誤字報告いつもありがとうございます。
──ドイツ──
日本で2人の女性が仲良く語らっている頃。ドイツで行われているイタリア戦はハーフタイムを迎えていた。それぞれのチームの選手達は休息のためにベンチへと戻り、水分補給を行う。
前半が終わって1対2。イタリア代表が一点リードという試合状況となっていた。
観客席の人々はハーフタイムであるにも関わらず、選手達に大きな歓声を送っていた。チケットの倍率も10倍以上と注目度の高いこの試合は、ドイツ・イタリア両国から多くのファン達を集めていた。中学生サッカー界がこれほど盛り上がるのは、サッカー全盛期を迎えた昨今の情勢においても非常に稀な現象であるといえよう。
観客はファン達だけではない。耳聡い者達は今後予想される
ある者は自身のライバルの力量を把握するために。
ある者は自身の主催する大会を思惑通りに進めるために。
ある者は自身の監督として対峙することになるであろうチームを見定めるために。
しかし、彼らが持つ思惑はフィールドに立つ選手達には関係なかった。自らの力を出し切り、勝利の栄光を掴む。そのために彼らは努力を重ねてきたのだから。
ドイツ代表のメンバーはベンチの前で円陣を組みながら士気を高めている。どうやら後半の作戦を話し合っているようだ。
「前半終了段階で、我々は1点ビハインド。不利な状況だ……が。これで終わる我々ではない。まともなゴールキーパーがいないこともあって致し方ない結果であるといえよう」
キャプテンとしてドイツ代表をまとめるヨナスは、前半をそう振り返る。彼にとってこの状況は想定内のものである。
「そもそもっ! なんで俺がキーパーやってんだよ!!」
しかし、納得できない者もいた。
アインの代わりにGKを務めていたのは本職DFのアレクだった。守護神が抜けた穴を埋めるかのようにGKに収まった彼はフラストレーションが溜まっているかのようにイライラしていた。
「アインがずっとその役を務めていたからな……外れることなど想定すらしなかったし、サブはいない。誰かがGKを努めなければいけない以上、文句を言っても仕方のないことだ。──だが……」
一息でそう言い切り、アレクを宥めたキャプテンだが、彼の活躍には不満を持っているようで言葉尻を濁した。眼帯で隠されていない右眼を細め、隣に立つアレクを見据える。
「なんだあの体たらくは。シュートに触れることすらしなかったじゃないか。少しはお前にGKを任せた意味を考えたらどうだ?」
「おいおい! なんだよその言い草は!! 普段は手なんて使われねぇからどう止めたらいいのかわからねぇんだ!!! 大目に見ろよな!?」
嫌味を言ったヨナスに対して返ってきたのはアレクのあまりにお粗末な言い訳。呆れたヨナスは額に手を当てため息を漏らす。
「──ハァ……オマエは普段DFなんだから……足を使ってボールをセーブすればいいじゃないか。手に固執する必要はない……GKだって足を使っても構わないんだぞ?」
「!!! ────その手があったわ!!」
漸く彼にGKを任せたヨナスの真意を理解したのか、納得したかのように手を叩く。
「今日はアインがいないから気が抜けているのか? 普段はもっとまともだった気がするが……これは要報告だな」
「てめぇ!! チクるんじゃねぇぞ!!!」
アレクは隣に立つヨナスを睨みつけた。だが、ヨナスはその視線を意に介さず語り続けるのだった。お小言はまだ終わらなそうだ。
「ならば最初から試合に集中しろとあれほど……
彼らの仲が良いことはよくわかる。だが、今はそのようなコミュニケーションをとっている場合ではない。試合は未だ終わっていないのだから。
「まぁまぁ、ヨナスさんアレクさんその辺にしておきませんか? 作戦を話し合う前に後半が始まってしまいます」
いつものことのように聞き流すチームメイトの内、喧嘩を始めた2人の間に割って入った人物がいた。彼女は今にも掴み合いをしようとする2人を制しながら話を戻す。
「──そうだな。私としたことが、このバカに流されてしまった。それでは早速後半について命令を下す」
「……黙っとけよな」
平静に戻ったヨナスは後半の動きについて話し始める。監督がお飾りのドイツ代表にとって、指示を考えるのはキャプテンである彼の役割だった。
「さて、作戦だが……なんてことはない。そろそろ、本気で攻めるとしようじゃないか。──舞台は整った」
──ーオマエの力を見せる時だぞ
大仰な仕草でアレクとは反対側に立つメンバーの肩に手を添える。先程2人の喧嘩に割って入った彼女だ。
「今まで隠れて頑張ってきたんだし、やっぱ試合で活躍しねぇとなぁ!! 頑張れよ!!」
「ええ任せてください。必ず点を取ります」
アレクの激励と共に、チームメイトは後半より試合に加わる彼女へ暖かく声をかけた。FWとしてフィールドにたつ彼女に求められるのはチームの点取り屋としての活躍──その点において彼女はヨナスと同レベルの信頼を得ている。
それ程までに才能を持つ選手なのだ。
「後半開始直後に動く。気を引き締めろ」
──応!!
キャプテンであるヨナスの号令の元ドイツ代表は新たな力を受け入れ、後半へ臨む。
一方のイタリア代表は既に監督からの指示を聞き終え、疲労を少しでも軽減することに努めていた。
「悪くない試合展開だね。──今の所は」
スタジアムの電光掲示板に表示された数字を見ながらイタリアのキャプテン、ヒデナカタはそう告げる。
「そうですね。彼らも中々手強いですが、それでも俺たちの方が強いです。でも……彼らは話しているんでしょうか? 暗い雰囲気は全くありませんし……それどころか勝利を疑っていないかのように明るい表情です」
傍に立つのはイタリアの副キャプテン、フィディオ。彼はドイツの面々を視界に入れながら分析していた。
──ドイツ代表の笑い声がイタリアのベンチまで響く。
「……恐らく秘密兵器でも用意していたのかな? ────あぁ彼女のことみたいだね……困ったなぁ」
ヒデはその慧眼を彼らは向け、小さな声で呟いた。
「秘密兵器……ですか。──キャプテン。どうかしましたか?」
ヒデはタオルで汗を拭い、ドリンクを一口飲み下す。その瞳には少しの焦りと不安が浮かんでいた。
「────これは厳しい戦いになりそうだと思ってね。フィディオ、彼らのことをよく見ておくといい。君のためになるはずだ」
「はい。わかりました」
ハーフタイムはまもなく終わる。試合は折り返しを迎え、再開されようとしていた。選手達はベンチからフィールドへと歩き出している。
「ドイツ代表はFWの────に変わって────が入るようです…………えぇ、こちらのデータを確認したところ、彼女は公式戦への参加経験がないようで全くの白紙となっております。どのような選手なのか全くわかりません」
「まさに、ドイツ代表の隠し玉といったところでしょうか。不利なムードを払拭すべく投入されたわけですから、彼女の攻撃に期待ですね。──でも彼女のラストネーム……少し気になりますね」
少しの休憩が挟まれたことで、会場のボルテージは落ち着きを見せると思われたが、その熱狂に際限はない。益々、人々の応援は激しさを増していた。
今、後半が始まる。
ピ────ッッッ!!!
後半開始の笛が鳴り、ドイツのキックオフで試合が再開された。
ドイツ代表は笛と同時にバックパスを行い、キャプテンのヨナスへボールを回した。ついに彼らの本当の攻撃が始まる。
「早速我々の力を披露するとしよう。各員隊列を組め」
ドイツ代表の中心に立つヨナスは、ボールを保持した瞬間手を大空に掲げた。その瞬間、ドイツのオーソドックスなフォーメーションが大きく様変わりし、GKを除く10人がそれぞれ近くのメンバーと集まり始めた。
「作戦開始」
そしてその一言と共に、キャプテンは手を振り下ろした。ドイツ代表全員が防御を捨て、電撃のように斬り込んでいく。
【必殺タクティクス
「おおっと!! ドイツの選手たちが猛烈な勢いでフィールドを駆け上がっていくぅ!! 2人1組となった選手達が、有機的に結合したかのような動きをみせているぞぉ!!」
彼らはツーマンセルを組むことで互いのプレーの隙を補いながら、澱みないパスやドリブルで戦線を押し上げていく。そんなドイツ代表の連携は、まるで特殊部隊の軍人であるかのように精密で、一片の狂いもなかった。互いが互いの力量を理解し、それぞれの限界ギリギリのプレーを引き出しているのだ。
ドイツ代表それぞれが全力疾走、減速無しでボールを回していくため、イタリア代表は全く対応できなかった。
「まずは1点だ、きめろよぉ!! ────」
ドイツ代表のMFから後半から新たにフィールドに立ったFWへボールが渡る。
「格好の決定機がドイツ代表に訪れたぞぉ!! なんという攻撃速度だぁ!! 先程までのドイツ代表の動きとは全くの別物! 先程交代したFW、
「まずい!?!? 止めろ!!!」
イタリアはリードしているものの、決して安全圏にいるわけではない。ここは非戦闘区域ではないのだ。クールなフィディオが血相を変えてゴール前まで戻り、仲間に指示を出した。
──だがもう遅い。
太陽の恵みに照らされ、銀糸のような頭髪は天使の冠する光輪かのように瞬いた。スタジアム中の観衆の視線がイタリアゴールの前に立つ彼女の元へと集う。
そんな多くの熱視線を受けとめた彼女は徐にボールを蹴り上げ、自らも上空へと飛び立った。
瞬間──闇がスタジアムを、世界を覆いつくした。
宙に浮かび上がったボールがブラックホールと化したのだ。
漆黒の闇が世界を覆い尽くそうと光を吸い込み続ける。そしてスタジアムに開いた空隙の重量によって大地が軋み、時空の唸りによって大気が唸りを上げる。
そんな暗闇の中でも、決して彼女の光は翳りを見せなかった。自らが纏う白銀の光を溜め込み、黄金の光として昇華させる。決して潰えることのない希望が絶望を打ち砕く。
一筋の光条と化した彼女は闇の中心に存在するボールへ、後ろ回し蹴りを叩き込んだのだ。
陰は灼かれ、暗黒点は貫かれる。
そしてブラックホールを貫いた光は、渦を巻きながら周囲に光子を飛散させ、光の槍のようにゴールへと飛翔するのだ。
とめどない夢のように。
飽くなき向上心を満たすために。
──兄に追い縋るために。
『ターミネイトクェーサー』
──光は闇をも照らしながらゴールを貫いた。
サッカーゴールがシュートの余波によって数メートル後退し、ゴールネットがギチギチと限界を告げる音を立てる。
スタジアム中がシュートによって生じた優しい光に包まれ、歓声が響き渡った。
「ゴール!! ドイツ代表決めました!! 後半から登場した、シエル・リヒターが決めましたぁ!!! なんと幻想的な光景でしょうか! 私、とても感動しております!!!」
「驚きました……ここまでの隠された才能が存在しているとは。──本当にサッカー界の未来は明るいですね!」
思わず実況解説からも歓喜の言葉が漏れる。中立な立場である彼らからしても、その必殺シュートは美しく、余りに完成された一撃だったのだ。
「ほら、アインの妹が活躍してるわよ。──あの子、時間なかったのにもうあそこまで強くなってたのね。綺麗な必殺技だわ」
ドイツのもう1人のストライカー、ムクロも映像を通じて友人の一撃を讃える。彼女の努力を身をもって知っているからこそ、心からシエルの苦悩を理解し、賞賛できるのだ。
「曲がりなりにもアインス様の妹様ですから……才能はあって然るべきです」
「……そこだけで評価するのはやめなさいよ。あの子多分嫌と言うほど、兄と比べられてきてるんだから……後、あの子がサッカーやってることはアインに言わないようにね」
「はて? なんででしょう? アインス様といえど流石に喜ぶとは思いますが?」
しかしもう1人の観客アトリは、アインにしか興味がないと言う言葉の通り、主人の妹を讃える言葉すらなかった。彼女の判断基準はどこまで行ってもアインに依存しているのだ。
「────妹のお披露目戦を見てあげないバカな兄貴を驚かせるためよ。わかるでしょ?」
「一理あります。私ですら妹様の努力に気づいたのに全く気づかない鈍感な主人ですから。それに……ドッキリは面白そうです」
「そうよ。アイツの意思であの子を見てあげないといけないの。だからこそ私はアイツを強く引き止めなかったってわけ」
「なるほど。そう言うことでしたか。楽しみですねぇ」
凄絶な一撃により振り出しに戻された試合は、再度膠着状態に陥っていた。攻めの起点となるヨナスと、得点源となるシエルに対し多くの人数を割くことで、イタリアはドイツの苛烈な攻撃を凌ぎ切っていたのだ。時にはフィディオとヒデもゴール前まで下がる献身的なプレーを見せていた。
彼らの勝利への執念は実を結んだ。ドイツの緻密な連携の綻びを見つけたヒデはパスをカットし、1人でゴール前に持ち込んだのだ。イタリアの人々の期待を背に、彼はその才覚を見せつける。
「なんとなんとぉ!? ヒデ・ナカタ選手、1人でドイツの堅固な守りを突破ァ! 世界に類を見ないレベルの個人技を見せつけます!!」
「こちらだって負けるわけにはいかないさ! もう一点頂くよ!!」
『ブレイブショット』
そう宣言したヒデナカタは、前半に一度得点を決めたシュートを再度放ち得点を狙った。
しかし、今のドイツは前半までのそれと守備の面でも異なっていた。
ゴールとヒデの間にはGK……否、DFが1人立ち塞がっていたのだ。
「一度みたシュートを決めさせるわけにはいかねぇよなぁ! キーパーとしてはちと邪道だが止めさせてもらうぜ!!」
アレクはGKらしくゴールの前に仁王立ちして、シュートを待ち受けた。右足を引き、シュートに対し半身を向ける。
──シュートブロック──
彼は力強く左足を踏み込んだ。
──視線を感じる。我々を獲物として見定めるかのような気配を。
──気配を感じる。主人以外を認めない排他的な忠誠を。
人々が其れの存在に気づいた瞬間。身をすくませる雄叫びが轟いた。
アレクの背後に百獣の王が顕現したのだ。王者の風格を見せるその体躯は強靭で、全てを噛み砕く鋭利な牙は捕食者としての威容を誇る。
『カイゼリン・レーベ』
アレクが右足をボールに対し振りかざすと同時に、獅子が必殺シュートに喰らいつく。
勇猛なる一撃と獰猛なる忠誠がぶつかり合い、スタジアムを揺るがす。
そして数秒の均衡の後。獅子は哀れな被食者を絶命させたのだ。
「GK、アレクサンダー・ハウゼン! ヒデ・ナカタ選手のシュートを見事にブロックしましたぁ!! なんと無慈悲な一撃ダァ!? 私も背筋が凍りつくかのように恐ろしかったです!! まるで健康診断の結果が届いた時のように!!」
実況席まで必殺技の臨場感が伝わっていたようだ。ふくよかな彼の戯けた言葉は、スタジアムの張り詰めた空気を弛緩させた。
しかし、まだまだ気は抜けない。試合終了がすぐそこ迫っている。
「試合も終わっちまう。そろそろ決めるぞお前ら!! アレいくぞぉ!!!」
アレクは止めたボールを自陣ゴール前まで戻ってきていたヨナスに送りながらそう宣言する。隣に立つのはFWのポジションから降りてきたシエル。連携必殺技の発動を狙っていることは誰の目にも明らかだった。
だが誰も発動を止められない。ここはドイツ陣営の奥深くゴール前であるからだ。近くにいるのは数秒前にシュートを打ったヒデのみだった。
「わかっている!」
「はい! 任せてください!!」
ヨナスとシエルの力強い答えを聞き届けたアレクは、地面に拳を打ちつけた。
ゴッドハンドとも呼ばれる巨大な拳が、並び立つシエルとヨナスの足元から出現し2人を擬似宇宙へと射出する。
『ザ・ギャラクシー』
2人は地球を臨めるその空間で同時にシュートを叩きこみ、地球に向かって落下させる。
そのシュートは青空の雲を弾きながら、大気圏を突破し赤熱した状態で隕石のようにゴールに降り注ぐ。
ゴールネットが引きちぎれ、大地が抉れた。
「ゴール!! ドイツ代表が自陣ゴール前から超ロングシュートを決めましたぁぁぁ!!!」
ドイツ代表が得点し、試合終了直前にイタリア代表を突き放した。
そして数分が経過した……
ピッピッピ──────!!
「ここで試合終了〜!! 2対3でドイツの勝利となりました!! シエル・リヒター! 初試合、2得点と見事期待に応えました!!」
笛が鳴り響き勝利が確定したと同時に、アレクは仲間の元へと駆け寄り大声で叫んだ。
「ナイスだぁオマエ達ぃぃー!!!」
ドイツの選手達はシエルを中心に据え勝利を祝う。
観客の歓声が試合を終え最高潮を迎えた。それほどまでに観客の心を揺さぶる良い試合だったのだ。サッカー界の歴史に名を残すことは間違いない。
「実にいい試合でした。私はこれからも彼らの勇姿を楽しみにしていきたいと思います。それに現役のプロ選手ですら彼らから学べることは多いと思います。この試合によってさらに中学サッカー界の注目が高まることは間違い無いでしょうね」
解説が試合を高く評価したころ。それぞれのチームのキャプテンはチームの輪から抜け出し、健闘を称え合っていた。
「まさか、ここまでとは驚いたよ。もっと僕たちも修行しないといけないね」
「こちらこそ、最後までずっとヒヤヒヤしていました」
「最初は失礼なことを言ってしまってすまなかった。それだけ彼と戦いたかったんだ。まぁ、負けてしまった立場で言う言葉じゃないと思うけどね」
ヒデは苦笑しながらヨナスに謝罪する。試合開始前に挑発的なことを言ってしまったことを後悔して肩身が狭いのだろう。
「構いませんよ。もし、私が貴方の立場であったとしたら、私もそう考えていたでしょうから」
「……ありがとう。また会おう。その時はきっと私たちが勝つからね」
「負けませんよ。──絶対に」
試合を終えた両チームのキャプテンは互いに称賛の握手を送る。最も両者の間には試合前以上にバチバチの火花が散っていたのだが。
「白熱した試合を演じた選手たちに万雷の拍手が送られています!! 実に良い試合でしたぁ!!! 是非ともまた見てみたいものです!!」
「……その日は意外と近いかもしれませんよ?」
解説のマードックは最後に意味深な言葉を残すのだった。
──日本──
「なんとか勝てましたねぇ。よかったよかった〜」
「……怖いからやめてよ。アンタ目が笑ってないのよ」
試合が終了し、遠くの日本にいる2人の間には弛緩した空気が流れていた。なんだかんだ言いつつも、2人とも緊張を見せていたのだ。
ドイツ代表の勝利を見届けたムクロはため息をつきながら携帯でメールを送信する。中身はシエルへ宛てた労いの言葉だった。……加えて彼女の兄のあんまりな言動の報告も、だ。
彼女がこのメールを確認した暁には、兄の元へと謎の怒りが向けられることは間違いないであろう。
そんな無慈悲な行動を起こしたムクロは、試合を振り返りドイツの戦力を客観的に評価し始めた。
「シエルがいなかったら少し厳しかったかもしれないわね。後キーパーゴミ」
「キーパーはサブを探せば済む話だとは思いますけどFW……妹様は本来出さないつもりだったんですかねぇ?」
「──いや、シエルに聞いた話だと元々後半から出場予定だったって。ヨナスとアレクに派手なデビューにしたいって説得されたらしいわ」
「兄君へのお披露目ということです?」
「……そういうことよ。バカは見てなかったけどね」
観戦中に酒を飲み、ほろ酔いのアトリはソファーに寝そべりながら、隣に座るムクロの膝に頭を乗せる。そんな彼女をムクロは拒否せずに頭を撫でるのだった。そして、壁にかけられた時計に目をやった。
「──今頃温泉にでも入ってるんじゃない? アイツ妙に綺麗好きだし、温泉好きだし……まだ暫く出てこないわね」
「アインス様の潔癖は小さな頃からずっとですからねぇ。それに……まさか地下に温泉を掘らせるとは思ってなかったです。それを了承しちゃうご両親の判断にも驚きですが……」
「アイツの両親も本当に親バカよねぇ。てか、なんでこんなところに温泉が沸くだっての。私も好きだから嬉しいけどさ」
彼女は日本人であると言うこともあり、温泉には親しみを持っていた。だからこそ、アインの温泉好きは理解できる……が、それにしても彼の、彼の家族の行いは異常だった。
「使用人の間でも綺麗好きだって言われてましたから。私もアインス様の部屋は丁寧に掃除するようにしてました」
アトリは使用人の裏事情を語る。彼女なりに主人に真摯に向き合ってきたのだ。少々距離感はおかしなことになってはいるが。
「……最初から丁寧にやりなさいよ。最近は私に家事ほとんど任せる始末だし」
「いいじゃないですかぁ〜私とムクロちゃんの仲なんですからぁ」
アトリは隣に座るムクロに抱きついた。ムクロはそんな不真面目な使用人に呆れるように苦笑を漏らすのだった。
「コイツ……実家から解放されてイキイキしてやがる……」
アトリが仕えるアインの家系は歴史の長い由緒正しい家系。当然使用人への視線も厳しいものとなる。根が一般人……? な彼女にとって生きづらい立場であったことはムクロにも理解できた。彼女も煩わしい人間関係や両親に翻弄される人生には理解があったから。
「ま、かしこまって壁作られるよりはいいか。キモいし」
「ひっどぉい!! 女の子にそんなことを言うなんて」
「女の子っていう歳じゃないでしょ。もうにじゅ……」
アトリは抱きついていたムクロの口を手で抑える。
「気にしてるんだからやめなさい!」
ある意味で似たもの同士の2人。
なんだかんだ仲はいいの……かもしれない。
試合が終了し、自宅へ帰宅したシエルは自室の窓から身を乗り出した。シャワーによって濡れた髪をそのままに夕暮れの空を見つめる。
「兄さん……私強くなりました。見ていてくれましたか?」
胸に手を当てながらシエルは遠くにいる家族に思い馳せる。子供の頃に見た憧憬に少しでも近づくことができればと夢を追いながら。
シエルはあの日知った光に天命を見たのだ。
兄に追いつき、兄と同じ次元で同じ夢を語る。それが彼女の理想なのだから。
数分間、薄明の空を背景に黄昏ていた彼女は、親愛なる友人の言葉によって現実に引き戻された。
「シエル様〜髪を濡れたままにしておくとお身体に障りますよ」
「ごめんなさい。今そっちに行くわ」
空を見上げる彼女に声をかけたのは、専属の使用人であるアトリの妹【クロエ】だった。声をかけられたシエルは窓を閉め、部屋の中へと戻って行く。
シエルは──ムクロからのメールにはまだ気づいていない。
怒りのこもった電話を兄にかけ、叩き起こすまで後数分。
Q:兄さん見ていますか?
A:見てない
例の彼は理由も説明されずに、妹に乙女心を理解していないと数時間怒られました。
必殺技画像にキャラクターを登場させようと模索したのですが……厳しかったです。挫折しました。
また、オリジナル必殺技ある程度の区切りでまとめようかなと考えています。