
噓偽りなく話していることが伝わったのか、彼女たちも特に言及することもなくその場は落ち着いた──かのように思えた。
「……スターさん、恋愛について良く分かって無いだけでは?」
そうぼそりと呟いたのはナイスネイチャ。
それを聞いたテイオーが耳をぴくりと動かして、うなだれ始めた。どうした急に。
まぁ、確かにネイチャの言ってることは一理ある。
俺は恋なんてしたことないし、その感情がどんな感じかも分からない。
ネイチャに対してそう伝えると、彼女がとあることを訊ねてきた。
「無意識に黒崎さんのことを考えたりしてない?」
「……ん、まぁ。良く考えたりするけど」
「……何かあった時に共有したいと思う」
「会話のネタは探したりは、してはいるけど」
ネイチャがぴこぴこと耳を動かしながら、俺に対して連続で質問してきた。
一応その質問には全てに当てはまってしまい、尋問されているような感覚を覚える。
そうしているとマックイーンが隣から口を挟んで、ネイチャと一緒に更に具体的に聞いてきた。
「スキンシップを取りたいと思ったりしませんの? ハグとか」
「んえっ? いや、その……クロが嫌がらないなら、その」
「黒崎さんのことを深く知りたいとかありませんか?」
「えっと……なんか知りたいとは、思ったり……します」
彼女たちに詰められて、なんかどんどん顔が赤くなっている気がする。
あれ、なんかマズい気がする。認めたら負けなような。認めてしまったら、俺の大事な部分が崩れ去るような……
落ち着け、俺。
今、テイオーがG1レース走る時よりも緊張している気がするぞ……
顔を上げると、マックイーンとネイチャがキラキラした目で俺のことを見てきている。
それに耐えきれず、隣に座っていたテイオーに対して視線を送って助けを求めることにした。
するとテイオーもそれを感じ取ってくれたのか、ぽんと俺の肩に両手を置いてくる。
しかし、その目はどこか生気を失ったような顔をしていた。
「トレーナー……もし、もしだよ? ボクがクロに一日中べったりとくっついてたら、どう思う?」
まるで最後の砦を崩されるかの瀬戸際のようなテイオーの顔から、そんな質問が飛んできた。
テイオーが、クロとくっつく?
別に同じチーム内だし、別にクロは俺のものじゃないし。
それなのに。
「その、ちょっと寂しいなって……。離れたくなくて、他の人の隣がいるともやもやするっていうか。でも二人きりで一緒にいると、ドキドキするっていうか。あれ、なんか変なこと言ってるよな。ごめん」
自分でも言っていることに整理がつかなくて、ぐちゃぐちゃになってしまう。
落ち着かせようと違うことを考えようとしても、クロの顔ばっかり浮かんでくる。
ダメだ、俺。なんか、おかしくなってしまった。
処理しきれない感情の洪水に俺が慌てていると、テイオーがそっと肩から手を離す。
「それが恋だよ……トレーナー」
「えっ」
「なんならべた惚れまでありますわね」
「ネイチャさんも、流石にこれは擁護出来ないなぁって」
心臓がバクバクする。
でも、それが嫌じゃなくて。むしろ心地よくて。
そっか。
これが──
「俺、クロのこと好きなんだ……」
──恋っていう感情。
ほっと息を吐き出すと、その温かい息が広がるような感じがする。
俺が頬を緩めるのをやめられないでいると、マックイーンとネイチャの目がきらんと光った気がした。
それは、彼女たちによる恋バナの始まりのファンファーレ。
そこからは、俺が更に質問攻めにあって深く恋心を自覚させられた。
恥ずかしいけど、彼のことを思うたびに胸が優しく締め付けられるのだから仕方ない。
因みにテイオーは、ハイライトが入って無い目で宙を見上げていた。どうしたのだろうか。
結局その日は、寮の門限ぎりぎりまで恋バナをして終わったのであった。
~~~~~~~~
恋心を自覚してからというもの、仕事中もクロのことを意識する様になってしまった。
テイオーとカフェと一緒にいるときはいいのだ。トレーニングの指導に集中できる。
だが、昼間の仕事の時は必然的にトレーナー室で二人きりになってしまう。
それがダメだった。
彼の顔を見るたびに心臓がずっとバクバクしっぱなしで、心が落ち着かなくなる。
更に全く気にならなかった彼の匂いまでも気にするようになってしまい、意識がそっちに向いてしまうことが多々あった。
俺は悪くない。クロがやたら刺さるいい匂いをしているのが悪いんだ。
そんな生活をし始めてからしばらく経ったあと。
「映画……?」
「はい、最近二枚ほどチケットを貰ったんですよ。良かったら、スタートレーナーいります?」
それは俺が昼休憩中に、彼から貰ったお弁当を食べている時だった。
あ、お弁当は今日もとても美味しかったです。
「良ければテイオーさんやカフェさんと一緒に息抜きしてきたらどうですか?」
彼から二枚のチケットを受け取って内容を確認する。
そこには最近話題になってる恋愛映画タイトルが書いてあり、記憶にある限りではそこまで前評判は悪く無かったはずだ。
テイオーと一緒に見に行こうかなぁなんて思ったりしたのだが、ぱっととあることが頭に浮かんできてしまった。
今までならこんなことは無かったのに、俺はわがままになってしまったのだろうか。
ごめんテイオーと心の中で謝りつつ、そっとクロの袖を掴むと上目づかいで懇願した。
「あの、一緒に行くって……ダメか?」
「え、私とですか?」
「……うん」
こくりと頷いて彼の目をじっと見つめる。
内心断られたらどうしようってずっと思いながら、頑張ってアピールした。
顔はきっと真っ赤で、普段の表情とはかけ離れたものになっているだろう。
耳をぺたんと伏せて返事を待っていると、彼の優しい声が聞こえてきた。
「なら、来週の日曜日に一緒に行きましょうか」
「あっ……あぁ、行こう。えへへ」
その言葉が嬉しくて、つい口から腑抜けた声が漏れてしまう。
クロとお出かけできることが確定して、俺の尻尾がゆらりと左右に揺れた。
その約束をした日から、俺は浮足立っていたと思う。
カフェから、ぽけっとした顔になってますよと注意されたことが何度もあった。
そして、お出かけ当日。
「へ、変じゃないよな」
その日は早起きした俺は、集合場所に早めに来てしまったため一人でぽつんと立っていた。
いつも着ているスーツではなく、白を基調としたワンピースに腰にベルトを巻いた姿でおしゃれまでしている。
更には軽く化粧までして、自分の顔まで整えていた。
本当はここまでするつもりは無かったのだ。
だがクロとデートすると認識した途端に、俺は掛かった
いつもなら絶対にしないことをまたしてしまい、恋って怖いなと他人事のように思ってしまう。
時計をちらっと見ると、彼と約束した時間までまだ三十分もある。
俺が小さな鏡を見ながら前髪をちょこちょこ弄っていると、いきなりぐいっと近づいてくる男性がいた。
「ねぇねぇ、今君一人? 今オレ暇なんだけどさ、一緒にお茶とかどーよ?」
明らかにチャラチャラとして覇気がこもっていない声が俺に降りかかる。
あぁ、これがナンパなんだなと気付くのに数秒とかからなかった。
勿論そんなものを受け取る理由もないので、そっと距離を置くと俺はきっと睨みつけた。
「いえ、結構です。用事もありますので」
「そんなこと言わずにさぁ。一瞬、一瞬だけでいいからさ」
距離を置いたのにも関わらず、奴は何故か近づこうとこちら側に歩いてくる。
その態度にイラっと来てしまい走って逃げようかと検討していると、俺の耳に聞きなれた声が入ってきた。
だが、そのトーンはいつもと違っていて──
「おい、俺の担当ウマ娘に何してんだ」
「はえ?」
「ちっ、トレーナーって競技ウマ娘かよ。それなら先に言ってくれよな」
間違いなくクロの声だ。クロの声だったのだが──いつもより音が低くて乱暴で、明らかに俺たちに話しかけるときとは違って明らかに「怒り」を孕んだ言葉。
そして彼が俺の腕を掴んで、ぐいっと胸側に寄せてくる。
その瞬間ぶわっと鼻孔を貫く男性の匂いと、思った以上にがっしりとした体つきに脳が情報量でパンクしてしまった。
ぷしゅーっと顔から火が出るくらい体温が一気に上昇していくような気がする。
ナンパしてきた奴が離れるまで、彼が俺を抱き寄せてくれてドキドキすると同時に落ち着く。
あぁ、ずっとこのままがいいな──
「あの、いきなりすみません……。スタートレーナーが困っていたので、少し強引に追っ払っちゃいました」
「……はっ」
彼が拘束するのをやめて、いつもの声で話しかけてきてくれた。
先ほどまで現実味が無くてふわふわとしていたのだが、少し戻ってこれた気がする。
俺がぽーっとクロを見つめていると、彼がそっと目を伏せてきた。
「あの、大丈夫ですか……? 無理やり過ぎましたね……」
「違う! 違うから! むしろ嬉しかった……」
正直担当ウマ娘って言われたのもドキっとして、クロのために走ろうとか思ったりもしました。言えないけど。
あと俺のことを大事にしてくれてるってことが分かって、嬉しさが止まらない。
乱暴な言葉使いもいつもとのギャップでこれはこれで……
「えへ、えへへ……」
「スタートレーナー……大丈夫ですか?」
まずい、このままだとずっと頬が緩みっぱなしでだらしない顔になってしまう。
俺はぱんと自分のほっぺを両手で挟むと、なんとか顔をいつもの表情に戻す。
苦戦しながら表情を固めていると、彼がふと思い出したかのように話しかけてきた。
「今日、可愛い格好してますね。いつもと違って新鮮で似合ってますよ」
あっ、もう無理。好き。
~~~~~~~~
その後、一緒に映画館まで移動して軽食を購入。
クロの隣に座り、映画館特有の大きなスクリーンで二時間ほど映像を眺める。
内容としては王道のラブコメで、特に事前情報が無くても面白い映画だった。
問題点を唯一上げるとするならば──
「面白かったですね。内容もすんなりと入ってきましたし、ラストシーンは感動しました」
「う、うん。そうだね……」
頭が恋愛脳になってしまったところだろうか。
初めて恋愛映画を見たのだが、思った以上に主人公のヒロインに感情移入出来てしまった。
最後の方なんか心の中で応援してしまったし、結ばれたシーンは涙を流しそうになっていたし。
それと同時に、こんな美しい恋愛をしてみたいなと思ってしまったのも良くなかった。
映画館を出た後、クロの顔を上手く直視出来ない。
それでも見たいと思ってしまう自分がいて、ちらちらと見上げてしまう変なウマ娘が誕生してしまった。
そんな挙動不審になっている俺の隣で、特に表情を変えずに歩いているクロを見るとなんか面白くないなと思ってしまう。
少しくらい照れたりしてもいいじゃないか。俺だけドキドキしているのが、なんかズルい。
「そういえば、この後どうしますか?」
「特に考えて無かったな……。喫茶店にでも行く?」
映画館を出た後の時間を確認すると、まだ帰るには早い時間。
このまま帰るのにはまだ惜しいので、どうにかして彼と一緒にいようと提案してみる。
いつも仕事でいるはずなのに、休日もこうして会いたいと思ってしまうのだから恋の病というのは厄介だ。
だがその希望は直ぐに打ち砕かれることになる。
「……って、うわっ」
バケツがひっくり返ったような大雨が、いきなり辺りを包み込む。
今日の予報では雨が降るなんて無かったので、突発的なゲリラ豪雨だろうか。
ざーざーとコンクリートに水が叩きつけられる音が聞こえると共に、自分の体が濡れていく感覚がする。
せっかくのお出かけだったのにこれでは台無しだとショックを受けていると、クロの顔が急に真っ赤になっていた。
「あの、スタートレーナー。こっちです!」
「……? ひゃっ」
今日の服装はいつものスーツではなく、白いワンピース。それが雨のせいで水に濡れたらどうなるか。
当然、透ける。
それを認識した瞬間、俺は体を縮こまらせて動けなくなる。
だがそのままでは雨に濡れる一方なので、なんとか俺たちは屋根のある場所に移動した。
「あの、これ良かったら着てください」
「あ、ありがとう……」
水が髪から滴る中、彼が自分の上着を俺にそっと被せてくれた。
彼の匂いがふわりの鼻にきて、抱かれているような錯覚を覚える。
ちらりとクロを眺めると頑張って俺から視線を逸らしており、見ないようにしているのが分かった。
俺も恥ずかしいのだが、それ以上に優しくされたことが心地よくてなんかどうでも良くなってる。
二人で外を眺めていると通り雨は一瞬だったのか、直ぐに小雨に変化して歩いても気にならない程度になっていた。
だがこの濡れたままの恰好では、外出は不可能だろう。
残念だが、今日のお出かけはここで終了かな……
俺の耳が無意識のうちにしゅんと垂れて、落ち込んでしまっているのが自分でも分かる。
するとクロが「あっ」と呟くと何かを思い出したのか、いつものノリで話始めた。
「あの、ここから自分の家に近いんですよ。そのままじゃ辛いですし、良かったらシャワーくらい貸しましょうか?」
「……へ?」
そんな自然に投下された極上の釣り針に。
乙女になっていた俺は食い気味に「行く」と直ぐに返事をして、彼の案内に後ろから尻尾を揺らしながら着いていくことになった。
そして、歩いて十分程度。
近いと言った言葉には特に偽りもなく、直ぐに彼の家に到着した。
そこはパッと見た感じ普通に小綺麗なマンションで、彼はその一室を借りているらしい。
一階にあった一室の鍵を回しドアを開けると「ちょっと待っててください」とクロが先に中に入っていたので、玄関にて大人しく待つ。
すると直ぐに彼がタオルを持って戻ってきてくれたので、それで体を軽く拭かせてもらう。
「そのままシャワー浴びちゃいましょうか。シャンプーとかは好きに使ってください」
クロがそう言ってくれたので「お邪魔します」と頭を軽く下げてから、案内された浴室に移動する。
濡れた服を綺麗に畳んで置いて少し狭めのお風呂場に入ると、シャワーヘッドからお湯を捻りだす。
最初は冷たかった水が段々と温かくなっていくのを確認したあと、頭からお湯を被せた。
いつも通りにシャンプーとボディーソープを使って体を軽く洗った後、タオルで水気を拭き取って脱衣所に出る。
そういえば、服はどうしようか。替えなんて持ってきてるわけないし……
髪を拭きながら考えていると、床にとあるものが置かれているのに気付いた。
「ん……? これって」
ひょいと拾い上げてみると、大きめのTシャツとズボンだった。
匂いで一発で分かる。これはクロの服だ。
……え? 俺これ着るの?
辺りを見渡してみても、それ以外の服は置いていない。
濡れた服を再度着るという方法もあるが、どうしても彼の服を着れるという選択肢が魅力的に見えてしまう。
そして悩みに悩み、結局──
「今日だけ……今日だけだから」
俺は欲望に負けた。
男性サイズの服に袖を通して、ズボンを履く。
ズボンがずり落ちないように手でなんとか抑えながら、俺は浴室から出てリビングに移動した。
「……お風呂、ありがとう」
「あ、スタートレーナー。サイズの方は……合いませんでしたか。一番小さいサイズ選んだんですけどね……」
クロがリビングのソファに腰かけていたので、俺もその隣に座る。
一人暮らしだからだろうか。ソファの大きさはそこまででも無く、少しでも横にズレれば彼と体が当たってしまうだろう。
一人暮らしの男性の部屋に、トレーナーとウマ娘が一人。
しんとした空気が部屋を包み込んでいる。
あれ、これサラッとやってるけど大分ヤバい状況なのでは?
何か話さなきゃ。えっと、話題は何か……
「なぁ……」
「はい?」
「クロってさ……俺のことをどう思ってるんだ?」
……あれ。俺、何言ってるんだ。
なんか彼の匂いに包まれたり、この状況に飲み込まれて変なことを口走った気がする。
だけど今更その言葉は取り消せないし、取り消したくない。
俺がじっとクロの目を見ながらそう言うと、彼が微笑みながら口を開いた。
「それは……勿論尊敬してますし、大事なヒトだと思ってますよ」
「そ、そうじゃなくてさ」
分かってる。これを聞いたら、もう後に戻れない。
「異性として……恋愛的な意味……」
「それって……」
もうこれで彼にはよっぽど鈍くない限り伝わってしまっただろう。
今、俺の顔はどうなってしまっているだろうか。
笑ってる? 泣いてる?
分からない。
けど、声が震えているのは自分でも分かった。
すると、ぽんと俺の頭に手が乗っかった感触がする。
そして優しく頭を撫でると、そっと囁いてきた。
「これから言うことは独り言です」
「……うん」
「もしですよ。スタートレーナーが大人になっても、その気持ちが変わらないんだとしたら──その時は、また私に伝えて下さい」
「それって」
俺ががばっと顔を上げて、クロの顔をじっと見る。
するとそこには、照れくさそうに俺を見ている彼がいた。
嬉しい。
この思いが。気持ちが。彼に伝わっていると分かった。
これほどまでに喜ばしいことが他にあるだろうか。
俺はそのテンションに任せて、がっと彼の腕を掴むとソファに押し倒した。
「えっ」
「ふっ、ふふふ……」
ウマ娘は力が強い。それはもう男性の一般人など、軽々と持ち上げられるくらいには。
下に目線を向けると彼が見える。いくらウマ娘の中では貧弱な俺だとしても、これくらいなら簡単に抑え込むことが出来るのだ。
まさかこんなことになるとは思って無かったのか、クロが焦ったような顔をし始める。
なんか、これ癖になりそうだな……
「ちょっ、ちょっとマズいですって! 今は、まだ!」
彼が何か言っているが気にしない。
俺は腰をゆっくりと折り曲げ彼の顔に口を近づけると、そっと首筋にキスを落とした。
「へ?」
「うん……今はこれで我慢する。だから──」
俺は顔を持ち上げクロを見下すと、一生懸命の笑顔を作って宣言した。
「──覚悟、しとけよな」
首へのキス。それは相手への執着心を意味している。
なんて、絶対教えてやらないけど。
自分の気持ちに、嘘はつけなかったから。
俺は体重を預けてその大きな胸に倒れ込むと、そっと目を閉じたのであった。
この作品はSkebでの「スターちゃんにスパダリイケメンのサブトレーナーがついて、それにガチ恋しちゃう話お願いします」という依頼で書き下ろした作品となっております。
本編の世界線には関わることはありません。
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