この話は新しい世界線のお話です。
前回までの話とは繋がっておりませんので、ご了承ください。
秋も深まり気温もゆったりと下がって、半袖でいるには肌寒くなってきた。
ベッドのシーツを冬用にしたり、タオルケットをしまったりするそんな時期。
ピピピと無機質な音が部屋中に響き渡ると、俺は耳をぴんと立ててゆったりと枕から頭を離す。
窓から差し込む朝日が顔を照らして、今日も朝が来たことを伝える。
俺はぐっと背中を軽く伸ばすと、隣で寝ていたウマ娘の頭をぽんぽんと叩く。
「んっ……」
目を擦りながらむくりと起き上がったのは、長くて綺麗な黒い髪を携えたウマ娘。
青鹿毛と呼ばれる毛色の彼女は、綺麗な琥珀色の目をぱちりと開いて俺をじっと見てふにゃりと口を開いた。
「おはよう……スター」
「……おはよう、姉さん。一応聞くけど、なんで俺のベッドにいるんだ?」
「……あったかい、からですよ」
そんな答えにもなっていないような言葉で誤魔化されながら、今日も一緒に目を覚ます。
気温が落ちてくる時期になると、まるで猫のようにベッドに潜り込んでくるのにはもう慣れた。
真っ白な白毛と呼ばれている俺とは正反対の髪色で、似ている点と言ったら同じ目の色をしていることくらいしかない。
隣に並んで立ったら、ひっくり返したような彩色をしている二人。
それでもこのウマ娘──マンハッタンカフェは俺、スターゲイザーの唯一の「実姉」だ。
~~~~~~~~
スターゲイザー。ウマ娘。中学二年生のトレセン学園生。
ウマ娘に生まれたからには一度は憧れるトゥインクルシリーズを走る生徒を育成する学園に、俺は生徒として通っている。
しかしあくまで俺がここにいられるのは、姉さんのおかげであることは忘れてはいけない。
そもそも俺が、姉さんと一緒にいる資格なんて──
「はい……」
「いたっ」
俺が制服に着替えながら少し過去のことについて考えていると、姉さんから頭にチョップを喰らってしまった。
あくまで軽くではあるが、物理的な衝撃で無理やり思考を中断されてしまう。
俺が急にチョップしてきた事実に困惑していると、姉さんがじっと目を見つめてきた。
「また……辛気臭いこと考えてましたね……」
「考えて無いぞ……」
「いいえ、分かります……。スターがそういう顔をしてる時は、大体自分を責めてる時です……」
「……」
なんで分かるんだ……とは言わなかった。
本当に、姉さんには隠し事が出来ない。すっぱりと見抜かれてしまう。
一回理由を聞いたことはあるのだが、「姉だから」と答えられた。それは理由では無いのでは……。
俺がはぁと色々とこもった溜息をついてしまうと、姉さんがぎゅっと俺を抱き寄せて頭に手を置いてきた。
身長は姉さんの方が俺より数センチ大きいため、上から覆われてしまう。
「スターは立派ですよ……。いつだって、自慢の妹です……」
「そうかな……」
「そうですよ……。スターがいなければ、私は菊花賞に勝てませんでした……」
なでりなでりと優しい姉の手が俺の頭を撫でてきて、すぅと心が落ち着いてきた。
毎回こうして落ち込んだ時はいつも姉さんが甘やかしてくれるから、自分を保てている気がする。
自分でも依存しすぎだな……とは思ってしまうのだが、もうすっかり中毒になってしまった。
「ふぅ……」
「尻尾を櫛でとかしたら、朝ごはん食べましょう……。その後に学園に行きましょうね……」
「今日は特に予定無いんだっけ?」
「はい……今日は、いつも通りの日です……。天気もいいですし、絶好のトレーニング日和ですね……」
姉さんに尻尾を預けて櫛で溶かして貰いながら、俺はすっと心地よさに目を閉じた。
本来俺が生まれてきたこと自体は、奇跡に近い。
誰にも言ってはないが、前世の記憶がある転生者という存在なのがまず一つ目。
それに加えて姉と母は青鹿毛のウマ娘なのに、俺だけは白毛。
そのせいで俺は、社会にも家庭にも馴染めずに引きこもりになりかけていた。
だが、姉さんはいつも俺を見てくれていた。
トレセン学園に通うという道を示してくれて、あの家庭から引っ張り上げてくれたのは……感謝しても感謝しきれない。
「ありがとう、姉さん。そろそろ時間だし、行こうか」
話しかけないと姉さんはずっと俺の尻尾を触ってそうだったので、すっと立ち上がって外に出る準備をする。
名残惜しそうな姉の視線にはちょっとクルものがあるが、ここで時間を潰しているといつまでたっても動けない。
実際休みの日に、尻尾のブラッシングからの二度寝で一日潰した前科がある。
そんな俺の尻尾を触っていて楽しいかとも思うのだが、彼女はとてもご機嫌そうなので指摘しにくい。
「置いていくぞー」
「あぁ待ってください……。直ぐに私も行きますので……」
ぱたぱたと急ぐようにカフェが自分のカバンを持って、ドアの外に出ようとする。
これが俺と姉さんの、朝の日常風景だ。
~~~~~~~~
「ふぅ~ん。スターって、今日もカフェといちゃいちゃしてきてるんだ」
「これくらい普通じゃないのか? まぁ俺、他の姉妹とか知らないけど」
「ボクも一人っ子だからなぁ〜。ネイチャとか詳しそう。弟いるって言ってたし」
学園での午前中の授業が終わって、お昼休みの時間。
この時間帯は、食堂に多くのウマ娘が昼ご飯を食べにきている。
俺はそんなウマ娘でごった返している場所でなんとか席を確保して、とあるウマ娘と一緒にお昼ご飯を食べていた。
「そういえばさ、この前の話の返事まだ? ボクずっと待ってるんだけど」
「トレーナー契約は大事なんだぞ。そう気軽に決めていいものじゃ……」
「やだね! ボクのトレーナーはスター! キミしかいないんだから!」
「……俺が本当にトレーナーになれたら、考えとく」
「因みにそれっていつくらいなの?」
「一番早くて、俺が高校生になったくらいかなぁ」
「一年半先かぁ。でも、まぁ我慢できるかな」
ぱくぱくと目の前の俺よりも多いご飯を食べながら、自然に話を続ける彼女を見てやはり彼女に疑問を抱いてしまう。
実際トレーナーというのは、担当ウマ娘の人生を扱う責任が重い仕事だ。
トレーナーの卵もいいところである俺に、こうやってアピールしてくるのは良く分からない。
彼女なら、引く手あまたのはずなのに。
「それはね……ボクがトウカイテイオーで、キミがスターゲイザーだからだよ」
にっししといい笑顔で返事をしてトウカイテイオーと名乗ったこのウマ娘は、このトレセン学園における数少ない俺の友人の一人。
トレードマークのポニーテールを携えてぴょこぴょこと快活に動く彼女だが、実力はデビュー前にも関わらずかなり高くダイヤの原石だ。
彼女が出ていた選抜レースを近くで見たのだが、周りを引き込む綺麗な走りで他のウマ娘を圧倒していた。
実際それを見た他のトレーナーたちは彼女をスカウトしていたのだが、取り合えず一旦保留していたのを覚えている。
しかし彼女は、その頃別になんでも無かった俺をわざわざ見つけて質問してきた。
──なんで、そんな目でボクを見てたの?
彼女からしたら、自分の走りには羨望に喝采の目が送られるのが普通だったのだろう。
だけど俺はその中で一人、彼女に残念そうな目を向けていた。それがバレたから、ここまで追ってきたってところだろうか。
だから、俺はその時はとある忠告だけして去っていこうとしたのだが。
「まさかボクの走りは下手くそって、言ってくるウマ娘がいるとはね〜」
「その走りだと足を絶対に壊すから危険だ。出来たらやめたほうがいい、って言っただけだろ」
「そうだっけ? どっちにしろ、ボクからしたら衝撃だったんだよ? 今まで走りを褒めてくれる人はいても、指摘する人はいなかったからさ」
あんなことを言われたら普通ならきっとなって反論してきそうなものだが、テイオーはちょっと変わった子だった。
その時は直ぐに去っていきもう直接会うことは無いかなと思っていたのだが、それは直ぐに打ち破られることになる。
次の日クラスが違う俺をわざわざ見つけてきて無理やり連絡先を交換させられ、色々と話を聞かれた。
なんで、なんで、なんでと。まぁ俺も聞かれたからには答えるタイプだったので、テイオーの走りについて自分の意見を語ってはいた。
話が終わった後テイオーは目をキラキラとさせると、俺の手をきゅっと握りぐっと顔を覗き込んでこう言い放った。
「キミ、今日からボクのトレーナーね! ボクの名前はトウカイテイオー! 夢は無敗の三冠ウマ娘、よろしく!」
あの時はあまりの情報量に頭にハテナマークを浮かべながら、変な声で返事をする事しか出来なかった。
そんな不思議な出会いから、彼女とはもう一年半程度の付き合いになる。
時々こうやって言い寄られるが特段悪い気もしないし、何よりこれが一番自然なような。そんな気さえもしてしまう。
トレーナーねぇ……なれたらいいけど……
「絶対になれますよ……。スターは立派で凄いトレーナーになります……」
「わっ! びっくりした! いつの間にいたのさ!」
「さっき来たばっかりですよ……。隣、失礼しますね……」
そう言って俺の隣に座り、テーブルの上に持って来たであろう彼女の昼食がどんと置かれる。
テイオーとの会話に割り込んできたのは、言わずもがな俺の姉であるマンハッタンカフェだ。
俺と姉さんは学年が離れているので、学園内ではお昼ご飯くらいでしか会うことが出来ない。
なんならテイオーは学年は一緒でもクラスは違うので、本来なら会う事も無いのだが……。こうしてよく一緒に昼食を共にしている。
姉さんはともかく、人気者のテイオーがどうして俺にここまで構ってくるのかはよく分らない。
「そういえば、そろそろテスト近いよね~。スターは勉強してる?」
「テストのための勉強はしたこと無いな。授業と宿題で十分だし」
「この天才め……。ボクですらちょっとは勉強してるというのに……」
「他にやらなきゃいけないことあるしな。トレーナーになるための勉強もあるからさ」
「ふふ……私のスターは天才ですからね……。きっと出来ますよ……」
俺はトレセン学園に通っているとは言っても、実は通っている学科が違う。
トゥインクルシリーズを走るウマ娘が授業を受けている学科とは別に、サポート学科と呼ばれる特別な学科があるのだ。
ここはウマ娘がウマ娘をサポートするための勉強をするという一風変わった場所で、トレセン学園生徒のほんの一部の人が在籍している。
俺はここでトレーナーになるための勉強をしているという訳だ。
「学園一位キープしながら、トレーナー試験の勉強してるのかぁ……。ボクも頑張らなきゃ」
「まぁ、俺ちょっとズルしてるしな」
「ズル?」
「姉さんのトレーナーに勉強を教えて貰ってるんだ。本当に助かってる」
「本当に勉強熱心だねぇ。ボクだったらそこまで勉強したら走りに行きそう」
テイオーが信じられないようなものを見る目で、俺の事をジト目で見てくる。
そして何故か姉さんはうんうんとしたり顔で、嬉しそうに頷いていた。なんでだ……?
そんないつも通りのメンバーで昼食を食べながら話していると、あっという間に時間は過ぎ去って昼休みが終わりそうになっていた。
「あっ、ボク次の授業ちょっと移動しなきゃだから先に行くね! ばいばーい!」
「放課後の自主練、無理はするなよー」
「分かってるって! スターに言われた範囲で基礎体力作りしてるから!」
そう言い残すと、慌ただしそうにテイオーが去っていってしまう。
俺も丁度ご飯が食べ終わったので片付けしようかと思っていると、隣に座っていた姉さんがにこにこといい笑顔をしていた。
「何かあった……?」
「スターも素直じゃないですね……。テイオーさんのトレーニングメニュー考えてあげてるんですよね……?」
「……素人のメニューだぞ。一応姉さんのトレーナーにチェックしてもらってるけどさ」
「そこを含めて真面目なんですよ……。求められたら全力で答える……普通なら出来ません……」
確かに別にテイオーのトレーナーってわけでもないのに、俺は彼女に自主練のメニューを渡している。
足を壊さないようにする基礎の身体づくりを目的として、かなり細かく作っているつもりだ。
別に使わなくてもいいのに、律儀にテイオーがトレーニングの報告をしてくれるので俺もついつい次のメニューを考えてしまう。
「噂になってますよ……。トレーナーがいないはずなのに、一人で強くなっていくウマ娘がいるって……。一体誰のことなんでしょうね……?」
姉さんが答えが分かりきっている質問を、意地悪そうに投げかけてくる。
わざわざ言われてしまうとこうもなんだか照れくさくなってしまう。
これも全部テイオーが天才で、俺の期待に対して結果を上乗せして返してくれるからだ。
俺のメニューじゃなくてもいいはずなのに、なんでもこうも。
「テイオーさんがスターのことを信頼して、スターがテイオーさんのことを信頼しているからですよ……」
「そうかな……」
「それが分からないようでは、スターはトレーナーとしては半人前ですね……」
「まだ俺、トレーナーじゃないんだけど」
姉さんが「そうでしたっけ」とわざとらしく口に手を当てて、軽く微笑む。
そしてぽんと頭に手を乗せると、いつものように優しく頭を撫でてきた。
「それでもとても立派です……。えらいえらい……」
「あの、ここ、他に人がいるんだけど」
「……」
「ちょっと、やめっ」
姉さんが俺の言葉を無視して、ずっと手を動かし続ける。
だけどあたたかい熱が伝わってくるのがとても気持ちいいので、強くは言い返せない。
姉さんは、こうやって俺の気付かないことまで見て褒めてくれる。
俺の当たり前も、姉さんから見れば凄いことだったりするのだろうか。
……まぁ俺も心地いいから、素直に受けちゃうけど。姉さんに見て貰いたくて、自慢する妹みたいになってる気がする。
結局その日の姉さんの撫でまわしは、昼休み終わりまで続いたのであった。
~~~~~~~~
放課後。
トレセン学園において放課後とは、自由ではあるが一番大切でもある。
トゥインクルシリーズを走るウマ娘は、一人のアスリートだ。
自分を鍛えるこの瞬間こそが、他のウマ娘と差をつけなければいけない。
そんな時間に、俺は学園のターフに立っていた。
ウマ娘ならば走る為にいそうなものだが、あいにく俺は普通のウマ娘ではない。
俺は目の前で走っている黒髪のウマ娘が見えるように、手を上に上げた。
その瞬間、ぐっと芝を足で踏みしめて彼女が加速し始める。
三ハロン。600mという短い距離を黒い弾丸が駆け抜けた。
そしてある地点を通り過ぎた時点で、俺は右手に持っていたストップウォッチを止める。
「タイムは今日一番いい……。お疲れ様、姉さん」
「ふぅ……自分でもスタミナがついてきてるのが分かります……。まだ、もう一周なら全力で走れそうです」
軽く流してゆっくりと速度を緩めた姉さんは、歩いて俺の方に近づいてくる。
実際見た感じでも確かにもう一周ならば、走れそうではあるが……。
「今日はやめたほうがいいですね。無理はするべきじゃない時期です」
「トレーナーさん……」
そう言ってきたのはぼさぼさの黒髪ロングを雑にゴムで括った男性。
ぱっと見胡散臭そうに見えてしまうが、これでも彼がれっきとしたトレセン学園のトレーナーである。
しかも俺の姉であるマンハッタンカフェをスカウトした、彼女の専属トレーナーだ。
「先に言おうとしてたんだけどな……」
ぽそっと俺が、誰にも聞こえないように呟く。
彼と同じことを思っていたのはトレーナーとしては正しい判断をしていたと思えるのに、なんとも言えない感情が広がってしまう。
この姉さんのトレーナーさん。この見た目のせいで、最初はめちゃくちゃ警戒したのだが中身は優秀な紳士だった。
言い方がきな臭い時もあるが、担当ウマ娘にG1を勝たせるくらい当たり前みたいな雰囲気を出している。
「今日は練習終わりにしますか……?」
「うん。有マも近づいて来たが、焦ることは無いです。僕たちのペースでいきましょう」
「分かりました……」
「あと、スターさん。今日はちょっと自分が忙しいので、勉強を教えることが出来なさそうです」
「了解です。今日は帰ろうと思います」
「じゃあ、解散です。今日もお疲れ様でした」
そう言い残すと、姉さんのトレーナーは少し駆け足でターフの上から走っていってしまった。
彼がかなり急いでいそうな様子を見せるということは、本当に忙しいのだろう。
視界から完全に消えるまで彼を見送っていると、姉さんはクールダウンが終わったのか俺に話しかけてきた。
「じゃあ、帰りましょうか……」
「あぁ、うん。帰ろうか」
こうして俺たちの放課後は終わり、一緒に寮への帰路につく。
何故俺がこうして走らないのに、ターフの上に姉さんとそのトレーナーと一緒にいるのかというと理由としては簡単。
俺がマンハッタンカフェのサブトレーナーだからである。
こうは名乗ってはいるが、実際トレーナー免許を持っているわけではないしまだ学生なので、本当に肩書だけだ。
サブトレーナーという名のお手伝い。これが今、俺が姉さんと放課後も一緒にいられるわけだ。
「ウマ娘の走りを分析して戦略まで出すのは、もう立派なトレーナーなんですけどね……」
「まぁそれは俺の目がいいってだけだからな……」
「トレーナーさんもスターの目にはかなわないって言ってましたよ……。どうなっているんですか……」
「それは、姉さんも同じだろ? 目に関しては」
何の因果かは知らないが、ここにいる姉妹は特別な目を持っている。
俺は現実を良く見る目を。姉さんは虚構を見る目を。
非現実的な話にも聞こえるのだが、これは現実だ。
まぁ別にこれがあったから苦しんだという事は一切なく。なんならお互いに繋がりを感じれて嬉しいのだが。
そんな姉妹の他愛のない話をして寮の部屋に戻ると、荷物を置いてとある場所へ向かう準備を始めた。
「最近は寒くなってきましたからね……。お風呂に入りたい時期です……」
「寮の湯船大きいからな……。ゆったり出来るし、寒くなったら使わなきゃ損な気もする」
トレーニングが終わったら行くところは、汗を流せるお風呂に決まっている。
夏ならば部屋の中についているシャワーでもいいのだが、秋が深まって寒くなってきたこの時期はお湯につかれるならつかりたい。
俺たちは着替えとタオル、自前のシャンプーなどのアメニティグッズを持ちつつ寮の大浴場へと向かった。
脱衣所に入ると、丁度練習終わりのウマ娘たちが大勢ごった返していた。
いつものように二人でさっさと服を脱いでロッカーに突っ込むと、浴場へと移動する。
そして空いている洗い場を見つけると、二人で一枠分を占領した。
「今日は姉さんからだっけ?」
「私の日ですね……。じゃあ、よろしくお願いします……」
そう俺は確認を取ると、姉さんがその場に置いてあった風呂椅子に腰を降ろした。
どうして二人いるのにわざわざ一つの洗い場しか使っていないのかというと、単純に洗うスペースが一つで事足りるからだ。
「頭洗うぞー。目に入らないように気を付けてな」
ボトルからシャンプーを手に出すと、姉さんの濡れた髪にそっと触る。
泡立ってきた泡を使って、傷つかないように優しく姉さんの頭を洗い始めた。
「そこ……気持ちいいです……」
姉さんは耳をぺたんと倒してリラックスしたように、俺に洗うのを任せてくれる。
こうやってお互いに体を洗うならば、取るスペースは一つで済む。
ちょっと時間はかかってしまうが、こうやって姉妹の触れ合いの時間があるのは俺は凄く好きだ。
これは昔からの習慣で、いつも洗う順番を日ごとに交換してやっている。
そのせいか。テイオーとお風呂に入った時に、無意識にテイオーの体を洗おうとしてしまった。
その時テイオーに「いやそれは姉妹でもおかしい」と言われた。別にいいだろ。
「次はスターの番ですね……。座ってください……」
背中と尻尾は俺で、前は姉さんが自分で体を洗い終えると次は俺の番だ。
立ち上がった姉さんと場所を交換して、頭を洗ってもらう。
「ごしごし……。痒いところとかありませんか……?」
「大丈夫。力加減も丁度いいぞ」
姉さんの手の感触を直に感じていると、だらりと力が抜けていく。
完全に頭を撫でて貰うことが中毒になっているのを自覚しながら、わしゃわしゃと泡立っていく頭をぽけっと眺める。
目の前に置いてあった鏡には、もう完全にだらけきった自分の顔が映っていた。
「ふふ……目が蕩けてますよ……。そんなに気持ちいですか……?」
「うん……まぁ」
実際姉さんの手つきは、なんだか前よりも段々上手くなっている気がする。
丁寧だが手際よく洗い終わった俺の頭をお湯で優しく流し、ボディーソープを手に取って体を洗ってくれた。
ちなみにこうやって洗っているシャンプーやボディーソープは、姉妹で同じものを使っている。
そのせいか分からないが、俺たちは同じ匂いがするらしい。
自分では分からないが、鼻がいいウマ娘たちがそう言うのだから多分そうなのだろう。
「さて……湯冷めする前に湯船に行きましょうか……」
体を綺麗に洗い終わったら、二人で湯船の方へ移動して肩までつかった。
無意識にはぁと息を吐いてしまうほど、お湯が体に染み渡っている気がする。
脱力してお風呂を楽しんでいると、隣に座っていた姉さんが俺に話しかけてきた。
「そういえば……明日の土曜日、スターは何か予定ありますか……?」
「明日? なんも無かったら、普通に勉強する予定だったけど」
「なら、買い物に付き合ってくれませんか……? 洋服を少し見たくて……」
「ん、分かった」
荷物持ちくらいなら俺にでも出来るし、直ぐに承諾する。
こうやって休みに予定がなんも無いと俺は直ぐ勉強してしまう。
それを見かねたのか、よく姉さんは休みの日に一緒に出かける理由を作ってくれる。
姉さんと一緒に出かけることは、とても楽しいので凄くありがたい。
トレセン学園に来る前までだと、俺は引きこもり気味だったからな。
こうして休みの日の予定を立てていると、十分すぎるくらいお湯につかっていた。
「そろそろあがりますか……」
姉さんが言ってくれたのを皮切りに、俺たちはのぼせないうちにお風呂から脱衣所に出る。
タオルでしっかり髪と体を拭いて、部屋から持って来たパジャマに着替える。
そしてそのまま自分たちの部屋に戻ると、荷物を片付けてドライヤーとスキンケア用品などを取り出した。
俺がそういうことにずぼらだった時に、お風呂上がりのケアの重要性を姉さんに口説かれたのはいい思い出だ。
とは言ってもどれがいいのかとかや流行りとかまでは分からないので、結局姉さんと同じものを使っている。
なんか色々あって種類がいまいち分からないが、姉さんの真似をして乳液などを肌に塗りこむ。
体が乾燥しないうちにスキンケアを終わらせた後、ドライヤーを取り出して髪に温風を当てた。
「ドライヤー使うのもすっかり上手くなりましたね……」
「そりゃ、ずっとやってればね……。姉さんの髪はさらさらだから手触り良くて好きだし」
「そのケアしてるのはほぼスターですけどね……」
「逆に俺の髪は姉さんがやってるじゃん」
髪のケアから尻尾のケアまでお互いにやってるせいで、自分の体の管理をしている感覚がない。
姉さんも俺の髪を好きに弄っているのだが、何故かさらさらストレートロングの姉さんと違って俺は結構くせっ毛なところがある。
姉さんも白いアホ毛がひょっこり生えているが、これと同じ感じ。
「髪、伸ばさないんですか……?」
「ロングに憧れはちょっとあるけど、俺は多分邪魔って思っちゃうタイプだから……」
「お揃いにしません……?」
「そう言われると、ちょっと揺れそうだからやめてくれ……」
「お揃い……姉妹、どうですか?」
「……それなら姉さんが、ショートカットにすればいいんじゃないかな」
「……妥協で二人でセミロングで、どうです?」
「そのうち、ね」
姉さんの髪を乾かしおえたら、交換で俺の髪も乾かしてくれる。
俺の髪の量はそこまで多くないので、姉さんの半分くらいの時間で乾燥を終わらせた。
肌、髪と来たら次はウマ娘特有の尻尾のケアだ。
勿論こっちも自分ではやらずに、ケアを姉妹でやっている。
尻尾に専用のオイルを塗りながら櫛で溶かして、毛のひっかかりが無いようにしていく。
このおかげで毎日、尻尾を綺麗に保っているという訳だ。
女の子特有の長い自分磨きの時間が終わったら、寝るまでは自由時間。
最優先は勉強だが常に出来るほどの集中力も無いので、今はベッドに座って携帯でネットサーフィンをしている。
そうしていると、姉さんが俺の膝に頭を乗っけてゴロゴロと猫なで声を出してきた。
いつもの事なので、特に気にせず携帯を操作していると気になる記事を見つけてしまう。
「んっ……?」
「……? 何か面白いものでも見つけました……?」
「いや……なんでも、ないけど」
「嘘ですね……。はい、携帯貸してください……」
ぱっと俺が持っていた携帯を取られてしまい、姉さんの目にさっきまで俺が見ていた画面が入ってしまう。
正直そこまで気になったことでは無いのだが、ついつい反応してしまったのは自意識過剰というのか。
「何々……。『菊花賞ウマ娘の妹!? 白毛の彼女の正体とは……』って。これ、スターのことですよね……」
「うんまぁ、変なことは書かれてなかったけどさ。変に注目されちゃったなぁって」
「……そうですね、これは良く無いですね」
「いや、プライベートには干渉してないし……。これくらいなら──」
「これではスターの魅力を一割も伝えきれてません……。私が代筆して送りましょうか……」
「それだけはやめてくれ」
まさかの違う方向にお怒りの姉さんの頭をぽんぽんと撫でていると、ふんわりと眠気が襲ってくるのが分かった。
時間も日付が変わる三十分前程度。
丁度いい時間なので俺はスマホの電源を切って、二人で寝る前の準備をする。
そして、ベッドに入り込むだけになったのだが──
「結局こうなるのね……」
姉さんが俺のベッドに潜り込んで、ぎゅうぎゅうと押し詰めてくる。
寒くなると発生する、毎年恒例の姉さん湯たんぽだ。流石に夏は離れるけど。
俺がじっと姉さんの目を見ると、首をこくりと傾げていた。
「……寝るベッド、逆にします?」
「どっちのベッドでも変わらないと思うけど……」
もうダブルサイズのベッド買っちゃおうかな。でもそれって寮長が許してくれるのかな……怪しいな……。
「おやすみなさい……スター」
「おやすみ、姉さん」
目を瞑ってすぅすぅと、一緒に寝息を立て始めた。
人肌の温度がじんわりと伝わって、体が満たされるような感覚がする。
これが俺たち姉妹の、いつも通りの光景だ。
~~~~~~~
そして次の日。
平日の起きる時間より少しゆっくりと起きた俺たちは、約束した通り外へと出かけるための準備をしていた。
肌寒くなってきたので、少し厚めの私服を取り出して着替える。
とは言っても女性らしい服はあんまり持っていないため、ジーンズに長袖のTシャツの上にカーディガンを着てちょっとボーイッシュ系の服。しっかりと帽子を被ってはいる。
姉さんを見ると、黄色のワンピースタイプの上にふわりとコートを羽織っていた。
寮から一緒に外に出て駅へと向かうと、電車に揺られてトレセン学園から買い物への目的地へと向かう。
「もう、買う服の目途は立ってたりするのか?」
「なんとなく……はありますけど。しっかり決めるのは、見てからにしようかと……」
がたんごとんと揺れる電車の中で予定を聞くと、姉さんが少し歯切れ悪そうに答える。
俺はそうでもないのだが、女の子って服とか買う時にあんまり決め打ちしないよな。
最初から買うものを決めないと外に出ないタイプの俺は、ちょっと分からない感覚だったりする。
俺がそういうタイプなのを、姉さんが把握していないわけがない。だからちょっと申し訳ないのかなと思っているのかもしれないが、別にそんなことは思っていない。
「俺は姉さんと一緒に出かけるだけで楽しいからさ。そんな気にしなくていいぞ」
「本当ですか……?」
「うん。だから、色んなところ回っても気にしないぞ」
「言いましたね……?」
目をきらんと輝かせて、それを待ってましたと言わんばかりにその言葉に食いついて来た。
急に吹っ切れたようになったので、その勢いにちょっと後ろのめりになってしまう。
そんなに行きたいお店がいっぱいあったのかな。今日一日は姉さんとの買い物を楽しむか、と思っていたのだが──
「俺の方だとは思わないじゃん……」
「誰も私の服を見るとは言ってませんよ……? 今日見るのはスターの服です……」
「騙された……」
「騙してません……。スターはもっとおしゃれすべきなんです……」
駅から出て洋服屋に入った俺を待ち受けていたのは、試着という試練だった。
いや、新しい服を買うこと自体はいいのだ。最近寒くなって来たし、冬用の洋服を一着程度新調してもいい。
だが姉さんが持ってくる服が、全てフリフリのスカートタイプばっかりなのである。
「俺、スカート系苦手って知ってるよね?」
「でも、トレセン制服はスカートですよね……? それはいいんですか……?」
「あれは仕方ないけど……。でも私服までは、ズボンでいいじゃん?」
「でも、試着はしてくれるんですね……」
「うっ」
「本当はこういう女の子してる服、着たいんじゃないんですか……?」
「うぅ……」
別に嫌なら、姉さんが見繕ってくれた洋服を本気で拒めばいいのだ。
流石の姉さんも無理やりなんてことはしないし、頼めばやめてくれるだろう。
それなのに、俺が拒否せずに今試着してしまっているのは。
「姉さんが似合ってるから……俺も似合うのかな……って」
ちょっと姉さんの服装に、憧れたことは正直ある。
どちらかというと男性寄りボーイッシュ系の服が似合う俺と違い、姉さんは女性向けのフリフリがよく似合う。
おまけに、男性系の服まで似合う。俺の姉さんはモデルだったのかもしれない。
だからそれを近くで見てきた俺が、こっそりと女性向けの洋服サイトを見たりしていたのはもうどうしようもないと思う。不可抗力って奴だ。
「凄い可愛いです……。似合ってますよ……」
「そ、そうかな」
「本当です……。いつもとのギャップと相まって、120点です……」
「因みにそれ何点満点?」
「10点満点ですかね……」
「採点がバグってた……」
その後も自分からでは絶対に着ないレディースの可愛い系。しかも甘めの服を多く持ってこられてしまう。なんかゴスロリとかも混じっていたし。
そんな試着ツアーは当然のごとく一軒だけで終わらず、系統を少しずつ変えながら何件も回ることになった。
多分これ止めないと終わらないと察してしまうくらい、もう色とりどりの洋服を着た。
最終的に俺は折れて自分から、冬用に使えるもふもふしているファーコートと呼ばれているものを買った。
これでも大分女の子らしさを出したつもりだったのだが、姉さんは満足出来なかったのか。
自費でちゃっかり数種類の服を買って、俺の袋の中に押し込んできた。
「プレゼントです……。お金ならありますから……へんに心配しないでください……」
「そうは言っても洋服って高いし……。いくらか払うから」
「姉の言うことが聞けないんですか……? ほら……素直に受け取ってください」
「……ありがとう、姉さん」
「それでいいんですよ……」
納得したのか姉さんがにこりと微笑んで、歩みがふわりと軽くなる。
ちらっと姉さんが持っていた紙袋を覗いてみたが、やたら丈が短そうなスカートがあったのは見なかったことにしよう。
そんな波乱のお買い物を終えると、すっかりとお昼の時間となっていたので近くにあったファミレスでご飯を食べた。
わざわざ外へ出かけたのに何故簡単な食事で済ませているのか。
それは高めの洋服を買ったから節約というのも兼ねているが、もう一つ理由がある。
「はい、あーん……」
「んっ……こっちも美味しいな。俺の方もどうぞ」
「ありがとうございます……。はむっ……甘くて美味しいですね……」
俺たちはお昼ご飯を軽く済ませた後、とある公園に移動していた。
そこには今話題になっているクレープ屋があり、それをわざわざ食べに来たのだ。
お昼の後のスイーツとして、クレープを注文した俺たちはベンチで並んでおやつの時間を楽しんでいた。
ちなみに、俺はチョコバナナクレープ。姉さんはイチゴのクレープだ。
今はせっかくなのでお互いにシェアして、デザートを食べていたという訳である。
「今日は暖かくて良かったですね……。ぽかぽかしてます……」
「絶好のお出かけ日和だな。外で食べるのもいつもと違って、なんだか新鮮な気分になるし」
空にふわりといくつかの雲が浮き、太陽光が眩しくない程度に地面を照らしている。
秋のこの時期にしては、大分暖かく日向ぼっことかには最適な温度ではないだろうか。
この暖かな陽気に包まれてのんびりと尻尾を伸ばしていると、姉さんが俺の顔をちらりと見て指摘してきた。
「スター……ほっぺにクリームついてますよ」
「本当? んー、どこだ……」
「ここ、ですよ……」
正直頭がぽけっとして回って無かったからか返事が虚ろになってしまっていると、姉さんの人差し指が俺の頬にそっと触れる。
くっと力を込めて俺のほっぺからクリームを掬い取ると、ぺろりとそのまま口に含んでいってしまった。
そして口元を舌でぺろりと拭うと、妖艶な笑みを浮かべた。
「甘い……ですね」
「……それ、他の人の前ではやっちゃダメだからな」
こんな姉さん、絶対に他人に見せられない。というか、見せたくない。
自分の姉の色香に当てられてしまいそうになっていると、体と思考全体がふわふわして来る。
この暖かな日差しに当てられたせいか、最近溜まっていた疲労がピークに達して一気に眠気が襲ってきてしまった。
ぽかぽかと体が温まる感覚と共に、俺の瞼が重くなっていく感覚がする。
ちょっと眠い……。けど、外だしこんな場所で眠るわけには……。
「ん~……。ちょっと、ねむい……かも」
「眠たいんですか……?」
口元が緩くなって呟いていた言葉を、姉さんに聞かれてしまいなんか恥ずかしい気持ちになる。
目元がしぱしぱと重くなってちょっとでも油断すれば眠ってしまいそうな中、姉さんが俺の頭をそっと触ってきた。
そしてそのまま少し力を込めると、俺の体がぐいっと倒れて横になってしまう。
ぽふんと頭に柔らかな感触がしたと思うと、俺の視界いっぱいに姉さんの顔が広がっていた。
「どうぞ……。少しくらい、寝てもバチは当たりませんよ……」
どうやら姉さんに膝枕されていると気付いた頃には、俺の意識は半分失いかけていた。
ふんわりと優しい手つきで撫でられて慈しむような微笑みを見せられると、姉さんに包まれて安心してしまう。
だからだろうか。俺の口が軽くなってしまうのは──
「姉さん……いつも、ありがと……」
「はい……。私もスターに感謝してますよ……」
「ずっと一緒にいてくれる……?」
「……一緒にいますよ。離れるわけないじゃないですか……」
「よかった……。俺、一人じゃなんも出来ないから……」
「……」
「だいすき……」
「私も……大好きですよ。スター」
姉さんの手が、俺の目に被さってきた瞬間。俺はすっかり眠りの世界に入ってしまった。
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「……ん、あれ」
「起きましたか……? おはよう、スター……」
「──っつ。今、何時?」
「さっきから三十分も経ってませんよ……。全然大丈夫です……」
すっかりと意識を失い熟睡してしまい、姉さんの膝枕に甘えてしまった。
がばりと顔を上げてぷるぷると首を振ると、眠気が晴れていく。
「なんか、ごめん……」
「良く眠れたようでなによりです……。いい顔してましたよ……」
「んっ……? ちょっ、それっ」
いつの間に撮っていたのか。
姉さんが見せてきた携帯の画面には、俺がすやすやと眠っている顔が映し出されていた。
しかも自分から見てもあどけなく、顔がいつも以上にゆるゆるになっている。
「消してくれっ。それは、ダメっ」
「大丈夫です……。私用ですから……」
「大丈夫じゃないっ」
俺が姉さんとわちゃわちゃしてると、優しくて暖かな風が髪をくすぐる。
耳をぴくりと揺らすと、姉さんも同時に耳を揺らす。
それがなんかおかしくて、くすくすとお互いに笑ってしまう。
「帰りましょうか……」
「だな。夜来る前に」
あぁ。こんな幸せな時間をこんなに嚙みしめてもいいのだろうか。
姉妹に日が落ちる前に、早く帰ろう。
ずっと、永遠に。この関係が続くように祈りながら。