この話は新しい世界線のお話です。
前回までの話とは繋がっておりませんので、ご了承ください。
11月は肌寒い季節だ。
布団も夏用の物から羽毛布団などの厚めの物へと変える時期。
寒がりで冬になると常に厚着をしている俺にとって、寝るときの温度は死活問題だったりする。
要するに、寝るときはあたたかい方が俺にとっては嬉しいということだ。
そんな俺の今のベッド環境だが、とある湯たんぽを準備しているおかげでかなり快適になっている。
「んっ……」
時間は平日の朝七時。目覚ましが鳴る前にぱちりと目を開いた俺は、隣ですぅすぅとまだ眠っている少女を起こさないようにそっとダブルベッドから布団からそっと出る。
まだ朝ご飯までは時間があるし、今日は特に朝練をするという予定もない。もう少し彼女を寝かせてあげてもいいだろう。
そう思いなるべく音を立てないようにこそこそと着替えなどをしていると、一人で寝ていた
ウマ娘がむくりとベッドの上で体を起こした。
眠そうなぽーっとした目を擦りながら、何かを探すかのようにきょろきょろと周りを見渡している。
さらりの長い鹿毛の髪を持ち、頭に白い流星を携えた彼女の名はトウカイテイオー。
トゥインクルシリーズを無敗でクラシック三冠を達成し、現役最強としても名高いウマ娘だ。
そして──俺の大切な担当ウマ娘でもある。
「うぇ~……。あれ、もう朝……?」
「まだ寝ててもいいぞ。三十分くらいだけどな」
「なら起きるぅ~……。さっむ……」
そう言ったテイオーがのそのそと布団から這い出たかと思うと、ふらふらと俺の方にぽすんと寄りかかってきた。
そのままぎゅっと抱きついてきたかと思うと、顔をぐりぐりと擦りつけ上目づかいで俺のことを呼んでくる。
「お姉ちゃん……寒いからまた寝よ……?」
「起きたんじゃないのか……?」
「思ったよりも寒くてさ……」
トウカイテイオー。無敗のクラシック三冠ウマ娘。担当ウマ娘。
それも全部ひっくるめて、テイオーは俺の大切な──妹だ。
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ウマ娘は不思議な生き物である。
人とほとんど同じ姿をしていながら、人には出せないパワーに走力を出せたり。
走ることに関して異常なほどの執着を見せていたり。
姉妹なのにこんな毛色が違っていたり、とか。
「テイオー、あーん」
「あーっむ……。ん! こっちも美味しい!」
「そっちのも美味しそうだな。貰っていい?」
「勿論! はい、どーぞ!」
時刻は昼。
がやがやと騒がしいトレセン学園の食堂の中、俺とテイオーは二人で食事を取っていた。
俺は魚の定食、テイオーはお肉を使った定食ということで、お互いに少し交換しながらご飯を食べていたのだが──
「それ、どうにかなりませんの?」
「ん?」
「うぇ?」
不服そうにぴんと耳を立ててそう言ったのは、目の前に座っている葦毛の少女。
高貴そうなオーラを出しながらも、柔らかい雰囲気を纏っている少女の名はメジロマックイーン。
クラシック三冠の最後の冠である菊花賞を同着で競り合った、テイオーのライバルであり大切な友人だ。
そんなマックイーンが俺たちの目の席に座りながら、じーっと目を細めて俺たち二人を見てきていた。
どうにか……とは言われたが、特に変なことをしている訳でもない。
「なんかマズかったか?」
「大ありですわ! 距離が近すぎましてよ!」
「え~、マックイーンは気にしすぎだって~。姉妹だったらこんなもんだよ~」
「それが、ですの?」
「え? うん」
きょとんとテイオーが首を傾げて、不思議そうな表情をする。
距離が近いと言われてしまったが、俺もテイオーと同じ意見でそこまでじゃないと思うのだが……
「尻尾を絡ませて! 体をぴったりとくっつけて! あーんまでするのは流石にやりすぎですわ!」
「……そうかな」
「えー、マックイーンが適当言ってるだけじゃないの?」
「はぁ……。なんでこの姉妹はこう距離感がバグってますの……?」
マックイーンが深く溜息をつきながら俺たちのことを見つめてくるが、そんなことを言われても困ってしまう。
幼少期からずっとテイオーとはこの距離で付き合って来たのだから、他の姉妹の距離は分からないし。
「別に迷惑かけて無いからいいだろ? ほら、こっちで完結してるし」
「それだけだったら良かったんですわ……。あなたたち、自分の立場を理解しておられますの?」
「なかよし姉妹!」
「無敗の三冠ウマ娘とそのトレーナーですわ! 姉妹ってだけで話題性十分ですのに、これ以上騒がせてどうしますの……」
確かにマックイーンの言う通り、俺たちが今世間を沸かせているウマ娘というのは自覚がある。
だがテイオーとの距離はこれがデフォルトになってしまっているし、直せと言われてもそれは難しい相談だ。
「……最近、インタビューがあったらしいですわね」
「あー、あの三冠ウマ娘になった時のインタビューね。カメラいっぱいあったねー」
「そこで二人で一緒に出ましたわよね」
「出たな。そんな長いインタビューじゃなかったし、そこまで緊張しなかったけど」
「なんでたったあれだけの映像の中で、膝にテイオーを乗っけながら平然と受け答え出来ますの……?」
そう言われて思い出すのは、テイオーが三冠になった時のテレビインタビュー。
あの時はテイオー独占インタビューとのことだったが、彼女が俺を引っ張って膝の上に乗って受け答えしていた。
結局あの後の予定で俺に対しての単独インタビューもあったことだし、どうせなら一緒に済ませてしまおうとの魂胆だ。
その結果どうやらネットなどで、美人ウマ娘姉妹として逆に大きな盛り上がりを見せてしまったらしい。
「でもテイオー、俺からあんまり離れると調子落ちるし……」
「お姉ちゃニウムが不足しちゃうからね! あれは仕方がないことなのだ!」
「ここまで開き直られるといっそすがすがしいですわね……」
マックイーンが、また大きなはぁという溜息をついてテーブルを見つめる。
だが俺とテイオーは切っても切れない関係なのだから、これくらい多めに見て欲しいものだ。
そう思いつつ俺はテイオーに差し出されたお肉を、何事もなかったかのようにぱくりと食べたのであった。
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俺が目覚めたのは、あたたかい部屋だった。
何故か前世の記憶を少し持ってウマ娘に転生したという不思議な経歴の持ち主。
そのことを誰にも明かせずウマ娘として暮らしてきた俺は、ずっと不安な気持ちでいっぱいだった。
両親はとても優しくて俺のことを大切に育ててくれたが、ウマ娘としてのズレが無くなることはなくちょっと浮いた子として育っていた。
そんなじくじくとした感情を抱えた時に、産まれたのがテイオーだ。
真っ白な白毛な俺と違って両親の遺伝子を引き継いだ鹿毛の彼女は、すくすくと元気な子として成長していった。
ウマ娘として正しい生活をしているテイオーを見ていると、どこか俺が正しくない気がして勝手にテイオーに負い目を感じる始末。
だが、そんなこと彼女には関係無かった。
「いっしょにはしろ! お姉ちゃんっ!」
手を引っ張って俺を外に連れ出し、ウマ娘の楽しさを教えてくれたテイオーには今でも感謝しかない。
俺が中学生になるころだっただろうか。テイオーと一緒に、全く嫌な気持ちなく外を走り回れるようになったのは。
そしてそれと同じくらいの時期に、テイオーはレースにハマりこんでいた。
トゥインクルシリーズで走るウマ娘を見てこんな走りがしたいとテイオーは憧れを抱き、トレセン学園に入りたいと強く主張するように。
そして、その熱意は俺の方にも向いてきた。
「お姉ちゃんも一緒にレース走ろうよ! G1とか大きなレースで、みんなに格好いい姿を見せるんだ~」
そうテイオーから提案を受けた時、俺は彼女と一緒にレースを走るのも悪く無いなと思っていた。
姉妹でレースを走ってトゥインクルシリーズで活躍する。そんな子供同士の夢を俺は現実にするべく、中央トレセン学園の試験を受けることにした。
テイオーが走りたいと言っていたのはG1レース。皐月賞にダービー、菊花賞などのクラシックの三大レースだ。
これを走るには、トレセン学園に入学するしか無い。
そんな憧れを抱きつつ、中学生と上がると同時に受けた中央のトレセン学園だったが──
「──不合格だって」
「……っつ! そんな!」
正直分かってはいた。
俺は特段足が速いわけではない。なんなら三歳年下のテイオーよりも遅いくらいだ。
足の早さが一番大切になってくるレースにおいて、致命的ともいえる弱点。
才能の塊しか入学してこない、トレセン学園において俺が受かるほど世の中は甘くない。
きっと何度挑んでも同じ結果になるだろう。そんな確信めいた気持ちが俺の中でいっぱいだった。
「うぇっ……。ぐすっ、うぇ~~っ……」
「なんでテイオーが泣くんだよ……」
「だってぇ……お姉ちゃんとレースで走れないってぇ……」
テイオーが泣き出してしまったのを見て、俺の心がきゅっとなる。
彼女が本気で叶えようとしていた夢に、こんな形でケリを付けたくない。
形を変えてでも、テイオーとの夢は絶対に諦めたくない。
そう本気で思った俺は、その日に彼女と約束を結んだ。
「……テイオー。お姉ちゃん、一緒にターフは走れないかもだけど、違う形で走ってもいい?」
「……それって?」
「三年後、テイオーもトレセン学園に入学するだろ? そこで凄いウマ娘になるんだよな」
「……うん。ボク、G1レースいっぱい勝ってつよいウマ娘になる……」
「だったら、それを手伝わせてくれないか? トレーナーって職業があるんだけど、それならずっと隣でテイオーを見てあげられるからさ」
「ほんと……?」
「あぁ、約束する。絶対、お姉ちゃんトレーナーになってみせるから」
「……分かった。じゃあ、約束する。ボクも絶対トレセン学園に入るからっ!」
「あぁ、約束な」
まだ小さな手のひらで結んだ約束は、今もまだ心の中で光を放ち続けている。
~~~~~~~~
ヒト……この場合はウマ娘というのは頑張れば意外と何とかなるもので、俺は三年間必死で勉強した結果トレセン学園にトレーナーとして入ることが出来た。
某トップ大学よりも難しいと言われるこの試験をなんとか突破できたのは、環境を整えて応援してくれた両親は勿論、一緒に応援してくれた大切な妹のおかげだ。
絶対に諦めないという気持ちで必死に勉強したからこそ、今のテイオーとの日々がある。
無敗のクラシック三冠ウマ娘になるという夢を、俺が側で支えてあげられた。
これ以上に夢が叶って嬉しい瞬間は、もうないかもしれない。
しかし、テイオーのレースはまだ終わったわけではないのだ。
この後の有馬記念に、来年の春シニア……。考えることも、やらなければならないこともいっぱいだ。
だがそれは全く苦にはならない。むしろ嬉しいくらいだ。
そう感じながら今日も仕事を頑張ってトレーナー室でこなしていると、がちゃりとドアが開いた音が部屋に響いた。
「おねーちゃーーん! つかれた~~~!」
「はいはいお疲れ様。偉いぞ~」
ノックもせずに部屋に入って来たのは、勿論トウカイテイオー。
トレーニング終わりということもあり、もくもくと湯気を漂わせていそうな熱を纏っている。
そのまま素早くシャワーを浴びてきて欲しいところだが、彼女はそのままベッドに倒れ込んんでしまった。
「うあ~~~」
「早くお風呂行きなさい。ベッド汚れるだろ?」
「お姉ちゃんと一緒がいい~~~」
「……今仕事キリいいところまで終わらせるから待ってな」
「わ~い!」
俺はマウスで画面の保存ボタンを押すと、ぐっと体を伸ばして椅子から立ちあがる。
そういえば、こうして彼女と一緒にお風呂に入ることも久し振りかもしれない。
最近は俺が仕事に追われているというのもあり、テイオーと一緒にいる時間が減っていってしまっていた。
そのせいか仕事中にも関わらず、無意識のうちにテイオーのぱかプチをもふもふしてしまう時間が増えている。
全く妹離れ出来ていない自分を自覚してなんとも言えない感情に浸っていると、テイオーが俺の顔をそっと覗き込んできた。
「お姉ちゃん、最近大丈夫?」
「ダメに見えるか……?」
「元気ないように見える。お仕事大変そうだし……」
「ん……まぁ、ちょっとな……」
顔には出さないように気を付けていたのだが、どうやらテイオーには見抜いていたみたいで素直に心配されてしまう。
肉体的ではなく精神的な問題にどうしたものかと頭を悩ませていると、彼女が何かを思い付いたのかこくりと頷いて口を開いてきた。
「……お姉ちゃん、有給って残ってるよね」
「三十日くらいあったと思うけど」
「一か月近く残ってるじゃん。明日休み入れられるよね! 入れて!」
「まぁ、多分行けると思うけど……」
「なんならボクが理事長に掛け合うし! 決定! じゃあボク明日の準備するから!」
ばいばーいとそのまま言い残して、テイオーがどたばたと部屋から出ていってしまった。
まぁ妹がこうやってドタバタと騒がしいのは今に始まったことでもない。
そしてそれに振り回されるのは……俺としても嫌ではないのがまた困ったところだ。
俺はPCの画面を軽く操作すると、有給の予定をスケジュールに書き込んだのであった。
ちなみにテイオーは結局その後部屋に直ぐに戻って来て、同じベッドに潜り込んだ。
まぁ同じ部屋で寝過ごしているのだから、当然といえば当然なのだが。
そして、次の日の朝。
いつも通り目覚まし前に目を覚ました俺は、隣で寝ている妹を起こさないようにとそっとベッドから出ようとしたのだが──
「どうした……?」
「今日はお仕事無いんだから、もっと寝るの……。あったかいお布団にいこ……?」
そう言ってぎゅっと俺の腰辺りに腕を絡めてきたのは、隣で寝ていたはずのトウカイテイオー。
そのまま俺を大きなダブルベッドに、もう一度ずるずると引き込もうとする。
……まぁ最近決められた時間に起きるんじゃなくて、惰眠を貪るって言うのはたまには悪く無いか。
そう思った俺はもう一度布団の中に潜り込むと、背中に感じる抱き着かれた感触を頼りにしながら尻尾をテイオーに絡める。
こうして。俺の休みの一日目は、暖かな布団の中で妹と二度寝するところから始まったのであった。
そんな感じでベッドでぬくぬくしてから三時間後。
二人でもそもそとベッドから出てきた後、身だしなみをある程度整えるとテイオーが今日の方針を言ってくれた。
「今日は一日中ここでボクと過ごすの! 仕事は禁止!」
どうやら外に一緒に出かけるというわけでもないらしく、部屋でのんびりしたいとのこと。
テイオーは外で遊ぶというのが好きで、結構な頻度で友達とかとも外出していたのでこれは珍しい。
「お姉ちゃニウムも摂取出来て無かったし……。今日はボクのこと好きにしていいから」
「本当か……?」
「ホント! ボクのことを一日好きにしてもいい権利を上げるぞよ~」
テイオーが言って提案してきたことは、最近忙しかった俺にとって魅力的な囁きだった。
彼女を独り占め出来るという観点から見るのであれば、確かに下手に外出するよりもこうして部屋の中で過ごす方がいいかもしれない。
俺は部屋に置いてあるソファに腰掛けると、ぽんぽんと自分の膝を叩く。
するとそれだけでやりたいことが分かったのか、テイオーが目の前に移動してきてぽふんと俺の膝に座ってくれた。
「すぅーっ……」
「もう……お姉ちゃん、くすぐったいよ」
そして俺はそのままテイオーのうなじに、顔を埋める。
世界には猫吸いという概念があるらしい。それのテイオー版だ。テイ吸いとでも言おうか。
傍から見ればちょっとよろしくない光景にも見えるが、一番テイオーを摂取するのにこれ以上効率的なことは無い。
すぅすぅとそこで呼吸をしていると、テイオーが尻尾でぺしぺしと俺の体を叩いてきた。
「今日はこのまま過ごす?」
「なるべく……」
「りょーかい。これボクじゃなかったら怒られてるからね?」
「テイオーは優しいからそんなことしないだろ……?」
ぎゅっと俺が彼女に軽く抱き着くと、テイオーは尻尾をくるりと体に巻きつけてくる。
お互いの暖かな体温を感じながら、俺はそっと目を閉じて一呼吸をおいた。
一心同体。
もしそんな言葉が形作るとするならば、今の俺たちのことを指すのだろう。
願わくば、この幸せな時間がずっと続きますようにと。
流れ星にそっと触れて、祈った。