失禁ゼニスの黄金譚:変態能力における青春と倒錯的情動   作:マグルマン

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第4話:安寧と授業と無垢

◆◇◆

 

 

 あれ以来、俺はスカラの研究所に入り浸るようになった。

 

 映像やら採取した尿を分析するから結果はまだ先、とスカラは言う。

 その結果を待つという建前のもと、日がな一日中研究所でだらっと過ごし、日が沈めば寮に帰る。その往復の日々である。

 

 この研究所に出入りする人間はスカラただ一人であり、他の生徒など建物はおろか周囲に近づくことすら嫌っている。

 わざとらしく顔を背ける者も居なければヒソヒソと陰口を叩く者も居ない。

 この学園で唯一俺が人目を気にせず寛げる空間であった。

 

 

 

 スカラはと言うと基本的には黙々と──あの実験の記録映像を見た際は「うぅ~」とか「あぁ~」とか唸っていたが──研究を行っている。

 当初懸念された危険な研究の実験台にされたり、怪しげな薬を飲まされたりといったことはなかった。

 俺からしてみれば何故スカラが他の生徒から煙たがられているのか全くの謎である。

 

 

 

「君、ずっとここに居るのは構わないが授業はいいのかい?」

 

 研究の邪魔にならぬよう俺から話しかけることはしない。が、こうして時折、思い出したようにスカラが口を開く。

 

「今はまだ選択期間ですから必ず出席しないといけないものはないんですよ」

 

「どれを受講するか色々見て回った方が良いと思うがね……」

 

「スカラさんこそ授業も受けず研究してばかりじゃないですか」

 

「私はいいんだ、私はな。優秀だからな。1年次の後期には卒業に必要な単位を全て取ったからな」

 

 自慢するでもなくサラッとそんなことを言われ思わず黙ってしまう。

 

「まぁいい……。ところで君、多少は貴族としての心構えを持った方が良いぞ。ここには私の目しかなくとも外は違う。そんな格好では舐められるぞ」

 

 ボサボサ髪にボロボロでダボダボの白衣を着た人間に言われたくない。

 心の中でそう抗議をするも、あっさり見透かされた。

 

「私はいいんだ、私はな……」

 

 そう言いながらスカラは見かねたように近づいてくると俺の頭を撫でた。

 

「君の部屋に鏡はないのかね。酷い寝癖だ。どんな寝方をすればこんな特大の寝癖ができるのかいっそ観察していたい程だ」

 

 俺の頭に手を置き、はねっ毛を潰すように何度か手を動かす。

 

 

 

 スカラは孤児院の経営者にして育ての親であるマザーと雰囲気が似ていた。

 体格や顔、声、どれを取っても重なる部分はない。しかし、あの呆れ混じりでありながらも諭すように語りかける口調は実にマザーであった。

 また、「私は気にしないけど周りが気にするからちゃんとしましょうね」と味方してくれる点が実に嬉しい。

 

 彼女は何度試しても治らない寝ぐせに見切りをつけ、間抜けな恰好の俺を改めて観察すると呆れたように笑った。

 

 

 

「まぁいい……。少し早いがお昼にしようか。今日は外に食べに行こう。学園の外だが良いお店を見つけたからね」

 

「いいですね!」

 

 元気よく応じるもスカラが目線で制する。

 

「昼食後はそのまま授業に出るんだ、いいね?今日なら『現代魔法学』が午後イチであるはずだ。あれは中々良い授業だった。必ず受けるように」

 

「………………」

 

「い・い・ね?」

 

「…………はい」

 

 打って変わってトーンの落ちた渋々の返事を聞きスカラはまた呆れたように笑った。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 西棟の二階、中央広場寄りの部屋。

 『現代魔法学』の教室の扉を開ける。

 

 俺を取り巻く環境は数日程度ではさしたる変化もなく、中に居た人間は新たな受講者の姿を視界の端に認めると一斉に口を閉じた。

 扉を開ける前の━━昼食を食べ終わり、しばし友人と語らう呑気でご機嫌な━━雰囲気は水を打ったように静まり返る。

 

 俺はその中を縮こまりながら歩き、周囲に誰も居ない最も奥の、最も端の席に座る。

 しかし、危険人物と目されている人間に背後を取られた彼らはそれまでの空気に戻ることなく、居心地悪そうにしたままであった。

 

 

 

 居心地の悪さはこちらとて同じだ。

 

 とは言っても、今更席を変えるのも躊躇われるし、「みんな気にしないで!」と言ったところでどのような反応が返ってくるかは火を見るよりも明らかである。

 

 仕方なく俺は前世の記憶に従うことにした。

 

 机に突っ伏して寝たふりである。

 視界を遮断し周囲の一切を知らんぷりすることで、「みんな気にしないで!」を対外的にアピールするのだ。

 更に、距離を取っているのは自分の方だと内心を誤魔化すことで、この居心地の悪さも幾分か紛れる気がした。

 

 

 

 取り残された聴覚が窓の外の、昼休みを堪能する生徒たちの活気を拾い、より一層教室内の静寂が浮き彫りとなる。

 

 

 

 それから数分後───。

 

 扉が開かれる音。続いて一名分の足音が中に入ってくるのが聞こえる。

 授業の開始にはまだ早い。生徒だろうか……。

 

 足音は教室の中程で一度止まると、どこに座ろうか迷うように数歩たたらを踏んだ後、子気味良い音を立てながら室内を移動した。

 

 

 コツッ……コツッ……コツッ……。

 

 

 静かすぎる教室に靴音が響く。

  

 

 コツッ……コツッ……コツッ……。

 

 

 これ近付いてきていないか?

 

 

 

 そう考えているうちにも靴音は距離を詰めてきており、遂には俺の真横で止まった。

 

 

 

「あの~……、ゼニス君……ですよね?」

 

 

 

 恐る恐るといった様子で声を掛けられる。

 名前まで呼ばれてしまっては観念するしかない。顔を上げる。

 

 所々快活に跳ねる燃えるような赤い髪を垂らしながら、寝たふりの俺の顔を覗き込むように身を屈める少女。

 入学試験の模擬戦で俺が辱めた少女、アイナ・レイナ・エレガントであった。

 

 

 

 

 

 

「良かった!人違いだったらどうしようかと!入学試験以来ですね!!」

 

 屈託のない笑顔が暖かな陽ざしを受けより一層眩い輝きを放つ。

 それは企みや(はかりごと)とは無縁の純粋さが滲み出ており、却って困惑してしまう。

 

 そもそも彼女は五大貴族の人間である。

 派閥の長たる彼らは学園を歩く際、同派閥の人間を何人も連れて歩く姿がお馴染みの光景となっている。おかげで学園内で彼らを避けることは容易なのだが……。

 それはアイナ・レイナ・エレガントも例外ではないはずだ。一学年のエレガント派閥からしてみればヒエラルキーの頂点なのだ。

 

 間違っても一人でフラッと授業を受けに来たりはしない。  

 ましてや話しかけたのは己を辱めた下賤な一代魔法士である。

 そんな相手にこうも純粋な笑顔で接することが出来るだろうか?その意図は何だろうか?

 

 何も言えないでいる俺を置いて彼女はニコニコしながら隣の席に座る──1列5席であるにも関わらず──と、律儀にも身体をこちらに向けペコリと頭を倒した。

 

「改めましてアイナと言います!アイナ・レイナ・エレガントです!」

 

「…………ゼニス…アーデ…です……」

 

「??………あっ!!もしかして覚えてないんですか!?入学試験の!模擬戦の!」

 

 もちろん覚えている。

 固まっているのはそのためではないのだが、とりあえず曖昧に頷くと彼女は満足したようであった。

 

「その…すごいな!!って思ったんです。一代魔法士の方でもこんな強い人がいるんだな~って!私何も分からないまま負けちゃって…、頭真っ白になっちゃって……、気付いたら家に居て、それで思わず泣いちゃいました……。でも前を向かないとって思って!!だから、その……何が言いたいかって言うと、同級生ですしこれから仲良くしてくれたら嬉しいなってことです!!」

 

 差し出された手を慎重に握り返すと、もう一段上があったのかと思うほどの大輪の如き笑顔が咲き誇る。

 

「ありがとうございます!!それにしても、お姉ちゃんにも模擬戦で勝ったんですよね!!すごいです!!私まだ一回も勝った事なくて……。あっ!お姉ちゃんっていうのはレティシアお姉さまのことなんですけど」

 

 感激したように目を見開いたり、しょげかえるように伏せたり…。

 表情がコロコロ変わる様は人懐っこい子犬を連想させる。何故話しかけてきたのか、といった警戒心はこの無邪気さの前では無意味だった。

 教室中の生徒がこの会話に耳を傾けており、依然居心地の悪い状況ではなかったなら俺も楽しくお喋りに興じれただろう。

 そんな空気感に気付いていないのか気にしていないのか、目の前の少女は変わらぬ勢いで喋り続ける。

 

「でも本当にすごいです!!レティシアお姉さまは一番上のエレノアお姉さまにも負けないんですよ!!一体どうやって勝ったんですか!?レティシアお姉さまったら貴方と模擬戦することも教えてくれなかったですし、どんな戦いだったか聞いても誰も教えてくれないんです……。やっぱりお姉ちゃんも悔しくて話したくないのかな……」

 

 心底不思議そうに訊ねられ、俺を含めた教室の空気がひりつく。

 

 あなたのお姉さんを衆人環視の中でお漏らしさせて倒しました、とでも言えば良いのか!?

 そもそも、自分も同じ目に遭ったはずではないのか!?

 

 それまで一人で喋りまくっていた彼女は「ボールはそっち」と言わんばかりにジッと返事が来るのを待っている。

 

「………………」

 

「……………?」

 

 見つめ合うこと数秒。

 

 無垢な瞳が俺を見つめて離さない。

 俺は今更ながら、彼女の姉の気持ちを理解した。

 

 恐ろしいことではあるが、これまでの反応を見るに、彼女は今見つめている男がどれほど卑劣な力を持っているか知らず、自分がどのように負けたかを知らない。

 レティシア様はこの穢れなき眼に少しでも淀みが混じるのを危惧し、自身が挑んだ仇討ちも、その顛末すら隠している。

 五大貴族で最も影響力のあるエレガント家、その次女の姉妹愛に学園中の人間が加担している。

 

 そんなことがあり得るのか疑問ではあるがそれ以外考えられない。

 

 

 

「……えっと、実は俺も戦った時のことはあんまり覚えてないんだよ。だから、何で勝ったとかはわからないんだ……」

 

 ならば俺も。

 エレガント家の強権でひた隠しにされた事実を自ら掘り返すような真似、とてもじゃないが出来ない。

 

「そう……なんですか?」

 

「そうそう!いやホント無我の境地っていうか……」

 

「なるほど!!師匠も言ってました!!達人の領域に至ると思考より先に身体が動くって。少し違う…?ともかくゼニス君やっぱすごいですね!!」

 

 苦しい言い訳に彼女が納得したかは分からないが、なんだかニコニコしてるので多分大丈夫だろう。

 だが、彼女を騙し誤魔化しを真正面から称賛され胸が痛い。

 確かに身体は勝手に動いたが、それはお漏らしフェチ神の呪いのせいだ。でなければ俺はお漏らしの達人になってしまう。

 

 

 

 そんなくだらないことを考えていると、午後の開始を告げる鐘の音が鳴る。

 

「あっ!授業始まっちゃいますね!!続きは授業の後で……」

 

 彼女は声を潜めるように耳元で囁くと身体を正面に向き直し、授業を受ける準備を始めた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「━━━━現代魔法学を学ぶにあたってまず一番に考えなくてはならないのは、どこまでが現代魔法か?ということだ。我々と魔法との付き合いはおよそ300年に渡る。『()()魔法学』とはこの300年の歴史そのものと言える。『過去を顧みぬ者に未来はない』。諸君にはこの言葉をよくよく胸に刻んだ上でこの授業を受けてもらいたい。さて、分かりやすい例を挙げよう。たとえば五大貴族が持つような血統魔法は炎や風を操る。これは自然由来の原始的な力だ。一方で現代魔法に代表にされる歯車魔法は━━━━━━」

 

 

 

 授業が始まって数分。

 

 まるで内容が入ってこない…。

 

 『現代魔法学』の授業はひたすら話を聞くだけであり、生徒の反応などまるで意に返さない儀式的な何かと成り果てていた。

 これを良い授業と言い放ったスカラはやはり変人なのだろう。

 

 

 

「━━━━歯車という概念は人類の発明だ。つまり人間社会由来と言える。これは非常に面白い。魔法も人類の発展に寄り添っているのだ、と。血統魔法の歴史を追うことで今後の人類史を見通せると私は考えている。何十年、何百年後か分からないが魔法と科学によるブレイクスルーが起こるだろう。技術革命だ。現在の貴族と平民という社会構造すら壊してしまうかもしれない。………今のは『現代魔法学』の一説に過ぎない。決してこの学園の理事会にティリオン家の三男は現体制に不満ありなどと報告しないように。補足するが現状では━━━━━━」

 

 

 

 瞼が重い。

 

 もはや話を聞くでもなく、目を必死に見開き意識を保つので精一杯だ。

 

 昼食で適度にお腹の膨れた状態に、教授の抑揚を欠いた声が加わり強烈な睡魔を生み出していた。

 

 隣から「寝ちゃダメですよ…」と小さく声が聞こえる。

 

 見ればアイナ様が険しい(かわいい)顔でこちらを見ていた。

 

 

 

 果たして俺の選択は正しかったのだろうか。

 思考がまとまらない。意識が泥のように重い。

 

  

 彼女に真実を告げないことが本当に────

 

 

 ただ未来へ爆弾を残しただけでは──

 

 

 だとしても───

 

 

 俺には──

 

 

 ──

 

 

 

 

 





 沢山の評価、感想、誤字の報告ありがとうございます。非常に励みになります。

 お漏らし描写をノルマにとは考えておりません。
 本話のような回が続くこともありますが、その分面白い内容となるよう努力致しますので今後ともよろしくお願い致します。


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