鈴木よしお地獄道   作:埴輪庭

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いつものよしお②

 

 少女が生まれ落ちた家は、典型的な貧困家庭だった。

 

 貧困の理由は政治が悪いからではなく、運が悪いからでもなく、少女の両親の頭が悪かったからだ。

 

 貧困の理由は周囲にあると考え、周囲の環境が改善する事を待ち、自身を変えようとしなかったからだ。

 

 計画なしのセックスと計画なしの出産の末、少女は生まれた。

 

 結果はろくなものではない。

 

 まともに食事も取れず、1日の栄養を給食に頼るような日々。

 

 10という年齢まで生きていられたのは奇跡のようなものだった。

 

 まあしかし、その奇跡にしたところで10才までしか続かず、彼女は11になる数日前に死んだ。

 

 死因は病死だ。

 

 何の変哲もない風邪──やや熱は高いが、きちんと処置をすれば死ぬ事はまずない……筈だった。

 

 その日、少女の両親は朝からパチンコにでかけていた。

 

 少女の具合が悪い事は知っていたが、効くか効かないかも定かではない市販の薬を置いて家を空け──

 

 結果として、少女は死んだ。

 

 彼女の最期の言葉は "お母さん" である。

 

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「愛について語っている言葉は古今東西うんざりするほどある。愛は見返りを求めないだとか、愛は苦痛を伴うだとか。トルストイは "愛は惜しみなく与う"と言った。しかしそれに対して、有島武郎は "惜みなく愛は奪う"という評論を出している」

 

 よしおは少女の怨霊の首根っこを掴みながら淡々と語っている。

 

「愛は与えるものではなくて奪うものだと言う有島武郎の言に、僕も賛成だ。なぜなら──」

 

 よしおの指がギチギチと霊体に食い込み、少女は苦悶している。

 

 通常、霊なんてものは触れる事なぞできないがしかし、霊力を纏わせることでそれは可能となる。

 

 ただ、霊力とはすなわち心に通う血のようなものであるため、霊体に触れたりすることで濁る事もある。

 

 血と血が混ざりあえば拒絶反応も出るだろう、最悪廃人になってしまう事もあるのだ。

 

 霊力がない者は存在しないにもかかわらず、いわゆる霊能力者の数が少ないのはそれがためであった。

 

「なぜならァ!!!」

 

 よしおはいきなり叫び、少女霊の顔に向けて自身の顔を近づけていく。

 

「与える愛は犠牲を伴うからだ。与える側は見返りを求めなくとも、そこには確かに何らかの──目に見えない何かの授受が発生している。受け取る側もそれは分かっている。あの人はこんな事をしてくれている、そんな風に認識するだろう」

 

 ガよしおは少女霊にずいずい顔を近づけて──

 

「そんなのフェアじゃないって君は思わないか? 僕はそう思う。そんな関係は長く続かないんだ。愛を受け取る側が気を遣って疲れてしまうだろ? バランスは大事だ、バランスが崩れた関係は長続きしない……だから、与える愛なんてものは不朽のものにはなりえないんだ」

 

 だからね、とよしおは今度は微笑んだ。

 

 口元が弧を描き、目元にも柔らかな皺が刻まれている。

 

「奪うのさ。相手を自分に取り込み、互いに深く結びついていくのが真の愛だ。義務や献身、犠牲といった概念はそこにはないんだ。愛するならば、自然と相手も自分も満たされる──これが僕の考える真実の愛だよ。勿論愛の形はこれだけではないだろう。人それぞれの愛の形があるのだろうね。だから君の愛の形を知りたくて質問をしたんだ」

 

 そういってよしおはゲタゲタと笑い、不意に真顔になってポロポロと涙を流した。

 

「君に触れて分かった。本当にクソみたいな人生だったね。お父さんやお母さんから愛されたかったんだろう? 君も君なりにご両親を愛したようだが……残念だったね……。僕は君に同情する。愛しているのに愛されない苦しみが僕には良く分かる。僕は僕のやり方で礼子を愛したけれど、礼子は僕の愛し方では満足してくれなかった。じゃあなぜ満足できる愛し方を教えてくれないんだろう……これこれこういう風に愛してくれと言われれば、僕だってそうする。なのに、礼子はそうしてくれなかった。嗚呼、僕は礼子が憎い、礼子を奪ったあの男も憎い。でも、彼女に幸せになってほしい、彼女を幸せにしてほしいという気持ちもあるんだ。憎いのに憎み切れていない。僕はそんな自分が一番憎い」

 

 よしおはべらべらとしゃべりながら、少女霊の首を絞める手に力を込めていく。

 

 おぞましいまでの霊力を纏ったグリップは、何人もの無辜の人々を無差別呪殺してきた少女霊といえども外せない。

 

「君に同情はする。でも、報いはうけなければ」

 

 そういってよしおはぐしゃりと少女霊の首を握りつぶした。

 

 すると少女霊の足の先が青白いモヤのようなものへと変じていき、よしおへと吸い込まれていくではないか。

 

「君は、僕の中で生きるんだ。いつかきっと、ご両親に逢わせてあげる。そのときに、君はもう一度彼らに愛を伝えてあげなさい。いつになるかはわからないけれどね。なあに、()()()には色々いるようだから……」

 

 ──きっと寂しくはないだろうさ

 

 少女霊はよしおのどろりと溶けた瞳の中に視た。

 

 腐臭を放つどす黒い大量の泥の中に、老若男女、数多の人々が囚われ、苦悶の表情を浮かべている地獄絵図を。彼らはみな、 "教材" である。様々な形の愛を知りたいと願うよしおに囚われてしまった哀れな──といっても名だたる怨霊、死霊といった連中なのだが──被害者である。

 

「それまでは僕の中で愛を学ぶといい」

 

 少女霊の最後の残滓を吸収しきったよしおは、表情筋をビクビクと震わせながら

 

「礼子、僕は必ず君に逢う。それまでに、よりよい形の愛を見つけなければ……僕の考える真実の愛だけでは足りないかもしれないからね。大丈夫だ、礼子。かならず最高の愛、至高の愛を探して君に伝える。今度は失敗しない、今度は、今度こそは」

 

 そんなトチ狂った事を言って、よしおは部屋を去っていった。

 

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 残されたナオはぶるぶると震えている。

 

 友人を呪い殺した怨霊なんかより、よほど恐ろしいモノを見てしまった気がした。

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