私の息子は俗に言う天才というやつなのだろう。いや、私も昔はそう呼ばれたこともあるし、天才という言葉で表すのも烏滸がましいか。
初めて、息子にサッカーを教えた時に気づいた。彼の才能を。
初めて、息子にボールを奪われた時に嫉妬した。コレが神に愛されているということか……と。
初めて、息子にドリブルで突破された時に知った。彼の運命を。
そして息子の渾身のシュートを見た時に私は使命を得たのだ。
いつのことだっただろうか。私はサッカーに打ち込む息子の様子を見ようと、グラウンドに向かっていた。
忙しい仕事の合間を縫って息子の練習を手伝っていたのも、大金をかけてサッカーグラウンドを整備したのも、息子がサッカーに夢中になっているという事実が、あまりに私の心を舞い上がらせていたからだ。
ドカン、バコン!!
グラウンドに近づくにつれ、何かが破裂し、壊れたかのような異音が聞こえてきた。息子に何かあったのではないかと焦った私は、全力でグラウンドまで走った。
そこで私は、息子の力を盗み見たのだ。
光が爆発し、今までの比ではない轟音が鳴り響いた。
壮絶な光景に、何が起こったのか、理解できなかった。
グラウンドが破壊されて、爆風と煙が巡る。
飛び散った砂礫を避けるために、手で顔を保護しながら惨状を仰ぎ見る。
そこに在ったのは、天使のような光輪を頭上に宿した子供ただ1人。自らの力を確かめるかのように、右手を見つめ、拳を握っていた。破壊の跡と相待って、私には神秘的な光景に映った。
それからと言うもの、私の目には息子が人ではなく天より遣わされた使徒のように映るのだ。
後日、私はグラウンドに隠しカメラを設置し、息子の様子を見守るようになった。決して、バレないように。私如きが、あの才能を邪魔しないように。
いつだっただろう。アインに人払いを頼まれたこともあったな。だが、言われるまでもなかった。以前からあそこに近づくことを認めたのはアインとアインの侍女、工事業者ぐらいなものだから。
……どうしてアインの侍女は平然とアインの行いを傍観することができるのだろう。私だって赦されるならば、息子の1番近くで、彼の修行を見届けたかった。だが、彼に私がいらないことは本能的に悟ってしまった。
息子の最大の理解者で、重要な楔は、私と妻やシエルといった血縁者ではなく、全くの他人であるあの侍女なのだ。
シエルも度々、アインの様子を見に行きたがったが、止めた。無論危ないということもある。だが本質はそこではない。あまりの光に目を焼かれてしまうのだ。私は既に焼き切れている。カメラを通してでも、凄まじく眩しいのだ。
なんなのだあのアインの背後から蠢く影は。
なんなのだあのアインの分け身は。
なんなのだあのアインの必殺技は。
衝撃的な光景全てが、私の心を揺るがし続けた。
私の中にあったサッカーの常識を覆し続けた。
そうして、アインを見守り続けるうちに、私の心の中にある仮定が生まれたのだ。
神童が、絶え間なく努力を積み重ねたら一体どうなってしまうのだろう。
命を燃やしながら極限状態でサッカーに打ち込んだらどうなるのだろう。
人はどこまで高みに上り詰めることができるのだろうか……と。
そんな好奇心が抑えきれなかった。
本来ならば、親としては息子の無理は止めないといけないだろう。鬼気迫る姿で命をすり減らしながらサッカーをする姿は、当然看過すべきことではない。
…………だが、訴えかけてくるのだ。サッカープレイヤーとしての本能が。サッカーを愛する者としての想いが。彼を止めるべきじゃないと。
そして見てみたいのだ。あの不可思議な力を身に宿す少年の行く末を。
どうぞ、この事実を知り得た人々は、私のことを最低な親だと罵ってください。
────私はそれでも、この決意を決して曲げることはないでしょうが。
金など無限に用意するし、人だって幾らでも集めよう。なんなら、後ろ暗いことにだって手を出してもいい。
私は息子のためなら全てを投げうつだろう。それが私なりの愛なのだから。
────邪魔者は全て消す。
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私はアトリ・クルエンス
私は先祖代々リヒター家の家政を取り仕切る家系、クルエンス家に産まれた人間です。ということもあって産まれる前から、リヒター家に使えることが決まっていたんです。
まぁ……昔は少し、嫌でしたけど今はそんなことありません。最早生き甲斐かもしれないですね。
私が12歳の頃、旦那様のご子息であるアインス様が誕生されました。当時は、家から出てもっと華やかな仕事に就きたいと思っていましたから、モチベーションなんて一つもありません。嫌々、アインス様に引き合わされました。
初めて、お会いした時はなんて無愛想で無表情な子供なのでしょうと思ってしまいました。私にも後々、妹が産まれましたから今考えても、やっぱり変な子です。
そんな微妙な感情しかなかった私ですが、お父様──この家の家令は、「アインス様の専属になるのはアトリ、お前だ」とか言うのです。
ただただ嫌でした。アインス様の存在が、私をこの家に縛り付けるようで。まぁそんなことを言っても、最初は見習いということで、補佐といった立場だったから拒否することはできたんですけどね。でも、その決断はしませんでした。お父様が怖かったから。
それからはどうやって逃げようか何度も考えました。だけど結局家から出ていくことはできなかったんです。…………なぜでしょうね? 今でもわかりません。
月日はあっという間に流れ、私は15歳になり中学校を卒業しました。義務教育が終わったということで、アインス様の専属を本格的に任されました。アインス様が3歳の頃ですね。
アインス様はこの頃もやっぱり不気味でした。無表情は変わっていないし、妙に態度が悪い。本当に子供らしくない子供でした。ご家族からは愛されていたみたいだけど……使用人たちの間では、不気味なんて言われてた始末です。
そんな私の認識が変わったのは、星が綺麗な夜のことでした。今でもすぐに思い出せます。
お休みの時間ということで、部屋に向かった私は、暗い部屋で星空を眺めているアインス様と出逢いました。
部屋に入った私も何も言わずにぼうっと星空を見つめていたのですが、唐突に普段は何も言わないアインス様が話しかけてきたのです。
「オイお前。夢ってあるか?」
意味のわからない質問でした。急すぎてびっくりもしましたしね。なんて返事をしたのかハッキリは覚えていませんけど、確か昔は夢を見てたと曖昧に返したはずです。
「そうか。叶えられたのか?」
そんなわけありません。なんてったって、アインス様の存在が、私をこの家に縛り付けていたのですから。……私もどうしてでしょうか。その時、感情が昂って理不尽に怒ってしまったのです。
あなたがいたから、夢は叶いませんでした。
今考えるととんでもない言い草ですよね。夢を追うことだってできたはずなのに、その選択肢を選ばなかった責任を3歳の子供に押し付ける。
どうしようもなく愚かでした。死ぬまで後悔し続けるでしょう。でも、私の運命を変えた転機でもあります。
「だったら、俺が死ねば夢は叶うか?」
アインス様はこちらを振り返り、そう言ったんです。
その提案はあまりに衝撃的で、愕然としました。
何を言ってるの? 死ぬって……?
「俺は夢がわからない。無意味に生にしがみついているだけ。だったら、夢を見ている奴が夢を見て生きるべきだろう」
今聞いても、本当に意味がわかりません。でも可愛いですよね。
アインス様は、徐に開いた窓から身を乗り出して、飛び降りようとしました。ここは四階です。3歳のアインス様が飛び降りたらひとたまりもないでしょう。
チラリと見えたアインス様の横顔は酷く孤独でした。俯いた影に、誰も理解できないであろう影があったんです。とてつもない後悔が、一度死んだ苦悩を知っているかのような闇が、私の網膜に焼き付きました。
そのとき私の体は勝手に動きました。飛び降りようとするアインス様の背中に抱きつき、静止したのです。3歳だから流石に簡単でした。今だったら絶対に無理でしょうけどね。
抱きついた時、身長差もあって私の視界はアインス様の表情を捉えたのです。
私の心臓は跳ねました。心がキュウっと軋みます。アインス様の陰鬱たる後悔を見て、心拍数が際限なく爆発し、顔はきっと真っ赤になっていたはずです。
そして、私はアインス様を直視することを本能的に避けていたんだと察しました。
だって……絶対に壊れてしまうから。愛を知ってしまうから。
案の定、私は壊れてしまいました。
3歳児に恋をすること? 違います。私はアインス様の闇に触れて、染められて。愛してしまったのです。
歪な愛かもしれません。
病気と言われるかもしれません。
でも確かにそれが初恋でした。そして最後の愛でしょう。
………………ここ暫くアインス様はサッカーに夢中で、心の影を見せてくれることが少なくなりました。でも、間違いなく、根底には潜んでいるはずです。私はそれをいつも、いつまでも待っています。──恥ずかしい話ですけど、サッカーの修行で苦しむアインス様はすごく可愛らしいですからね。気絶したアインス様をお部屋に運ぶ際にどれだけの疼きを感じたことか……
ゴホン。失礼しました。
だから私はアインス様にいらないと言われるまでついていくんです。
アインス様。────死ぬまで一緒です。
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ずっと昔、薄暗い裏路地から私はアイツのことを見ていた。
私よりも幼い子供が、サッカーボールを蹴っている様子を。
路地裏でしか生きられない私とは違い、常にアイツは人々の中心にいた。
光というべきなのだろうか。いや、そうは思えない。アイツの周りには盲信者しかいなかったからだ。
だったら闇というべきなのだろうか。いや、そうとも思えない。アイツのプレーには、夢が見えたからだ。
……アイツは何者なんだろう。そう考えて、私もいつしかアイツから目が離せなくなっていた。
そして私はサッカーボールすらまともに手に入れることができない不条理を呪った。アイツとの人生の格差を知り、嫉妬した。
まともに練習をすることができる環境があるならば、俺は死んでもあいつを打ち倒すために努力を重ねただろう。だが、もう俺にはアイツを超えるポテンシャルも、時間もなかった。
無駄に時間をかけすぎてしまったのだ。
だから、私は諦めた。自分自らアイツを打倒する事を。
私は既に成人して、ドイツから日本に引っ越している。ある野望を胸に秘めてな。
私はアイツのプレーを観察しながら気づいたのだ。
そうだ。私がアイツのことを超えられないならば、
私はアイツを超えるサッカープレイヤーを生み出そう。
私は超えられなくとも、次の世代がアイツを打倒できるように。
徹底的な管理によって、至高のサッカープレイヤーを造り上げよう。
今は叶わなくとも、いつか絶対に、
────アイツを殺す。