「先生、おはようございます。早瀬ユウカです」
翌日、ユウカはシャーレの先生の元へと来ていた。シャーレというのは、連邦生徒会お抱えの何でも屋みたいなものだ。とはいえ権力の影響を受けないとか、中立の立場であるとか色々と動きやすいように調整されているのは違いない。
そのシャーレにおいて中心人物となる『先生』、様々な生徒の悩みから学園単位の大きな問題まで解決をする生徒の味方である。そしてユウカの意中の人物でもある。
"おはよう、ユウカ。今日はよろしくね"
先生はユウカが入ってくると顔を上げ、書類作業を中断して挨拶をした。会話を交わしただけでユウカはニッコニコの上機嫌である。
しかしその笑顔の裏には今日持ってきてしまった催眠アプリ入りのタブレットのことを考えて頭を抱えるユウカがいるわけだが。
「それで、今日は何を手伝えばいいですか?」
"うーん、今日はそんなに急ぎの用事はないんだよね。私が今やってるのも今週末までの書類だし"
「そ、そうなんですね。じゃあいつもの領収書の整理でもしましょうか?」
ユウカの言葉に先生は頷き、手際よく引き出しから領収書の束を取り出した。
"一応纏めてあるから、確認だけしてくれればいいよ"
「せ、先生が領収書を!?」
"酷いなぁ…たまには私だってやるんだよ?"
先生は苦笑して領収書を手渡した。それを受け取ったユウカは嬉しいような寂しいような、複雑な心境で笑った。
「では、確認だけ……」
そうしてユウカは領収書をひとつひとつ確認した。
日付順にしっかりと、食事に関するもの、移動手段に使用したもの、生徒にプレゼントしたもの、その他もろもろ。
「なるほど、綺麗に纏められていますね……やれば出来るじゃないですか」
"ははは、ユウカがいつも手伝ってくれるから慣れたのかな"
先生は笑って返す。そんな光景にユウカは違和感を覚えた。
余りにも遠慮気味過ぎるのだ。いつもの先生ならもう少し得意げに、まるで投げたボールを取ってきた犬のように褒められ待ちの顔をするはず。
だというのになぜ先生はこうも困ったような笑みを浮かべているのか。ユウカは考えた。
「…………先生、今月は趣味にお金を使っていないんですね」
"あ、ああ。今月は色々と忙しくて……"
なるほど、とユウカは頷く。
「いつも通り食費は少し足りていないようですが……」
"ま、まあ慣れちゃったというか……"
「ふぅん…………」
気まずい空気が流れる。先生がユウカから目を逸らしている間、ユウカはじっと先生の方を見つめていた。
「それで先生、何にお金を使ったんですか?」
ニコリと、ユウカが微笑む。漫画であればありとあらゆる表現を使い怒りが読者に伝わるよう描かれていることであろうその笑顔に、先生は顔をひきつらせた。
"な、なんのこと?"
「とぼけないでください。こんな切り詰めた生活してるのに不自然に趣味の出費だけ確認できないなんておかしいじゃないですか」
ですよね、と先生は内心で同意した。しかしユウカが来るまでにどうにか隠蔽しようという幼子のような心が働いてしまったのだ。気分は隠れてゲームをしていたところに母親が帰ってきた、そんなところだろう。
「先生、観念して領収書を出してください!」
"違うんです!話を聞いてください!"
頭を抱え防御体制をとる先生。しかしながらユウカは今日秘策を持ってきていたことを思い出した。
「なるほど、先生がその気なら私にも手があります」
"な、なんでしょう"
ふっふっふ、と大袈裟な所作から取り出されたるはミレニアム特製のタブレットである。
「これは我がミレニアムの最先端技術を以て作られた最高傑作、その名も『催眠タブレット』です」
"さ、催眠……?"
随分と大袈裟に紹介したことを若干後悔しつつも、ユウカは説明を続けた。
「そうです、この催眠タブレットのアプリを使えば、催眠にかけられ先生は隠している領収書を出さないといけなくなるというわけです」
"な、なんだってー!?"
ノリノリである。ユウカは先生ならこのノリに任せて領収書を出してくれるだろうと踏んで、タブレットのアプリを起動し画面を見せた。
「さあ先生、画面を見てください!そして領収書を……先生?」
画面を見ていた先生がボーッとしている。ユウカが目の前で手を振っても何か抜け落ちたような表情は変わらない。
「せ、先生?流石に演技派過ぎませんか……?」
ユウカの言葉に反応は無い。試しにユウカは命令をしてみた。
「み、右手をあげてください……」
先生がするりと右手を上げる。ユウカは口を開けたまま固まってしまった。
「う、嘘……成功しちゃった…………?」
それはユウカが想像もしていなかったはずの、望んだシチュエーションであった。