筆が動いたから、書いた!
30分で書けたぞ。自分が末恐ろしいわ。
後藤ひとり。私の名前。私はこの名前が嫌いでも好きでもない。
どうでもいい。現実に関して関心は無い。
本当に、どうでもいい。
私には、妹が居る。
双子だから、顔はそっくり。
違うのは、中身だった。
何もかもが、私と違う。
何かをしようとしても何もできない私と、何かをしようとして何もかもを手に入れる妹。
隔絶した才能の差。
勉強も、運動も、コミュ力も、ありとあらゆる全てで妹は優れていた。
私は自覚していた。わたしは、もうひとりのための引き立て役だ。
何も能がない、居てもいなくても変わらないけど、彼女の引き立て役と言う点でのみ、私は必要とされる。
後藤ひとりと、もうひとり。
主役は誰の目から見ても明らかで、もうひとりの方だった。
私にとって、最悪の比較対象が身近に居続ける。
それは、地獄に等しかった。
地獄なんて呼んだら、もうひとりに可哀そうか。
でも、思う。
私、もうひとりの型落ちだよなぁ、って。
劣化品。
優劣は明らかに決まっていた。
昔と今でも、それは決して何も変わっていない。
何もできない、能無し。
『ひとりちゃんは――』
忘れたい。
『もとりちゃんがいないと――』
黙って。
『何もできないんだね』
「……知ってるよ」
意味もなく、弱弱しく。自室の壁を殴る。
コン、と軽い音がした。
多分、私はこの世に生まれるべきではなかった。
産まれたく、なかった。
辛い。劣等感に苛まれる。辛い。周囲の期待に応えられない。辛い。ひとりじゃなにもできない。辛い。もうひとりに頼ることしかできない。辛い。勉強ができない。辛い。運動もできない。辛い。人と目を見て話せない。辛い。猫背は治らない。辛い。何の取り柄もない。辛い。
辛い、辛い、辛い。
それでいて、もうひとりを妬ましく思ってしまう。
そんな自分が居ることに、絶望して、嫌い、嫌い、嫌いになっていく。
自分のことを、だんだんと、どうしようもなく嫌いになっていく。
私の嫌いなところを表すには、あまりにも頭の余白が足りない。
きっと私の嫌いなところなんて書き連ねたら、ノート数十冊埋まってしまう。
良いところを探そうにも、たくさんの嫌いに埋もれて、どうにもそれが見えない。
私は、そんな自分のことが嫌いだ。
とことん嫌いな、私のことが、大嫌いだ。
何の取り柄もない、ひ弱な生き物。
これでギターがなければどうするつもりだったのか。
ギターに頼りきりの自分に訊いてみたい。
――あなたはそれ以外で何ができるの? って。
何もできない。
知ってるよ。
自分の性分だ。
一番自分で分かってる。
どうしようもない焦燥感と衝動が、私を突き動かして。
私は結局今日も、ギターを弾く。
部屋のカーテンは閉めっぱなし。太陽にはもう何か月も当たってない。
換気なんてもってのほか。だから、埃っぽい。どうでもいい。それは関係ない。
私が『ギターヒーロー』であることに、何も関係がない。
ギターをかき鳴らす。
この行為に意味はない。だって、動画すら取ってない。
何の意味もない、ただの私の現実逃避。
ギターを触る瞬間、私は本当にひとりになる。
自分の雑音に悩まされることもなく、ただ、ひとりの世界に没入する。
過集中、というらしい。どうでもいい。
ギターを弾く。
その瞬間だけは、全てを忘れることが出来る。
自分自身に掛けられた、呪いだって。
「……呪いじゃ、ない」
無意識に出た言葉に、思わず指先が止まる。
可愛い妹だ。もうひとりは。
手のかからない、むしろ世話される方だけど。
私がつまずいて転んで、あの子が手を差し伸べてくれた時の感動を、今でも忘れていない。
幼稚園くらいの、頃だっけ。
『お姉ちゃん』
鈍くさいから、怒られると思ったのに。
『一緒に歩こ?』
彼女はそう言って、私と手を繋いで。
私の隣に寄り添って、一緒に歩いてくれて。
それはずっと続いて。
突然――。
『お姉ちゃんは自分で、何もできないの?』
幼い頃の自分はその言葉が相当ショックだったらしく、引きこもり続け、延々と永遠と、それは今に至るまで続いている。
ふと、頭に過る。
このままでいいわけがないよなぁ、って。
現状に満足をしているわけではない。
私は自分ともうひとりに、証明するためにギターを弾き続ける。
――何もできないわけじゃないよ、って。
あの時の返答をもって、私は初めてもうひとりと向き合えるのだ。
世界の賞賛。
両親からの賞賛。
あと欲しいのは、もうひとりからの賞賛。
金なら稼げる。
私は何もできないわけじゃないよって、言ってみたことがある。
中学生の頃。
『つまらなそうな音色』
『え』
返答は予期していたものと違って、突き放すものだった。
『もうちょっと楽しそうに弾こうよ、お姉ちゃん』
もうひとりは、いつもと同じように扉の前にご飯を置いて去っていった。
「楽しそうに、か」
わかんないなぁ、そういうの。
「分かんなくなっちゃったよ、お姉ちゃん。そういうの」
ギターが楽しかったことなんて一度もない。それはただ、手段であり続けた。
武道館ライブとか、テレビ出演とか、どうでもいいメディアからの誘いとか、どうでもいい。
ただ、私は、もうひとりに認められたくて。
もうひとりが認めてくれた時、改めて自分のことを認められる気がするのだ。
私は、『ギターヒーロー』になる。
誰もかれもが私を認めてくれる、そんな理想像を作り上げる。
突然。
ピロンと、通知音が鳴った。
携帯だ。たいていの場合、お母さんかもうひとりか、今回は後者だ。
ロインを開く。
『先輩とマックなう』
愉快そうに笑うもうひとりと、その両隣には見慣れない人が二人。
どうやらこれが先輩らしい。
「……羨ましい」
なんて、ほんとのほんとに思ってない。
現実はどうでもいい。だって、私は劣っているから。
認めるのはいいけど、誰も私を見ないでくれ。
誰かの視線を感じるたびに、私はどうしようもなく自分が惨めに思えるから。
今日も動画を取る。
その瞬間でも、私はひとり。
私はもう、一人。
それでいいんだから、私の心なんか揺らさないでほしい。
ギターと孤独を抱えて、蒼い惑星でひとりぼっちの引きこもり。
それが、私。後藤ひとり。
――もうひとりに認められるために、私は今日もギターを弾く。
『後藤もうひとり』
先輩の金で食う飯はうまい。
えっ、虹夏先輩あーんしてくれるんですか!?
『後藤ひとり』
色々こじらせたうえに出来上がった化け物。
承認欲求モンスターは今日も元気に暴れている。
一日十八時間ギターを弾いているらしい。バカジャネーノ。
ギターの腕はもうとっくに世界に通用する。
でもそれはどうでもいい。
一番認められたいもうひとりに、認められないのだから。
一人だとつまらなそうな音色(もうひとり談)。
楽しく弾くってどうすんの?
マジでどうすんだよこれ。
む。そこに居るのは酒カスベーシストで有名な廣井さん。
何が起きるんです?