そのウマ娘、星を仰ぎ見る IF   作:フラペチーノ

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※注意

この話は新しい世界線のお話です。
前回までの話とは繋がっておりませんので、ご了承ください。


そのウマ娘、可能性のその先へ

 ウマ娘──それはこの世界に存在する不思議な生物で二足歩行をしながらも、一般人とはかけ離れたパワーと走力を持っている。

 そしてウマ娘はその名の通り女性しかおらず、ウマ息子なんてものは存在しない。

 実に興味深い……というのが正直な感想なのだが、それよりも気になっていることが一つ。

 ウマ娘は「走る」のだ。

 走るといってもただ単純に走る訳ではなく、その身をレースで競い合っている。

 闘争本能をそこで消化しているのか。そもそも一体誰がレースなんて作ったのかは分からないが、まぁ端的に言うと──

 走らないウマ娘はウマ娘に非ず、と言ったところだろうか。

 それは私とて例外ではなく、ウマ娘としてこの世に生を受けた自分自身もその本能に抗えなかった。

 走るのは好きだ。目の前が熱くなって燃えるような感覚がして、生を実感できる。

 まるで、私は走るために生まれてきたと思うくらいに。

 だが、私の近くに走らないウマ娘がいた。

 そのウマ娘の名は、スターゲイザー。

 私──アグネスタキオンの姉で、親愛しているウマ娘である。

 

~~~~~~~~

 私は大分聡明な子供時代を過ごしていたと自負している。

 旧家の令嬢、いわゆるお嬢様として生まれた私はそれはあれやこれやと言われていた──訳ではなかった。

 私の家は放任主義という奴で特にがみがみと言ってくる訳でもなく、その子の意思に任せるのがうちの方針。ネグレクトとはまた別のお話だ。

 自由が与えられると言うのは聞こえはいいが、その時の私は小学生。

 流石に親も最低限支援はしてくれるが、基本は自分で考えて進む道を決めていかないといけない。

 だが、まだ幼い私にそんなことを言われてもまだ将来のことなんて考えようがない。

 だから私は恐らくこのまま義務教育を終えるのだろうななんてぼんやり思っていた。

 しかし、その考えを根本から覆す事件が唐突に起こった。

 それは私が小学生五年生くらいの時。

 先ほど言った通り私の家は旧家の令嬢のため、やたら横との繋がりが多い。

 それだからか、よく分らないおじさんやおばさんが家に来てやたら長い話をしてくることがある。

 その度に私や姉さんは謎に綺麗なドレスを着せられて、無駄な話を隣で聞かされていた。

 今日もいつも通り興味もない話を、親の隣で話半分聞くだけで終わるはずだったのだが──

 

「そういえば、君たちはトレセン学園には行かないのかい?」

 

 その言葉が私たちの歯車を狂わせた。

 トレセン学園。それは全国から優秀なウマ娘が集まり、トゥインクルシリーズを走るウマ娘を育成する学園だ。簡単に言うと、レースをするウマ娘が所属している学園。

 恐らくだが、相手からしたら特に悪意があって聞いたわけではないのだろう。

 だが、私の姉は少々特殊なウマ娘だった。

 

「私は……トレセン学園には行かないと思います。走れませんしね」

 

 そう、姉は走らないウマ娘だった。

 どこか体に問題があるわけでは無い。至って普通のウマ娘なのだが、走るのが嫌いだという変わったウマ娘だった。

 姉さんが言うには走れはするのだが、怖いらしい。

 これは親も私も知っていたし、特に変に思って攻め立てるようなことも無かった。

 だけど、姉は凄く優秀だった。

 地頭が良いと言うのだろうか。どんなこともぱっと覚えることが出来て、直ぐにこなす事も出来る。

 私も自分自身まぁまぁ優秀だと思っているが、姉はそれを超える天才だ。

 しかし、相手はそうは思ってなかったらしく姉のことを非難してきた。

 それでもウマ娘なのか。有名な家系出身の自覚はあるのか。などなど……。

 明らかに小学生に対してかける言葉ではない。

 そしてトドメと言わんばかりに放った言葉が、彼女の笑顔にひびを入れた。

 

「白毛だからじゃないのか! この家系の異端児が!」

 

 空気が凍った。

 私の姉であるスターゲイザーは、確かに少し変わった見た目をしていた。

 白毛に綺麗な琥珀色の目をしており、私の栗毛で緋色の目とは全く異なっている。

 私の母親も栗毛のウマ娘で、全く家系にいなかったまるで突然変異で生まれたかのようなウマ娘。

 だが家族はそれを気にしていなかったし、放任主義とはいえしっかりと愛情は注いでいる。

 私も姉が大好きだった。

 とても私に優しくしてくれる姉は親よりも身近な存在で、一緒にいる時間も長かった気がする。

 しかし、奴らは家族の問題にずけずけと侵入し破壊して帰っていった。

 走らないウマ娘はウマ娘じゃないという言葉を残しつつ。

 その日から歯車が壊れたような日々が始まる。

 中学生になった姉さんはトレセン学園には勿論向かわず、部屋に引きこもってしまった。

 何を思ったのかなんて聞けるわけが無い。そんなことをしたら、トドメを刺してしまいそうだったから。

 だから私は決意した。

 

「私がウマ娘の可能性を証明してやろうじゃないか。走らないウマ娘でも価値あると言うことを」

 

~~~~~~~~

 そこからの私は早かった。

 まず自分がそれを証明するために何が出来るか。それを考えて真っ先に出てきたのは、トレセン学園に行く事だった。

 レースをするための学園に何故入るのか。

 それはトレセン学園の学部にあった。

 トレセン学園にはサポート学科というのがある。そこではウマ娘がウマ娘をサポートするために勉強しているところらしい。

 ここならば、ウマ娘の可能性について研究できる。私にぴったりじゃないか! 

 そう思った私は親に中学からトレセン学園に入りたいことを伝えて、試験勉強を始める。

 特に反対もされずに、支援もしてくれる親に感謝しつつ一人で黙々と対策をしていった。

 トレセン学園の試験は、学力試験と実技試験、面接の三つがある。

 学力に関しては何も問題は無かったし、実技も何ら問題も無い。私は自分で言うのもなんだが、優秀なのでね。

 問題は面接だったのだが、まぁ異端なことを言わなければ大丈夫だろう。

 そんな割と軽い感じで小学六年生の春頃、トレセン学園に試験を受けに行った。

 実技試験も学力試験の手ごたえありで終わり、最後の面接では確か──

 

「証明するため」

 

 とか答えて終わった気がする。

 何を証明するかと答えなかったけど……まぁ大丈夫だろう。

 そしてその日から数週間後。

 配送で送られてきた結果には「合格」との文字が。まぁ当たり前だろう。

 そして中に同封された書類を読み進めていると、とある記述が気になった。

 それは寮に関してのこと。

 原則として、トレセン学園に入学するウマ娘は寮に入らないといけないらしい。

 つまり、今住んでいる実家を離れてトレセン学園に行かなければならないということだ。

 姉さんを一人にする……? 今、こんな状況で? 

 とは言っても、このままだと何も進まない。

 私の目的はなんだ。思い出せ。姉さんを証明するためだろう。

 ぱんと両手で顔を叩くと、私は覚悟を決める。

 だが、そのことを直ぐに姉に話すことはなかなかできなかった。

 姉はあれからずっと学校に行くことも無く、ずっと引きこもってしまっている。

 基本私と顔を合わせる事も無く、ずっと部屋に入り浸っていた。

 何をしているのかは分からないが、生きてはいるらしい。

 この家は世間一般的にはお金持ちの部類に入っているためお手伝いさんと呼ばれる人がいるのだが、その方が基本姉の世話をしてくれている。

 そのお手伝いさんがいうには健康ではあるらしいので、そこは安心なのだが……

 そんな姉に対して現状を伝えることが出来ずに、とうとう実家を出る日になってしまった。

 この日を逃してしまったら、当分この家に帰ることはなくなる。

 私は重くなった足をなんとか動かして、姉の部屋に向かう。

 廊下を歩いて辿り着いた姉の部屋のドアを控えめに三回ノックして、ドアを開けようとしたが出来なかった。

 目の前にはただのドアしか無いはずで、少しの力を込めれば開くはずなのに不思議と手が動かない。

 するとドアがそっと少しだけ横にズレて、黒い隙間が出来た。

 だがそれ以上隙間が広がることは無く、そこから動きそうにもない。

 そして、そこから不安そうに震えた声が聞こえてきた。

 

「タキオン……?」

 

「姉さん! すまない、今日は伝えたいことがあってだね……」

 

 間違いない、姉さんの声だ。

 久し振りに聞けた声に嬉しさを覚えつつ、私はその隙間に向かって話しかける。

 

「実は私、トレセン学園に行くことになったのだよ。そこで今日には家を出発しないといけなくてね……」

 

「そっか……」

 

 姉さんからの返事は聞こえるが、その表情まではドアを隔てて伺えない。

 どう思っているのか分からないまま、いや私が分かりたくなかったが正しいだろうか。

 そのまま姉さんの返事を聞くことも無く、私はまくし立てるように話したいことだけ言い始めた。

 

「私は姉さんのことを証明してみせる。ウマ娘が走るだけの存在じゃないと、今まで非難してきた奴に言い返すのさ」

 

 そして私はゆっくりとドアに背中を向けるとぺたんとその場に座り込んで、ゆっくりと口を開いて続きを話し始めた。

 

「私はウマ娘に生まれたことを運命だと思っているよ。この世界を根本から覆すのさ。ウマ娘自身にしか分からないことだって多々ある。これで──」

 

「なぁ、タキオン……」

 

「ん? なんだい、姉さん」

 

「それは──本当にタキオンがやりたいことだったのか?」

 

「……愚問だね」

 

 姉さんが小さな声で質問してきたので、私は心配をかけないようにとゆっくりと話しかける。

 私が今思っているのは本音だ。

 誰かに命令されたからやるのではない。自分の意思でここに立っている。

 何故そこまで言い切れるのかって? そんなの決まってるじゃないか。

 

「私は、姉さんが思っている以上に姉さんが好きなのさ」

 

 そう言い終えると、音を立てないように立ち上がってドアから離れた。

 最後に姉さんの声も聞かずに、急ぎ足でその場を去る。

 結局姉さんの気持ちを理解できぬまま、私はトレセン学園の門を叩くのであった。

 

~~~~~~~~

 トレセン学園に向かってから早数週間が経過した。

 最初は心配していた寮の同室の子とはまぁ、仲良くやっているよ。なんか時々気絶はするけどね。

 そんな中、私はトレセン学園のサポート学科で黙々と勉強をしていた。

 ここはいい。ウマ娘のことを勉強するのにこれ以上の無い環境が揃っている。

 だが、私がしたいのは既知の勉強では無く、未知の研究。ウマ娘の可能性。

 なので私はトレセンで勉強をこなしながら、自分で色々なことを調べていた。

 そして、約一年の月日が流れた頃。

 いつも通り図書館で調べものをしながらレポートを書いていた時に、当然校内放送が流れ始める。

 耳を傾けると、私の名前が呼ばれて生徒会室に来てほしいとの連絡だった。

 はて、私が何かしただろうか。特に問題を起こした記憶は無いが、呼ばれてしまった以上バックレるのも難しい。

 私はぱたんと読んでいた本を閉じると、元合った場所に本を戻して生徒会室に向かった。

 日が傾いて少し夕焼けの赤色が窓から差し込んだ廊下を、一人歩く。

 今の時間帯的に、普通の生徒は今頃ターフでトレーニングに勤しんでいるだろう。

 そんな中異端児である私が、生徒会室に辿り着くとこんこんと無駄に豪華で大きなドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

 声が聞こえて来たので、私はドアを開けると中に入る。

 生徒会室には一人のウマ娘がおり、椅子に座って私をじっと見つめてくる。

 白い流星を携えた学生とは思えない威厳を醸し出しているウマ娘。彼女は流石の私でも存在は知っていた。

 シンボリルドルフ。七冠を取った最強のウマ娘と呼ばれており、このトレセン学園の生徒会長でもある。

 一つの空間に会長と一般ウマ娘の私。本当に何で呼ばれたか分からないねぇ。

 私が会長さんと目を合わせていると、こほんと彼女が咳払いしてきて口を開いた。

 

「さて……アグネスタキオン。わざわざ来てもらってすまないね」

 

「まぁ、構わないが……。一体何の用だい?」

 

「そうだね、単刀直入に言おうか」

 

 手を組んで私にもう一度向き合うと、ぎしりと椅子が歪む音が部屋中に響く。

 そして机をこつんと叩くと、私が予想もしていないことを言ってきた。

 

「アグネスタキオン。サポート学科をやめて、トゥインクルシリーズで走る気は無いかい?」

 

 ……ふぅん? 

 私が興味を示したような態度を取ると、彼女がソファに座ってくれと手を差し出す。

 それに従ってソファに腰掛けると、会長さんが話の続きを喋り始めた。

 

「これは私からの提案では無かったのだが……君を調べていくうちに興味深いことが出て来てね」

 

「別に私は何も変なことしてないと思うのだがねぇ」

 

「アグネスタキオン。君の入学試験の走りを見させてもらった」

 

 そういえばと過去のことを思い返すと、確かに入学テストで実技試験として三ハロンの直線を走ったりはした。

 だがサポート学科を受ける私にとって、実技試験の配分は少ないとは思っていたのだが……

 

「その走りを調べたのだが、三ハロン38.5……。これは現役ウマ娘に匹敵する速さだ」

 

「タイムまで測ってたのかい? でもあれからは一年以上経っていると思うがね……」

 

「そこで最近こっそりとタイムを測らせて貰った」

 

「いつの間に……」

 

 一応サポート学科にも体育の授業として、ある程度走ることがある。

 ウマ娘である以上、体を動かすのも必要だと思ったのか学園側が用意してくれた科目。

 実際私もウマ娘なので、走るのは好きだったりするのだが……

 そういえば最近2000mをまるでレースのように走らされた時があった。その時は気にしていなかったが、恐らくその時にタイムを計測されたのだろう。

 

「その時のタイムが2分4秒8。これもかなり早い。本当にサポート学科の生徒か疑うくらいだ」

 

 自分のタイムなんて気にしたことは無かったが、そこまで速かったのか。

 確かにこの三ハロンと2000mのタイムは、デビュー戦くらいのウマ娘のタイムだったと記憶している。

 まぁ私が優秀だったことが証明されただけだねぇ……

 

「そこでだ。君が良ければだが、是非トゥインクルシリーズへの移行へ──」

 

「断る」

 

「……ほう?」

 

 会長の目がふっと目を細めて私の方を見てきた。

 まさか速攻で断られるとは思って無かったのだろう。そんな動揺の感情がぴりぴりと伝わってくる。

 だが私としてもその提案を簡単に飲むわけにはいかない。

 

「私にはやりたいことがあってだね。そんなことしている暇なんて無いのだよ」

 

「……一体なんだい?」

 

「ウマ娘の可能性の証明さ。走りだけでは見えない、ウマ娘の世界をだね」

 

「それは本当に君のやりたいことなのか?」

 

「ふぅん……?」

 

 その態度を見るに、私が無理していると思われているのか──見つめるその目は心配しているようにも見えた。

 こんな心配をされたのは──姉さんと最後話した時以来だねぇ。

 あの時も同じことを思ったが、私の思いは変わらない。

 

「ま、そんなわけだから会長さんには申し訳ないが、その話は断らせてもらうよ」

 

「そうか……それは、残念だ」

 

 私はその返事を会長さんから聞くと、急いでソファから立ち上がり彼女に背を向けた。

 

「もし……君が走りたくなったなら、直ぐに私に言ってくれ」

 

「その時が来たら考えておくよ」

 

 その私が出した声は何故か、少し震えていた気がしてしまった。

 

~~~~~~~~

 それからまた二年の月日が経過した。

 トレセン学園から習うことは自力でほとんど学び終えてしまい、最近は自分で研究し始めている。

 その過程で書いた論文をトレセン学園に提出などしてみたら、何故かめちゃくちゃ評価されてしまった。

 それをいいことに研究室をねだってみたら、何故か空き教室に私専用の部屋が出来てしまった。まぁ、監視役は付いてはいるのだが。

 そこからは論文の研究だけでなく、被検体を利用した薬の開発などにも取り組むようになった。

 だがそれらの実験も全て失敗に終わった。

 いや世間的には評価されてるだろうし、学生の範疇を超えているだろう。

 だが話はそう単純な仕組みではない。

 私の目標は「走らないウマ娘の可能性の追求」だ。

 だが私が今まで研究して出てきた結果は全て……走るウマ娘の可能性だった。

 ウマ娘は走るべき存在である。そんな当たり前のことを再認識させられ、神様からそんな無駄なことをするなと言われている気分。

 まるでゴールの無いレースを一人で走っているかのような感覚に、いつしか私は崩れていった。

 自分を使った治験は勿論、モルモットになってくれる人を募集したりした。監視役にこっそりと薬を盛ったこともあった。彼女は虹色に輝いた。

 その過程で自分の知りたくないことも知ってしまったが、まぁ今の私にはあんまり関係ないことだ。

 そんな毎日を過ごしていたある日。

 私がいつも通りウマ娘の研究をしてフラスコを弄り倒していた時、私の監視役として設置されたウマ娘──マンハッタンカフェが思い出したかのようにぽそりと呟いた。

 

「そういえば……知ってますか、タキオンさん。学園で最近話題になってること」

 

「んーなんだい、カフェ。私が学園で浮いてるのは知ってるだろ? 知ってるわけ無いじゃないか」

 

「最近ウマ娘のトレーナーさんが入って来たらしいですよ……。最近、その話題で持ちきりです……」

 

「ふぅん? ウマ娘のトレーナー、ねぇ。気にはなるが、過去にもいただろう? 確かに珍しいが、騒ぐほどのことでも……」

 

「それがですね……なかなか珍しいウマ娘らしくて……」

 

 カフェが呟いた言葉を話半分に聞きながら、実験機材をカチャカチャ弄る。

 実際私は学年内で浮きに浮いていた。

 その理由も単純でこの与えられた実験室から出ていないからだ。

 まるで引きこもりのようになってしまった私は、授業にすら出ず毎日研究に取り組んでいる。

 先生には悪いが、適当に論文を提出してそれで単位を受け取っていた。学園側も特例として認めてくれたし、これは合法である。

 そんな理由から学園内での知り合いといったら、カフェと同室のアグネスデジタル君くらいである。

 そんなカフェから話を聞いていたのだが、こつんとコーヒーカップが置かれた音がした。

 

「実はそのウマ娘、白毛らしくてですね……。珍しいと話題に……タキオンさん?」

 

「あははは……。そんな訳無いじゃないか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の動きが止まる。

 白毛……それを聞いた瞬間に自分の姉のことを思い出してしまった。

 一瞬心臓がドキっと跳ねてしまったが、頭を冷やして冷静に考える。

 姉さんがトレーナー? 絶対にありえない。どう考えても目指す理由なんて無さそうだし……

 

「ふ、ふぅん? それは珍しいねぇ……是非私のモルモットに」

 

「ならないと思いますよ……。てか、タキオンさん声が震えてますが……大丈夫ですか……?」

 

 ふぅ……動揺してしまったがなんとか元に戻した。

 まぁ、実家を出てから一度も姉には会って無いし連絡をしていない。だから何をしているのか分からないというのは、その通りなのだが……

 何も結果を出せていないのに、連絡するのは気が引けるしねぇ……

 そんな過去のことを思い返しながら、私は実験を再開する。

 カフェも世間話は終わったのか、自分で入れたコーヒーを一口飲むとふぅ……と息を吐き出し──

 

「そういえば……スターゲイザーさんって言うらしいですよ。そのウマ娘トレーナーさん」

 

 ──爆弾をぶん投げてきた。

 それは私の心臓に刺さって貫き、熱を帯びさせる。

 そして、私の目の前は真っ白になった。

 それから、その日の出来事は碌に覚えていない。

 あまりのショックに記憶が飛んだのだろうか。

 カフェにもデジタル君にも何か言われた気はするが、気付いたら寮のベッドの上で朝を迎えていた。

 朝……と言っても時計を見ると夕方の五時を指しており、夕方だったのだが。

 ふらふらとベッドから這い出ながら、もはや普段着と化した白衣に身を包んで寮の外に出る。

 別に気分転換をしたかった訳では無いし、目的があった訳でもない。

 自分でも何かしないとおかしくなりそうだったのが、現実である。

 ふらふらと久し振りに歩いた練習場をさまよっていると、遠くに見たことのあるウマ娘を見つけてしまった。

 真っ白な髪に、先端だけ黒い尻尾。スーツを着ていたし、何年も近く姿を見ていなかったが、一発で分かった。

 スターゲイザー。私の姉だ。

 その姿を見つけた瞬間、私は咄嗟に物陰に隠れる。そしてそこに隠れながら、少し顔だけを出して彼女の様子を観察した。

 まぁまぁ距離があったため、表情までは伺えないが楽しそうにしているのは仕草で分かった。

 さらに姉と一緒にもう一人のウマ娘がいる。

 白い流星を携えた、身長が少し小さめの鹿毛のウマ娘。そのウマ娘が、とことこと姉さんの近くに来て何かを喋っていた。

 もしかしたら、彼女が姉さんの担当ウマ娘なのかもしれない。

 なんか、幸せそうだね……

 二人とも生き生きとしながら、トレーニングに励んでいる。

 その姿は、今まで私が見たこともない姉の姿で──

 

「私は……一体何がしたかったんだい?」

 

 そんな自問自答を繰り返しながら、私はその場を去る。

 その後、私は研究室に戻ったのだが──その時の記憶は全くない。

 

~~~~~~~~

 それからというもの、私は自分を誤魔化すように狂ったように研究をし始めた。

 何かが失われるという危機感が、じゅくじゅくと背中から追って来る。そんな謎の感覚に怯えながら、逃げるように機材を動かした。

 毎日実験しながら無意味な日々を過ごす。

 姉が外に出てトレーナーになっているのに関わらず、私は研究室に引きこもる毎日。

 だが、トレーナーになった彼女の行動は影ながら逐一追っていた。

 ざっと調べたところによると、姉さんは新人トレーナーとしてトレセン学園に入ってきたらしい。

 そして、新人トレーナーにも関わらず担当ウマ娘を持っていた。

 そのウマ娘の名はトウカイテイオー。

 シンボリルドルフに憧れてトレセン学園に入学したウマ娘らしく、三冠ウマ娘を目指しているらしい。

 

「……で、そこまで調べて何がしたいんですか?」

 

「敵情視察という奴かな」

 

「関わらないのに……ですか?」

 

「まぁ、そんなものさ」

 

 カフェやデジタル君にも事情を説明して一緒に調べて貰った。

 初めて私の姉のことを話した時に彼女たちに酷く驚かれ「一体今まで何してたんですか」とか言われたけど、まぁそこは上手く誤魔化した。

 こんなことをしても意味ないのは分かっている。だが、調べずにはいられなかった。

 自分が知らない姉の情報があるのが許せないという、ただそれだけのこと。

 そしてこっそりストーキングし始める生活を続けていると、続々と姉の情報が入ってきた。

 というか、自分から情報を集めなくても勝手に入って来るのが正しいか。

 スターゲイザーとトウカイテイオーは、破竹の勢いでトゥインクルシリーズを進撃していった。

 デビュー戦を勝利し、続くOP戦も勝利。その後のインタビューでは、三冠を宣言。

 そしてその言葉通り、皐月賞、ダービー、菊花賞を無敗で勝利し無敗の三冠ウマ娘になってしまった。

 姉がインタビューを受けたという情報は無かったが、トウカイテイオーの活躍を見ればどれだけトレーナーとして貢献出来ているのかなんて一発で分かる。

 そんな姉の活躍を見て私は──

 

「あの……タキオンさん……。最近おかしいですよ……寝れてないみたいですし、一回休んだ方がいいんじゃ……」

 

「うるさいねぇ……自分の体調は自分が一番把握しているよ……。私が大丈夫だと言ってるんだから、平気さ……」

 

 明らかに虚勢を張った言葉を吐きながら、無理して研究を続けていた。

 なんで無理してここまで研究を続けたのか、自分でも分からない。

 そのうち自分でも何の研究しているのか分からなくなって、無茶をして。

 ついに私はどうやら寮に帰る道中で、ふっと意識を無くして倒れてしまったらしい。

 

~~~~~~~~

「んっ……」

 

 私が次に目を覚ましたのは、どこかのベッドの上だった。

 まさか知らない天井をリアルで経験することになるとはねぇ……

 白衣のまま寝ていた私はなんとか体をゆっくりと起こすと、辺りを見渡す。

 やたら固いベッドに寝ていたせいで、体もバキバキになっている。

 このやたら寝にくかったベッドは保健室のものらしく、どうやら誰かがここまで運んでくれたらしい。

 ある程度体調も回復してベッドからゆっくりと降りると、掛けてあった白いカーテンを捲って外に出る。

 さて……流石に私も常識は弁えているのでね。わざわざ運んでくれた心優しきウマ娘にお礼を……

 

「久し振り、だな」

 

「ねぇ、さん?」

 

 真っ白な絹糸のような髪をショートに切り揃え、琥珀色の目をした麗しいウマ娘。

 そう、私の姉──スターゲイザーが手を伸ばせば届く範囲にいた。

 あまりにも突然の出来事にびっくりして私の体の動きが止まる。

 そして、その膠着時間を打ち破ったのは姉の方だった。

 

「なぁ、倒れてたの運んだのは俺だけど……大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……」

 

 心臓がバクバクして呼吸がままならない。落ち着こうと息をゆっくりとなんとか吐き出す。

 目線をしっかりと合わせることが出来ずに私がおろおろとしていると、姉さんが私をしっかりと見てきてゆっくりと話しかけてきた。

 

「……タキオン」

 

「なんだい……?」

 

「今日、夜時間あるか? 良かったら、俺の部屋に来てほしいんだけど……」

 

 まさか、姉さんの方から仕掛けてくるとは。

 いくら情報を仕入れていたとはいえ、私と姉がこうして対面で会うのは数年ぶり。

 脳が混乱して、いつものように喋ることが出来なかった。

 だが心の中でこの機会を逃したら、二度と彼女と関わることがないかもしれないという予感もしていた。

 結果、なんとか絞り出した答えは──

 

「分かった……」

 

 そう返事をすると、姉さんがほっと一息ついて私に部屋の場所を伝えてくる。

 教えてくれた場所はまさかのウマ娘が利用している寮で驚いたが、まぁその時はそこまで動揺はしなかった。

 こくりと頷いて私は逃げるように保健室を後にする。

 ずるずると足を引きずると、廊下を歩く。

 ひとひとと不気味に誰もいない場所に、私の足音だけが沈んでいった。

 その後なんとか自分の部屋に戻ると、もやもやとした感情だけが貯まったままベッドに寝っ転がる。

 そしてゆっくりと目を閉じて、白衣のまま眠りにつこうとする。

 このまま何も考えない時間が続けばいいのにと思ったのだが、時計というのは残酷なものであっという間に約束の時間が来てしまった。

 結局一睡も出来ずに、指定された場所に向かう。

 寮長に許可出してないとも思ったが、いつも研究室で寝泊りしている私は大分寮長の監視が甘い。最悪、デジタル君に誤魔化して貰おう。

 私は寝静まった寮を、なるべく音を立てないように移動し始める。まるでネズミみたいだ。

 

「ここかな……」

 

 姉さんに言われた部屋に辿り着くと、私はドアを三回ノックした。

 するとドアががちゃりと開いて、姉さんが姿を現した。

 

「入ってくれ」

 

 その言葉に従って私は部屋の中に入った。

 一つだけあるベッドに、恐らく仕事をしているであろうPCが置いてある机。ホワイトボードに本が綺麗にしまわれている本棚と、かなりきっちりと片付いている部屋だった。

 そんな部屋に入ると姉さんが「座って」と言ってくれたので、私はまぁまぁ大きめのソファに腰を降ろした。

 そして姉さんが立ったままこちらをじっと見てくる。

 一瞬の静寂。その後、姉さんがすぅと息を吸うとゆっくりと口を開いた。

 

「まずは……久し振りだなタキオン」

 

「そうだね……数年ぶり、といったところか」

 

 そしてまた気まずい空気が流れ始める。

 姉さんを見ていると、言い出したくても言えない表情。

 対して私はこれ以上聞きたくないという感情が渦巻いていた。

 やめてくれ。姉さんに今更どういう顔で会えばいいんだ。私は彼女を置いて、勝手に逃げていったんだぞ。だから。だから──

 

「タキオンに言いたいことがあるんだ」

 

 やめてほしい。

 だけど、もう……いい加減に目を向ける時なのかもしれない。

 罵倒も批判も全て受け止めよう。それが私の罪で罰なのだから──

 

「ありがとう、タキオン。そして、ごめん……」

 

「……へ?」

 

 無意識のうちに耳をぴたりと閉じてしまっていた私に飛び込んできた言葉は、感謝と謝罪だった。

 予想もしてないような言葉をかけられてしまい、自分の口からは変な空気が漏れ出してしまう。

 全く予想もしていないセリフに脳が追いついていないなか、姉さんは話を続けた。

 

「タキオンと最後に会った日にさ、言ってくれただろ? ウマ娘の可能性を証明するって。それが凄く嬉しくてさ。俺もこのままじゃダメだって思って。頑張ろうって決めたんだ」

 

「そう……なのかい?」

 

「あぁ。だけど、それまでずっと引きこもっててタキオンに心配かけちゃって……。それに、トレセンに来れたのにさ……ずっとタキオンとから逃げてて……。ほんとに、ごめん」

 

「それは、ちがっ」

 

 でも私も姉さんから逃げてた。それに、私は本当は姉さんを証明したいんじゃなくて──私は、ずっと。

 じんわりと涙が漏れる感じがして、目の前が薄暗く見えにくくなってきた。

 あれ、私こんなに涙腺が緩かったかね。

 今喋ったら自分の正直なこと。自分でも分からなかったことを言ってしまいそうで怖かったが、一度緩んだダムは元には戻らない。

 私は今までの全てを吐き出すかのように、膝に置いていた手を握りしめて口を開いた。

 

「私は姉さんが羨ましかったんだ……」

 

「……」

 

「最初は姉さんのためにウマ娘の可能性を証明しようと思っていたさ! けど、研究しても明らかになるのは走るウマ娘の証明ばかり! そんな中、姉さんはトレーナーとして新たな可能性を示した!」

 

「そっか……」

 

「今までの研究が無駄になっていく感じがした! 私を悠々と超える姉さんを見て、やけくそになった! 本当に自分がやりたかったことなのかと疑いもしたさ!」

 

 こんなこと姉さんに言っても何もならない。

 お互いに傷ついて終わるだけの時間。

 そんな中、私は最後の本音を彼女にぶつけた。

 

「私は──姉さんなんか大好きで大嫌いだよ……」

 

 気持ち悪いくらいのどろどろした嫉妬。

 自己中心的なえぐい感情に支配され、私の心はぴしりとひび割れていった。

 

「なぁ、姉さん。私は、どうすればいい?」

 

 そして最後に頼るのは自分の最愛にして大嫌いな姉。

 あぁ、なんで私はこんなにもわがままになってしまったんだろうねぇ……

 自分の嗚咽が二人しかいない部屋に響き渡る中、姉さんは私の方に近づいてくる。

 そして、私をそっと抱き寄せた。

 

「ごめん。謝っても許されないかもしれないけど、俺はタキオンをめちゃくちゃにした」

 

「うえっ……ぐすっ……」

 

「だから、俺もタキオンと向き合って道を示すよ」

 

 姉さんは一旦手を離すと、私の肩に手を置いてじっと目を見つめてきた。

 

「走ろう、タキオン」

 

「はし……る?」

 

「タキオンは今まで俺のことを証明してくれようとした。だから、次は俺がタキオンを証明する。今までの研究も全て無駄じゃなかったって。それをレースで証明するんだ」

 

「でも、私は……」

 

「実はというと、俺もタキオンに嫉妬していたんだ。全く走れない俺と比べて、速く走れる妹。ウマ娘としてこのままでいいのかって考えたこともあったよ。けどそんな中でも、タキオンが信じてくれたからここまで来れた」

 

「だけど」

 

「だけど、じゃない。全て事実さ。だからお互い様かもな……二人とも」

 

「はは……」

 

 不器用な姉妹だ。

 全く違う見た目で生まれた私達。だけど、思っていた事は似たようなことで。同じように苦しんでいて。それでもとあがいて。

 そして──今の私たちがいる。

 

「だからタキオン。こんな俺でも良ければ──俺の担当ウマ娘になってくれないか?」

 

 きっとこの道はお互いに依存しきってるかもしれない。

 間違ってるのかもしれない。

 けど、どんな回り道をしてもその道に意味をつけるのは私たち自身だ。

 ならば、私の答えは決まっている。

 

「勿論だとも! これから私、アグネスタキオンはトゥインクルシリーズでウマ娘の可能性の果てを見ようじゃないか!」

 

 スターゲイザーとアグネスタキオン。

 この二人がやっと、本当の姉妹になれた瞬間だった。

 

~~~~~~~~

 結局その日は私は姉さんの部屋から帰らずに、一緒のベッドに潜り込んだ。

 最初は姉さんが早く帰りなよといってくれたのだが、私が駄々を捏ねて横行した。

 今までの時間を埋めるためにうんたらかんたらと言って、もぞもぞと姉の布団に入り込む姿は多分情けなかった気がする。

 そして数日ぶりに熟睡できた次の日の朝。

 姉の温もりを堪能して布団を被っていると、何故か外が騒がしい。

 

「なんだい……私は眠いんだよ……少しは静かにするっていう気はないのかい?」

 

「あー! やっと起きた! さぁ、説明してもらうからね!」

 

「いや、さっき説明しただろ? このウマ娘は俺の妹で……」

 

 ポニーテールに白い流星。そして、活発そうな元気な少女の声。

 間違いない、彼女こそが無敗の三冠ウマ娘にして姉さんの担当ウマ娘──トウカイテイオーだ。

 はて、なんで彼女がここに……? 

 

「もう! さっさと布団から降りてよね!」

 

「えー! 私の布団だよ!?」

 

「いや、俺のだけど……」

 

 わちゃわちゃと、昨日の夜とは打って変わって騒がしい日常がいきなり始まった。

 こんな焦った姉も初めて見たし、凄く興味深くて新鮮だ。

 

「あー、はっはっは!」

 

「タ、タキオン?」

 

 思わず笑い出してしまった私を見て、二人は驚いた顔をしている。

 全く、自分でもおかしいねぇ……

 一つのきっかけで目に見える世界がまた違って見えるのだから。

 

「さて、自己紹介しておこうか。私はアグネスタキオン。ウマ娘の可能性の果てを見る者。そして──」

 

 あぁ、昔と違って今は綺麗に見える。視界が広がって、また新しい研究をしたい気分だ。

 ならば、ここで私がやるべきことは一つ。

 

「──未来の無敗の三冠ウマ娘さ」

 

 掲げるなら最強。見据えるなら頂点。

 無謀かもしれない。だが、この可能性を潰すのはあまりにも勿体ない。

 でも、大丈夫だと確信している。

 何故なら今は一人じゃないから。

 姉さんと一緒ならきっと、どこまでも。

 




今回のお話は「もし、スターゲイザーの妹がマンハッタンカフェではなくアグネスタキオンだったら」というSkeb依頼で作成した書き下ろし短編となっております。

https://skeb.jp/@Frappuccino0125
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