失禁ゼニスの黄金譚:変態能力における青春と倒錯的情動 作:マグルマン
◆◇◆
「おい、見ろよあれ。失禁のゼニスだ」
「あれがか?全く強そうには見えないぞ。本当に奴か?」
「入学試験の模擬戦を見ていたが一瞬だった。試合開始と同時に対戦相手が漏らしたのを確かに見たんだ」
「しかしこれから戦う相手はあのレティシア様だぞ……。そう簡単に通用するとは……」
全く腹立たしい限りだ。
演習場に詰め寄せた野次馬たちは「もしやあのレティシアさえ負けるのでは?」と考えている。
五大貴族筆頭エレガント家の次女であるこの私が負ける可能性があると欠片ほどでも思っている。
私の目の前に佇む問題の男、ゼニス・アーデ。なんてことのない平民出身の一代魔法士。
そんな凡夫如きがエレガントの名を汚すことなどあってはならない。
もし汚されたなら払わなくてはならない。そう、私が払わなくてはならないのだ。
入学試験を受けるため笑顔で家を後にする妹の姿が頭をよぎる。
五大貴族ならば免除が当たり前のところを、あの子は真面目なのでわざわざ受験すると言い出した。魔法が使える時点で入学は確約されたようなものであり、ただ面倒なだけだとサボった私とは大違いだ。
はしたなく大きく口を開け、行ってきます!と声を張り上げるアイナ。それを見た私は苦笑いで手を振る。彼女はその数倍の勢いでもって手を振り返していたので思わず笑みが深まった。
そんな妹は目を赤く泣き腫らしながら帰ってきた。
「あの………、レティシア…様?」
声をかけられ現実に引き戻される。見ればゼニス・アーデが怪訝そうにこちらを伺っていた。
「………なんだ?」
「俺の力のこと知ってますよね…?その…本当にいいんですか?」
頭にカッと血が昇るのを感じた。
この男は私に勝って当然と言っているのだ。この私を失禁させてしまうが構わないか?と聞いてきているのだ。
試合開始の合図も待たず切り込みそうになるのをぐっとこらえる。
これではいけない。
お前は感情が激しすぎると師匠に言われたばかりではないか。知らず握りしめていた拳を解き、目を瞑って深呼吸してから応えた。
「本気で来てもらって構わない。いや、そうでなくては困る。私は本気でお前を叩き潰す気なのだから…」
語気に力がこもる。
やはりまだ怒りが残っているようで、余計な一言を加えてしまった。
もう一度浅く目を瞑り息を吸う。
水がぴったりと張られた水盆をイメージする。
それは分厚く頑強な石造りの像に支えられており、水面には一片の揺らぎもない。
一滴の滴を落とす。
波紋が盆の淵まで広がって消えていく。
そして再び訪れる凪の世界。
ゆっくりと目を開ける。
師匠から教わった精神統一方法だ。自分でも驚く程に冷静になれた。
改めて目の前の男を注視する。
気のないように構えられた剣はその辺りで買える量産品だろう。魔化の施されていない、単純な金属の鈍い光を放っている。
そもそも構えからしてデタラメ。師事する人間を持たない我流の剣のそれだ。歩き方も武芸を修めた人間のものではない。
総じて覇気は全く感じられない。
しかし事実としてこの男は妹を負かしている。だからこそ純粋に勝利に集中しなくてはならない。
足と腕に練り上げた魔力を注ぎ、いつでも踏み出せるよう構えを取る。
相手を失禁させる魔法を使うと聞いたが詳細は不明だ。察するに精神干渉系の魔法。こういった絡め手を相手に様子見をしていては足元をすくわれる。
故に狙うのは試合開始と同時に最高スピードでの突撃。
小細工はしない。瞬間に全身全霊を込め、エレガントの名を示すのだ。
お互いに構えたまま向かい合い数俊────。
「試合開始!」
審判の右手が上がる。
即座に練り上げた魔力を解放し、地面を踏み砕く程の力を込めて前に出る。
一瞬で最高速度に達した身体は、音を、景色を、余計な感覚を全て置き去りにし、ただ一直線に目標へと駆けていく。
純粋な魔力強化によるスピードを上乗せした切り伏せ。
単純だが、それ故に五大貴族の圧倒的な魔力量で繰り出されれば、それは十分すぎる程の脅威となる。この圧倒的原初の暴力を前に、精神干渉など意味を為さない。全身に魔力強化を施したことで並みの攻撃などものともしない。
まさに攻防一体。魔力の鎧による必勝の一撃。
たった一撃。
模擬戦用に刃は抜いてあるが、その衝撃は変わらない。
右肩から左の脇腹へ駆けての袈裟斬りを受け━━たとえ剣で受けたとしても━━、演習場を横切り、壁に埋め込まれることになる。
そのはずであった。
おかしい………。
ゼニスとの距離が一向に縮まらない。
それどころか、私は試合開始時の立ち位置から動いてすら居なかった。
状況が把握できない。訳が分からない。
四肢に籠めたはずの魔力が急速に凪いでいくのを感じ、自分の身体が自分のものではないような感覚に襲われた。
突如目の前に影が広がる。眼前に剣が迫っている。あの安っぽい量産剣だ。
ゼニスが攻撃を仕掛けている。
なぜだ?
攻撃を仕掛けたのは私の筈ではなかったのか!?
なぜ私の身体は動かないのだ!?
そして━━━
迫る剣影が━━━
私の頭を━━━
━━━コツンと撫でた。
それまでの勢いを殺された剣が私の頭に触れる。
それがゼニスによる加減であり、模擬戦の敗北であることに気づいたのは少し遅れてからだ。
それまで聞こえなかったかのようにざわめく声が耳に入ってくる。
周囲を囲む野次馬どもの声……。ここが演習場であり、これが模擬戦であり……。
断片的な思考が繋がり、ようやく敗北したことに気が付いたのだ。
しかし、まだ完全には整理できていないのか敗北に対する感情は湧いて来ず、純粋な事実として敗北を認識しただけであった。
続いてやって来たのは酷い不快感だ。
何かがズボンの内側を濡らしている。内腿を伝い足元にポタポタと跡を作っている。
しかもその勢いは徐々に強くなっていき、遂には小さな水溜まりが形成されつつあった。
それが何であるか気づくのに、たいして時間は要らなかった。
「ダメ!止まって!!」
止まらない。
私の必死の叫びなどまるで聞こえなかったかのように、あざ笑うように、その勢いは増していく。
頭の中はこんなにも冷静なのに身体は言うことを聞かない。
それどころか緊張から解き放たれたことを喜ぶかのように、小さな快楽が身体を巡り始めてすらいた。
「おい、あれって…」
「あぁ、レティシア様ですら逃れられないのか…」
観客のざわめきが大きくなる。私の醜態に気づき始めたのだ。
「いやぁ…見るな……み、見ないでくれ……」
自分でも驚く程小さな声しか出ない。
襲い来る羞恥と快楽に顔が熱を帯びていくのが分かる。
この間も必死に止めようとするのだが、その勢いは音すら立てる程であり、水溜まりは未だ広がり続けていた。
遂に私はどうすることもできず、集った野次馬と既に剣を納め静かに佇むゼニスに見守られながら、力なくその場に座り込むのであった。
◆◇◆
「おい、見ろよあれ。失禁のゼニスだ」
この二つ名は不名誉極まりないので好きではない。字面だけ見れば俺が失禁するみたいではないか。とは言え、やっている事は衆人環視の中で相手を失禁させるという最低変態行為に違いないのだから甘んじて受け入れていた。
そして、今日もまた一人。
あぁ……、この変態能力の犠牲になる女性がまた一人、憤怒の表情でこちらを睨んでいる。
レティシア・ルイン・エレガント。
五大貴族が一つ、エレガント家の次女。
入学初日にこんな大物に模擬戦をふっかけられる覚えなどない、と本来は言いたいが、実際は覚えが有り余っていた。
入学試験で戦ったあの子のお姉さんだろうな………。
そりゃ大貴族であればある程、身内が木端の一代魔法士にお漏らしさせられたとあらば御礼参りは必須だろう。
むしろ、生徒間の模擬戦という形で済ませてくれるのは温情とすら言えた。
生来の感覚であれば、ここは甘んじて折檻を受け入れるところである。
入学試験の一幕で既に俺の学園生活は存亡の危機に瀕しており、追加で大貴族の令嬢をお漏らしさせようものなら無事に卒業……いや、無事に一学期を終えられるかも怪しい。
だから負けるべきなのだ。
なのだが…………。
朗らかに笑う老人の姿が頭をよぎる。
おそらく神様と思われるその老人は眩い光に包まれており、本当に朗らかな笑みであったかは今思うと疑問だ。
なにせ彼が発した言葉は到底朗らかにはほど遠い下卑た内容だったからだ。
「ワシ、女の子がお漏らしする姿が好きなんじゃ。女の子が必死におしっこ我慢する姿が好きなんじゃ」
そうして与えられたこの能力は恩恵ではなく呪いだった。
前世でも今世でも決してお漏らしフェチではない。NGというわけではないが、少なくともその方向性に尖った嗜好ではない。
であるというのに、今俺は目の前の女性を公衆の面前で辱めようとしている。俺の意思とは裏腹に身体が動き、女性の尊厳を傷つけてしまうのだ。
せっかく与えた能力も使われなければ変態神お望みのシチュエーションは生まれない。そのため、能力と一緒に俺の身体に変な呪いを植え付けたに違いない。
湧き上がるお漏らしへの情動に理由を付けるには、これ以外思いつかなかった。
散々言い訳をしたが、誰も神の咎を責めてはくれない。その罪は全て俺に降りかかる。どう足掻いても俺は失禁の二つ名を免れない。
目の前の彼女に心の中で謝罪し剣を構える。俺にできるのは全力で相手をするだけだ。
作戦はシンプルに、相手が失禁する際の隙を突いての短期決戦。
故に突撃。
見れば彼女も突撃を敢行する様子だ。
「試合開始!」
合図と同時に能力を発動させた。
彼女は動かない。否、動けない。頭は動こうとしても身体は放尿しようとしているからだ。困惑の表情が見て取れた。
ポタ………
彼女の内側から漏れ出た雫が隙間から垂れ、闘技場のタイルに染みを作った。俺はもはや当てる気もない剣を振りかぶりながらその様子を眺めていた。
剣を軽く頭に当てるが彼女は呆然としたままだ。
ポタ……ポタタ………
水滴が零れ落ちる間隔が短くなっていくと、彼女も自らの異変に気付き視線が足元に移る。
「ダメ!止まって!」
彼女の必死の叫びが演習場をこだました。
その声も虚しく水溜まりは徐々に広がっていく。もはや滴るという勢いではない。元気良く放たれるそれは、脚を伝うことすらせず音を立てながら落下し始める。
彼女は咄嗟に内股になるが、勢いを殺すにはまるで意味がなかった。露出した太ももに幾重もの筋が這う。
こうなると観客の目にも彼女を襲った異変に気づく。そして彼女もまた、気付かれたことに気付いた。
「いやぁ…見るな……み、見ないでくれ……」
消え入るような声で抵抗するも効果はない。顔を真っ赤に染め、ガクガクと脚を痙攣させながら両手で必死に抑えようとするが依然として無意味であり、遂には力なくうずくまってしまった。
俺はその様子を目に焼き付ける。これは俺の罪なのだ。一人の女性を衆人環視の中で辱めた。その罪から目を逸らしてはいけない。
重ねて言うが決して下心あっての行動ではない。下腹部が熱くなっているのは生理現象だ。
模擬戦と言えど、お互いに剣を交え、命のやり取りをしたのだ。戦闘の興奮でおっ勃つのも仕方のないことなのだ。
彼女の取り巻きと思われる女子生徒が肩を抱き寄せて演習場から連れ出すその時まで、俺は居たたまれない空気の中で立ち尽くしていた。