そのウマ娘、星を仰ぎ見る IF   作:フラペチーノ

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※注意

この話には「ガールズラブ」要素が含まれております。苦手な方はご注意ください。
また、今回の話は前話「スターゲイザーと恋の星空」とは全く関わりの無い新しいIfストーリーとなっております。


帝王、星を想い見上げる

 恋ってなんだろう。

 そう思ったのは、ボクの寮の同室であるマヤノと恋の話題になった時だった。

 

「恋を知らないテイオーちゃんはまだまだコドモだよね~」

 

 なんて彼女がにやにやして口角を上げながら見てきたから、ボクは対抗してその時思っていたことを言ってやった。

 

「ボクだって恋の一つや二つ、出来るやい! 胸がドキドキしたり、苦しくなったりって。すっごいレース観た時みたいなものでしょ?」

 

 マヤノはそれを聞いてぽかんと口を開けて、その後けらけらと笑って恋の話は終わった。

 それがあったのが、確かボクのデビュー戦が終わったくらいの頃。

 あの時はマヤノが何で笑っていたか分らなかったけど、今なら理由が分かる気がする。

 かちりかちりと時計の針が回る音が部屋の静寂を止めていたところに、凛とした声が入った。

 

「テイオー、大丈夫か?」

 

 そう言って顔を覗き込んできたのは白い髪に、琥珀色の綺麗な目をしたウマ娘。

 ボクの大切なヒトで、ボクの大好きなヒト。

 そして、ボクのことを理解してくれているトレーナー──スターゲイザー。

 

「もう夜だし、自分の部屋に戻った方がいいんじゃないか? 今日も練習で疲れただろ?」

 

 純粋に心配するように優しく話しかけてくるトレーナーに、ボクの心が罪悪感でずきりと痛む。

 ただ単純にボクは少しでもここにいたいだけなのに、いつもと変わらず接してくる彼女に謝りたくなる。

 ボクがこのウマ娘──トレーナーに「恋」をしているだけで、一瞬でも近くにいたいと思うのだから厄介だ。

 

「そんな時間かぁ。じゃあ、そろそろ戻るね! おやすみ、トレーナー!」

 

「あぁ、また明日な」

 

 でも時間がそれを許さない。

 これ以上トレーナーの部屋にいたらお互いに寝れないし、明日の練習にも影響を与えてしまうかもしれない。

 ボクはしぶしぶ座っていたソファから立ち上がり、ドアを開けて外に出る。

 夜遅い時間ということもあってか寮の廊下は少し薄暗く、他のウマ娘が歩いていることはない。

 

「はぁ……」

 

 しんと静まり返っている空間に、ボクの溜息が響き渡る。

 ボクがトレーナーに恋したのはいつくらいだっただろうか。

 皐月賞の時? ダービーの時? 菊花賞の時? 

 それとも──初めて出会った時に既に一目惚れしてた? 

 分からない。分からないけど。

 ボクの恋の器はもういっぱいになってて、今はそこから零れ落ちる水をなんとか誤魔化しているだけだった。

 

~~~~~~~~

「ドロワ?」

 

 その言葉を聞いたのは、マックイーンとネイチャと一緒にお昼ご飯を食べていたときだった。

 ボクが一旦箸を止めて、マックイーンに対して聞き返す。

 ドロワとは本来四月くらいにトレセン学園でやる行事で、簡単に言うとダンスをするイベントだ。

 だが今は年が変わった一月。ドロワをやる時期にしては少し早いと思うんだけど……

 それはネイチャも同じことを思ったらしく、首を傾げていた。

 

「ドロワって言っても、メジロ家主催で似たようなイベントを行う予定ですの。トレセン学園とは関係ありませんわね」

 

「はえー、やっぱり名家は違うねえ」

 

 ネイチャが感心したような驚いたような、そのどちらとも取れるような言葉を吐いた。

 メジロ家とはウマ娘界では有名な名家で、重賞ウマ娘を多く輩出していることで有名だったりする。

 いわゆるお嬢様なんだよね、マックイーン。……普段はそんな風には見えないけど。

 ボクが口にご飯を運びながら彼女の話を聞いていると、マックイーンが話を続けた。

 

「メジロ家的にはそんな堅苦しいイベントにはしたくないらしくてですね……。知り合いを誘っても良いと言われましたの」

 

「ほうほう?」

 

「テイオーにネイチャさん。よろしければパーティーに参加しませんか?」

 

 そうマックイーンが言った瞬間に、ネイチャが気管に水が入ったのかげほげほと咳き込む。

 何故かやたら過剰に反応しているネイチャを横に、ボクは気になったことを彼女に訊ねた。

 

「それって他の人にも声かけてるの? ボクたちだけ?」

 

「私が声をかけたのはあなたたちだけですわ。ですが、ドーベルやライアンとかが他の子も誘っているとは思いますわね」

 

 マックイーンはドロワと言っていた。

 ドロワというイベントはダンスを踊るペアの人。通称「デート」と呼ばれる人物を見つけないといけない。

 つまり、二人一組で参加するイベントなのだ

 マックイーンはボクとネイチャを一緒に誘っていたから──

 

「ネイチャがボクのデートになるってこと?」

 

「なんかアタシ、いつの間にかドロワに出る事になってる? あれぇ?」

 

「いえ、そういうわけではありませんわ」

 

 マックイーンが首を横に振って、ボクの言葉を否定する。

 そしてこほんと咳ばらいをすると、少しにやりと怪しく微笑んでこそこそと囁くように話始めた。

 

「誘う相手は誰でもいいとの事ですわ……。つまりは──」

 

「ト、トレーナーさんと一緒に出れるってこと?」

 

「正解です。かく言う私も、トレーナーさんと一緒に出ますわ。テイオーもネイチャさんもご自身のトレーナーさんと一緒に参加しませんか? 一緒に踊れますわよ」

 

「トレーナーさんをデートに……!」

 

 ネイチャがさっきとは打って変わって、キラキラした目でマックイーンの話に食いついている。

 分かりやすいなぁと思いながらも、ボクも自分のことを考えた。

 トレーナーと一緒にドロワに出てダンスを踊る。

 こんなお誘い、昔のボクだったら速攻で食いついていただろう。

 だが今は違う。

 恋なんて厄介な感情を知ってしまったからこそ、何故か妙に誘うのが恥ずかしい。

 ボクって意外と奥手なのかな、なんてぼやいているとマックイーンがボクの耳元でこっそりと囁いてきた。

 

「スターさんのドレス姿見たくありませんの? あなたがタキシード来てエスコートすれば、一発ですわ」

 

「マックイーン……」

 

 まるで思っていたことを一瞬で見抜いたかのようなセリフを、ボクに向かっていってくる。

 正直に言おう。

 トレーナーのドレス姿、見たい。

 機会があるごとに色々な服を着せたりしているが、そういえばドレス姿は見たことが無い。

 凄い似合うんだろうなぁと思っていると、無意識のうちに口角が上がっていたので急いで戻す。

 うん、決めた。

 

「マックイーン、ボクその招待受けるよ。なんとかトレーナーを誘ってみせる」

 

「ア、アタシも! うん、頑張ってみようかなぁなんて」

 

「了解しましたわ。それでは決まりましたら、私に連絡ください」

 

 その日はボクたちが少し掛かり気味になって、解散ということになるのであった。

 

~~~~~~~~

 マックイーンからドロワのお誘いを貰ってから次の日。

 ボクがいつものように放課後にトレーニングをしていると、少し離れた方から心地よい声が聞こえてきた。

 

「そろそろ終わりにしようか。お疲れ様、しっかりクールダウンするんだぞ」

 

「りょーかい! 今日はつかれたぁ」

 

 走っていたスピードを緩めて、軽く流すように足を動かす。

 するとボクの隣にゆっくりと近づいてくる黒い影が見えた。

 

「テイオーさん。お疲れ様です……」

 

 声をかけてきたのはボクのトレーナーのもう一人の担当ウマ娘、マンハッタンカフェだった。

 カフェは最近トレセン学園に入ってきたトレーナーの妹さんだ。

 お姉さんを追ってわざわざトレセン学園まで追って来たらしく、更にトレーナーも自分の姉を指名した。

 まぁその場にはボクもいたし、事情を聞かされていたから別に担当になることに特に拒否感を覚えなかったけど……

 だがとあることが、トレーニングを開始してから気になり始めた。

 これは誰が悪いわけではなく仕方がないことなのだが、心の中にいる小さいボクがぶーぶーと文句を言っている。

 その訴えは単純。

 トレーナーといる時間が減って寂しいよ~。ただそれだけ。

 そりゃ二人担当が付けばトレーナーだって忙しくなるだろう。

 しかもボクは自慢じゃないが三冠ウマ娘。メディアなどからの注目度も大きい。

 そこにカフェが加わったらそりゃ、仕事は積み重なる。トレーナーじゃないボクでも察せる程度だ。

 

「テイオーさん……大丈夫ですか? いつも以上に疲れてるように見えますが……」

 

「んぇっ? 大丈夫、大丈夫! ちょっと激しいトレーニングだったからかな!」

 

 カフェに心配されてしまって、ボクは空元気のように返事をする。

 実際体の方は確かにいつもより重いけど、許容の範囲内だ。

 どちらかというと、精神面かな。それが顔に出てたのかもしれない。

 ゆっくりと走りながらトレーナーの方をちらちらと視線を送っていると、カフェがボクの方に距離を詰めてきた。

 

「私は先に帰りますから……。姉さんとお話するなら、どうぞ……」

 

「うっ。ありがとう……カフェ」

 

 どうやらカフェには見抜かれていたらしく、気を使われてしまった。

 そんな会話をした後、ボクとカフェがクールダウンを終えてトレーナーが立っていた方へ移動する。

 そこでストレッチを念入りにして、水分補給。

 ベンチに座って水を飲んでいると、カフェがいつの間にかその場から消えていた。

 多分二人きりの状況を作ってくれたのだろう。

 後でもう一度感謝をしなくては。カフェってはちみー、好きだっけ。

 ボクがお礼の内容を考えていると、トレーナーがカフェがいなくなってことに気付いたのか辺りを見渡し始めた。

 

「……あれ、カフェどこいった? 明日の連絡しようと思ったんだけど」

 

 後で戻ってくるかなとトレーナーが独り言を呟きながら、手持ちのタブレットを弄る。

 この周辺の空間は今、ボクとトレーナーしかいない。

 たまたまかもしれないけど、他の人の姿も見えないから何かを話すなら今しかないだろう。

 ボクはすぅと息を吸い込んで、トレーナーに慎重に話しかけた。

 

「あ、あのさ! トレーナー!」

 

「ん? どうした、テイオー」

 

 あくまで普段通りに。いつも、トレーナーと会話するように。

 なるべく声が上がらないように、注意して──

 

「トレーナー! ボクのデートになってください!」

 

 あっ、やっちゃった。

 なんも説明してないのに、勢いだけで告白したみたいになってしまった。

 ほら、トレーナーもなんか顔にハテナマーク浮かべて固まってるじゃん! あーもうボクのバカ! 

 ぽかんとしているトレーナーに対して、ボクは焦って説明を続ける。

 

「トレーナー、ドロワってイベント知ってる?」

 

「ドロワ……名前だけは聞いたことあるな。確かダンスとかやるイベントだっけ?」

 

「うん、それそれ」

 

 ある程度知っているなら話もスムーズに進むかな。

 ボクは一度こほんと咳払いをすると、マックイーンから聞いたイベントの内容を伝え始めた。

 メジロ家のイベントで軽いドロワのイベントをやること。

 デートはダンスのペアであるということ。

 そこで他の人も呼んでいいという話になったこと。

 そして──ボクと一緒にドロワに出て欲しいということ。

 

「ドロワかぁ……テイオーは他の友達と一緒に出ないのか?」

 

 トレーナーがボクの顔を見ながら、全く悪意の無い顔でそんなことを言ってくる。

 あぁ、ボクのトレーナーはこういうところがあるのだ。

 自分のことじゃなくて、ボクのことを優先で考える。しかも、それがボクのためを思ってやっているのだから少しタチが悪い。

 ボクの気持ち、正直に受け取って欲しいんだけどな。このにぶちんトレーナーめ。

 なんてそんなことは言わないけど、今は少し踏み込まないと分かってくれなさそうだなぁ。

 

「ボクはトレーナーと一緒に行きたいの! ダメ……かな」

 

「うっ……」

 

 この数年。トレーナーと一緒にいて分かったことがある。

 スターゲイザーというウマ娘は基本押しに弱い。

 泣き落とし……というわけじゃないけど、こんな感じで上目遣いで頼めば大体のことはやってくれる。

 というわけで今回もその戦法を使って、トレーナーを押しにかかった。

 すると、トレーナーが折れてこくんと頷いてくれる。

 

「分かった。じゃあ一緒に行くか、ドロワ」

 

「……うん!」

 

 やった。これで第一関門は突破だ。

 あともう一つ気になることはあるけど、これは後からでも問題無い。

 嬉しくなって尻尾を振っていると、トレーナーがボクが思って無かったことを言っていた。

 

「なぁ、テイオー。カフェも招待していいのか?」

 

 これは少し痛いところを聞かれてしまった。

 ボクはトレーナーと「二人きり」でドロワに行きたい。

 トレーナーとしては、カフェを仲間外れにはしたくないというのがあるのだろうけど……

 ごめん、カフェ。今回だけはボクに譲って欲しい。

 このどろどろと沸き立つ感情は、恋とかではなく──独占欲に近いのかもしれない。

 

「ごめん、今回はペアでの参加だからさ。カフェの参加は難しいかも」

 

「そっか……。カフェには謝っとかないとな」

 

 ボクが言った言葉は、真っ赤な嘘だ。

 マックイーンはそんなこと一言も言ってなかったし、仮にペアの参加だったとしても、ボクとトレーナーの関係者だったら多分入場出来るだろう。

 こんなのマックイーンに問いただせば、直ぐにバレる嘘。

 けど、トレーナーは信じてくれる。ボクが嘘なんてつかないと思ってるから。

 でも……ボクだってたまには嘘つくんだよ? 

 

「詳しい日程分かったらまた連絡してくれ」

 

「うん、りょーかい」

 

 ボクとトレーナーとの会話が一区切りすると、その瞬間が分かっていたのかどこからともなくカフェが戻ってきた。

 もしかしたらさっきまでの話を聞かれていたかもしれないけど、特に何も言ってくる様子は無い。

 こうして、ボクはトレーナーをドロワに誘うことに成功した。

 そして、それをその日の晩にうっきうきでマックイーンに連絡。

 日程や開催場所を聞いて、ボクはもう一つの楽しみに思いを馳せて眠りにつくのであった。

 そして、ぐっすりと眠れて目覚めも良かった次の日の朝。

 ボクはテンション高めで学園に登校し、放課後になるまでそのまま過ごした。

 そして、授業が終わると同時に直ぐに教室を飛びだしてトレーナーの元へ。

 自分の寮の階段を駆け上がり、トレーナーの部屋をノック。

 特に返事を待つわけでも無く、直ぐにドアを開けてトレーナー室の中に入った。

 するとトレーナーがパソコンに向かいながら、何か難しい顔で作業をしているのが見える。

 

「おー、テイオー。今日は早いな」

 

「まぁね! ちょっと話したいことがあって!」

 

 ボクはカフェがいないことを確認すると、ぼふんと勢いよくソファに腰をかける。

 バックから携帯を取り出して、マックイーンからの返信を確認するとボクはトレーナーに昨日の件について話し始めた。

 

「昨日さ、ドロワの件について話したじゃん? それの続きがしたくて」

 

 ボクはドロワの日程と開催場所をトレーナーに伝える。

 トレーナーは一度パソコンを弄る手を止めて、ボクの話を聞いてくれていた。

 一通り必須事項を彼女に伝え終わると、ボクは気を引き締める。

 さて、ここからが問題だ。

 楽しみでもあり、気になっていたこと。

 ボクはトレーナーの顔をじっと見ると、目を見て口を開いた。

 

「ねぇ、ドロワってさ。一人が男性役でもう一人が女性役が一般的なんだよね」

 

「そうなのか?」

 

「うん、それでさ──どっちがリードするかって話なんだけど……」

 

 ペアダンスはどっちかがリードをして踊るかによって、男性役と女性役を決めることが多い。

 ボクが片耳にした話だと、去年はフジキセキとセイウンスカイがペアを組んでエキシビションとして踊っていたらしい。実際に見て無いけど、評判が凄く良かったとか。

 そんなデュエットだけど、希望としてはボクがリードする側になりたい。

 これはトレーナーが受け側になれば、ドレス姿が見れるからという欲望全開の考えからだ。

 さてそんな想いにトレーナーは顎に手を当てて考える仕草を取りつつ、ボクに質問をしてきた。

 

「俺はどっちでもいいけど……それってリードする側とかでなんか違うのか?」

 

「振付がちょっと違うくらいかな。後は衣装」

 

「もしかして、受け側はドレスとか……?」

 

「正解! まぁ競技ダンスとかになってくると違うけどさ、今回はそんな場所じゃないしね」

 

 ボクも詳しくは無いけど、競技ダンスとかの同性ペアだとどちらも同じ衣装で踊るらしい。

 今回のドロワは形式に乗っ取ろうということで、男性役と女性役を決めてそれに合った衣装で踊ることが推奨されている。

 勿論推奨で強制じゃないけど、この機会逃すわけにはいかない。

 

「んー、まぁ無難に俺がリードする側で……」

 

「えー、ボクがリードしたいなぁ」

 

 トレーナーとボクの目が合う。

 絶対こうなると思った。だって、トレーナーが自分からドレスとか着たがるわけもないし。

 となるとここはボクとトレーナーのバトルだ。どっちが先に折れるかの真剣勝負。

 

「それって普通、どうやって決めるんだ……?」

 

「ウマ娘同士なら走って決めたりすることが多いらしいよ」

 

「俺がテイオーに勝てる訳ないだろ」

 

「まぁ、それはそうだと思う」

 

 ボクもトレーナーもお互いに譲らない感じで、平行線のまま話が進んでいく。

 そして話し合いというか言い合いに近いことが続いて、大体十分くらいが経過した。

 このままだと埒が明かないため、結局ボクたちが最終手段に選んだのは──

 

「「じゃんけーん」」

 

 ここは運に任せるしかないよね! 

 

~~~~~~~~

 それから約一週間後の休日の日。

 ボクたちはその日の夕方、会場であるメジロ家の屋敷の方へ向かっていた。

 

「メジロ家って始めてきたけど、これって本当に一般人が立ち入りしていいのか……?」

 

「まぁ、豪華だよねぇ。ボクも初めて来た時びっくりしたもん」

 

 メジロ家の屋敷の見た目はかなり壮観で、大きな門に大きな屋敷が鎮座しておりイメージ通りのお金持ちの住む家と言った感じだ。

 ボクたちはその大きな門から敷地の中に入り、マックイーンに指定された場所に向かう。

 向かったのはドロワの会場……ではなく、屋敷の中のとある一室。

 これまた大きなドアから中にお邪魔すると、中からメジロ家のメイドさんがお出迎えしてくれた。

 ボクは初めて来たわけじゃないから気にならなかったけど、トレーナーは驚いたのか耳をピンと立たせて挨拶を返していた。

 そんなメイドさんの一人に案内されて部屋に辿り着くと、こんこんとドアをノックする。

 どうぞと聞き覚えのある声が中から返ってきたので、部屋に入るとそこにはボクの友人がいた。

 

「あら、少し遅かったですわね。ネイチャさんはもう行ってしまいましたわよ」

 

「早くない? ボクたち五分前には来たよ?」

 

 部屋には煌びやかなドレスなどが一面ずらーっと並んでいる。

 大量の洋服が所狭しとしまわれており、ここが服屋と錯覚するくらいだ。

 そこに黒いドレスを着ていつもと違う雰囲気を醸し出しているウマ娘──メジロマックイーンがボクたちを出迎えてくれた。

 

「さて、時間はまだ余裕はありますが早速着替えていきましょうか。どうせ……余計な服も着せるのでしょう?」

 

「分かってるじゃん! じゃあ、よろしくね!」

 

「へ? ちょっ、テイオー?」

 

 マックイーンとボクがにこりと笑うと、どこからともなく現れたメイドさんにトレーナーが連れてかれてしまう。

 ここで行うのは、ボクとトレーナーの着替えだ。

 ボクもドレスは持ってはいるけど、今は実家に置いて来てしまっている。今はサイズも合うかも怪しいしね。

 だがマックイーンが衣装を貸してくれることになったので、その心配は杞憂に終わった。

 ボクは近くにいたメイドさんに訊ねて、自分の着る衣装がある場所に案内して貰う。

 そこでスーツに近い男性用のダンス衣装に袖を通し、鏡で姿を確認する。

 そう。例の「どっちがリードするかじゃんけん」は無事ボクが勝利を収め、トレーナーがドレスを着ることになった。

 その時思わずガッツポーズしちゃったけど、これくらいは許して欲しい。

 さてさて、ボクの衣装はサイズさえあえばいいし。トレーナーの姿を見に行こうかなっと。

 

「トレーナー! ドレスどんな感じ?」

 

「んえっ、テイオー。助けて……」

 

 聞きなれた声と同時にボクの胸の中に飛び込んできたのは、白髪の美少女ウマ娘だった。

 ぽふんと体に柔らかい感触が当たると同時に、うるうるした目のトレーナーと視線が合った瞬間──ボクの中で時が止まった。

 

「テイオー……?」

 

「はっ!」

 

 呼びかけられただけで意識を取り戻したボクを褒めて欲しい。

 そのウマ娘の姿は綺麗な白い髪と、いつもは絶対着ないであろう淡いピンク色のドレスに身を包んでいた。

 更にいつの間にか軽く化粧をしており、ただでさえ綺麗な顔が更に際立っている。

 そんなのを見たら、誰だってきゅんと心が鳴ってしてしまうのは仕方ないだろう。

 ボクがトレーナーに恋をしていることを差し引いても、これは致命傷に近い。

 ……というか、こんな劇物。他の人に見せたら、奪われてしまうかもしれない。保護しなきゃ。

 そんな興奮した頭が原因であまり考えられない状態の中弾き出した、ボクが次に取った行動が──

 

「へうっ、テイオー急にどうした?」

 

 近づいて来たトレーナーを、優しくぎゅっと抱きしめることだった。

 彼女の肩から顔を出すように抱擁したボクは、ふわりと漂ってくる彼女の優しい香りにまたふらつきそうになる。

 なんとか視線を上に向けると、マックイーンとメイドさんがジト目で見てきていた。

 

「いきなりどうしましたの……?」

 

「あげないもんね!」

 

「本当にどうしましたの!?」

 

 誰にもあげない。トレーナーはボクだけのウマ娘だ。

 

 ~~~~~~~~

 結局あの後ピンクの他に色々なドレスを着せられたトレーナーだったが、最終的には白くてフリルが控えめなドレスを自分で選んで着ていた。

 可愛い方向では無く、どちらかというと大人びた感じの美しいドレス。

 あっ、勿論着せ替え人形になっていたトレーナーは全部写真に収めたよ? 

 着替えが終わったボクたちは、一度その場でマックイーンと別れてドロワの会場に向かっていた。

 衣裳部屋から屋敷の中をメイドさんに案内されて到着した場所は、大きなホールのような部屋。

 トレセン学園の体育館くらいの広さで、そこそこの人数のヒトが確認できた。

 ぱっと見た感じ、トレセン学園で見たことあるようなウマ娘が綺麗なドレスを着て歩いている。

 そんなウマ娘の中にネイチャを見つけたので話しかけようとしたが、直ぐにやめた。

 深紅のドレスを身にまとった彼女は笑顔でトレーナーと一緒にいたので、邪魔するのも悪いなと思ってしまったからだ。

 きょろきょろ耳を動かして落ち着かない様子のトレーナーの横で、ボクはドロワの開始の合図を待つ。

 するとマックイーンが壇上の上に立ってマイクの感度を軽く確認したと思うと、声を機械に乗せた。

 

「お待たせしました。これより、メジロ家主催のドロワを開催いたします」

 

 ぱちぱちと軽い拍手が会場を包み込んだ。

 その瞬間、スピーカーから音楽が流れ始めて周りのみんながダンスをし始めた。

 

「じゃあ、トレーナー。お手を拝借」

 

「あぁ……。お手柔らかにな」

 

 そっとトレーナーの手を取ると、ボクがリードする形でダンスを開始する。

 踊っている人とぶつからないように避けながら、練習した通りの動きを繰り返す。

 この最初に予定されていたダンスの振付は、トレーナーと一緒に練習したものだ。

 トレーナーは一度見ただけで振り付けを全て暗記したみたいだったが、実際に再現してみると上手くいかなかった。

 その理由は単純でドロワとなると、二人で踊らないとダンスとして成立しないからだ。

 ボクの方がトレーナーよりも身長が低いのもあってか最初は苦労したけど、段々と合わせられるようになってその日の内に習得してしまった。

 二人で練習通りに踊っていると、最初に流れていた音楽が止まりダンスの終わりを伝える。

 終了直後のトレーナーの顔を見ると、少し紅潮していつもより色っぽく見えてしまった。

 その姿にドキっと心臓が高鳴る感じがするが、落ち着かせようと深く深呼吸をする。

 取り合えず良かった。ミスせずに成功できたみたいだ。

 それはトレーナーも同じだったのか、安心したようにほっと一息ついている。

 すると曲が終わると同時に、ドアが開かれてウェイターさんが食べ物を運んできたのが見えた。

 

「軽食を用意しましたわ。ご自由に手に取ってくださいませ」

 

 マックイーンがそんなアナウンスをスピーカーで話すのが聞こえる。

 がらがらとワゴンに乗って入ってきた軽食は、一口サイズの色々な種類のケーキ。

 ……これ、マックイーンがリクエストしたでしょ。なんか目をキラキラさせて待ってましたと言わんばかりに飛びついてるし。

 

「テイオー、こっからは自由なんだっけ?」

 

「うんまぁ軽食を楽しんでもいいし、ダンス踊ってもいいし。なんか甘いもの取って来る?」

 

「じゃあ、任せるかな。ありがと」

 

 ダンスを踊り終わった後に、会場の端に立ったトレーナーを背にボクは軽食を取りに行く。

 お皿を貰って軽くつまめるように、色々な種類のケーキを乗せていった。

 そして、テンション高めにトレーナーの元に戻ろうとすると──あんまり見たくない光景が広がっていた。

 

「すみません、珍しい白毛ですね。良ければ名刺どうぞ」

 

「え……あ、はい。ありがとうございます……」

 

「トレセンの生徒さんですか? 良ければどの路線であると教えて頂ければ……」

 

「あはは……」

 

 トレーナーに話しかけている男性が一人。

 勿論ボクの知っている人じゃないし、トレーナーもいきなり話しかけられて困惑しているように見える。

 それを見かけた瞬間、心に黒い雲がかかった。

 どす黒い、吐き出したらそれこそ汚い言葉しか出なさそうな感情。

 一瞬、床を踏み抜きそうな勢いで地団駄をしそうになったがぐっとこらえる。ウマ娘のパワーで本気で床を蹴ったらシャレにならない。

 愛想笑いしているトレーナーを助けに行こうとするが、こういう場ってどう対応すればいいのだろうか。

 まさかボクが三冠ウマ娘で、知名度がある程度あることが邪魔してくるとは思わなかった。

 へたすると、トレーナーにも迷惑がかかる。

 スタッフさんに知らせて、対応させるのが一番いいのかな……

 一番荒波を立てない方法を考えた結果、ボクがスタッフを探そうと辺りを見渡していると、こちらに一人葦毛のウマ娘が向かっているのが視界に入った。

 

「どうしましたの? そんな難しい顔をして」

 

「マックイーン……。なんか、トレーナーが絡まれててさ」

 

 無言で首をくいっとトレーナーの方へ向けて、マックイーンの視線を誘導する。

 するとマックイーンが難しい表情を浮かべて、はぁと溜息をついた。

 

「全く……こういうことをする人は呼んでませんのよね……」

 

「だから、ちょっとスタッフさん呼ぼうかなぁってな……」

 

「あら」

 

 マックイーンが手に口を当てて驚いたような顔をする。

 あれ、別にボク変なこと言ってないと思うけど……

 

「助けに行きませんの?」

 

「いや、だから迷惑掛かるし……」

 

「後片付けは私が何とかしますわ。だから──」

 

 マックイーンがとんと背中を押してくる。

 後ろを振り向くと、ふっと微笑んだ彼女がボクの気持ちを後押ししてくれた。

 

「お姫様を助けにいきなさい、王子様?」

 

「──言われなくても」

 

 ボクは持っていたお皿を一度マックイーンに預け、きゅっと顔を引き締めてトレーナーの元に向かう。

 こつんとなるべく音を立てながら床を踏んで、邪魔者の元へ。

 トレーナーがまだ愛想笑いを続けているのを見て、ボクの気持ちが更に湧きたつ気がする。

 そして、ボクが例の男性の前に割り込んでトレーナーを後ろに隠した。

 男性の方は身長がトレーナーより高く、ボクも見上げる形になるが臆さないようにきっと睨みつける。

 さて……マックイーンがバックについてるとはいえ、言葉使いには気を付けないといけない。

 まぁ、そうだね。ここは、ちょっとキザな感じで行こか。

 

「お姫様、ボクのお誘いを無視して何やってるのかな?」

 

「お姫……さま?」

 

「さぁ、ボクと一緒に行こうか」

 

 トレーナーの腕をぐっと掴んで、ボクの体の方に寄せる。

 ふわりとトレーナーの匂いがボクの鼻孔を貫くと共に、柔らかい体の感触が腕に当たる。

 なんかこうして触ってみると、トレーニングしているボクとは比べ物にならないくらい華奢でドキッとしてしまう。

 ボクが力を軽く込めただけで、抵抗できないんじゃないか。そう思ってしまうくらい。

 

「じゃあ、ボクたちはこれで」

 

 そのままトレーナーを少しの力を込めて引っ張り、その場から退散しようとする。

 トレーナーも最初は困惑していたが、例の人と離れるというボクの意図を理解してくれたのか素直に着いてきてくれた。

 一瞬ボクのトレーナーに絡んできた奴の顔を見たけど、なんかぽかんとしてた。ちょっとせいせいしたかもしれない。

 その後、ボクたちは会場の扉から外に出ていく。

 わざわざ会場を後にする事は一瞬思ったけど。

 これ以上ここにいてまたトレーナーが絡まれたら、ボクがおかしくなりそうだったし。

 嫉妬心でトレーナーを独り占めしたくなったから、かな。

 

~~~~~~~~

「なぁ、テイオー。どこまで行くんだよ」

 

 トレーナーが困惑する中、ボクたちがやって来たのはメジロ家の屋敷の敷地内。屋敷から少し離れた大きな庭みたいなところだ。

 大きな木が一本真ん中に生えており、緑の芝が綺麗に整地されている。

 おしゃれな形をした外灯と屋敷からの光が、ぼんやりと庭を薄暗く照らしていた。

 そんな庭に辿り着いた瞬間、ボクはトレーナーに対して勢いよく口を開いた。

 

「もう! トレーナー! 警戒心無さ過ぎ! 嫌だったら断るくらいしてよね!」

 

「んえっ。まぁ、なんか。丁寧に接してくれたし……」

 

 トレーナーがもじもじしながら、ボクのことを見てくる。

 なんかどこか無防備なところあるトレーナーも確かに一つの魅力だけど、悪い虫が寄って来る時もあるので注意してもらいたいものだ。

 だがトレーナーもボクの気持ちを理解してくれたのか、ボクに向かって軽く頭を下げた。

 

「でもありがとな。かっこよかったぞ、テイオー」

 

 ……もう。そう言われたら、ボクだって許すしかなくなるじゃん。

 好きな人に「カッコイイ」なんてストレートに伝えられて、脳内でガッツポーズをした。

 しかも今のトレーナーは純白の綺麗なドレス姿。

 まるで、物語の中でお姫様から感謝されてるみたいでなんかドキドキする。

 

「なら……」

 

「……ん?」

 

 すっと上に視線を向けると、綺麗な夜空の中で星が輝いている。更に、雲もかかってない綺麗な満月も出ていた。

 その視線を一度正面に向けて、トレーナーの顔をじっと見つめる。

 そして腰を軽く折り曲げると右手をトレーナーの前に出して、にこりと笑った。

 

「ボクともう一度踊ってくれますか? お姫様?」

 

 後から考えると、凄い歯に浮くセリフだとは思う。

 だけど、星空の下。綺麗な庭の中で、薄暗く照らされたボクたち。

 これに場酔いしてしまうのも……悪く無いよね? 

 そんなボクからのお誘いに、白毛のウマ娘は出された手にそっと手のひらを重ねて返事をしてくれた。

 

「はい……。お手柔らかに」

 

 今もまだ盛り上がっている会場の外れにある庭園で、無音の中踊り合うウマ娘が二人。

 ダンスの曲もかかってないのに、ぴったりと息も合ってリズムよくステップを踏む。

 誰もいないから邪魔する心配もなく、思いっきり大胆に。だけど、繊細な所は繊細に。

 ボクが力強くリードして、トレーナーがそれに順応してくれる。

 まるで、二人が一体化したような感覚がして心地よい。

 だがそんなダンスも永遠には続かず、終わりが近づいてくる。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「ん? どうした?」

 

 ととんとリズムよくステップを取る中、ボクはトレーナーに話しかける。

 綺麗な琥珀色の目がじっとボクを映して光り輝いている。

 あぁ、ボクはこの瞳が大好きだ。曇り無く真正面を向いている瞳が大好きだ。

 だけど、その瞳はボク以外にも色々なヒトを映していて。

 なんか小さなボクがじっと嫉妬してしまう。

 その瞳はボクだけを映して欲しい。もっとボクを見て欲しい。

 ボクの存在を、瞳に刻みたい。

 だから、今だけの魔法。星空の魔力。

 

「好きだよ、トレーナー」

 

「……ん、俺も好きだぞ。テイオー」

 

 きっとボクの「好き」とトレーナーの「好き」は違うのだろう。

 それもそうだ。彼女がそういう恋愛的なことに疎いなんて、今まで一緒にいれば分かる。

 だから、もっと直接的に。

 これが最初で最後になるかもしれないけど。

 ボクはダンスの終わりにぐいっとトレーナーを引き寄せると、首筋にかぷりと嚙みついた。

 痕が付くか付かないかの瀬戸際のラインの力の強さで、トレーナーに数秒間歯を立てるとそっと離した。

 

「なっ、テイオー。何っ」

 

「んー。魔法、かな?」

 

 いつかトレーナーがボクと同じ魔法にかかることを信じての呪文。

 今は伝わらなくていい。

 でも、いつか──

 

「覚悟しててよね」

 

 ──絶対ボクのことを好きになって貰うから。

 にししっと笑いながら、とんと跳ねるように一歩を踏み出す。

 

「戻ろっか、トレーナー」

 

 さっきいた舞台に戻ろうと、ボクは歩みを進める。

 夜空を見上げると綺麗な星が一つ、煌びやかに輝いていた。

 そこに右手を伸ばして、手のひらを握りしめる。

 その星は、これからもずっと輝いていくのだろう。

 いつかそれが落ちるように。ボクはこれからも手を伸ばし続ける。

 

「テイオー伝説にはずっとキミが必要なんだよ、スター」

 

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