失踪はしてません。元気です。
「それじゃ、奢りを祝して~……乾杯っ!」
「かんぱいです」
コツンと、楽し気に飲み物を突き合わせる音が響く。駅前のファーストフード店。テーブルに並べられた手軽につまめるポテトとハンバーガーにナゲット。対面に座り満面の笑みを浮かべる虹夏先輩。壁際の椅子の背もたれに全力で寄りかかる私と、何故か私の隣で悟りの境地に入っている山田先輩。
「山田先輩?」
「なに、もとり」
「いや、虹夏先輩の隣に座らなくていいんですか?」
「無理。私のような矮小な存在は虹夏様の隣で存在することも許されない」
「そんなことないんだけどなぁ!?」
やはり先ほどの“矯正”が効いたらしい。
山田先輩はビビりちらかしているようで虹夏先輩から目を逸らし、その様子に満足いかないのか虹夏先輩は頬をぷぅっと膨らませた。めちゃくちゃかわいい。
「元はと言えば全部リョウが悪いのにね~。私だけ悪者扱いなんてひどいなぁ」
「虹夏のせいでもう破産寸前。全部虹夏が悪い」
「もとりちゃんどう思う?」
「完全に無償で後輩にお弁当を作らせていた所業を棚に上げてそんなことを言うのはどうかと思います」
「だよねぇ」
敗北を察したか、山田先輩はいろいろと諦めてポテトを食べることに決めたようだった。
「もとりまで裏切るなんて……」
何やら恨み節を吐く始末である。知るか。
「ハンバーガーおいひいれす」
「わ。良い食べっぷりだねもとりちゃん。ナゲットも食べる?」
「食べます」
「あ、じゃあ『あーん』してあげる」
虹夏先輩がこちらに差し出しって来たナゲットをそのまま食べる。
罪の味だ。虹夏先輩から『あーん』されたものだから尚更。
めちゃくちゃ美味しい。
「ふふ、可愛い食べ方するねぇもとりちゃん」
「え、本当です?」
「ほんとほんと。あ~私もこんな妹が欲しかった~!!」
何だか知らんがよしよしされている。
全然悪くない。むしろ良い。同性だろうとお構いなしにこの母性に溶けてしまいそうだ。
「私もこんな風に甘やかしてくれる姉が欲しかったです……」
聴いてるかギターヒーロー。いやどうせ今もギター片手に動画作成に熱中してるわ。
姉のことは思考から吐き捨て、虹夏先輩に撫で繰り回されたり『あーん』されたりする。
至福の時間である。ちなみにさっきの『山田先輩シバかれ事件』が虹夏先輩との実質的な初対面なので、良く分からんがこの短期間の間にここまで仲良くなったということである。
よくわからん。
ここに来るまでの道中なんてマジで適当に喋っていただけだぞ。
山田先輩の愚痴とかを中心に。
そりゃ仲良くなるか。
共通の敵が居たら仲は深まりやすい。
私と虹夏先輩は山田先輩に振り回されている同志なのである。
精々山田先輩と出会ってか数週間の私に対して、もう何年も腐れ縁を合っている虹夏先輩。
私が主に聞く側だったが、山田先輩の新たな醜態を知れてよかった。
絶対こうはなりたくないなと、人生の教訓にもなるから。
「そういえばもとりちゃんって兄妹いたりする?」
「姉と妹が一人ずついますね。妹は可愛いんですけど、姉の方がちょっと」
「あ、なに? もしかして色々口うるさい感じ? うちのお姉ちゃんもそんな感じで――」
「――いや、現在進行形で引きこもりやってます」
ん? あ、マズかったかもしれない。
流石にこの話題は空気が重くなる。うちの内情をアレコレと喋るのも良くない。
つい口が滑った。
「ロックだね、もとりのお姉さん」
「リョウ~?」
山田先輩が謎に親指を立て、虹夏先輩がそれをいさめる。
正直、山田先輩のような少し茶化すくらいの方が私にとってはちょうどいいのだけど。
んー。どうしよう。
アレコレ話すのは憚れるけど、ちょっとうちのクソギターヒーローについて相談したい気持ちもある。
ネットに居場所を見出すギターヒーロー。
両親はその活動をむしろ応援しているけど、うちの妹はたまには姉と遊びたいともいうし、私だって姉のことを気にしてないわけがない。
かといって相談できる相手もいないし、私一人にできることなんてたかが知れてるし――。
ちょっと相談してもいいか。私は思考を放棄した。
「うちの姉は本当にギター以外取り柄のないアホで。日も浴びないし部屋の換気はしないしじめじめしてるし根暗でコミュ障だし現実を捨ててネットに生きてる人間なんですけど、なまじそれで生計を立てられそうなのがタチ悪いんですよ」
「ん、もとりちゃんのお姉さんってギター弾けるの?」
「めっちゃ弾けます。動画も毎日一本、酷いときだと三本くらい上げてるので、めっちゃ上手いです。多分、ここ十年の売れ線バンドの曲は一通り弾けると思います。……いや、それ以外も弾けるか?」
姉は人気を博するためには曲を選ばない人物なので、ボカロやアニソン、とにかく流行ったものは何でも弾くし、弾けると思う。その結果の100万人なのだろう。金盾が家に届いたときは相当ビビった。
「えっすご」
「いや全然そんな……それ以外にすることがなかった人ですから」
多分人見知りやコミュ障は、その弊害でもっとひどいことになってるだろうし。他人と喋ってる場面を目撃したことはないが、間違いなく断言できる。姉は多分一人でコンビニに行くこともままならないレベルのやべー奴だ。ヤバい奴だから、どっかのタイミングでどうにかしなければならない。
それが妹として生まれた、私の宿命でもある。
「……てかそれあれだね、ギターヒーローさんみたい。リョウは知ってる? ギターの動画いっぱいアップしてる人なんだけど」
「オススメに何回も上がってくるから、見たことある。……私が知っている中で、一番ギターが上手い」
あ、先輩方は『guitarhero』を知っていたか。
世間が狭いというべきかネットが広いというべきか、そもそもギターヒーローの名が知れているというべきなのか。
「……『ギターヒーロー』。私も知ってます。すっごい上手ですよね」
「もとりちゃんも知ってるんだ? 私ギターヒーローさんのファンでさ、いつも元気貰ってるの!」
「あっ、そうなんですか。うちの姉もそれなんですよ。『ギターヒーロー』の真似事ばっかやって。ギターはうまくなるけど、現実を見ようとしない引きこもりなんです」
「……私が言うのもなんだけど、もとりちゃんのお姉さんにも色々あるんじゃないかな? いやほんと、他人が何言ってるんだって話だけど」
顔の前で手をわたわたと動かしながら弁明をする虹夏先輩。
だけど、本当にその通りだと思う。
「色々あるんですよね、本人にも。分かってるんですけど、お節介かもしれないんですけど、たまには外にも出てほしいです」
「そういえば、もとりちゃんのお姉さんっていくつ?」
「あ、同い年です。双子なんで」
「双子!? あ、だから名前――」
色々と察されてしまったようである。
後藤もうひとり。これが自分の名前である。はは、ウケる。
「なんか姉が外にでるきっかけとかあれば良いんですけどねぇ……」
「きっかけ? あ、そういう話なら――」
虹夏先輩は山田先輩の方を見て何事か頷き合った後、通学鞄をガサコソと漁り出すと、それを取り出して私に手渡した。
「これは――チケット?」
私の前に差し出されたのは、二つのチケットだ。
「うん! 週明けに私たちライブやるから、良かったら来てみない? このままだとお客さんカラカラになりそうでさ~」
「あ、バンドやってるんでしたっけ」
山田先輩からチラッと聞いたことがある気がする。
確か名前は――。
「うん。『結束バンド』っていう名前でね、その日が初ライブなんだ~!」
「虹夏、最初からそれ渡すつもりだったでしょ。余ってるからって」
「しーっ。で、どうかな? 受け取ってもらえる?」
「ぇ、あ。いいんですか? 本当にありがたいんですけど。姉も、バンドならちょっと興味があると思いますし」
「いいのいいの。どうせ余ってたし、ね? リョウ」
「うん」
山田先輩も肯定してくれたので、私は素直にチケットを受け取る。
チケットはただの紙切れのはずなのに、何故だか今の私にはちょっと重かった。
「ありがとうございます。絶対いかせてもらいます!」
「うん。楽しみにしててね~?」
これがきっかけになればいい。
姉が少しでも現実に生きるための第一歩。
素直に受け取ってくれないかもしれないけど、どうにかして見せる。気合で。
ちなみに奢らせ記念と祝して、私たち三人の写真を撮って、それをうちのギターヒーローに送った。
青春コンプレックスを刺激される写真を受けて、姉の目は光に焼かれているはずである。
おそらく精神に相当な負荷がかかっているはず。
家に帰って速攻で攻めればうちのギターヒーロー(笑)をぶっ飛ばせるかもしれない。
私はうちの姉にチケットを受け取らせる決意を固めた。
待ってろよギターヒーロー。ぶっ飛ばしてやる。
クックック。
うちの拗らせに拗らせまくったギターヒーロー(原作より色々酷い)が素直にチケットを受け取ると思うか……?
虹夏に若干のバブみを見出しているもとりちゃん。
その現場をぼっちが目撃したら多分溶ける。自身の不甲斐なさで。
感想くれたら嬉しくて跳び上がる。