後藤、もうひとり。   作:最条真

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生きてます。


初ライブ、その顛末。

伊地知虹夏は思いました。

 

(現実って、こんなに辛いんだなぁ……)

 

ドラムを、叩く音が聞こえます。

幼馴染のベースに合わせて、必死に、叩こうとします。

 

うまくいきません。

額に汗が滲み、視界が度々明滅します。

緊張と焦燥が心中に渦巻く中で、思い通りに身体が動きません。

 

覚束ない手元で、必死に、必死にリズムを刻みます。

 

(あっ、)

 

また間違えた。

これで何度目か、なんて、もう数えていません。

初めての『結束バンド』としての、ライブ。

 

それが、今日でした。

友人にライブチケットを配って、もうやる気は十分。

しっかりやらなければいけない、という責任感と、どうにかなるだろうという楽観が、同時に存在していました。

 

『もとりちゃんにもいい所見せたいしね!』

 

そう、思っていたのですが。

本番、当日になって、ギターにバックレられました。

逃げられてしまったのです。

 

(なんで?)

 

何の連絡もなく、電話にも応答は無く。

既読の付かないロインに、失望する間もなく。

 

虹夏は「STARRY」の外へ駆け出していきました。

探さなければいけなかったからです。

いなくなった、ギターの代わりを。

 

私たちの『ヒーロー(救世主)』を。

誰かに手を差し伸べてもらいたかった。

その可能性が万に一つだとしても、藁に縋る思いだとしても。

誰かが、助けてくれると、そう信じて。

 

この、広い下北沢を走りました。

虹夏の焦燥は、アスファルトを蹴る音と歩幅から伝わるようでした。

 

初ライブ、なのです。

大事な大事な初ライブ。

 

伊地知虹夏は夢を見ていました。

 

(自分のために頑張ってくれるお姉ちゃんに、恩返しがしたい)

 

幼き頃に亡くなった母。だけどもう覚えていない。

顔も声も輪郭も、何も思い出せない虹夏にとって、もはや歳離れた姉が、母代わりでした。

 

(お姉ちゃんは、私のために居場所を作ってくれた)

 

それが「STARRY」です。

姉は、虹夏のためにバンドを、夢を諦めました。

それが、たまらなく、悔しいのです。

 

お姉ちゃんは凄い。世界一のお姉ちゃんです。

 

自分の幼少期は、あまり思い出したくありません。

母親の死の影響で、不登校になったとか、引きこもりになったとか。

 

(いい思い出はあまりないけれど、でも、初めてライブハウスに連れられた時のことは、未だに思い出す)

 

衝撃。

 

衝撃でした。

ライブハウスで歌う姉の姿を見て、虹夏は憧れを持ちました。

 

(私も、ああなりたい)

 

心の底から、カッコイイと、そう思ったのです。

でもやっぱり、向き不向きはあるようで。

 

憧れから、練習を始めては良いもののーー、

 

「ヘタクソだな」

 

姉にそう言われて、ショックを受けました。

姉と同じには、なれない。

姉の背中を、追うことは叶わないのだと、そう認識した途端、涙が溢れて止まりませんでした。

 

こちらを必死に泣き止ませようと苦心する姉の姿を今でも思い出せます。

 

虹夏は、幼い頃、内向的で泣き虫で、声が小さい子供でした。

 

「お前にはこっちの方があってる」

 

目の前にはドラム。渡されたスティック。

叩けばいいのか、と目で確認すると、姉は無言で頷きました。

 

思いっきり。衝動に任せて、叩きつけた。

それが、始まり。

 

「でけー音」

 

記憶の中の姉は、確かにそう笑って。

 

「お前も、気に入っただろ?」

 

自分も確かに、頷きました。

これで、終わり。

 

記憶。

過去の記憶です。

 

(今も、時々思い出す、一番好きな、音の記憶)

 

あの音が忘れらず、今日までドラムを叩いている。

 

虹夏の夢は決まっている。

自分のせいでバンドを諦めた姉の代わりに人気になり「STARRY」を有名にすること。

それが、母の代わりに働く、姉への恩返し。

 

そのためなら、いくら汗にまみれても構わない。

 

暖かな日差しが肌を焼く中で、救いを求めて走ります。

必死に、水中でもがいて、酸素を求める人のように。

走って、走って、走り切りました。

 

たどり着いたのは、公園。

一縷の望みを懸けたのですが、やはりというべきか、誰もいない。

 

「あー」

 

うだるような声を上げます。

 

この晴天の空模様すら、今の虹夏には煩わしくって。

その場に座り込みました。

 

やはりというべきか、救世主は現れない。

期待して、走って、結局無駄で。

 

「バカみたいだな、私」

 

そう一人、呟いてしまうのも無理はないと思うのです。

ふと、ポケットに入れた、スマホの通知音。

 

どうやら、あと少しで『結束バンド』の番が来てしまうようで、姉から「すぐ戻ってこい」という旨のメッセージでした。

 

「そっか、戻らないと」

 

いったい、どれだけ救いを求めて走ったのか、分からない。

額の汗を拭い、再び駆け足で、戻ります。

 

心臓が悲鳴を上げていた。

 

あの時も、今だってそうだ。

 

初めましての滑ったMC。

練習なんて、ほとんどしていないから、失敗続きのミュージック。

ギターとベースで、息の合った不協和音を奏でながら、思うのです。

 

(ああ、私は、きっと)

 

「どうもー! 『結束バンド』でした!」

 

空元気。

拍手、拍手、まばらな拍手。

失望の目線は、身体を刺すようで。

 

ぱちぱちぱち、と適当な礼儀。

気持ちのこもっていない、その音は、いつまでも耳に届いていて。

 

(この音を、忘れられない)

 

きっと、ライブに立つたびに、この音が脳裏をよぎるのです。

 

「ねぇ、リョウ」

 

スタジオに帰るなり、幼馴染に、問いかけます。

 

「何が悪かったのかな」

 

普段表情を動かさない幼馴染も、流石に眉を下げて、こう言いました。

 

「大丈夫。虹夏のせいじゃない」

 

その一言で、虹夏はついにこらえきれなくなって。

幼馴染の、胸の中で泣きました。

子供みたいに泣きじゃくって、頭に置かれた手の温もりに甘えるように、言葉にならない感情を、吐いて。

 

「ごめん、リョウ。わたしっ、全然うまくできなくて」

「大丈夫」

「ごめんね、ほんとうに、ごめん」

「大丈夫だよ」

「次の、ライブはッ!」

「うん」

「絶対、成功させようね、っ! 絶対に……っ」

「うん。絶対」

 

これが、『結束バンド』の始まり。

初ライブの、ちっともうまくいかなかった、顛末でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏休みをエンジョイ中です。
新人賞に応募する作品を書いていたらこんな時間になってます。
そのうち有名になる予定です。

不定期ですが死ぬことは無いです。

原作と異なり、大失敗に終わった初ライブ。
こっからどう挽回していくのか、ひとりちゃんと結束バンドの出会いはどうなるのか。
原作より業が深くなった喜多ちゃんは虹夏にどう謝罪するのか。
原作よりもダークな二次創作を目指しています。
これからもよろしくお願いします。
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