そのウマ娘、星を仰ぎ見る IF   作:フラペチーノ

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※注意

この話は新しい世界線のお話です。
前回までの話とは繋がっておりませんので、ご了承ください。


The magic of love on Halloween

 テイオーの菊花賞が終わりカフェとの仲も取り戻して、少し経ったある日。

 その日は特に俺自身の予定も無く二人のトレーニングを見た後、部屋の中で一人黙々と仕事に打ち込む予定だった。

 しかしなんとなく空気感というのは分かるもので、トレセン学園の全体がどこかソワソワしていた。

 だが特に何も聞かされて無かった俺は、パソコンの電源を入れて軽く背伸びをし気合を入れる。

 よし、今からまた頑張るか。

 そう思った瞬間、こんこんこんとドアのノック音が三回鳴った。

 時計を確認すると、時刻は夜六時ごろ。季節も秋になり、もう大分外も暗くなっている。

 こんな時間に俺の部屋を訪ねてくるのなんて、テイオーかカフェくらいしか考えられない。

 

「入っていいぞー」

 

 丁度椅子に座っていたというのもあって少し横着してしまい、その状態のまま声をかけたのだがドアが開く様子は無い。

 何か荷物を持っていてドアを開けられてないのかな。

 そう思った俺は一度立ち上がって移動し、ドアノブに手をかける。

 

「なんか用──か?」

 

 最初はいつも通りのトーンで話しかけたはずなのに、最後の方は疑問に変わってしまった。ドアを開けて目の前にいたのは、大きな真っ白な布を被ったウマ娘。

 ぴょこんと頭に布越しだがウマ耳が見えていたため、直ぐにウマ娘だと分かる。

 まるで大きな幽霊がゆらゆらと揺れているような見た目。

 だがこのウマ耳に、身長に雰囲気。

 

「カフェか? なんでそんな格好してるんだ?」

 

「バレてしまいましたか……。流石ですね、姉さん……」

 

「これくらいならすぐ分かるぞ?」

 

 ばさりと白い布を取り払うと、中から俺の妹──マンハッタンカフェの姿が現れる。

 単純に制服の上からベッドのシーツのようなものを被っていただけらしく、それ以外に変わった様子はない。

 中が熱くて息苦しかったのか、いつもは真っ白な肌の顔が軽く紅潮しており息もちょっと荒い。

 その後じーっと彼女が俺のことを見つめてくるが、何でこういうことして来たか分からないままだ。

 俺が顔にハテナマークを浮かべていたところ、カフェがそれを察してくれたのかぽそっと言葉を呟いた。

 

「トリックオアトリート……お菓子くれなきゃいたずらしちゃいますよ……」

 

「ん? あっ、そっか。今日、ハロウィンか……」

 

 彼女がその言葉を呟いた瞬間に、ぱっと点と点が繋がった気がした。

 寮内が浮ついていた空気だったのは、きっとハロウィンだったからだろう。

 そういえば寮合同で、ハロウィンパーティーするなんて連絡があった気がする。

 俺自身もこの栗東寮にお世話になっているのに、すっかり忘れてしまっていた。

 

「私もさっき知ったんですけどね……。軽いコスプレですが、幽霊になってみました……。姉さんは驚いてなかったみたいですけど……」

 

「まぁ直ぐにカフェって見抜いちゃったしな。なんか、ごめんな?」

 

「いえ、それはちょっと嬉しかったです……。それよりも──」

 

 ぐいっとカフェが俺を下から覗き込むように一歩を踏み出す。

 そして口元だけを少し微笑ませて、そっと俺に囁いてきた。

 

「お菓子、ありますか……? 無いといたずらしちゃうことになってしまいますが……」

 

「お菓子。お菓子かぁ。どうだったかな」

 

 季節のイベントに全くと言っていいほど疎い俺が、そんなハロウィン用にお菓子なんて用意してるわけがない。

 となると、普段常用してるお菓子があるかどうかだが……

 

「ごめん、カフェ。ちょうど無くなったみたいで……」

 

 机の横についている引き出しの中を開けて確認してみたのだが、ストックしてあったお菓子が無くなってしまっている。

 いつもはここに一口チョコとかがあったりするのだが……

 

「なら……イタズラですね」

 

「……お手柔らかに」

 

 となると、流れ的にこうなる。

 カフェのことだしそんな過激なイタズラなんてしないと思うが、何されるのか不安だ。

 

「それでは……目を瞑ってください……」

 

 カフェの言葉に従ってゆっくりと目を閉じる。

 するとカフェの足音が聞こえて、俺の側に近寄ってきたのが分かった。

 そして自分の頬に、ひんやりとした感触が伝わって来る。きっとこれはカフェの手だろう。

 ほっぺに優しく触れた彼女の手は、そのまま俺の顔を下げられるのに使われ──

 

「……んっ」

 

「へっ?」

 

 ほっぺに手では無い、別の感触がした。

 二つの柔らかい感触。ふにっと頬が沈むような感覚に驚き、急いでばっと目を開ける。

 するとそこには人差し指で口を押さえ、ぺろりと舌で軽く唇を舐めたカフェがそこにはいた。

 妖艶な笑みを浮かべた彼女は俺に軽く礼をすると、そのまま俺の部屋から出ていく。

 あまりにも唐突にやってきた台風の目のような存在に、俺はぽかんと口を開けて突っ立っている事しか出来なかった。

 俺が再起動したのは、カフェがいなくなってから少し経った後。

 

「……なんか、カフェ最近スキンシップ激しくない?」

 

 前も頬にキスされたしなーと他人事のように思いつつ、もう一度椅子に腰をかける。

 なんか元気貰ったし仕事やるかと考えていると、またドアのノック音が部屋に響く。

 さっきカフェが来たということは、次は別のウマ娘。

 この流れは間違いない。

 

「トリックオアトリート! トレーナー! お菓子くれないとイタズラしちゃうぞー!」

 

 俺の返事を待たずに、ばんと勢いよく開けられたドアの音が聞こえてくる。

 ぴょこんと生えた白い流星に、ポニーテール。そして、明るい声。

 俺の担当ウマ娘の一人──トウカイテイオーが元気よく部屋に入ってきた。

 

「おー、テイオーか。結構本格的に仮装してるんだな」

 

「どうどう? 似合う? 可愛い?」

 

 さっき訪ねてきたカフェと違い、テイオーは衣装から整えていた。

 いつものウマ耳の上から被っているのだろう。犬耳のようなカチューシャらしきものをつけ、全体がグレー色で統一されている。

 更に細かいのは八重歯のような鋭い牙が生えている事だ。

 これまで要素を纏めると、彼女の仮装は恐らく──

 

「オオカミ男……かな?」

 

「せいかーい! 今はオオカミ娘だけどね」

 

「凄い似合ってるぞ。流石テイオーだな」

 

 かなり本格的に仮装していたというのもあり、彼女に雰囲気がぴったりと合ってとても可愛らしい。

 俺が本音で褒めるとテイオーもえへへと言いながら、衣装を見せつけるようにくるりとその場を一回転する。

 その場をふわりと舞うスカートを眺めてると、外から違うウマ娘の声が聞こえてきた。

 

「もー! テイオーちゃん、急ぎすぎ! そんな走らなくてもスターちゃんは逃げないよ?」

 

「直ぐにトレーナーに見せたくてさ。つい、ね?」

 

 そんな少し幼い声と共に入って来たのは、テイオーの友人──マヤノトップガンだった。

 小さい体をダボッとしたマントで囲み、長いスカートを着ている。

 頭には大きな三角帽子を被り、その姿は──

 

「マヤは魔女か。杖まで持って本格的だな」

 

「マヤの魔法にかかっちゃえ~! なんてね」

 

 木の杖らしきものの先端をくるくると回しながら、彼女が呪文みたいなものを呟く。

 こっちもかなり凝っていて、このイベントのために用意したことが分かる。

 彼女たちにとって季節の行事は一大イベントで、それを全力で楽しんでいるのだろう。

 

「で、わざわざ来てもらって悪いけどさ。今ちょっとお菓子無くてな」

 

「えー! こういう時は用意しとくものじゃない? トレーナー」

 

「すっかり忘れてて……」

 

 俺が今手持ちが無いことを伝えると、マヤの目がきらりと光った気がした。

 そしてにやりと口角を上げると、楽しそうに口を開いた。

 

「じゃあ~。イタズラだねっ♪ スターちゃん」

 

「またか。あんまり変なことしないでくれよ」

 

「また……? さっき誰かからされたの?」

 

「カフェにちょっとな」

 

 流石にキスまでされたとは伝えなかったが、それを聞いたテイオーはちょっと面白く無さそうな顔をして俺の側に近づいて来た。

 むっとほっぺを膨らませた彼女は、俺に対して命令してくる。

 

「じゃあ、トレーナーちょっとしゃがんで。そして、目も瞑って」

 

「はいはい」

 

 俺が首を下げてテイオーの目線が合うように腰を曲げると、ぽふんと頭に上に何か乗った感覚がした。

 というか、俺の耳が何やらがさごそと弄られている。

 人に耳弄られるなんて滅多にないため、くすぐったくて声が出そうになるがなんとか我慢する。

 

「完成! トレーナー、目開けていいよ」

 

 どうやらイタズラとやらが終わったみたいでゆっくりと目を開けると、視界の上の方に何やら白いものが映る。

 何か乗っているようで部屋の中にあった鏡に視線を向けると、俺の頭から長い耳が生えていた。

 

「ウサギの耳……?」

 

「うん、トレーナー似合ってるよ! 白いし丁度いいよね!」

 

「スターちゃん可愛い~」

 

 どうやらその正体はウサギの耳飾りだったらしく、俺の耳にメンコみたいにすっぽりと被っている。

 ぴょこぴょこと耳を動かすたびに、上のうさ耳も連動して動く。

 となると、このイタズラはつまり。

 

「ウサギの仮装させられたってことか……?」

 

「本当は衣装まで用意してたんだけどね。マヤノに怒られちゃった」

 

「あれはダメだと、マヤ思うな」

 

「逆にどんなの用意してたんだ……?」

 

 俺がテイオーに疑問を抱くが、彼女はさっと目を逸らして解答を避ける。

 ハロウィンの仮装なんて俺にはちょっとハードル高いと思うし、最初のハードルとしてはこれくらいが丁度いいのかもしれない。

 そんな自分の動く耳を眺めていると、テイオーが俺の腕をぎゅっと握ってきた。

 

「じゃあ、一緒にパーティーいこっか! 色んな出店もあるらしいよ!」

 

「ていくおーふ!」

 

 マヤが腕を広げびゅーんと自分で言いながら、ドアを開けて出ていってしまった。

 それを追いかけるように、テイオーが俺を引っ張って外へ連れ出そうとしてくる。

 あっ、これは抵抗しても無駄だな。

 この二人のエネルギーに当てられてしまったら、すっかり染められてしまう。

 しかもそれが嫌じゃないのだから、変な気分だ。

 結局俺はその流れに身を任せ、部屋から出ていくことにする。

 そして、彼女達につれてこられた場所は寮から一歩出た先だった。

 

「おぉー。なんか結構本格的だな」

 

「生徒主催の出店にちょっとしたイベントもあるんだって。学園祭ほどじゃないけどね」

 

 寮の外にはこんな時間にも関わらず、多くのウマ娘たちがごった返している。

 いつの間に準備していたんだと思ってしまうが、ウマ娘パワーがあれば屋台の設置とかも楽なのだろう。

 学園祭画ファンとの交流を主な目的としているのであれば、これはトレセン学園内部だけで行われるウマ娘のためのイベントか。

 辺りを見渡すと制服やジャージ姿のウマ娘もいるが。ところどころ仮装をしたウマ娘の姿も見える。

 俺みたいにワンポイントだけアクセサリーのように仮装した子もいたので、俺もそこまで目立つわけでもないだろう。

 見ているだけでも面白いためきょろきょろとしていると、隣にいたマヤがいつの間にかカップケーキを咥えていた。

 

「ふふぁちゃんも、ふぁべる?」

 

「……口の中の物を飲み込んでから話してくれ」

 

「んぐっ。美味しいよ~。スターちゃんも食べる?」

 

「じゃあ、貰おうか。これ無料って凄いな」

 

「常識的な量なら基本はタダらしいね。……そこに怒られてるヒトいるけど」

 

 テイオーが視線を向けた先に首を回すと、どこかで見たことあるような葦毛のウマ娘二人が喋っている姿が見えた。

 あれタマモクロスさんだよな…… オグリキャップさんもいたし、なんとなく何が起こってるのか分かるぞ……

 そんな光景を眺めながら、俺たちは三人一緒に会場を歩き回る。

 目をキラキラさせながら動き回るテイオーとマヤを見ていると、こっちまで楽しくなってくる。

 俺がそんな二人を見て軽い笑みを溢していると、テイオーがくるりと振り返ってきた。

 

「そういえば、寮内では別の出し物やってるらしいよ! 行ってみない?」

 

「じゃあ行ってみるか。……あれ?」

 

 中の出し物を見るために歩きを止めて方向転換しようとした瞬間、とあることに気付く。

 

「テイオー、マヤ見て無いか?」

 

「マヤノ? あれ、ホントだ。どこ行ったんだろ……」

 

 きょろきょろと辺りを見渡しても、あの特徴的な三角帽子はどこにもいない。

 一体いつの間に姿を消したのか。

 まるで神隠しのように消えてしまった彼女を思っていると、ポケットに入れていた電話の通知音がぴこんと鳴った。

 

「ん……? あれ、マヤから連絡来た」

 

「ボクもだ。なんだろ」

 

 携帯のメッセージアプリを開いて確認すると「友達を見つけたから、合流しちゃった! ごめん! テイオーちゃんと遊んでて!」とのこと。

 他の友達と遊んでるのか。取り合えず迷子じゃなくて良かった。

 

「マヤは友達と遊んでるっぽいな。邪魔しちゃ悪いし、俺たちで先に行こうか」

 

「う、うん! い、い、い、いこっか!」

 


 マヤノが突然消えた後、ボク──トウカイテイオーに送られてきたメッセージ。

 なんでトレーナーだけじゃなくて、わざわざ個別で送って来たんだろうかと思っていたけどその理由は直ぐに分かった。

 

『お邪魔だと思ったからマヤは退場するね! じゃあ、テイオーちゃん後は頑張ってね♪ そういえば、本格的なお化け屋敷が寮内にあるんだって! そこでドキドキランディング出来ちゃうかもね♪』

 

 マ~ヤ~ノ~? 

 ボクは思わず口を歪めて文句を言いそうになったが、本人はその場にいないし何より目の前にはトレーナーがいるから我慢する。

 だが、彼女のおせっかいのおかげでトレーナーと二人きりになれたのは事実。

 

「マヤは友達と遊んでるっぽいな。邪魔しちゃ悪いし、俺たちで先に行こうか」

 

「う、うん! い、い、い、いこっか!」

 

 ちょっと焦って上擦った声が出てしまったけど、多分セーフ! 

 自分でもなんか凄い嬉しいのか、顔が緩んで尻尾の動きが止まらない。

 トレーナーもそんな挙動不審なボクを見て疑問に思ったのか心配そうな顔をしてるけど、実際のボクは絶好調。

 そんなボクはトレーナーの腕を右手でぎゅっと握ると、軽く引っ張って目的地に移動を始めた。

 

「寮内の出し物って何やってるんだろうな」

 

「お化け屋敷とかやってるらしいよ。気になるから行ってみない?」

 

「お化け屋敷か…… 行ったこと無いな」

 

 お化け屋敷。それは世の中のカップルたちがいちゃつく場所だ。偏見だけど。

 ボク自身もお化けはそんなに得意じゃないけど、学生の出し物だし多分そこまで本格的じゃない。

 暗い場所でトレーナーと二人きりになれるメリットを考えたら、そこまで気にならないし。

 もしトレーナーがお化け苦手で、ボクに抱き着いてくれたら役得だし? 

 逆にボクが怖がるふりして、トレーナーに抱き着いてもいいし? 

 役得しかない状況になってしまってうきうきしながら、ボクたちはお化け屋敷に向かったのだが──

 

「ぎゃーーーっ!!!」

 

「ちょっ、テイオー痛い痛い」

 

「ぴぇーっ! な、なんか光ったぁ!」

 

 それどころじゃなかった。

 学生の出し物と侮ることなかれと言わんばかりに、本格的なセットの数々にボクは一人で腰を抜かしていた。

 最初はゆっくりと回ってトレーナーと遊ぶ予定だったのに、正直もう帰りたい。

 ウマ娘であるボクが全力疾走すれば早くは出れるけど、寮の一室と廊下を改造しているこの中で走ったら危ないのは分かってる。

 しかし怖いものは怖い。

 おかげでボクはトレーナーの後ろに隠れて悲鳴を上げながら、ぶるぶると震える物体と化していた。

 思わずトレーナーに抱き着いてしまったけど、こんなのムードの欠片も無い。

 ボクが求めてたのは違うんだけど! ひっ! なんか今横切った気がするっ! 

 

「……大丈夫か?」

 

「思った以上に怖い、かも」

 

「なかなか本格的だしな。良く作ったもんだ」

 

 トレーナーが感心したような声を出しながら、展示物を褒めている。

 中は薄暗く懐中電灯で照らしながら歩いているせいで、視認性の悪さも最悪だ。

 ボクはそれだけでもちょっぴり怖いのに、トレーナーはいつも通り落ち着いており特に慌てている様子もない。

 

「……トレーナーは怖くないの?」

 

「ん? あー、ちょっと。はっきり見えすぎちゃってな」

 

「? どういうこと?」

 

「俺の目が良いことは知ってるよな? そのせいか夜目が効いて展示物しっかり見えちゃうんだよ」

 

「はー…… トレーナーそんなに見えるんだ」

 

 どうやらトレーナーとボクでは、見えている景色がかなり違うらしい。

 こういうのは電気をマックスまでつけて昼間みたいにしたら、確かにそんなに怖くない。

 それをこの薄暗い中でもやってたら、そりゃボクより怖くないわけだ。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「カフェのオトモダチの件もあってか……こういう非科学的なことになれちゃってな……」

 

「あー、うん。それは分かるかも……」

 

 ボクは納得したようにうんうんと頷く。

 確かにこれみたいな作り物じゃなくて、カフェのオトモダチは「ガチ」だ。

 それをボクとトレーナーは良く知っている。

 ……そう考えれば、このお化け屋敷もちょっぴり怖さ軽減されたかも? 

 

「あ、出口だぞ。お疲れ様、テイオー」

 

「やっとかぁ…… 疲れたぁ」

 

 最後の直線一本道。

 奥の方にほんのりと蛍光灯の光が見えるので、多分あそこがゴールなのだろう。

 それが見えた瞬間、ボクの中に大分余裕ができる。

 あーあ、もうちょっといい雰囲気になると思ってたのになぁ。

 そう思ってた次の瞬間。何やら視界の上から、複数の黒い塊が落下してきた。

 

「うひゃぁぁぁ!?」

 

「へっ? うわっ、なんか降ってきた」

 

 天井から振ってきたのは、やけにリアルな蜘蛛のぬいぐるみ。

 最後の最後に、しっかりとドッキリ要素を仕込んでいたというわけかぁ。

 びっくりはしたけど、さっきまでと比べたらそんな大したことない。

 だけど、ボクの隣にいた彼女は違うみたいで。

 聞いた事も無いような可愛らしい悲鳴を上げていた。

 

「ひうっ……。さいごに、それはひきょうだろぉ……。むしとか、いままででてこなかったじゃん……」

 

 ボクの後ろでぶるぶると震えるウサギ耳が一つ。

 今まで見たことも無い速度でボクの後ろに隠れたトレーナーは、年相応の泣き言を上げていた。

 

「トレーナー、虫とかダメなの?」

 

「無理無理無理。気持ち悪いじゃん」

 

「蝶とかも?」

 

「無理」

 

 なんか……凄い新鮮。いつもトレーナーは大人っぽいし、苦手なものなんて無いと思ってた。

 可愛いとこあるじゃん、トレーナー♪ 

 さっきの姿、ボクのトレーナー可愛いメモリーに記録されてしまった。永久保存しとこ。

 ただこのままな訳にもいけないので。

 目を瞑ってるトレーナーの手を繋ぎ、ボクが誘導しながら蜘蛛ゾーンを通り過ぎた。

 

「大丈夫だよ~。もう終わったからね」

 

「すまん……なんかみっともない姿見せた……」

 

「しょうがないよ。誰にだって嫌いなものはあるもんだからさ」

 

「言い訳みたいになるけど、良く見えるせいで虫がかなりリアルに見えちゃうんだよ……。虫を顕微鏡で拡大したら、実は気持ち悪いとかってあるだろ? それと同じ」

 

 トレーナーがしょんぼりと落ち込みながら、とことこと歩く。

 目が良すぎるのも考え物なんだなぁと思いながら、ボクたちは一緒にお化け屋敷の出口から外に出る。

 さっきまで暗い所までいたせいで、蛍光灯の光がやけに眩しい。

 時間を見てみると、時間は夜八時ごろ。

 確かイベントは九時までやってるから、回ろうとすればまだ遊べるけど……

 

「ごめん……テイオー。俺さっきので、ちょっとヤバいかも」

 

「……トレーナー室戻る?」

 

「頼む……」

 

 トレーナーがギブアップしたので、一旦終わった方がいいかな。

 多分足ががくがくしているのか、トレーナーはゆっくりと歩いていた。

 そんな彼女を支えながら、ボクたちは手を繋いだままトレーナー室に戻るのであった。

 

~~~~~~~~

「はい、お水」

 

「ありがと、ちょうどのどが渇いてたから助かるわ。テイオーも好きなの飲んでいいぞ」

 

 冷蔵庫から取り出したペットボトルのお水を、手でトレーナーに渡した。

 ボクも同じようにはしゃいだせいで水分を求めていたので、ありがたくお水を貰う。

 どっちも興奮からか少し顔が紅潮しているのが、明るい部屋の光のおかげでよく分かる。

 

「なんかちょっと熱くなっちゃったね!」

 

「まぁお互いに叫んだしな。虫とかはもう勘弁してほしい」

 

 そう言いながらトレーナーが部屋のソファに腰をかけたので、ボクもその隣に座る。

 ハロウィンの喧騒から離れて、部屋の中にはちょっとした静寂が訪れた。

 首を隣に向けると、トレーナーの綺麗な顔が見える。

 

「……」

 

「……? どうした、テイオー?」

 

 ウマ娘にしては白い肌に、赤く染まった頬。

 透き通った琥珀色の目と長いまつ毛。

 真っ白でさらさら髪の毛に、ぴょんと生えたアホ毛。

 何回見ても、ボクのトレーナーは美人だ。

 クール系のビジュアルをしてるくせに、可愛いところがたくさんあるからズルい。

 今だって、頭にウサギの耳を乗っけてぴこぴこと揺らしている。

 

「……ねぇ、知ってる?」

 

 ボクはトレーナーが大好きだ。

 これがトレーナーに向ける一般的な感情なのか分からない。

 だけどこれが「普通」で片付けられるほどの想いじゃないのは、ボクが一番分かってる。

 

「オオカミってさ、肉食なんだよ」

 

「? うん、知ってるけど……」

 

 そんなトレーナーと部屋の中で二人きりの状況。

 ハロウィンだから仮装なんかして、いつもとは違う非日常の中。

 そして、さっきまでの二人でのデート。

 

「ウサギも食べちゃうんだって」

 

 だからかな。こんなに心臓の鼓動がいつもより早くて、レース出走前みたいに感じるのは。

 今ボクどんな顔してるのかな。自分じゃ分からないけど、きっと他の人に見せられない顔してる。

 今ボクの顔を見れてるのは──目の前にいるトレーナーだけ。

 ボクはソファの上に両手と両膝をつけると、彼女に近寄る。

 ぎしりと何かが歪んだ音が、静かだった部屋の中に響く。

 

「テイオー……」

 

 トレーナーの傍まで来ると、膝立ちになって彼女の頬を右手で触れる。

 ほんのり温かい肌の温度を感じながら、ボクはトレーナーの顔に自分の顔を近づけていった。

 視界にいっぱいにボクの大好きが映り込む。

 あと数センチ。数ミリ。

 

「……いい、よ?」

 

「……っつ!」

 

 そんなこと言われたら、止められない。

 そっと彼女の目が閉じられて、長いまつ毛が露わになる。

 あとちょっと。あとちょっと動かしたら、ボクは。

 

 ──プルルルル!!!!! 

 

「うひゃぁ!」

 

「ひうっ!?」

 

 瞬間、鳴り響く大音量の着信音。

 多分ボクの携帯だけど、そのせいで今の雰囲気が全てぶち壊れてしまった。

 ばっと急いでトレーナーから距離を取ると、ポケットから携帯を取り出して電話に出る。

 

「……もしもし」

 

「やっほー、テイオーちゃん! 今どこ?」

 

「トレーナー室。……なんかあったの?」

 

「そろそろエンディングイベントがあるっていうから、合流しようかなって。もしかして、お邪魔だった?」

 

「べ、べ、別にそんなこと無いもんに!?」

 

「取り合えずマヤは外にいるから、良かったら来てねー」

 

「あ、ちょっ」

 

 つーつーと電話が一方的に切られた音がして、通話が終了する。

 マ~ヤ~ノ~??? 

 ボクは思いっきり文句を言いそうになったけど、ぐっとそれを飲み込む。

 

「マヤノが外にいるってさ。行く?」

 

「俺はもう大丈夫。じゃあ、いこっか」

 

 トレーナーはソファから立ち上がると、んっと背伸びをする。

 さっきまで空気的に何か言わないといけないと思ったけど、どうすることも出来ないボクはその場でうろうろしていた。

 それを見たのか、トレーナーがそっととあることを呟いた。

 

「トリックオアトリート……」

 

「へ?」

 

「テイオーからイタズラ貰っちゃったな。ドキドキしたぞ?」

 

 さっきまでのイタズラ。

 そう済ませるのが一番落ち着くと、トレーナーは言ってるのだ。

 それはきっと正しい判断で。ボクも納得してるけどさ。

 でも、それだけじゃ悔しいじゃん? 

 

「トレーナー」

 

「ん? んぐっ」

 

「予約だよ」

 

 ボクは右手の人差し指をトレーナーの唇にそっと被せると、ぱちんとウインクした。

 そしてそれをそのままボクの唇へ持ってくると──ちゅっと間接キスをした。

 

「じゃあ、マヤノと合流しよっか!」

 

「え、ちょっと。待って、テイオー」

 

「待たないもんね!」

 

 軽く駆け足になると、ボクは寮の外へと向かう。

 ハロウィンの魔法は、きっとまだかかりっぱなしだ。

 




今回のお話は「ハロウィンの空気にあてられたテイオーがスターちゃんにイタズラしちゃうお話」というSkeb依頼で作成した書き下ろし短編となっております。

https://skeb.jp/@Frappuccino0125
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