失禁ゼニスの黄金譚:変態能力における青春と倒錯的情動 作:マグルマン
◆◇◆
周囲の視線が痛い……。
道行く人、すれ違う人、立ち止まり何やら会話をする人。その全てが俺のことを見ているかのような錯覚に襲われる。これは自意識過剰でも何でもなく事実だと思われた。
俺と視線を合わせると失禁させられる、というのが彼らの中でまことしやか噂されており、こちらの姿を見つけるや否や一様に顔を逸らし去っていく。
そのくせ通り過ぎると俺の背中に向け、「あれが…」とか「噂の…」とかヒソヒソと喋りだすのだからタチが悪い。
入学初日、つまり三日前の出来事であるが、レティシア・ルイン・エレガントとの模擬戦の話は既に学園中の者が知るところであり、転じて入学試験を含む過去の悪行まで掘り返されている始末。
そこに加え、ベアトリーチェ兄妹との件。
ゼニス・アーデなる狂犬はアルバート様自らの派閥勧誘を無碍にしたばかりでなく、妹のリリアーノ様を辱めた、というのがもっぱらの噂であった。
密室の出来事を知るのはあの場に居た三人だけであり、その噂は何の根拠もない邪推なのだが、困ったことにリリアーノ様を失禁させたのは紛れのない事実である。
下手に火消しに動くと事態を悪化させかねないと判断したのか、ベアトリーチェ兄妹からのアクションは何もなく、俺も静観の構えに決めた。
入学初日に五大貴族の令嬢を二人も毒牙にかけた。
静観の結果が、そんな人間性としても派閥闘争としても危険きわまりない人物評である。
以後、他派閥からの勧誘もなければ、テンプレ的お貴族様の「平民風情がっ!!」との誹りも受けず、ただひたすらに孤独であった。
魔法士は貴族であり、ここは魔法学園。生徒は全て貴族の出身だ。自身の派閥を思えば、軽々に接触などできまい。
むしろ、そんな立場の人間に接触したがる者が居たならば、それは変態か変人のどちらか。
しかし、変態・変人とは案外どこにでも居るものなのだ。
「君がゼニス・アーデだろ?『失禁』の」
そう声をかけてきたのは紛れもない変人。
微妙な立場である俺に声をかけて来たから変人なのではない。格好からして変人なのだ。
瓶の底を切り取ったかのような分厚い丸メガネに加え、ボサボサの髪が顔の半分以上を覆っており人相は伺えない。
学園指定の制服を着ていることから生徒。スカートを履いていることから女子生徒であることが分かる。
というか制服を着ていなければ迷子の子供かと思うほど身長が低い。
そんな生徒の証である制服の上に白衣を羽織っている。所々擦り切れ、ほつれ、シワも目立ち、年季を感じさせる逸品なのだが、これがまたあまりにもサイズが合っていない。
謂わゆる萌え袖状態になっており、肘に当たる箇所に手があるため、余った袖を地面に付けないよう腕を胸の前に掲げている。
その姿はさながら出来の悪いお化けであった。
貴族家の子息令嬢しか居ないこの学園において、身だしなみとは文字通り嗜みである。
入学して日は浅くとも、各人が家名を背負い、その外見に並々ならぬ注意を払っていることはすぐに分かった。
転じて、目の前の幽鬼同然の格好をした人物は貴族社会の爪弾きものだと推察させられた。
それを裏付けるように、遠目からこちらを伺っていた生徒たちの輪がさらに広がった。関わり合いたくない、と言わんばかりの様子は元々だが、彼女が来てからは最早巻き込まれないように、と危険から避けるような仕草だ。
関わってはいけないタイプ……。
己の直感はそう叫んでいる。
しかし悲しいかな。
この三日間、誰一人として声をかけてくる者はおらず、陰口ばかり叩かれる日々。
こちらから声をかけても皆顔を背け、なるだけ早く視界から消えようと無視される日々。
(もしや卒業までずっとこの調子なのでは?)
そんな不安が頭をもたげ、ささくれ立つ日々に、突如差し込んだ一筋の光を一体誰が無視できようか。
「如何にも。私が『失禁』のゼニスです」
屹然とした態度で答える。
内心は、未だ納得のいかぬ二つ名を自ら名乗ってしまうほど歓喜に溢れていた。
今この瞬間においては目の前の人物を連れてきてくれた縁として感謝したい気分ですらある。
そんな俺の言葉を聞き、彼女も喜びの声を上げる。
「おぉ~!!この数日間君を探し回ったよ!!君の話を耳にした時からずっと会えないかと心待ちにしていたんだ!!いやぁ、素晴らしい!!」
彼女は捲し立てるように言うと俺の手を両手で握りしめブンブンと振るう。萌え袖越しだったので余った袖が宙を踊った。
その興奮具合に引きつつも、込み上げる嬉しさは抑えられず、こちらも負けじと腕を振る。
しばし二人の奇妙な共振が続くと、彼女は思い出したように口を開く。
「おっと!名前も名乗らず失礼した。私はスカラ・エクレールと言う者だ。この学園の3年で君の先輩だがスカラでいいよ」
エクレール家……。聞いたことはない。
つまり五大貴族ではない。その事実に安堵する。
「承知です、スカラさん!……それで、私に何かご用でしょうか?」
「そうそうそう!君にお願いしたいことがあってね!!」
彼女の握る手に力が籠る。
風がフッと伸び放題の前髪を巻き上げ、その分厚い丸メガネの奥を露わにした。
身体の小ささもさることながら顔も負けず劣らずの童顔であり、あどけない雰囲気さえ感じられる。その澄んだ瞳は本当に子供のように輝きこちらを真っ直ぐに見つめている。
「いや何、簡単なことさ。ほんのちょっと私の実験に付き合ってもらうだけだからね!」
彼女の「実験』という言葉に、遠目から様子を伺っていた生徒の誰かが「ヒッ!」と短く悲鳴をあげた。
その二文字が放つ不穏な雰囲気は当然感じとっていたが、人との関わり合いに飢えた俺が断ることなど出来ようもなかった。
◆◇◆
スカラはその近寄り難い見た目とは裏腹に話上手の聞き上手であり、彼女の研究室を目指す道中ですっかり俺の過去を話してしまうこととなった。
「それじゃあこの学園に来るまでの間、どこかの貴族家に引き取られていたとかそういった訳ではないのだね?」
「はい、私自身魔法が使えると意識し始めたのが割と最近でして。なので学園に来るまではずっと孤児院で暮らしていました」
「ふむ………。では『相手を失禁させる』という力も使えるようになったのは最近なのかい?」
「いえ、その力だけは幼い頃から無意識的に使っていたようなんです。それでも最初は自分がやったとは思えなかったですし、自覚が出てからも魔法とは別種の何か不思議な力なのだと思ってましたから」
そのまま続けて、とスカラが首肯で促す。
「あれは9歳くらいの頃でしょうか…。近所の悪童が私ら孤児を虐めるので皆で抵抗していたのです。相手は貴族の子のようで魔力に物を言わせて向かってくるのでボロボロになりながら凌いでいました。ですがある日、その悪童がお漏らしをしまして。その日以来、悪童はいじめに来ては漏らし、漏らしては帰りを繰り返すようになったのです。初めは偶然と思っていたのですが、その悪童が漏らすのは決まって私と取っ組み合っている時でした。そこから、私も意識し始めて、遂には自在に相手を漏らすに至ったのです」
懐かしい記憶。あの無邪気な悪童との激闘がフラッシュバックする。
それは俺が前世の記憶、ひいては変態神とのやり取りを思い出した瞬間でもあった。
「今は16歳だっけか?そうなると中々年季の入ったものだな」
「そうでもないですよ、別に誰彼構わず失禁させている訳ではないんですから」
彼女は「それもそうだな」と小さく笑う。
会話の話題が下品なことと周囲からの蔑みの視線に目を瞑れば実に素敵な学園生活の一コマであった。
俺とスカラの歩みはモーゼの海割りがごとく一本の道を作り、誰に止められることもなく目的地まで他愛のない談笑が続いた。
◆◇◆
学園の南西の端にこぢんまりと建てられた家屋。それがスカラの研究所らしい。
周囲に建物はなく、専用の敷地があてがわれたように、巻き込まれるのを防ぐようにポツンと立っている。
案内されるまま中に入ると見事な汚部屋が目に飛び込んでくる。
見たこともない器具、素材、作りかけの何か、失敗作と思われる何か、が少しも管理されることなく乱雑に無秩序に折り重なり合っている。
入り口付近は辛うじて立つ場所があるレベルだが、奥の方などは目も当てられない惨状が広がっていた。
「あぁ、我ながら汚い部屋だ。あれはどこに置いたか……。探すのも一苦労だな……。まぁ君は適当に座っていたまえ」
言われるがまま壁近くの椅子に腰掛ける。スカラはこちらに背を向けると床に散らばった器具やら材料に手を突っ込み何やら探し始める。
「ところで何の実験をするんですか?」
今更ながら分かりきった質問をした。
スカラは物探しをしつつ背中越しに返答を返す。
「無論、その力を観察したい。何代にも渡って力を練り上げてきた家系が固有の魔法を持つのはもはや常識だが、平民出身の魔法士がそのような魔法を持つことは稀だ。その場合も所詮は一代限りのためか大した効果ではないのが通例だ。しかし君は五大貴族の、その干渉防御をものともせず見事失禁させたと聞いた。非常に興味深い」
「………つまり貴方を失禁させればいいので?」
「あぁ、済まない脱線していたね。要はそういうことだ」
そう言いながらこちらに向き直ったスカラは大きなビーカーと謎の装置を手に携えている。
そのままこちらに寄ってくると足でぞんざいにスペースを作り、そこにビーカーを置く。謎の装置は俺に渡された。
「これは?」
「最近作った物でな。埋め込まれた魔石に景色を保存しておけるものだ。魔力を注ぎ続けなければダメだから君はそれを私に向けておいてくれ」
つまりはカメラか。
どうやら俺の役目はお漏らしの様子を記録することらしい。
随分とマニアックなプレイになってしまったが天上におわす変態神は相当満足しているに違いない。
俺は力強く頷くと装置の目に当たる部分を彼女に向ける。
魔力を籠めると中央の魔石が仄かに光り、正常に動作しているようであった。
「ちなみになんだが…、君の力というのは視界に入っていないといけないのか?噂では目を合わせないといけないとも聞くが」
「確かに視界には入っていないといけないですが、別に目を合わせる必要はないですよ」
「そうか……、では…合図をしたら頼む」
何やら言い辛そうに呟くとスカートに手を当て上目遣いでこちらを見た。
「……一つ分かってほしいのだが、私とて恥を感じるのだ。だから、しばし目を瞑っていてくれるとありがたい…」
素直に従う。
それを確認するかのような間が空いたのち、スルスルと布の擦れる音がした。
その衣擦れが何を意味するのかは容易に推察できる。
「準備いいぞ、では頼む」
彼女から合図が出たので目を開けた。
見ればスカラはビーカーにまたがる形──所謂和式便所スタイル──で準備を終えていた。その顔はわずかに赤く、スカートの端をギュっと握って可能な限り引き延ばすことでその奥が少しでも隠れるように抵抗していた。
スカラの見た目の幼さも相まって絵面がかなりヤバイ。
それまで謎の変人としか思っていなかったスカラの女性然とした恥じらいを見せつけられ、こちらも顔が赤くなる。
お互いに赤面し気恥ずかしい空気が流れる。
「も、もういいぞ!!一思いにやってくれ!!」
とうとう耐えきれなくなったスカラが声を張り上げ、それに弾かれるように俺も力を発動させた。
彼女の口の端がギュっと結ばれ、問題なく力が発動したことが伺えたが彼女と目が合ってしまったので慌てて逸らす。
「……………んっ………ふぅ……」
小さく漏れ出た吐息の音が静かすぎる部屋の中で妙に大きく聞こえた。
その吐息は幼い見た目の彼女から発せられるにはあまりにも艶めかしい。声を我慢しようとしたのが余計に淫猥さを加速させていた。
「…んっ…ふぅ…ふぅ………はぁ……」
漏れ出る吐息は徐々にペースを上げ、そこに交わるように水音が耳に届く。
「トン、トン、トン」とビーカーの底を叩くような音。それはすぐさま「トトン」という音に変わり、続けて「トトトト」に変わった。
「んんっ……ふぅ~!!ふぅ~!!…………で……る…」
スカラは荒い呼吸を何とか整えようと努めたがそれは叶わず、身体を大きく震わせ遂に───
ジョアァァァァァ───────────!!
決壊した。
彼女の悶える声と、ビーカーに強く打ち付けられた小水の音が部屋の中に響く。
「ん゛ん゛っ……んふぅっ……はぁっ……はぁっ……!くうぅぅぅっ!!」
ジョオォォォォ───────────!!
その勢いは止まることなくビーカーを徐々に満たしていった。
容器にあたって砕ける音に混じり、コップに水が注がれるように「トプトプトプ」と音が頂上に近づいている。
十分に大きさがあったはずのビーカーもあっという間に限界が近づいていた。
「……っ!!き、きみ゛っ!!ん゛っ…ビーカーが、その…溢れそうで…すまないが…あぅ!……代わりの器を…!!」
スカラは容器から溢さないよう体制を整えるのに必死のようであった。片手を足の横に置いて重心を預けることで何とか崩れ落ちないように耐えていた。
俺は彼女の要請に従い、魔石カメラを放り投げ大慌てで手近にあった容器を手に彼女の元へ駆け寄ると、スカートをめくり器の口を直接あてがう。
下に置かれた容器は既になみなみと黄金の水を湛えており、こぼさずに動かすことは不可能に思われたため苦肉の策であった。
スカートをめくられた彼女は驚愕から身体を震わせそうになるも寸前のところで堪える。
チョボボボボ……
空の器は頼もしげに受け止めてくれた。
スカラは体勢を保つことすら困難なようで、両手を俺の肩に置き、胸に頭を預けるようにもたれかかっている。胸に当たる彼女の熱を服越しに感じる。
俯いた彼女の表情は見えなかったが耳は真っ赤であった。
チョロロロロ……
「…………………」
スカラは全てを出し切るまで一言も喋らず、容器に満たされていく音だけが静かな部屋の中を支配していた。