サンビーム先生   作:稗田之蛙

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監視

 

『私を、監視してほしいの』

 

 漫画に使えそうなネタをいくらか話し合い、素の口調で話し合うようになってお互いの気心も多少知れた頃。シンコウウインディ……もといサンビームちゃんはどぼめじろうにそんな事を頼まれた。

『……サンビームちゃん、そういう趣味ないのだ』

『そうじゃなくて』

 どうやら話によるとどぼめじろうは漫画を描いていると他の事に目移りしがちらしい。

 そういう頼み事がしたいなら周囲の親しい人物とでもやってくれとサンビームは考えたが……。

 

 ……なんでサンビームちゃんが適任なのかと問うと、どぼめじろうはこう答えた。

『……サンビームさん、ちゃんと叱ってくれるから。頼りになるというか』

 サンビームは、どぼめじろうのそんな褒め言葉に対して。ほんの少しだけ、得意げな気持ちになった。

 ――シンコウウインディことサンビームちゃんは、イタズラ好きだがなんだかんだ人情はある。そして……他人に頼られる事は嫌いではない。

『まぁ、見張ってやるのだ。サンビームちゃんの指示通りちゃんと真面目に描くなら、考えなくもないのだ』

 サンビームちゃんがそんな事を言うと、どぼめじろうは喜びのスタンプを送信してきた。

 

 とはいえ、作業配信を眺めているのは暇だ。

 これが絵に関心がある者同士というのなら、相手の絵の技巧を観察してそこから何かを得るという事もあろうものだが。シンコウウインディはそこまで絵を描く事に関心がない。

 自分がイラストの題材として褒め称えられるのは好きだ。だが、数時間かけて一枚の絵を描くというのは性に合わないのかもしれない。

『起きてる?』

 しかし無反応だと訝しげに反応を求められるものだから。監視役というのも案外困った。だから素人目線で思った事を言う。

『……なんか女性はともかく男性の体の描き方が歪なのだ』

 タブレットのペン先が画面を擦ったのであろう、インクがデジタルキャンバスに走る。

 ウインディの指摘通り。どぼめじろうの描く男性は、骨格が明らかに女性的だ。優男ならそう違和感は無いが、相反する男性的な容姿だと一気に違和感が増す。

『しかたないでしょう。見たことなんてないんだもの!』

 甲高い声でそう批難してくる。まぁ、ボイスチェンジャーを通した声色でも若い女性であるという雰囲気は感じ取れるが……。

『……ヌードデッサン資料くらい使えなのだ。駅前の本屋辺りにいけば必ず置いてあるはずなのだ』

 ウインディちゃんは、幼い見た目に反して高校生だ。そういうものに対して、特に偏見はないし必要なら使うべきだとは思ってる。……「自分は縁のないもの」とは考えているが。

『………………買おうと……思ったのよ……』

 ぶすっとした声と共に、またタブレットのペン先が画面を擦る。

『じゃあなんで買ってないのだ』

 ウインディがそう問うと、どぼめじろうはまたペン先を走らせて……。

 ――そこでタブレットの画面が止まった。

『…………小学生くらいの集団で立ち読みしてた子達がね、「メジロの姉ちゃんがえっちな本買ってる!」って騒ぎ始め……』

 ……。

 そう語るどぼめじろうの声は、どこか沈んでいた。

 

 その後の話も聞き終えた頃には、ウインディはどうにも居た堪れない気分にされた。なんというか、聞いてはいけない部分を聞いてしまったのと、実際に不憫だと感じてしまったからだ。

『ちょっと待ってろなのだ』

 ウインディちゃんはそれだけ伝えて、アプリの通話を一度終了させる。そしてインターネットで検索し、目当てのものを見つけ出した。

 ほどなくして、ウインディが戻ってくると……。

『……送信ブロックされたからセンシティブファイルの送受信をフレンド間ならOKにするのだ』

 どぼめじろうは物凄く訝しげなうなり声をあげたが、しばらくして。解除した旨を伝えた。

 すると、だ。下着姿の男性の写真がどぼめじろうのアカウントに送信され始めた。

『~~~~~~~っっっ!!!』

 どぼめじろうは声にならない声をあげ、顔を真っ赤にしながら椅子から転がり落ちる音がした。

『……美術の教科書にも載ってるレベルの露出なのだからそんな風に驚かなくても……』

 しかし、ウインディちゃんの言葉が耳に届いている様子はなかった。代わりに言葉にならぬ批難の叫びが、いくらか。

『悪かった。悪かった。あらかじめ何を送るべきか伝えるべきだったのだ』

 どぼめじろうのアカウントに送られたのは男性モデルの写真。下着姿ではあるが、卑猥ではない。美術勉強の用途として撮られたのであろう事が分かる。

『で、でもこんなの長い時間直視出来ないわ……!』

『じゃあ一旦男性の絵を描きあげてから変な部分がないか見比べてみるのだ。それだけでもだいぶ違うはずなのだ』

 正直な話、どぼめじろうの描く男性は独特な『クセ』がついている。細身の若い男以外はどうにも違和感がある。

『う、う、う……』

 どぼめじろうは蚊の鳴くような声をしぼりだしながらも、粛々と男性のラフ画……いや、裸画? を描いていく。

『素の画力はあるのだ。だから嫌い嫌いといわず、基礎だけでも学んでおくべきなのだ』

 ウインディちゃんはそつなくアドバイスをしつつ、どぼめじろうのラフ画に勝手に目を通す。

 描き慣れていないのだろう。絵は線があちこち乱れているが、上手いか下手かと聞かれれば上手かった。

 ――――いまいちコイツの趣味がわからんのだ。男性嫌い。なのに男女の恋愛を描きたがる。

 ウインディちゃんはそんな事を考えながら、ラフ画を何枚も眺めていた。

 ふと、一枚の絵に目が止まる。

 

 メジロドーベルのトレーナーだった。

 

 …………やけに、上手に描けている。

 

『……なんでこいつだけ裸の状態が上手いのだ』

 ウインディちゃんの素朴な疑問に対して、どぼめじろうがキンキン声で答え始めた。

『な、なんでそんな事わかるのよ!?!!?』

『いや、こいつだけ違和感ないのだ。というか……よくよく見たらこの男を基準に男性の骨格を描いてないか? だとしたら、この人は男性としては細身だから他の男には合わな――』

 

 ピャッと、配信が遮断された。

 ウインディちゃんは、今一度、通話をする。

 無視。

『おい。監視はどうしたのだ』

 メッセージを送ってみる。

『うるさい』

 とだけ、どぼめじろうから返信が来た。

 どうやら地雷を踏んだらしい。ウインディちゃんはそう思って、放っておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『新刊落としました』

 

 どぼめじろうのアカウントからそういう発信がされる。フォロワーからの悲鳴が、たくさん聞こえてきた。

『…………新しいゲームのツイートたくさんしてる暇があるなら、仕事しろなのだ』

 サンビームちゃんは、どぼめじろうのアカウントを見守りながらため息をついた。

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