前略。長年愛用のギターがぶっ壊れて、ギターを買いに来たお姉ちゃん。
下北沢までこの限界ギターヒーローを連れ出した私の手腕を褒めていただきたい。
「超高性能な奴あるよ!(多分)」と言いまくり、ネット通販に走ろうとした馬鹿姉を拝み倒してどうにか止め、「実際に弾いて分かることもあるだろうし」とそれっぽいことを力説した。
そして、日に晒され溶けかけている不定形の姉が楽器店まで、とても長い時間をかけて到達したのが今である。
「ひとりちゃーん。大丈夫?」
「らいひょふです……」
なお、隣には光属性の伊地知先輩がいる。多分姉が解けているのは陽光の影響だけではなく、伊地知先輩の光りっぷりに当てられたこともあるのではないだろうか。
まぁ自動ドアが開き、空調の効いた店内に入れば人間っぽい形に徐々に戻っていたので多分大丈夫だろう。
「ひとりちゃん! ギターの売り場まで案内するね?」
「えっ!? あっ、ひゃっ、もっ、もとりっ?」
伊地知先輩に手を引かれて何処かへと連れ去られる姉を、私は良い笑顔でサムズアップして見送った。
「頑張ってねお姉ちゃん」
「もとりぃ…………!」
どんどん遠ざかっていく悲痛な声。まぁそんな声とは裏腹に、内心の方では意外と安定しているだろう。
他人に触れられたら瞬時に溶けるお姉ちゃんが形を保っているという時点で、そこそこ伊地知先輩に気を許しているのである。なんか伊地知先輩には人を安心させるオーラがあるからな。だとしてもあの怪生物の心にするすると入り込むのは凄すぎると思うけど。将来伊地知先輩はヒモ男とかを量産しそうで心配である。もう何でもしてくれそうな雰囲気あるもん。みんなのママでしょ、アレ。私の無茶苦茶なお願いも聞いてくれるし、本当に頭が上がらない。
姉がこれを機に、少しでも人間に近づけばと祈るばかりである。
そこら辺の壁に寄りかかった。
暇だった。だって私は待つだけだ。
まぁ、二人が適当に、無難にやるだろう。
結局他人任せというのが、私の実に情けないところであるが――。
「……私じゃダメなんだよ」
私と姉は、DNAが同じだけの他人だ。
家族だろうが恋人だろうが、血を分けた双子だろうが、二つで一人の生き物なんて不完全だ。
お互いが溶け合って一つになって、そして片方が死んだら末路はどうなるんだ。
依存程自立からかけ離れた言葉は存在しない。両の足で立って、初めて人間。寄り添いあって生きたって、寄りかかる背が無かったら倒れちゃうでしょ?
「私が長生きする保障なんてないし」
そもそも自分は、生まれるはずのない――、生まれるべきでない人間なのだし。
姉から外の世界を奪った私は、そのうちに天罰が下るかも知れない身分だ。
「自罰的過ぎるなぁ。ははっ」
私は悪くないような気がするんだ。心の底ではずっと。
全て姉のせいにしてしまいたい気持ちがあるんだ。本当のところでは。
ギター以外に取り柄なし。不完全な人間として生まれた貴方のせいで、私はこんなに惨めなのか?
醜い。とても汚い自分の顔。そうだ。当たり前だ。百パーセントの善意や好意で私は動いていない。
要は、私の過去の過失を無くすためだ。つまり、とても利己的な人間なのである。所詮、私は。
誰かのために演奏をする、あのギターヒーローとは大違い。
双子なのに、全然似てない。
最初に言われたのは、幼稚園の友達からだったような。
『この先止まれ』と誰かが行った。
何の遊びだったのか、私はとうに覚えていないのだけど。真っ先に私は飛びついて、それから遅れて、すみっこにいる姉を見た。
その、羨ましそうな瞳を見て。
可哀そうに、とそう思ったような。
それが、始まり。
「傲慢だ。私」
今だって、勝手に姉の人生にレールを敷いて、それで結局操ろうとしているだけだ。
昔と今で、何が変わった? 今と昔の何が違う? 私が誘導するのが姉の人生なのか?
違う違う違う違う――! そんなはずがない。
幸せになってほしい。幸せになってほしい。幸せになってほしい。どうか、私の分まで。
その為だったら、どんな不条理だって受け入れる。
その結果として、私が姉に嫌われる結末が待っていたとしても。
そんなことを思いながら、イソスタを開こう時だった。
ついに虎が吼えた。
「――ッ!?」
私がその音を間違えるはずもない。
紛れもないその音はどう聞いても聞き飽きた姉の音だ。
かき鳴らすように、響く。鼓膜に浸透する轟くように吠える。
究極のギターセンスに裏付けされた、楽曲に対する完全な回答。
「なんで弾いて――?」
そんなことを口走りながら。私は音の発生源へと駆け出していた。
走った。とても早く。だから、すぐについた。
そこにはギターを弾く姉が居た。
黒い椅子に座って、ギターを片手に、両目を瞑って。
何も見ずに。唖然とするオーディエンスや、伊地知先輩を差し置いて。
目を瞑って。人目を遮断し、自分の世界で。盲目の世界で、ギター一本だけを抱えて。
弾いていた。ギターを、人前で。
「……すごい」
誰かが呟いた。やはり弾いていた。
何も気にせずに堂々と、猫背は正さず、それでも語るように。
ギターに全てを委ねて、指先が静かに躍った。その癖に音がやけにうるさくて。それは声が小さい姉の叫びとでもいうのかもしれなかった。
空間は音と音で、圧倒されていた。
「……?」
音が二つ。その演奏に交じるように、綺麗な旋律が聞こえるのだ。
歌っていた。歌っていたし、弾いていた。綺麗だった。
姉が歌えることなんて、私は当然知らなかった。
知らなかった。知らなかったから、自らの傲慢を呪った。
姉を不出来として扱っていた。
確かにそんな姉だけど、やっぱりお姉ちゃんは凄いんだ。
「……ギターヒーロー」
誰かがまたもや呟いた。
あー。動画取られてる。
大丈夫かな、いや、大丈夫だろう。
私は今まで知っていたけど、知った気になっていた。
あなたはギターヒーローなんだから。
「大丈夫」
そのうち一人で、生きていけるよ。
――この後、猫背の虎が吼えた結果、それを撮影した動画がSNSやらで拡散され大バズリし、私は周囲から勘違いされまくったりする。
次回以降、勘違いモノ始まったりします。
双子って色々似てるからね、しょうがないね。
ちなみにぼっちちゃんの虎モードは目を瞑ることが条件です。
この状態だとギターがクソ上手い上に歌も歌えます。ただ、見てないよね、観客。
現状敵を見誤っておられます。あとでおさけ好きのお姉さんの指導が入ります。
次回、多分キターンだと思われます。分かんない。予定は未定。