後藤、もうひとり。   作:最条真

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急に一時間弱で三千文字がぽんと生まれることもある。
私は凄い気分屋なんだ。


ギターヒーロー、天下の往来。

ギターヒーローは下北沢の往来で死にかけていました。

単純に日差しの強さに耐え切れず、身体が液状に溶け、排水溝に流されかけたところを妹に助けられ、死に瀕したことも関係あるが、それだけではありません。

 

知らない土地に、足を踏み入れているのでした。

こみあげてくるものがある。喉から。

俗にいうゲロである。知らない空気と人の気配に、吐きそうになっています。

 

後藤ひとりは、病院で診断された病名を思い出していました。

 

『うつ病』『解離性障害』『強迫性障害』『睡眠障害』『摂食障害』『双極性障害』『統合失調症』……etc。

詳しく言うならまだあるが、とにかくひとりが認識すべき事柄は、色々な精神疾患が併発してやべーことになっている、ということです。

 

自分の身体は、自分が思っている以上にヤバいことになっている。

 

まず、寝れなかった。

目を瞑っても、瞼の裏に恐ろしい悪夢を見た。

主に、もとりが死んでいたり、殺されたり、叫んでいたり、もだえていたり。

自身の分身ともいえる存在が、ひたすらに苦痛の下にさらされる。

怖くて、目も瞑ることも億劫だ。

傍にもとりが居なければ、目を瞑ることすらできなかった。

 

だから、眠るときは、もとりが傍に居なければいけない。

 

なんて不甲斐ない姉だろう。

もとりの隣で、枕を濡らしていることにはとっくに気づかれていて、後ろから抱きしめられる温もりに、更に泣きたくなった。

 

次に、食べれなかった。

口に入れても、身体が栄養を拒否した。

好きだったものが食べれなくなったし、嫌いなモノの味も感じなくなった。

それに今まで気づかなかったのは、ギターを弾き続ける日々に、食事の味を感じる必要が無かったからだろう。

どんなものにも味がなく、無味乾燥とした食事を送らなければいけなかった。

 

しかし、例外として、もとりが作ったものには味があった。

どういう訳か、何故だか知らないが。

とっても、美味しく感じる。もとりが作ったおにぎりに、涙をこぼしたひとりを見て、何か決意した表情になった、もとりは言った。

 

「これからは、お姉ちゃんのご飯、毎日私が作るから」

 

なんて不甲斐ない姉だろう。

もとりの食事に、不器用な笑みを浮かべるひとりは、彼女の寄生虫に過ぎない。

 

ああ、とても気持ち悪い。

 

最後に、外に出れなかった。

家の外はとても怖くて、空に無数の目があった。

瞳。単眼、赤い虹彩をしているソレは、ひとりの動向をどこまでも、どこまでも追い続ける。

空は、青いはずなのに、赤い、血と同じ色。

幻覚だ。そう分かっているけど、ダメだった。

雲には人の表情が張り付いている。雨は人が流した血の涙。

そう、見える。

 

もとりと、手を繋げば、そんなことは無かった。

 

そらはあおかった。

 

晴天が、眩しく見えた。

歌詞で何度も慣れ親しんだフレーズは、実際に体感することで、素晴らしい物だと思った。

 

もとりと手を繋いで、誰もいない早朝の街を歩いた。

それが久しぶりの外出となった。

 

散歩と変わりのない、ソレは数年ぶりのまともな運動。

外の空気は、室内の薄暗い空気と違った。

 

気持ちが良いということを、久方ぶりに実感した。

 

妹と、手を繋いで、歩いた。

 

妹の先輩がやるというライブに誘われたが、流石に行く勇気が無かった。

妹はその先輩に謝罪のメールを送ったらしい。

 

『行けなくなりました。ごめんなさい』。

そんなメールを送らせたのは、全部ひとりの責任であった。

 

気持ち、悪い。

やはり、こみあげてくるものがある。

 

そもそも、今、何故一人で。

 

ぐるぐる、思考が回ります。

下北には、ついに壊れてしまったギターの代わりを買いに来ました。

何年も何年も、引き続けたのだから、壊れるのも当然でした。

お金は無駄にあったので、妹の先輩の勧めの楽器ショップに訪れようとしていた。

ここまでは良かったはず。

 

何故、今、ひとりで、ベンチに座って。

冷静に考えれば、思い出した。

 

もとりの帰りを待っているのだ。

 

(そうだった。お手洗い中だ、もとりは)

 

パニックに陥るまで、離れてたった数十秒でした。

流石のひとりもトイレにまでついていくわけにはいかず、姉としての意地として、公園の、ベンチにとどまる姿勢を見せましたが、さっそく吐き気が襲い、空も元の色を取り戻す始末。

一分も目を離していない。それにもかかわらず、コレ。

自分でも自分が信じられない。

 

それでも止まらない、吐き気。

いつもならもう少しマシだと思うけど、どうしてこんなにひどいんだっけ。

 

分からない。

ひとりは、馬鹿だから。

 

誰かに委ねることでしか、生きることが出来ない寄生虫だから。

 

自分でも自覚している通り、色々と人として終わっている。

 

お医者さんには、ゆっくり直していくしかないと言われました。

頑張って、生きたいと思います。

 

それでも、難しいのです。

一か月くらい、地元で慣らして、ようやく訪れた下北沢。

 

(どうしていつも、うまくいかないんだろ)

 

分からない。

 

空から目を伏せることしか、いまのひとりにはできない。

 

(太陽は、私を殺したいのかな……)

 

一つ歌詞を思いついて、ああでも、意味がないかとひとりごちる。

 

その時でした。

 

「もとりちゃんっ! 大丈夫!?」

 

聞きなじみしかない名前を呼ぶ、知らない誰かの声。

目の前に差し出された水が入ったペットボトル。

遠巻きに見て、調子が悪いことは十分伝わったらしく、彼女は心配そうにしていた。

 

こちらを視認して、即座に行動を決めたらしい。

買ったばかりのペットボトル。急に駆け出したせいで荒い息。

 

もとりの知り合いなのだろうとひとりは思いました。

 

しかし、

 

「ぁ。ぅぇっと。ぇ、ぃぃぇいぁっでぇぅぁさぃ」

「え、何て?」

 

喋れませんでした。

後藤ひとりは、家族以外の人間と喋ることが出来ません。

 

『あ、えっと。気にしないでください』

 

その発音すらできません。

呂律が完全に死んでいました。

 

人間として、完全に終わっている。

その姿を目にしても尚、目の前の彼女は失望することはありませんでした。

 

「とりあえず水飲んで水!」

 

ごきゅり、と水を飲んで。

乾いた喉が急激に潤されて、なんだか少し落ち着いてきました。

 

落ち着いた視界で、彼女の姿を捉えると、なんだか可愛らしいな、と思いました。

とってもかわいい顔をしています。

 

お人形みたいです。

 

不思議なことに、そこまで怖くありません。

初対面の人とは、目も合わせられないのに、目が合っても、そこまで怖くない。

 

どうしてだろうと、不思議に思いました。

相手もやはり、不思議に思ったようでした。

 

「あれ? 髪の色が少し違う……?」

 

長年の引きこもり生活を送る中で、元の綺麗なピンクの髪はくすんで、桃色に灰色を少し混ぜた、冴えない色合いをしています。

 

その違和感に相手が気づいたのでしょう。

その瞬間にもとりは現れました。

 

「あれ、お姉ちゃん。と、虹夏先輩?」

 

待望のもとりに視線を向けるひとりと、状況をようやく把握したらしい虹夏。

 

「双子のお姉ちゃんって、この子がーー?」

「はい。社会不適合者の姉です」

「ひっ、酷い」

「事実でしょ、お姉ちゃん」

 

とにかく、それが少し遅くなった二人の出会いでした。

 

 

 

 

 




ひとりがやばいくらい病気にかかってる件。
もう終わりだよ。。。
次回、ようやくもとりに視点が戻ります。
虹夏によるひとりのメンタルケアにご期待ください。
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