そのウマ娘、星を仰ぎ見る IF   作:フラペチーノ

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※注意

この話は新しい世界線のお話です。
前回までの話とは繋がっておりませんので、ご了承ください。


スターゲイザー 「はじめて」の青空

「ねぇねぇ、ねずみさん、トレーナーを目指してるんでしょ? だったらさ、ボクのトレーナーになってよ!」

 

 急にそんなことを言い出したのは、画面越しのウマ娘の少女。

 ウマ娘用のヘッドホンからは、活発で元気そうな声が聞こえてきた。

 そんなお願いに対して「そもそもトレーナー試験に受かるのか」とか「受かったとしても中央に配属じゃなかったらどうするんだ」と聞いても、彼女は「いける!」だなんて押してくる。

 次第には運命だなんてとんでもないことまで言い出す始末。

 

「もしネズミさんが中央のトレセンのトレーナーになって、ボクが中央のトレセン学園に入学出来たら──ボクの専属トレーナーになってよ!!! 約束!」

 

 そこまで力強く言われると、どこか説得力があるように聞こえてしまって頷くしかない。

 だが、そう強く押されるのにそこまで嫌な感じはしなかった。

 だからか。それとも、最初からその覚悟が出来ていたのか。

 俺はその瞬間、約束という名の彼女の手を握りしめたのであった。

 

~~~~~~~~

 スターゲイザー。ウマ娘、十三歳の引きこもり。

 走るために生まれたと言われているウマ娘という種族に生まれたにも関わらず、俺は走ることが苦手だ。

 そんなこともあり俺はこのままウマ娘には関わらず、ひっそりと過ごすだけだと思っていた。

 だが、ある日。とあるウマ娘がきっかけで、世界が変わった。

 彼女は中央のトレセン学園に入学して、クラシック三冠ウマ娘を目指すらしい。

 そんな彼女の専属トレーナーになって夢を支えたい。約束を叶えたいと思って、はや二年。

 なせばなるなんて言葉があるが、まさか過去の俺も本当に行けるとは想像もしてなかっただろう。

 

「宣誓! これより入社式を始める!」

 

 しかも、中学卒業の後にそのままトレーナーになるという前代未聞の速度で。

 そんな俺が今いる場所は、トレセン学園にある体育館みたいな会場。

 そして今目の前で行われているのは、トレセン学園に入る新人トレーナーのための入社式だ。

 

「これからの諸君らの活躍に健闘を祈る! 以上!」

 

 トレセン学園の理事長が挨拶を行っている中で周りを見渡すと、スーツを着た新人トレーナーが他にもいるが明らかに年上ばっかりだ。

 本来であれば高校生の時期に、俺はトレーナーとして働くことになる。

 そんな事実は俺の肩身を少し狭めているが、あの夢を叶えるためならば何の問題も無い。

 だが、あの時の彼女の反応は目を見張るものがあった。

 

 ──え!? ボクより早くトレセン学園に入るの!? お揃いが良かったーーー!!! 

 

 現在小学生六年生でまだトレセン学園に入れない少しわがままな少女は、今頃どんな顔をしているのだろうか。

 凄い不服そうでやだやだ言っていた彼女だったが、俺が先にトレーナーとして働くメリットはもちろんある。

 俺は勉強こそは沢山したが、まだトレーナーとしての経験は全くない。

 そんな貴重な経験を、彼女が入って来るまでの一年間の間しっかりと積むことが出来るのだ。

 それをしっかりと説明してなんとか納得して貰ったが、そのせいかメッセージのやり取りの頻度が上がった気もする。

 

「皆さん、トレセン学園に入社おめでとうございます。これから私が、新人トレーナーさんへの説明会をさせて頂きますね」

 

 入社式が終わったあと、壇上で俺たちに向けた案内をしている女性は駿川たづなさん。

 彼女は理事長の秘書という立場にいて、俺がトレセン学園に採用される際に色々と気を利かせてくれた優しい方だ。

 住む場所の提案や細かいトレセン学園の案内まで丁寧に対応してくださり、本当に感謝しかない。

 

「新人トレーナーの皆様には、主に二つの選択肢があります。一つ目は先輩トレーナーのサブトレーナーになることです」

 

 そう言って説明してくれたのは、トレセン学園のサブトレーナーについて。

 新人トレーナーが今いる先輩トレーナーの下について、そのノウハウを学びながら経験を積むこと。

 新人トレーナーとしてトレセンに入った際には、これが最も一般的な流れらしい。

 

「そして二つ目が、担当ウマ娘を持ってしまうことです。なかなかこちらの方は難しいですが……」

 

 二つ目として説明してくれたのは、いわゆる一人前のトレーナーとして直ぐにウマ娘と契約を結ぶこと。

 これはやはり新人トレーナーという肩書がネックになってしまい、ウマ娘をスカウトして契約するという流れが取りにくいことからあまり勧められていない。

 過去には逆スカウトからそのまま担当ウマ娘を持つことになった人もいたそうだが……なかなか現実的ではない。

 例の彼女が俺と一緒にトレセン学園に入っていたら、専属になる未来もあったのかもしれないが……

 

「サブトレーナーになりたい方は相談してください。こちらからまたご案内致しますので」

 

 ここは素直に先輩たちから教えて貰うためにも、サブトレーナーになる一択だろう。

 俺が夢のためにぐっと意志を固めていると、新人トレーナー向けの説明会が終わりぞろぞろと関係者が退席していっている。

 俺も素直に会場から出ようと席から立ち上がると、肩を後ろからぽんと叩かれてびくりとしてしまった。

 

「うひゃ」

 

「あっ、急に驚かせてしまってすみません」

 

 くるりと首を後ろに向けて振り返ると、そこには先ほどまで壇上で話をしていたたづなさんが目の前に立っていた。

 

「たづなさんでしたか……、何かありましたか?」

 

「はい、スターさんに少しご提案がありまして」

 

「提案ですか……?」

 

「先ほどの説明会の続きみたいなものなのですが……スターさんはこれからサブトレーナーになる予定ですか?」

 

「まぁ……はい。先輩トレーナーの元で経験を積むのが一番いいかな、と」

 

「本当ですか? なら丁度良かったです」

 

 たづなさんがにこりと笑って話始めたのは、俺の今後についてだった。

 どうやら俺の年齢に境遇があまりにも特殊なため、トレセン学園側が「とあるプログラム」をわざわざ組んでくれたらしいのだ。

 俺を見てくれる先輩トレーナーもベテランのトレーナーに。更にそのトレーナーが担当しているウマ娘も、優秀な子らしい。

 まさか俺のためだけにここまでやってくれるとは思わず軽く驚いていると、早速顔合わせしましょうということになった。

 先ほどまでいた会場から移動してトレセン学園の校舎の中へ。

 綺麗な廊下をたづなさんの後ろについて歩いていると、少し大きくて豪華な扉の前で止まった。

 トレーナー室にしては明らかに雰囲気が違うなと思っていると、たづなさんがこんこんとドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 中から声が聞こえてきた後、たづなさんがドアをゆっくりと開ける。

 そして俺のことをちょいちょいと手招きしてきたので、頭に疑問符を浮かべながらもそれに続く。

 部屋の中に入るとそこには大きな机が奥に鎮座してソファも二つ置いてあり、普通の部屋にしては少し豪華な作りになっている。

 そして、三人のウマ娘がその部屋の中で何かの作業をしていた。

 

「たづなさん、お疲れ様です。彼女が例の子ですか?」

 

「えぇ。近くを通りかかったので、事情説明を兼ねてと思いまして」

 

 一番奥に座っていたウマ娘が、作業の手を止めて机から顔を上げる。

 長い鹿毛に白い流星が流れている髪色の彼女は、俺も知っている顔で──

 

「シンボリルドルフさん……?」

 

「初めまして、スターゲイザー。私はこのトレセン学園の生徒会長を勤めているシンボリルドルフだ。これから宜しく頼むよ」

 

 そう言って自己紹介してくれたが、彼女は逆にトレーナーをしていて知らない方がおかしいウマ娘。

 G1レースを7勝して「レースに絶対は無くても、彼女には絶対がある」とまで言われた彼女こそ、皇帝シンボリルドルフだ。

 

「そして、彼女たちは同じ生徒会副会長のエアグルーヴとナリタブライアンだ。最も、君は良く知っていそうだったけどね」

 

「スターゲイザーだったか? 本当に白毛なのだな。よろしく頼む」

 

「……よろしく頼む」

 

 ぺこりと丁寧に頭を下げてくれた目にアイシャドウをした鹿毛のウマ娘が、ティアラ持ちのG1ウマ娘──エアグルーヴ。

 そして少しぶっきらぼうに目線をくれたシャドウロールを付けている黒鹿毛のウマ娘が、クラシック三冠ウマ娘──ナリタブライアン。

 そんなレースを知っているならば誰でも知っているようなウマ娘たちが、何故か今俺の目の前に立っている。

 本当にここに連れてこられた理由が分からず俺が固まってしまっていると、たづなさんがこほんと小さく咳払いして口を開いた。

 

「スターゲイザーさん、まず生徒会室に連れてきた理由から説明しますね。一つ目は、スターゲイザーさんを見てもらう予定のトレーナーさんの担当ウマ娘が彼女……エアグルーヴさんだからです」

 

 なるほど。それで顔合わせということでここに連れてこられたわけか。

 いや、でもそれなら先輩トレーナーのタイミングで挨拶をするのが一番良い気がする。

 ルドルフさんブライアンさんがいる場所でわざわざする必要もないと思うのだが……

 

「あともう一つの理由なのですが……スターゲイザーさん。生徒会に入って頂けませんか?」

 

「え? 私、トレーナーで特にトレセン学園の生徒って訳じゃないですよ?」

 

「勿論知っています。えーっとですね──」

 

「そこからの説明は私が引き継ぎましょう。こほん……スターゲイザー、君の事情は理事長から軽く聞かせてもらった。その年でトレーナーになるとは、並々ならぬ努力があったに違いない」

 

 そう言いながらルドルフさんが椅子から立ち上がり、俺の目の前に近づいてくる。

 そして俺の目をじっと見つめると、にこりと微笑んだ。

 

「だが君はまだ年齢的には高等部……学校に通っていてもおかしくない年齢だ。貴重な青春時代を完全に捧げるには時期尚早。そこで、理事長から提案を受けたんだ」

 

 確かに俺の年齢だと、世間一般的には高校に通っていたりするのが普通だろう。

 だが、それは分かっていた。そうする状況にあったという事もあるが、最終的には夢のために自分で選んだ道なのだ。

 

「生徒会メンバーとしてトレセン学園で青春を送りながら、サブトレーナーとして研鑽を積む。悪く無い選択肢だと思うのだが、どうだろうか?」

 

「勿論トレセン側も全力でサポートはさせて頂きます。作業量なども調整させていただきますし、そのために同じ生徒会メンバーであるエアグルーヴさんのトレーナーさんに頼みました」

 

 本当に俺のことを心配して、気遣ってくれたからこその提案。

 そんな彼女たちの優しさを俺は断ることなんて出来なかった。

 

「分かりました。なら、よろしくお願いします」

 

「そうか! なら、こちらも直ぐに手配しよう。ブライアン、書類とかの準備を頼むよ」

 

「……了解した。全く、皇帝様はヒト使いが荒い」

 

「それが普通だ、たわけ! いい加減、生徒会としての自覚を持て……」

 

 それに、俺もどこか学生時代の青春というものに憧れていたのかもしれない。

 こうして、ここから一年間。俺は生徒会メンバーとして活動しながら、サブトレーナーとして働くという珍しい生活を始める事になったのだった。

 

~~~~~~~~

「そういえばスター。もう学園生活には慣れたか?」

 

「はいおかげさまで。色々と気を使って貰ってありがとうございます」

 

「まぁ、私のトレーナーはそこに関しては優秀だからな。全く……何故それを日常生活に活かせんのだ」

 

 トレセン学園に入ってから三週間程度経った頃。

 俺は放課後のトレーニングが終わったエアグルーヴさんと一緒に、トレーナー室で会話していた。

 彼女のトレーナーは現在理事長に呼ばれて席を外しており、部屋の中には俺たち二人だけになっている。

 

「生徒会でスターが手伝ってくれるだけで作業効率が物凄く上がったからな……。こうしてゆっくり出来る時間も増えたわけだ。本当に感謝しかない」

 

「色々と丁寧に教えて下さっているからですよ。私もやりやすくて助かっています」

 

 最初はトレーナーと生徒会の仕事を両方こなせるかと少し不安になっていたが、実際に仕事をしてみると苦にならずに生活出来ていた。

 トレーナー業と生徒会の仕事が本当に丁度良く分配されている形になっており、どちらかが片方の負担になるようなことにはなっていない。

 分からないところを質したら優しく答えてくれて、俺も仕事をこなしやすい。

 本当に配慮が行き届いている職場と言っても過言ではないだろう。

 俺がタブレットを見ながら今後のトレーニングの予定を確認していると、ソファに座っていたエアグルーヴさんが質問をしてきた。

 

「そういえば、スター。気になっていたことなのだが……」

 

「? なんでしょう?」

 

「……服はスーツしか着ていないが、それしかないのか?」

 

 そう言ってちらりと見てきたのは、俺の着ている真っ黒な服。

 これはトレーナーになろうと思った時に自分で買った大事なスーツだ。

 普段着としても着用できるし、正装としても使用できる優れ物。これを持って入ればどんな場面にも対応できるから気に入っている。

 

「さすがにスーツは数着は持ってます。同じの着続けてるわけじゃないですよ」

 

「そうじゃなくてだな。私服とか、そういうのあるだろう?」

 

「私服……あー……」

 

 そう言われて見て思い返してみたのだが、俺は私服と呼ばれる服を持っていない。

 スーツにパジャマに……あとは何故か理事長から送られてきたトレセン学園の制服とジャージくらいか。

 

「引っ越しの際に断捨離とかしたのか……? 年頃のウマ娘が私服無しは心配になるぞ……?」

 

「いや、まぁ。最初から持ってなかったというか。着方が分からないというか」

 

 中学生のころは引きこもりだったということもあり、外に出なかったため私服なんて必要無かった。

 あと制服なんてものを渡されたが、今までウマ娘用の服なんて着たことが無いため着方が全く分からないのだ。

 だてに男性用のズボンに穴を開けて、自前のパジャマなんかにしていない。

 それを伝えるとエアグルーヴさんの顔が固まって、信じられないものを見るような目で俺を見てきた。

 

「……冗談だよな? あの走りにしか興味しかないスズカでも私服を持ってるし、制服は着れるぞ……?」

 

「スズカってあのサイレンススズカさんですよね……? あの方そんなウマ娘なんですか……?」

 

 うそでしょ……というセリフを幻聴しているうちに、エアグルーヴさんの顔は何故か深刻そうな顔に変化していった。

 確かに私服を持っていないが、別に困った事は無いしな……

 

「一応聞くぞ……。シャンプーとかはどうしてる?」

 

「シャンプーですか? 普通のを適当に」

 

「尻尾用の洗剤は何を使ってる?」

 

「尻尾専用なんてあるんですか? シャンプーで洗ってましたけど」

 

「保湿とかは何かしてるか?」

 

「いや何も……」

 

 エアグルーヴさんが質問をしてそれに俺が答えていくうちに、彼女の顔がどんどん呆れたような顔に変わっていく。

 そしてついには天井を見上げながらこめかみを抑え始めてしまった。

 

「それでその姿なのは奇跡なのか……何なのか……」

 

「えっと……なんかマズかったですかね」

 

「マズいってもんじゃないぞ……。 ウマ娘として当然なことが出来てないのだからな……」

 

「えっ」

 

 そこまで断言されてしまっては、俺も今まで自分とはと考えてしまう。

 正直言い訳しようと思えばいくらでも出来そうだが──

 

「本当に何か困っていることはないのか? そこまで知識が偏っていると……私でも心配になるぞ?」

 

 エアグルーヴさんが本気で俺のことを心配する目を向けてきてしまっては、そんな言葉は出せなかった。

 俺も少しは身だしなみを気にした方がいいのだろうか。あまり自分の外見に対して最低限しか整えて無かったが……

 

「スター、確か来週の土曜日は生徒会も含めて休みだったな?」

 

「その日は休みですね。休日トレーニングはあまりおすすめしたくないですが」

 

「違うわ、たわけ。買い物に行くぞ! 一からウマ娘として大切な事を全て教えてやる……」

 

「お、お手柔らかに?」

 

「いやこの調子だと生活から見直しをしないとマズそうだな……。ふふ……まさかたわけと同じで日常生活が抜けているとは思わなかったぞ……」

 

 エアグルーヴさんがどこか目を輝かせてやる気になっているのを、俺は隣で笑うことしか出来なかった。

 そんな会話をした次の日、エアグルーヴさんは俺の生活をチェックし始めた。

 朝起きてから寝るまで監視できる範囲でチェックされて、一つ一つウマ娘としての当たり前を教えて貰うことになったのだが……その姿は先輩というよりかは母親のようだった。

 そして土曜日は優しい先輩に連れられてショッピングモールへ行き、日常品や服を買ったりすることになった。

 

「ほら、スターにはこういう可愛い服も似合うのだからもっと積極的に着ればいいのだ」

 

「こ、こんなふりふり私には似合わないじゃないんですか……?」

 

「儚げな感じがして凄い似合っているぞ。白い妖精といった感じだろうか」

 

「うぅ……」

 

 ふりふりなワンピースを試着させられたり、人生で入ったこと無いランジェリーショップに連れて行かれたりなど……

 本当に目がぐるぐるして色んなものを見て、学んで……。その日だけでウマ娘力が凄い上がった気がした。

 どうやらエアグルーヴさんは、世話焼きのお姉さん気質があるらしい。

 そんな彼女にどこか甘えたくなってしまうのは、俺が色々と抱えてしまっていたからかもしれない。

 だけど……それが自然に出て来てしまうほど、俺はエアグルーヴさんに可愛がられているらしい。

 

~~~~~~~~

「なぁ、アンタ。なんでそんなビビってるんだ」

 

「えっ、私ですか。何をですか」

 

 日が沈みかけたとある日の夕方。俺は生徒会の仕事で、生徒会室の書類を整理していた。

 そんな室内に、俺以外にもう一人のウマ娘。

 黒い黒鹿毛の髪をポニーテールに纏めシャドウロールを付けた彼女は、この生徒会の副会長。

 いつもいるルドルフさんやエアグルーヴさんは別の仕事で不在。俺とブライアンさんの二人きりで仕事を進めていたのだが、突然話しかけられてびっくりしてしまった。

 

「アンタ、もうちょっと素を出してもいいだろ。皇帝や女帝殿にも遠慮してるように見える」

 

「なんでそう思ったんですか……?」

 

「見てれば分かる」

 

 そうぶっきらぼうに咥えていた葉っぱを揺らしながら、ブライアンさんが答えた。

 そう言われて今までの自分を振り返ってみるが、自分が特に遠慮したとは思えない。むしろ、聞けば優しく答えてくれる先輩たちに感謝しかないが……。

 

「自覚がないのか……。それとも己を忘れたのか?」

 

「そんな深刻なことじゃないと思いますけど……」

 

「……そうじゃない。そうだな、サクラローレルとかを見ていると分かる」

 

 ブライアンさんはくるくるとぺんを回しながら上にぽんとそれを投げると、ぱんと掴み取った。

 

「アイツは私によく絡んでくるが、レースの時は私は食いつくすような目で見てくる。それに関してはマヤノとかアマさんも同じだ」

 

「えーっと……でも、私レースとか出ませんし……」

 

「ちっ。例えが悪かったか」

 

 いまいちブライアンさんの伝えたいことが分からず俺が戸惑っていると、ブライアンさんがむっとした表情を取った。

 何かを伝えたいということは分かるのだが、それが上手く説明しきれていないように見える。

 結局その後お互いに無言になってしまいどうしようかと思っていると、後ろから声が聞こえてきた。

 

「ブライアン、それでは伝わらないだろう。全くお前は……」

 

「姉貴……。いつからいたんだ?」

 

「先ほど来たばかりだ。会長さんから少し伝言を頼まれてな」

 

 そう言って姿を現したのは、毛量の多いもふもふの葦毛を纏ったウマ娘。

 彼女は、ブライアンさんの姉に当たるビワハヤヒデさん。

 直接会ったのは初めてだが、ブライアンさんがちょくちょく話題にしていたため知っていた。

 

「やぁ、初めましてかなスターゲイザー君。ビワハヤヒデだ。ブライアンから話は聞いているよ」

 

「スターゲイザーです。宜しくお願いします」

 

 ぺこりと頭をお互いに下げて自己紹介をする。凄く丁寧に挨拶されてしまい、ブライアンさんと少し違うんだなと思ってしまった。

 真面目そうなハヤヒデさんと少しガサツなブライアンさんとで、印象が姉妹で全く異なっている。

 

「さて……先ほどの話に戻ろうか」

 

 眼鏡をくいっと元の位置に戻す仕草を取った後、ハヤヒデさんはやれやれといった表情で語り始めた。

 

「ブライアンは、スターゲイザー君にもう少し楽に接して欲しいって言っているのさ。敬語なんていらないくらいにな」

 

「そう……なんですか?」

 

「……アンタは常にどこか怯えているように見えた。来た当初はそれも仕方ないかもしれないが──」

 

「それだと、同じ生徒会メンバーとして寂しいだそうだ」

 

「姉貴!」

 

 ブライアンさんが本音を当てられたのが恥ずかしかったのか、ハヤヒデさんに対して大きめの声を出す。

 ハヤヒデさんはそんな様子を見てにこりと微笑むと、俺に対して話しかけてきた。

 

「まぁだから、無理のない範囲でブライアンに接してくれると助かる。ため口とかでも気にしないそうだしな」

 

「……ふんっ」

 

 ……確かに、俺はここに来てから素を出すということはほとんどなかった。

 誰も知り合いがいない状況。例の彼女もいない一人の状況で、少し警戒心を露にしすぎたのかもしれない。

 ここには優しいウマ娘しかいないのだから、そんな怯える必要なんてないのに。

 

「んっ……じゃあ、俺もなるべく自然でいるようにするから。よろしく……」

 

 俺は少し覚悟して一人称も戻し、口調を崩してブライアンさんに対して話しかける。

 すると二人が驚いたような顔をしてこちらを見てくるが、直ぐにふっと笑うように表情を崩した。

 

「一人称も変わるのだな。そっちもいいと思うぞ。なぁ、ブライアン」

 

「あぁ……。そっちの方がお前らしい」

 

 そんなこともあり。俺はその日から生徒会メンバーなどに対しては、軽い口調で話しかけるようにした。

 やはり最初は驚かれたが、二人とも直ぐに受け入れてくれて俺も話すのが楽になった。

 ハヤヒデさんもあれから良く話しかけてくれるようになり、話せる人が生徒会メンバー以外にも増えて嬉しい。

 あの姉妹にはこれから色々と世話を焼いてくれるようになったのだが……それはまた別の話だ。

 

~~~~~~~~

「美味しそうだな……」

 

「いや、あの……」

 

「だが最近食べ過ぎたからトレーナーからダイエットを……しかし……」

 

 とある日のお昼。

 俺は午前中にやるべきことを終えて、トレセン学園の大きな食堂でご飯を食べていた。

 今日チョイスしたご飯はサバの味噌煮。ウマ娘用の大盛りサイズも存在はするが、俺はそこまで食べれないので控えめサイズだ。

 そんなぱっと見日常の昼ごはんの風景に、一人の葦毛のウマ娘が入りこんできた。

 俺の隣の席に座った彼女は、俺と比にならないサイズの山盛りの白飯を用意し、おかずも大量に添えられている。

 逆にこの量のご飯を食べきることが出来るのか見てて心配になってくるほどの大盛りといえば分かるだろうか。

 

「じーっ」

 

 そしてそれを食べている葦毛のウマ娘に、何故か俺はガン見されていた。

 隣に座っているウマ娘は誰なのかは、トレセン学園のトレーナーならば流石に分かる。

 オグリキャップ。笠松という地方から中央トレセン学園に編入し、G1タイトルを複数も取ったアイドルウマ娘。永世三強と呼ばれる時代を作った有名なウマ娘の一人である。

 だが俺とは全く関係性は無く、見かけたことはあれど話したことは無い。

 なんでそんなウマ娘に俺がガン見されているんだ──

 

「こらっ! オグリ! 隣の子が困ってるやろ!」

 

「むっ、タマ。いや違うんだ。お隣さんが美味しそうなご飯が食べていてだな……」

 

「もう十分食べてるやろ!? つかダイエット中なのにこれ以上食べたらあかんやろ……」

 

 そう言って小柄の葦毛のウマ娘が、オグリさんの頭をぺしっと軽く叩いた音が聞こえた。

 彼女の名前も俺は知っていた。タマモクロス。オグリキャップさんと世代を最強を争った、有名な葦毛のウマ娘だ。

 オグリキャップさんと仲が良いのは学園では有名だったため、一緒にいてもおかしくは無いが……。

 

「すまんなぁ。白毛のウマ娘さん。こいつちょっと抜けてるところがあってな」

 

「ん? 何が抜けてるんだ? ……まさか靴に穴が開いて」

 

「そういうとこやぞ。って、んー? もしかしてアンタ、スターゲイザーって子か?」

 

「えっ。いや、そうですけど……。何で私の名前を……」

 

 まさか俺の名前まで知っているとは思わずに、思わず驚きの声をあげてしまう。

 するとタマモクロスさんが軽くこくりと頷き、その理由を語ってくれた。

 

「ルドルフたちからちょっと聞いてな。アンタ、結構有名やで?」

 

「ん……あぁ、白いよう──」

 

「あー! 白毛は珍しいしな!」

 

 オグリさんのセリフを途中で遮り、タマモクロスさんが少し大きな声を出す。

 言葉が最後まで聞こえなかったが、特に大切なことでもないだろう。多分、恐らく。

 そんな二人の葦毛のウマ娘ががわちゃわちゃとしているのを隣で眺めていると、そこに追加でこちらに来る足音が聞こえてきた。

 

「タマちゃーん。ここにいましたか」

 

「なんや、クリークか。どしたん?」

 

「トレーナーさんから連絡があるらしくて……あら?」

 

 そんなタマモクロスさんに話しかけてくるウマ娘──クリークと呼ばれた彼女もまた有名なウマ娘。

 オグリさんと同じ世代で活躍し、永世三強にも数えられるG1ウマ娘、スーパークリーク。

 

「あらあらあら。これは珍しい組み合わせですね」

 

「せやろ? たまたまオグリと一緒にいるところを見つけてな」

 

「んぐんぐ。美味しそうなご飯を食べていたからな」

 

 オグリキャップさんに、タマモクロスさん、スーパークリークさんと時代を創ったウマ娘が目の前にいて、レースのファンとしては素直に興奮してしまいそうになる。

 そんな三人の会話を聞いていると、じっとクリークさんが俺の方を見つめてきた。

 彼女と視線が合ってしまい俺が動けないでいると、次の瞬間目の前の視界が真っ暗になる。

 

「クリーク!? なにやってんやアンタ!?」

 

 ぐっと柔らかく暖かい何かが押し付けられ、鼻孔に柔らかい匂いが広がって来る。

 それがクリークさんからの急な包容だと気づいたのは、彼女に抱き着かれてから数秒経った後だった。

 

「ん!? んぐっー」

 

「よーしよし。いい子ですから、落ち着いて下さいね~」

 

 ぎゅっと優しく抱き着かれただけでもよく分らないのに、なでなでと頭を撫でられるような感覚がする。

 更にクリークさんの体温が直に伝わり、鼓動のとくんとくんという音がリズム良く聞こえてきた。

 あっ、やばい。このままこれが続いたら、温もりで溶けてなくなっちゃいそう……

 

「って、赤ちゃんにさせるなや! 見てみ! 今にも自我を失いそうな顔してるで!」

 

「真っ赤になって目が溶けているな。アイスクリームみたいだ」

 

 タマモクロスさんがクリークさんを俺からひっ剥がし、俺はやっと抱き着きから解放される。

 先ほどまで狭いところに閉じ込められていたからか、外の空気が顔に当たってひんやりとした。

 

「はっ……」

 

 意識がどこかに飛んでいた気もするが、なんとか現実に自分を持って来る。

 はるか昔の幼児へと帰りそうになってしまっていたが、ぎりぎりセーフだと思う。

 というか、どうして急にこんなことを。

 

「そうですね……ちょっと寂しそうだったからでしょうか……」

 

「なんや、それ。母性が抑えられなくなったとかじゃないんか」

 

「それもあるんですけど」

 

「あるんかい!」

 

「目の奥底がまだ空に近いから、が一番言いやすいと思います~」

 

 クリークさんがそっと頬を撫でて、聖母のような慈悲に溢れた目線を送って来る。

 その言葉の意味がいまいちピンと来ず、俺が首を傾げているとクリークさんがゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「でも大丈夫ですよ~。ここにはいい人しかいませんから~。ゆっくり満たしていけばいいんです。焦らず……時間はありますから」

 

「なるほど……つまりスターはお腹が空いているから、私たちがご飯を食べさせてあげればいいってことだな!」

 

「なんかちゃう気がするけど、オグリにしてはあってる気もする……」

 

 満足感、といえばいいのだろうか。

 今までずっとヒトとの関わりを絶っていたせいか、ずっと奥底でくすぶっている何かがあったのかもしれない。

 最近ちょっとずつヒトの優しさに触れて、注がれていた。

 けど、それでもほんの少しだったから。俺はもっと欲張りになってもいいのか。

 

「なんか……ありがとうございます」

 

「いえいえ~。先輩として当然のことですよ~」

 

「せやで。トレーナーって立場かもしれんけど、同じウマ娘! 頼れるところはドンドン頼ってきいや!」

 

「美味しいご飯なら任せてくれ」

 

 そんな三人の先輩に囲まれてよしよしとされてしまい、俺の耳と尻尾がふにゃりとしてしまう。

 なんだか今までとは違うベクトルで甘やかされた俺は、その後トレセン学園で色々な先輩ウマ娘に可愛がられることとなったのであった。

 タマモクロスさんが遮ったオグリさんの言葉と共に。

 

~~~~~~~~

「うんうん、似合ってるじゃん。やっぱりスターには大人しめの服が似合うよ」

 

「いやさ、スタピにはこっちのはではでの方が似合わない!? テンション上げてった方がいいでしょ!? パマちんもこっちの方がいいと思わん?」

 

「うーん、私はどっちも似合うと思うけど……ごめん! 大人しめの方がいいと思う!」

 

「えぇ、とても美しいので綺麗なドレスも似合いそうですね。可憐ですよ、スターさん」

 

「つーか、素体が良すぎて何でも似合うんじゃね? 髪サラサラだし、爪きれーだし。これでノーメイクとかうらやまなんですけど」

 

「わっかるー! お嬢みたいに特別なの使ってると思ったらふつーのだし! ねぇねぇ、なんか特別なことやってん?」

 

「えっ、いやっ……。本当に特別なことは……」

 

 何故こうなった。

 トレセン学園の近くにある、とあるショッピングモールの服屋の中。

 そこに俺を含めて六人のウマ娘が、わちゃわちゃと盛り上がっていた。いや、俺は着せ替え人形になっているから盛り上がっている組に含めるかは怪しいが。

 金色の尾花栗毛と呼ばれる俺の白毛と同じくらい珍しい髪を持った、ゴールドシチーさん。

 爆逃げコンビと呼ばれるメジロパーマーさんに、ダイタクヘリオスさん。

 美しい硝子のような透き通るような清楚さを持った、メジロアルダンさん。

 ギャルといった感じの陽気な空気を纏っている、トーセンジョーダンさん。

 なんで、この五人組と一緒にお出かけすることになったのか。

 それは本当にちょっとしたきっかけからだった。

 

 ──タマモ先輩、今度スターさん貸してくれません? 

 

 ──いや別にウチのもんちゃうけど。持ってけ持ってけ。

 

 本当に何故か急にシチーさんに貸し出されたと思ったら、その場で休日に出かけることが決まり。

 

 ──うぇーい! その子が例の子ー? かわいいじゃーん! 

 

 そして、待ち合わせ場所に着いたら何故か多くのウマ娘がいて。

 

 ──私服全然持ってないの? マジ? ちょーどいいし、あたしらと一緒に買いに行くべ! 

 そして、今に至る。

 いや、やはり意味が分からない。

 陽の物に連れ去られたら、いつの間にか別世界にいたといった感じに近い。

 そんな太陽を浴びせられていたら、こうして俺はめちゃくちゃに着せ替えられている。

 

「いいねー! バエるねー! もっとおしゃれしてもいいレベルだよ!」

 

「今度アタシが出る雑誌のモデルに出て欲しいレベルだわ……。マネジに相談したらいけんかな」

 

 パーマーさんがぐっと親指を突き出してグッジョブと行ってくる傍ら、シチーさんが謎のたくらみをしている。

 先ほどみたいな清楚を体現したような水色のワンピースから、ショートパンツもTシャツのギャルのような服装。

 更にはもっふもふのパジャマや、どこから持って来たのか分からないふりふりの下着まで。

 本当に嫌なら断る事もできただろう。それに、彼女たちならそれを受け入れてくれると思った。

 だが──

 

「いいですね。白毛に蒼。まるで青空のような色合いで、とてもお似合いです」

 

「やっぱ素材がいいんだわ。アタシこういう系はてんでダメだからうらやま」

 

 今アルダンさんとジョーダンさんが俺のことを褒めてくれたように。

 俺が一つ着替えるたびに、ここにいる皆が俺のことを褒めちぎってくる。

 正直最初は顔を真っ赤にするほど恥ずかしかったのだが、いつの間にかそれが快感になってきていた。

 かくして。色々な服を着て楽しんだ俺は、その場の勢いで服を五着程度レジに持っていきそのまま購入に至ったのであった。

 今まで興味も無かったおしゃれとかに目覚めそうで、若干怖い。

 服を見繕った後は「新作のコスメがあるから〜」ってことで化粧品エリアに移動。

 ワイワイと迷惑にならない程度に話をしながら移動をしていると、隣にそっとアルダンさんが並んできた。

 

「スターさん、楽しんでますか?」

 

「アルダンさん……。そうですね、初めてこんな大勢で遊んでますけど想像以上に楽しいです」

 

「ふふ、それは良かったです」

 

 にこにこと柔らかい笑顔を俺に向けてくるアルダンさんは、そうとても嬉しそうに話してきた。

 その時、最初からあった疑問が頭の中に浮かんできてしまう。

 自分の中で情報を整理してみても答えが分からなかったため、俺は素直に彼女に聞いてみることにした。

 

「そういえば……俺は今日どうして呼ばれたんですか?」

 

「どうして、とは?」

 

「あ、いえ。別に俺はちょっと場違いというか。なんというか……」

 

 別に俺はジョーダンさんやヘリオスさんのように、陽に明るい訳でもない。

 アルダンさんやパーマーさんのように、どこかのお嬢様という訳でもない。

 本当に今日なんで、俺はここに呼ばれたのだろうか。

 

「そんなことですか。簡単ですよ、一緒に遊んで仲良くなりたかったからです」

 

「それだけですか……?」

 

「えぇ。それだけです。みんなで遊んで、楽しむ。かけがえのない時間じゃありませんか?」

 

 そう本当に含みも無く自然に言われて、俺は特に言い返すことも出来なかった。

 理由も無く、ただ遊びたいだけ。仲良くしたかっただけ。

 たったそれだけの理由で、俺は遊びに誘って貰ったのだ。

 そんな自分では思いつかなかったことをアルダンさんに言われて呆けていると、前から四人組ががっと近づいて来た。

 

「なになにー? 真面目な話してるん? もっとバイブスあげてこー!」

 

「アタシたちは白い妖精さんと遊びたかっただけ! そんな難しいこと考えなくていいっしょ!」

 

「……白い妖精?」

 

「あれ、知らないの? スター、アンタ今トレセン学園で白い妖精って言われて有名になってるよ」

 

「トレセン学園で見かけると、今日一日ちょっと幸せになれるって言われてるね。知らない?」

 

「初耳なんですけど……」

 

 そんなこと言われてたのか……。

 初耳で驚いたのだが、今思えばオグリキャップさんが言いかけたあの言葉もこれのことだったのだろう。

 

 ──ん……あぁ、白い妖精。

 

 恐らくタマモクロスさんがその時は気を使ってくれたのだろう。

 自分の知らない所で噂になっているとか、本人からしたら不安以外の何物でもないだろう。

 だが、聞いた限り別に悪い噂というわけでは無さそうだ。

 逆にトレセン生徒たちにありがたがられてるのは、変な気分にもなるが。

 

「今日はまだまだ時間あるし楽しんでこー! うちカラオケいきたい!」

 

「いいね! 買い物終わったらいこっか!」

 

 かくして。そんなただ本当に楽しむだけの遊びは門限ギリギリまで続き、一つ大切な思い出になったのであった。

 また遊べたらいいなと思った時「また今度遊ぼうね~!」と手をぶんぶんと振ってくれたのは、俺にとって一つ救われたとだけ追記しておこうか。

 

~~~~~~~~

「もう三月か……。スター、一年間どうだったかい?」

 

「あっという間だった気がするな……。一年前の俺に今の状況伝えても、信じてくれなさそうだ」

 

「そうかい? 運命だった気もするけどね」

 

 時は流れて三月。涼しい風の中にも暖かな日差しが差すようになり、丁度季節の変わり目を感じさせる頃合いになってくる。

 そんな日が暮れる時間の真っ只中、俺とルドルフは二人で生徒会室にいた。

 窓を開けて外を眺めているルドルフは、まるで何かの絵画みたいだ。

 

「明日だったかな? 例の子が入学してくるのは」

 

「あぁ、明日入学式だってワクワクしてたぞ。最近ずっとそれ関連でメッセージ送って来てな……」

 

「元気で可愛らしいじゃないか。新たに入ってくるウマ娘、どんな未来を辿ってくれるか楽しみだ」

 

「俺が見るには勿体ないくらい優秀だって聞いてるな。入試試験も一着でゴールしたってよ」

 

 そう、明日はトレセン学園の入学式。

 例の彼女とやっと顔を合わせられる日なのだ。何度か会える機会もあったのだが「楽しみにとっておく!」と言われてしまっては、俺も会いに行けない。

 因みに俺がウマ娘であることは彼女に話している。ボイチェンを切った時はめちゃくちゃ驚かれたのだが、それもいい思い出だ。鼓膜破れるかと思ったけど。

 

「全く……君はまだそんなことを言っているのか。スター、ちょっと座りなさい」

 

「どうした? 急に」

 

「早く」

 

「あっ、はい」

 

 そう急にルドルフに言われて、生徒会室に置いてある少し大きめのソファに腰をかける。

 すると彼女が俺の隣に移動してきて、そっと座ってきた。

 そしてぽんぽんと自分の膝上を手で叩いてきたかと思うと、俺の頭をぐっと押し倒してくる。

 次の瞬間、俺の目線の正面にルドルフの顔が見えた。

 これは──いわゆる膝枕というやつだろうか。

 

「スター。君は優秀なんだ。そんな自虐するものではない」

 

「……」

 

「独学でトレーナーになって、生徒会の仕事をこなしながらサブトレーナーを務める。こんなの、私のトレーナーだって無理だぞ?」

 

「そうかな……」

 

「そうだとも」

 

 なでなでと自分の頭を優しく撫でられる感触に、俺は耳をふにゃりと曲げてしまった。

 何故こうなっているとかいう理由の前に、撫でられるという気持ちよさで脳がふやけてしまう。

 ぐるぐるとしている間に、ルドルフがそっと口を開く。

 

「君はこの一年間で何を見た? 何を感じた?」

 

「エアグルーヴに優しくしてもらった……。ハヤヒデさん、ブライアンにも。タマモクロスさんとかにも面倒見て貰ったし、ギャル組とも遊んだ。みんな──綺麗だった」

 

「そうだろう。青春も捨てたものでは無かっただろう?」

 

「あぁ……。あの時の選択は正しかったと思えるほどに」

 

「なら前を見ろ、スターゲイザー。君は他の人を導けるだけの力がある」

 

 そう皇帝様に断言されてしまうと、俺もどこか恥ずかしい。

 そこまで自分が出来たヒトだとは思って無かったのだが、なんだかトレセン学園に来てから自己肯定感がバグって来てる気がする。

 自信がついたとでも言うのだろうか。前よりも、正面を向いて歩けるようになった。

 

「俺は……今幸せだよ」

 

 心からの本音。

 トレセン学園に来て外の世界を見て、ずっと満たされている感じがした。

 みんな優しくて可愛がってくれて。これ以上のことがあるのかと思うほどに。

 

「まだ……。まだ、幸せになれるさ。知ってるかい? 幸せに上限は無いんだよ」

 

「そっか……。なら、テイオーに会えたら……俺は」

 

 そこまで言いかけた瞬間、俺の瞼にぐっと重い感覚が襲ってくる。

 急な眠気に視界が少しずつ薄くなっていく中、そっと目の前が急に真っ暗になった。

 恐らくルドルフが手で俺の目を覆ったのだろう。

 そんな状況で、俺は流れに身を任せてそっと目を閉じた。

 

 ──おやすみ、スター。君の明日が幸福であらんことを。

 

 もう……いっぱい貰ってるよ……。

 

─────────────────

「ふふふ~ん♪」

 

 暖かな風と共に桜がひらひらと舞うトレセン学園に、ボクはいた。

 ととんと軽快なステップを踏みながら、そこら辺の道をスキップしたくなる。

 ボク──トウカイテイオーは、今年トレセン学園に入学するピカピカの新入生。

 夢は無敗の三冠ウマ娘! そして、皇帝シンボリルドルフみたいになること! 

 その夢を叶えるためにボクは、とある人と約束してるんだ。

 

「激励っ! 是非新入生が夢を叶えられるように我々一同応援するので、頼って欲しい!」

 

 そんなことを考えてたら、いつの間にか入学式が終わりに近づいていた。

 早くこの退屈な時間終わらないかな~。早く、ねずみさんに会いたいんだけどな~。

 ねずみさん──ボクの夢を叶えてくれる約束をしてくれたウマ娘。

 彼? 彼女が、ウマ娘っていうのは最近知ったけど。

 最初はボイチェン使ってたからっていうのもあって男だと思ってた。でも最近ボイチェン外して話してくれて、そこで初めて分かったんだよね。

 なんか最初はちょっとボイスチャット間でも距離があったけど、最近はそんなことないし。

 心情の変化ってやつなのかな。

 

「これでトレセン学園の入学式を終わります。新入生は指示に従って退場してください」

 

 退屈な入学式は終わりをつげ、やっと自由の時間を手に入れることが出来た。

 入学式が終わった後、トレセン学園の中央にある三女神像の前でねずみさんと待ち合わせの予定。

 やっと。やっとだ。

 一年先にトレセン学園に行ってしまったけど、ようやく彼女に会える。

 別に暇を見つければ会うことも出来たけど、我慢してた。どうせなら、初対面は印象的にね! 

 それに~。トレーナーとして、ボクの初めてをいっぱいあげるんだから学園生活楽しみだな~

 鼻歌を口ずさみながらぴょんぴょんと跳ねるように待ち合わせ場所に向かっていると、周りのウマ娘の話声が消えてくる。

 

「さっき私白い妖精にあったんだよね~」

 

「マジ? じゃあ今日めっちゃいい日じゃん! いいな~」

 

 こっそり耳を立てて聞いて見ると、白い妖精とかなんとかと言っているのが聞こえる。

 白い妖精に会えるとなんかいいことある? 白い子でもいるのかなぁ。

 そんな話を聞き流しながらてくてくと道を歩いていると、目の前に──綺麗なウマ娘が映った。

 

「わぁ……」

 

 桜のピンク色の花びらが舞う空間に、白い髪をしたウマ娘が一人佇んでいた。

 ぽつんと一つ、世界に点を置いたかのように彼女が目立っている。

 もしかして、彼女が噂の白い妖精とやらなのだろうか。

 うーん、これはボクでも見惚れちゃうなぁ。

 

「っと、見惚れてる場合じゃないや。ねずみさんどこにいるのかなぁ」

 

 携帯をポケットから取り出して、ダイレクトメッセージでねずみさんに連絡を取る。

 

 ──女神像の前に着いたよ! どこにいるの? 

 

 よし、メッセージ送信っと。さてさて、ボクはベンチにでも座って待ってるか。

 それにしても本当に白い妖精さん、綺麗だなぁ。これは噂になるって。

 ぽけっと待っていると、ぽんと携帯の方に通知がなった音が聞こえてきた。

 

 ──俺、白毛だからすぐ分かると思うけど、帝王さんいる? 

 

 ん? 

 白毛? え? あれ、手のひらをひらひらと振ってるんだけど。

 

「えええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」

 

 思わずベンチから立ち上がり大声を出してしまう。

 だって! 「トレセン制服」を着て、そこに立ってたら分かるわけなくない!? 

 

~~~~~~~~

「えぇ……まさか、ねずみさんが制服着てるとは思って無かったよ……」

 

「あはは……。まぁ、今日はトレーナーとしての仕事が休みだったから。つい癖でな」

 

 お互いに軽く本名を自己紹介して、今は二人でトレセン学園の校内を回っている。

 ねずみさんの本名は「スターゲイザー」というらしい。

 これからボクのトレーナーになってくれる人だし、トレーナーって呼んだ方がいいのかな。

 ってか、癖で制服着るってどんな生活してるんだろう……

 

「どうかしたか?」

 

「い、いや別に」

 

「そうか? そういえば、テイオーはどこか行きたいところあるか? 案内出来るぞ」

 

 廊下を二人で歩いていると、なんだか視線をちらちらと感じる気がする。

 ねずみさん……トレーナーは気にしてないっぽいけど、これ絶対白い妖精さん効果だよね……

 ここまで有名ならもしかしたら、彼と知り合いだったりするかな……? 

 

「シンボリルドルフさんと知り合いだったり……する? トレセン学園のカイチョーなんだけどさ」

 

「ルドルフ? 今行けば会えるんじゃないか? ファンなのか?」

 

「ボク大ファンでさ! カイチョーは凄いウマ娘でね!」

 

「あぁ、良く知ってる」

 

 その瞬間、違和感に襲われる。

 なんでトレーナー、そんなにカイチョーに詳しいんだろう。

 知り合い程度にしては、なんだかおかしいような……

 

「テイオー、着いたぞ。生徒会室」

 

「えっ! いや、急に訪ねたら困るでしょ!?」

 

「まぁ、今は大丈夫だろ」

 

「え、ちょっと待って」

 

 トレーナーがちょっと大きな生徒会室への扉を開けると、中に三人のウマ娘がいた。

 ボクでも知ってる、エアグルーヴにナリタブライアン。そして──ボクの憧れ、シンボリルドルフ。

 

「おや、スター。どうしたんだい?」

 

「いやルドルフと会いたいって言うウマ娘がいたからさ」

 

「ふむ……隣にいる子が聞いてたトウカイテイオーかな? おや、私の皐月賞で会いに来てくれた子じゃないか」

 

「知り合いだったのか?」

 

「皐月賞のころにちょっとね」

 

 んー? トレーナーとカイチョーが、仲良さそうに話してる? えっ、そんな仲良かったの? 

 

「なんだ、スターか。今日は忙しい、変わってくれ」

 

「こらブライアン! 自分の仕事から逃げるな! 今日スターは仕事終わらせてるんだぞ!」

 

「まぁ、後で手伝うから。ちょっと待っててくれ」

 

「助かる」

 

 他の生徒会の人とも仲良さそうだし……あれぇ? 

 

「改めて、ようこそトウカイテイオー。トレセン学園へ。君の入学を生徒会を歓迎しよう」

 

「あっ、あっ、あっ。ヨロシク、オネガイシマス」

 

「なんかこいつ固まってるが。大丈夫か?」

 

 意味分かんない状況になって、隣にいたトレーナーに「なんでこんなに仲いいの?」ってこっそり聞いてみる。

 そしたら、とんでもないことを最後に言ってきた。

 

「あれ、言ってなかったっけ。俺、生徒会メンバーだぞ」

 

 それを聞いた瞬間──ボクはその場で倒れた。

 

「えっ」

 

「ソンナ……ボクガ、ハジメテダトオモッタノニ……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 ボクのトレーナーと憧れの人が凄い仲良かった件について。

 なんでだろう。本当に何故か分からないが、脳破壊ってこんなこと言うんだろうな。

 そう思った直後、ボクはがくりと意識を失った。

 




今回のお話は「スターちゃんがもしテイオーより一年間早くトレセン学園に入っていて、サブトレーナーとして可愛がられる話」というSkeb依頼で書き下ろした短編となっております。

https://skeb.jp/@Frappuccino0125
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