失禁ゼニスの黄金譚:変態能力における青春と倒錯的情動   作:マグルマン

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第9話:追及と対話と覚醒

◆◇◆

 

 

 瞬間、頭の中が真っ白になった。

 あのおねしょ跡はただのおねしょか偽装されたモノであり、聖水であるはずがないのだ。

 だから光輝くはずもないのだ。

 

 だが、現実はその真逆だった。

 俺の仕業だと糾弾するように爛々と光を発している。

 

「ち、違う……俺じゃない……、本当に俺じゃ……」

 

「見苦しいぞゼニス。これ以上何を証明しろと?」

 

「……そうだ!たまたまポーションか何かをこぼしたんだ!その時の魔力が残ってたんだ!別の……別のシートで試してくれ!!」

 

 白々しいと切り捨てられはしたがあまりの切実さによって嘆願は受理された。2枚、3枚とベッドシーツが運ばれて検査にかけられていく。先ほど同様にじっくりと時間をかけ探るように魔石を押し当てていく。

 

 そして最後はおねしょ跡に残る魔力を受けて光を発した。

 

 もはやこの場で俺の無罪を信じる人間は居なくなった。比較的擁護寄りだったアルバート様は静かに目を瞑ってこれ以上何も言うことはないと示している。

 味方として参戦したはずのスカラですら諦めたように隅の壁にもたれ掛かり事の成り行きを見守っていた。

 

 尚も食い下がる俺にレティシア様が魔石を投げて言う。

 

「気が済むまでやるといい。なんだったら自分で調べても構わない」

 

 傍聴席からの批難が強まる。自らのおねしょ跡が俺の手に委ねられる景色を想像したのだろう。

 

「レティシア様!!犯人はこいつで確定ですわ!!さっさとお裁きを!!」

 

「そうですよ!こいつに調べさせたりなんてしたら何を行い出すか分かったものじゃないですよ!!」

 

 しまいにはやいのやいのと野次が飛び始める始末。

 だが五大貴族の一声を反故にすることは出来なかった。係の者が証拠を運びに部屋を後にする。

 彼女たちの憎悪を帯びた視線が痛い。レティシア様の決定だからと理解はしていても納得はしていないのだ。

 

 ややあって追加のおねしょシーツが俺の前に運び込まれる。このシーツはあの傍聴席に座る誰かの物だ。今運ばれた物が自分の物だと判別出来ないのが却って不安を掻き立てているようであった。いつまで経っても罪を認めようとしない俺への敵愾心。させるがままのレティシア様に対する反発。自分のおねしょ跡が晒される羞恥。

 それらの燻った感情が個々の小さな苛立ちとして発露し、同じ境遇の仲間を得て増幅されていく。

 

 そんな女生徒たちの内心を考えつつも一心不乱におねしょの痕跡を探る。

 

 一枚でもいい!!

 

 神よ、一枚でもいいから俺がやってないと言い切れるおねしょ跡を!!

 

 

 

◆◇◆

 

「まだ気が済まないのか?ゼニス、もういいだろう」

 

 なんて滑稽だろうか。

 思えば神頼みなんて何の意味もなかったのだ。

 俺がこんな状況に立たされているのはお漏らしフェチの神が原因と言えるのだから。

 

 部屋の隅にうず高く積み上げられたベッドシーツは20を超えている。その全てから魔力が検出されたとあっては、さしもの俺もこれ以上おねしょ跡を探るのは無駄だと悟る。

 

 では本当に俺がやったのか?

 

 何か……何かないのか……。

 

「そうだ!お、俺は嵌められたんだ!誰かがポーションでおねしょ跡に見せかけるように……でないとおかしい!!」

 

「『失禁』によって尿が魔力を帯びるという事実はスカラ・エクレールにより今日この場で知らされた事実だ。もちろん他の人間が独自に調べていた可能性も0ではないがそんな奇特な人間はまぁ居ないだろう。なにせ本人すら今まで知らなかったようだしな」

 

「だからって、俺は本当に…本当に…」

 

 先の言葉が出てこない。レティシア様の言葉は至極真っ当だ。

 そもそも『失禁』によるお漏らしが魔力を帯びた尿を生成するという特異で稀有な力だからこそ、おねしょ跡からの魔力有無が無実を証明する鍵となり得たのだ。

 裏を返せば俺の罪を確定付ける証拠にもなるわけで、実際これを覆す反論は何も思いつかなかった。

 

「認めるな?ゼニス・アーデ」

 

 もはや呆れ口調のレティシア様は最後に俺からの自白を以てこの事件を終わらせようとしている。

 

 認めたら楽になるのだろうか。

 キリキリと刺す胃の痛みも居心地最悪の学園生活も変態のレッテルも。

 

「……………俺は」

 

 認めたくない。

 

「……」

 

 だけど、どうすればいいのだろうか。俺には分からない。

 

「……俺は……」

 

「なんだ?」

 

「……俺はやってない」

 

 絞り出した言葉はこれだった。今日で何度言ったかも分からないあまりにも稚拙すぎる言葉。

 

 

 

 それが契機であったように。

 

「いい加減にしろッ!!」

 

 誰かの叫び声といくつかの悲鳴。それと真っ赤な光が俺を覆った。

 

 

 

 

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◆◇◆

 

 

 目が覚めたら何もない空間。

 天と地の境すら判別できない━━そもそも天地があるのかすら疑わしい━━光景は明らかに夢の中であり、「目が覚めた」という表現は不適切だったかもしれない。しかし意識は妙にはっきりしているのだからやはり「目が覚めた」と言う以外は思いつかなかった。

 

「俺は……確か………」

 

 査問会の場で次々とおねしょシーツが運ばれ、俺の有罪の証拠が部屋の隅にうずたかく積まれていく。ここに来る前に覚えているのはそんな悪夢の光景。

 あれ自体が長く下らない夢だったのだろうか。ならば今が現実?

 

「ここは夢でもなければ現実でも無い。……いや、夢でもあり現実」

 

 声をかけてきたのは俺だった。

 空間そのものが巨大な鏡であるかのように。そっくりそのまま映し出された自分の姿がいつの間にか目の前に出現している。右手を前に出すと鏡合わせの自分もそれに倣い、鏡面で手と手が重なる。

 

「ここは…?お前は何だ?」

 

「言ったろう?夢でもあり現実だと」

 

 向かい合った口が独りでに言葉を紡ぐ。それに合わせ俺の口も動く。

 

 気味の悪い光景だった。

 

 まるで鏡の中の俺に合わせてこちらが動かされている。そう顔を顰めると、「鏡像はお前だ」と言わんばかりにニヤついた笑顔に修正される。

 

「俺はお前が内に封じ込めた情動。お前が呪いと忌み嫌う、お漏らしへの衝動」

 

 お前は一体……。

 夢の中のはずなのに口の中が乾いて声が出ない。

 冷や汗が頬を伝って零れ落ちた。

 

「お前も感じていたはずだ。力を使う時、女子(おなご)を辱める時、この俺の存在を。腹の底から湧き上がる暗い歓喜を……」

 

 違う。それは俺自身の感情じゃない……。

 

「何を躊躇っている?何を迷っている?お前は俺を受け入れ始めているのに?」

 

 何を言っているかイマイチ頭に入って来ない。

 俺の姿で俺とかお前とか言われてもどちらを指してるのか混乱するからやめて欲しい。

 

「それもそうだな……。何か別の、別の名前を付ける必要がある。曲がりなりにも神代の力なのだから適当な名前では恰好がつかないし……どうしたものか」

 

 俺はそこでようやく理解したのだ。

 目の前の存在はお漏らしフェチ神が植え付けた呪いそのものだと。

 時折生じるお漏らしへの衝動。それがわざわざもう一人の自分として姿を借り、こんな精神世界的空間で呑気に会話しているわけだ。

 

「その通り。改めてご挨拶だ。名前は……お前の名前を文字ってゼウスなんてどうだろうか?」

 

 鏡合わせの右手が握手の形を取り、鏡面で無理やり握手を交わされた。

 

 おしっこフェチの具現化存在がギリシャ神話の最高神を名乗るのは些か不敬であるように思われたが今は置いておく。

 

 それよりも気になること。

 なんだって今更ご対面なのだろうか。話が本当なら今世に生まれた時からの仲のはずだ。

 

「言っただろう?お前は受け入れ始めたのだと。それまで無意識に魔力の大部分を割いてまでして抑えていた俺を意識的に使い始めた。ここ数週間で立て続けにな」

 

 受け入れる?俺が?

 入学してからの諸々はやむを得ない時しか使っていない。

 何より衝動が湧き上がるのはこいつのせいなのに?

 

「違わないね。多少働きかけはしたが最後の一歩はいつもお前だ。それにさっきのは?あの赤髪の女を失禁させるとき自分の意識は全くもって介入していなかったと言い切れるか?」

 

「なぁ?俺を抑えつけて得る物はあったか?我欲に耐え、やむを得ない時だけ力を使っただけのお前は報われたか?疎まれ、蔑まれ、その結果がこれだ」

 

 これ?この空間にいることが?

 

「そう。この状況が全ての結果だ。お前は他者に襲われ心身を侵されている」

 

 この夢に入り込む前の光景がフラッシュバックする。

 怒声と真っ赤な光。我慢の限界に達した女生徒か誰かが魔法を放った。そういうことなのだろう。

 

「お前は査問会で必死に無実を主張したのに犯人と決めつけてあろうことか攻撃をしかけられたんだ。だから俺が出てきた」

 

 俺が襲われたらなんでもう一人の自分と対話する羽目になるんだ?

 向こうはどうなってる?

 俺は無事なのか?

 査問会はどうなった?

 

 疑問は尽きない。

 

 だが対面の口は何も答えなかった。

 こいつはさっきから俺の意識を読んで会話してくるというのに俺からは何も分からない。

 

「んっとそろそろ時間だな。この対話は与太話さ。主導権はもうこっちに移ってるのだから」

 

 そうして話はお終いとばかりに手が叩かれる。景色が黒に染まっていく。

 足元にまで広がった闇は次第に俺を、俺だけを飲み込んでいった。

 

「見せつけてやろうじゃないか。外に出るのは昨日の今日で二回目だが今度は二桁じゃ終わらせないぜ」

 

 

 

 

 

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