後藤、もうひとり。   作:最条真

1 / 13
後藤、もうひとり。

 

私、後藤もうひとり。残念なことに本名だ。この名前で十五年やってきている。

 

自分の名前に思うところがないと言えば嘘になる。

私たちは一卵性の双子だった。姉の方は一人目の子供だからひとり。予定外にもうひとり産まれることになったから。妹である私の名前はもうひとり。両親の単純なネーミングだ。

 

流石にひらがなの並びが五文字あると呼びづらいとか、思わなかったのだろうか。

最近では『もとり』と略されるまでになってきた。最初からその名前を付けておけよ、と思わんでもない。

 

自分のこの名前が、私はどうしようもなく嫌いである。

姉の方に、名前の主格がある気がして、まるで私は引き立て役みたいだ。

それが嫌いである。

 

双子であるという事実は、足枷でしかない。

 

私は、大抵の分野で姉より優れている自覚がある。

私がテストで百点を取る時、姉は決まって十点かそこらの最低レベルの点数を叩きだすし。

友達の数だって、私の方が多い。姉はいつもぼっちだ。友達なんてできた試しがない。

超が付くほどコミュ障で、私が居ないと他者とのコミュニケーションが図れないし。

 

人として、色々と終わっている。

世界が生んだダメ人間、それが後藤ひとり。

残念なことにそれが私の姉で、それの介護を押し付けられているのがかわいそうなもうひとり――、もとい『もとり』である。

 

後藤ひとりはダメ人間だ。

とんでもないダメ人間だ。

 

後藤ひとりはコミュ障なんて言葉ではとうてい表しきれないほど、他者とのコミュニケーションが図れなくて、人と話す時は大抵私に助けを求める。多分、病院にかかれば病名が付く。多分世界的にも珍しい症例で、きっと姉が初めての罹患者だから、姉の名前がその病名に付くに違いない。『ひとり病』だとか。私は絶対かかりたくない。

 

おまけに後藤ひとりは立っても座っても姿勢が悪いし、猫背はどれだけ指摘しても治らないし、挙動不審で奇行にすぐ走る。傍目から見てドン引くくらいには。母の遺伝子の影響らしい。その遺伝子が少なからず自分に刻まれていることに恐怖を覚える。

 

後藤ひとりのダメっぷりを表すには、あまりにも頭の余白が足りない。多分後藤ひとりのヤバいところを書き連ねたら、ノート一冊埋まってしまう。

 

私は、そんな姉のことが嫌いだ。

とことんダメな、姉のことが、大嫌いだ。

 

介護されなきゃ生きていけない、ひ弱な生き物。

これで私が生まれてなければどうするつもりだったのか。

私に頼りきりの姉に訊いてみたい。

 

――貴方はひとりで、何ができるの? って。

 

流石に意地が悪いし、性格の悪さが露呈する質問がすぎる。

自分でも分かっている。分かっているけど、分かっていたけど、小学生の頃の自分は聞いてしまった。

 

『お姉ちゃんは自分で、何もできないの?』

 

その言葉に、姉は大層ショックを受けたらしい。

結果、引きこもった。

引きこもりに引きこもり、引きこもりを重ね――、中学校生活、まさかの登校日数0日。

 

罪悪感が、ないわけではない。

正直に言ってしまえば、姉の現状は自分のせいではないかという自覚がある。

というか、絶対に私のせいだ。

姉が学校に行かなくなったのは、私のせいだ。

 

昔からそうだった。

自分は、頼られるとやってしまう。

 

私は昔から、姉の代わりに、いろんなことをやってきた。

姉の代わりの、もうひとり。それが私。

やりすぎた結果が、これだ。

姉の成長の機会を、私が奪ってしまったのだ。

 

姉の代わりに喋った。

姉の代わりに助けた。

姉の代わりに動いた。

 

そのせいで、姉は、何もできずになって。

実に差別的な、悪意の言葉に晒された。

 

『ひとりちゃんって、もとりちゃんがいないと何もできないね』

 

そんなことを、誰かに言われた。

私も思っていたことだ。そもそも私が進んでやったことなのに。

 

その矢先のあの言葉だから、姉がひきこもるのも当然の結果と言えるのかもしれない。

 

自分の手足が、急に反抗の意思を示したのだ。

まぁ、それは、そうか。そうなるか。

 

 

――姉の部屋からはいつも、ギターの音が聞こえる。

 

 

1年間ほど無気力に何もしないでいたことを危惧した両親が、孤独を和らげるたすけになればと思って、買い与えたギター。

 

何もしないよりは、何かした方がいい。

それは至極当然のことで、父は熱心に姉にギターを教えて、姉もそれに応えた。

 

あわよくば、と父は思ったのだろう。

過去に自分が成し遂げれなかった夢の世界を、姉に遂げてほしい。

 

ギター一本で食っていくことが、父の夢だったらしい。

母には定職に就かないと別れる、と脅され、泣く泣く断念したらしいが。

 

姉は、幸いと言うべきか、傍から見ても分かるほどにギターの才能に溢れていた。

 

姉は勘違いしている。昔から、ずっと。

自分が両親を笑顔にする方法は、ギターしかないって。

 

まるで、取り付かれたみたいに。

姉は、縋るようにギターを弾く。

 

姉の話によれば、一日十八時間、ギターを弾いているらしい。

 

「は?」

 

私は当然愕然とした。

頭おかしいのかお前は。

私は思う。

 

でも姉は言った。

ダメな自分を救うには、ギターしかないのだと。

ギターでダメな自分すら救う、『ギターヒーロー』になるには、それしかないのだと。

 

姉は、縋るように、そう語る。

 

説得した日があった。

学校に行けと。私が、助けてやるからと。

 

「いかない」

 

その時だけ、姉は普段曖昧な意思を確固たるものにして告げる。

なんで、と聞くと、彼女は決まってこう返す。

 

 

「――そこにはもう、『ひとり』が居るでしょ」

 

 

実にその通り。

だから思う。

 

双子であるという事実は、姉にとって足枷でしかない。

 

姉が、少しでも、強く生きるための、足枷。

ギター一本に、縋るしかなくなってしまった、姉の足枷。

それ以外の選択肢を、幼い頃の私が潰してしまった。

 

姉は凄い。

ギターに関しては、どうしようもなく、ただ凄い。

隣の部屋から聞こえてくる旋律に感嘆の意を漏らす。

 

一つのことを極めぬいた人間は、強い。

 

『guitarhero』――チャンネル登録者数、100万人。

 

認めざるを得ない。

姉は、天才だ。

 

ネットで生きる天才。ネットでしか生きられない、天才。

 

ギター一本でそこまでいった。

姉を称えて、認める声がネットにはある。

世界一ギターが上手いとまで言わしめる。

 

実際、そう思う。

 

姉は、世界一ギターが上手い。

 

金は広告収入やらでがっぽり入ってくる。

メディアからも注目を集めている。取材に応じたことは、一回もないけれど。

それを職業にするのは、悪くないと思うけどさ。

 

「……お姉ちゃん」

 

現実もそこまで悪くないよ。

 

 

――ネットで生きる英雄(ヒーロー)に、私の声はもう聞こえないけれど。

 

 

どうしても、思う。

 

 

「――たまには、一緒にご飯食べようよ」

 

 

姉の部屋からのギターの音。

それに反発するように声を上げたけれど、ギターの音が響くのみ。

 

「お姉ちゃん!」

 

聞こえない、と現実に反発するように、また強くギターの音が響く。

 

扉越しなのに、どうしようもなくこの距離が、月よりも遠い。

 

もう朝ごはんの時間だ。毎回、部屋の前においておけば、勝手に食べる。

そういう生態なのは、分かっているけれど。

返事に期待して、何分も待った。

何もない。ただ聞こえるのは、感情任せなギターの音。

 

「……私、もう行くけど。ご飯は、置いとくから」

 

今日は、高校の制服に身を包み、私が高校一年生になる日である。

 

高校の入学式。どうやら姉はついてこないらしい。

メッセージでのやり取りがほとんどだ。姉の声は、大分昔から聞いていない。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

扉から、目を逸らしきれずに、言葉が漏れる。

 

「私、高校生になったよ」

 

意外なことに、そこでギターの音が止まる。

 

「……そう、なんだ」

 

意外にも返答があった。

 

「お姉ちゃんは、何になるの?」

「――『ギターヒーロー』」

 

それを最後に、またもやギターの音がかき鳴らされる。

会話の終了の合図のつもりか。もうすこしうまく会話できないのか。

出来るわけないか。一日十八時間をギターに捧げる女のコミュ力なんて、たかが知れていた。

 

会話を期待していたわけではないから、予想外の言葉が嬉しかったけど、もう少し会話をしてほしいという気持ちがないわけじゃない。

 

問題の先送りだという自覚はある。

本来なら、更生施設やらにぶち込むべきなのだ、この姉を。

 

でも、まぁ、私のだから。

双子に生まれた私のせいだから。

 

後藤もうひとり。

自分の名前が、私はどうしようもなく嫌いである。

姉の代わりに、私はなれてしまうから。姉が座るはずだった席に、もう私が座ってしまっているから。

 

姉が縋るものを、それ以外に無くしてしまったから。

 

 

「――双子になんか、産まれなきゃよかったね」

 

 

後藤ひとり。私のダメな姉。

私が、ダメにした姉。

 

ギターの音色が、部屋から漏れるけど。

つくづく思う。

 

「その音で、お姉ちゃんは救われるの?」

 

その音色は、時に言葉より雄弁に感情を語る。

世界は『ギターヒーロー』と彼女をはやし立てるけど、私はそうは思わない。

 

私にしてみれば、後藤ひとりは。

ちっぽけで、ギター以外に何もできない、等身大の人でしかない。

 

世界に思われるほど、後藤ひとりは凄い存在じゃない。

 

 

 

――自分すら救えない人を、私は英雄なんて呼んでやらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ただ私のアイデアを出したくなっただけ。
よっぽど好評じゃない限り続かない。
エタる。ではッ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。