誤字報告よろしく。
約一年ぶりに、私たちは顔を合わせてしまった。
その顔を、直視したくなかった。
私とそっくりの、もうひとりの顔が一つ。
久しく顔を合わせていない、あと一つの顔で二つ。
二つの太陽に目を焼かれて、私は思わず目を瞑る。
自分本位で申し訳ないけど、本当に思う。
私なんて、忘れてしまえばいいのに。
私がいっそ、最初から存在しなければどれだけ楽だったのか。
考えれば考えるほどに視界が歪む。
まるで心臓が溺れるようだった。
視界が知らない液体で滲む。
自らの不格好さを自覚するたびに、吐きそうで。
ここ最近、眠れない夜が続いていた。
夜の隅から、魍魎が湧き出て、私を睨んでいる。
ずっと誰かに見られている気がする。
苦しい。から、息をするようにギターを弾く。
私の想いをネットに叫ぶ。
自分がおかしくなっていることは分かっている。
最近では、もう言葉を話すことさえ億劫で。一呼吸毎に肺が悲鳴を上げる。
私はどうして生まれてきたんだろう。
自問自答を繰り返しても答えは出ない。
苦しい、辛い、存在したくない。
誰も私に手を差し伸べてくれていない気がする。
そんなことは、ないのに。
手はいつも、あった。
私に差し伸べられる、やわらかい掌は、いつもあった。
信じなかった。
信じられなかった。
繋いだ手を、離された記憶が、頭に過るから。
本意ではないのを知っていた。最初から分かっていた。
もとりは、私を思って手を離したことを。
それでも、私は実に弱くって。
現実に直面して、なお立ち向かう勇気を持ち合わせていなかった。
自分の脆弱な本性を明るみに出されて、引きこもって。
差し伸べられた救いの手を何度も拒絶して。
扉に鍵をかけていたのに、無理やりこじあけられて。
どんな顔して家族に会えというのか。
そもそも、私は今どんな顔をしているのか。
「おねーちゃん!」
声が聞こえる。ふたりの声だ。
私の妹。大事な妹。大事に思っているから、私のことを忘れてほしいと願っている。
「お姉ちゃん」
声が聞こえる。もとりの声だ。
私の半身。もうひとりの私。幸せを願っているから、私に関わってほしくないと思っている。
私は今どんな表情で、彼女たちを見ているのだろう。
きっとロクな表情はしていない。私は笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、それすらも覚束ない。カーテンも閉め切った暗い部屋の中、開いた扉の先から漏れる光が眩しい。
その光を見て、反射的に嫌だと思った。
もう、外には出たくない。
外に出るということは、必然的にもうひとりの手を握ることだから。
私はゴミだ。クズで、カスで、きっと外に出たところで、もうひとりが居なければ何もできない。
常識と、気力と、思考と、その他もろもろ、全てが欠けていて。
私が外で息をするためには、彼女が隣にいる必要があるのだ。
迷惑を、かけたくないのも、そうだ。
だけど、本当は。
唐突に、掌が差し伸べられる。
もとりの手だ。私とは似ても似つかない、やわらかい、もうひとりの手。
本当は、その手を握りたい。
私はいつだって、人の温もりを求めている。
しかし、私はいつかいきつく結末を知っている。
もとりはいつか、私の手を離す。
私が手を握っても、懇願しても、いつか絶対に訪れる結末。
小さい頃からずっと、手を繋ぐときは、私から手を離すことはなかった。
離すとしたらいつも、もうひとりの方から。私はずっと握っていたかったのに。
その掌の温度が私と似ていて、双子なんだと、実感が肌に伝わって、それが何だか嬉しくて。小さい頃は、寝る時まで手を離さなかったこともあった。
でも、絶対にいつかその手は離されて。
私をどん底へと突き落とす。
苦しいのに、辛いのに、消えてしまいたいのに。
もうひとりはそのことを理解しているはずなのに、絶対に私の手を離す。
もう信じない。信じられない。その手を握って、また離されるなら、私は二度と手なんて繋がない。
光の中に飛び込んだりしない。
もとりはずっと、私をそこに連れ出そうとするけど、なんでわかってくれないんだろう。
暗闇の中でも、貴方がずっと寄り添ってくれればいいだけの話なのに。私に掌を重ねて、それからずっと離さないで。それだけの事なのに。
最低な思考だ。分かっているけど、分かっているのに、なのに思う。
どうして私の手を握っててくれないの?
なんで貴方は光の中に居て、私は闇の底に沈んでいるんだろう。
貴方もこっちまで落ちてくればいいのに。私は歓迎するから。
でも、絶対に、彼女は落ちてくることは無い。
私の願いは、何があってもかなわない。
何故なら彼女は眩しくて、鮮烈で、燦然と輝いているから。
その瞳が濁る瞬間なんて、何があっても想像できないし、きっと何があっても折れない。
眩しくて、目が焼かれて、彼女が素直に妬ましかった。
妬ましい、妬ましい、妬ましい。
私もそうありたかった。もうひとりのように、強くありたかった。
もとりはずっと、私の羨望の対象だ。貴方になりたくて、でもなれなくて。
手を握ってもらうことでしか皆についていくことのできない私は置いてかれて。
また掌を差し伸べられている。
握ってやるか。握ってたまるか、そう思っていた。
思考はどこまでも冷静なのに、身体は言う事を聞かない。
差し伸べられている掌に、弱弱しく、指先で触れてしまった。
最低だ。
どうせもとりは私の手を離す癖に、それでも手を差し伸べる。
最悪だ。
ずっとわたしは分かっているのに、なぜだか手を取ってしまった。
分かっているのに、抗えなくて、ただひたすらに苦しい。
手を、引かれる。
私は、立ち上がる。
その背中についていく。
もとりは、「ごめんね」と言った。
わたしは、「何が?」と言った。
「ぜんぶ」
私は何も言わなかった。
彼女を許す権利も、怒る権利も、何もないから。
私の足は、相変わらず覚束なくて。
手を引かれなきゃ、私は歩けない。
掌には、いつかと同じ、いとしい温もりが流れている。
足元にはふたりが居て、にぱーっと笑っている。
何も解決していない。
何も終わっていない。
私は大人しく二人に連行される。
それだけの話だ。
何故、抗おうと思わなかったのか。
この温もりが愛おしかったから? それとも、ギターを弾くのに疲れたから? 自分の惨めさに心をすりつぶされる日々が続いたから? 理由はたくさん思いついた。
楽な方へと流れていく。
私はいつもそうで、きっとこれからだってそうだ。
何も変わっていない。
劇的な一歩を踏み出したわけでもなく、ただ、また手を繋いだだけ。
きっとそれは、いつか離される。それは分かっていても、この温もりには抗えなかった。
いつかもとりは私を突き放す。
それは分かっているけど、今は騙されてあげる。
信じたふりで、この手を握る。
私はきっと、これ以上、一人に耐え切れない。
苦しい、辛い、消えてしまいたい。
ギターを弾いて、誤魔化していたけど、いまだってずっと眠い。
ずっと寝れない日々が続いて、私はずっと頭が痛くて、それをごまかすためにギターを弾いて、自分でも何が何だか分からなくて、これが私の限界だった。
階段を、不協和音をかき鳴らすように、バタバタ降りる。
久しぶりに連れ出されて、リビングには、お父さんとお母さんの姿もあった。
皆、私を心配してくれて、それでも眠くって。
もう、耐え切れなくって。
私は、とにかく、眠くって。
「寝ても、いい?」
「うん。いいよ」
もとりは優しかった。
ソファーへと私を連れて行って、温もりが欲しいからと駄々をこねる私に、膝枕までしてくれて。
なんなんだろう、私って。
話さなきゃいけないことの方が多いのに、それでも眠い。
起きたら、話そう。
ちゃんと話して、謝ろう。
意味もわからず連れ出されて、これから自分が何を成すのかもわからないけど。
まどろみに落ちていく。
元に戻った歪な関係。
いつ手を離されるのか、私は不安で仕方ないけど。
見捨てられないように、これからは頑張るから。
もう、ひとりは嫌だ。
色々考えることはあった。考えることはあったと思う。思うけど。
――今は、この温もりに溺れて。
感情が重すぎんだろ……。
何も解決してなくない????
もとりちゃんこっからどうすんの????
お姉ちゃん完全に依存してるけど????
ちなみにひとりはギターの弾きすぎでヤバい状態でした。
もとりが強行策に出てなかったら昏倒+病院搬送+入院だった。もとりGJ。