鈴木よしお地獄道   作:埴輪庭

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愛の伝道師⑥

 

 ◆

 

 教団には「お茶会」なるイベントがある。

 

 これは毎週一度行われるもので、まあいってしまえば信者間の交流だ。基本的には「先生」をヨイショしたり、傷をなめ合ったり、そういう精神的自慰をシコシコとやるものだと思えば良い。

 

 だがここ最近、そのお茶会は常のものとは様相が変わっていた。

 

 端的に言えば、鈴木よしおを中心に回転しているのだ。

 

 教団の思想においてお茶の時間の円卓は上座も下座もない平等の場であり、先生の教えだけが天から等しく降り注ぐ──とされている。

 

 しかし──。

 

 ・

 ・

 ・

 

「鈴木さん、聞いてくださいよ」

 

 スーツの中年男が紙コップの麦茶を両手で包みながら切り出した。

 

「面接、行ってきたんです。二次面接」

 

「おお。どうでした?」

 

「通りました」

 

「おめでとうございます」

 

「いや、それが──聞いてください。一次の時にですね、面接官に『仕事以外で学んだ事で最も大切なものは何ですか』って訊かれたんです」

 

「良い質問ですね」

 

「で、鈴木さん。僕ね、つい言っちゃったんです。『愛です! 今私は、愛について学んでいるのです』って」

 

 よしおの目が僅かに見開かれた。

 

「なるほど……言ってしまったのですね」

 

「言っちゃいました」

 

「……面接官の反応はどうでしたか?」

 

「僕の事をじっとみて、それで五秒くらい黙って。それから『おもしろい方ですね』って」

 

「なるほど、その五秒は良い五秒です」

 

「そうなんですか」

 

「ええ。面接官が沈黙する時は二種類あります。呆れて言葉を探している沈黙と、興味を持って咀嚼している沈黙。前者は目が泳ぎます。後者は目が動かない。面接官はあなたをじっと見ていたわけだ」

 

「……そう、ですね」

 

「なら大丈夫です。きっとその面接官の頭にはあなたが強く印象付けられたでしょう。証券会社の新卒面接を担当した事がありますが、百人の候補者のうち三日後に顔を覚えているのは五人もいない。覚えてもらえた時点で勝ちです」

 

「鈴木さん、元証券マンでしたよね」

 

「はい」

 

「証券マンって皆そういう事を計算してるんですか」

 

「計算というか……呼吸みたいなものです。相手の反応を読んで次の手を打つ。営業も面接も恋愛も、構造は同じだと僕は思っています」

 

 隣で聞いていた五十代の女性信者が身を乗り出した。

 

「あら、それって先生のおっしゃる『愛は行為である』と同じ事じゃない?」

 

「はい、その通りです。そこにすんなり気づかれるとは、教えが心身にしみ込んでいますね」

 

「やだ、鈴木さんって本当に話が上手ねえ」

 

「営業ですから」

 

 よしおが控えめに笑うと、女性も笑い、スーツの男も笑った。向かいの若い信者が首を突っ込む。

 

「何の話ッスか」

 

「面接の話です」

 

「面接?」

 

「この方が面接で素晴らしい事を仰ったという話です」

 

「へえ。何て言ったんすか」

 

「ご本人からどうぞ」

 

 よしおがスーツの男に水を向けた。証券マンのパスワーク。自分が語るのではなく相手に語らせる。男は照れながら経緯を説明し、若者は「マジすか」と感心し、五十代の女性は「勇気があるわよねえ」と称え、話の輪が広がっていく。

 

 よしおは輪の端で麦茶を啜りながら静かに頷いている。

 

 ◆

 

「鈴木さん」

 

 介護離職の女性が近づいてきた。目が赤い。今日のセミナーでまた泣いたのだろう。

 

「こんにちは。……あの、聞いてもらっていいですか」

 

「もちろん」

 

「昨日、母の夕食の介助をしていたら……母が私の手を握ったんです」

 

「……」

 

「それで名前を呼んだんです。美奈子って。三ヶ月ぶりです。ずっと私が誰だか分からない顔をしていたのに、昨日だけは分かってくれた」

 

「……それは」

 

 よしおは少し間を置いた。

 

「とても貴重な事です」

 

「……貴重?」

 

「すみません、言い方が悪かった。あなたの三年間の介護がお母様の身体に染み込んでいるのだと思います。認知機能が落ちても毎日触れている娘の手の感触だけは消えなかった」

 

「……」

 

「技術で教えられるものではありません。三年間の蓄積そのものです」

 

「……鈴木さん」

 

「はい」

 

「私がやってる事は……意味がありますか」

 

「あります」

 

 即答だった。

 

「根拠はありますか」

 

「お母様が昨日あなたの名前を呼んだ事が根拠です。それ以上の根拠が必要ですか」

 

 美奈子は声を殺して泣いた。近くの若い信者が無言でティッシュの箱を差し出した。

 

 ◆

 

「鈴木さんて不思議な人ッスよね」

 

 谷川という若い信者が無遠慮に言った。二十四歳。配送業のアルバイト。入信四週目。親に勘当されてアパートで一人暮らし。あと数年もして若さが失われれば、立派な弱者男性になるだろう。

 

「不思議ですか」

 

「だってビルメンの清掃員で元証券マンで離婚してて床に感謝してるじゃないですか。で、愛を学びたくて入信した。ヤバくないっすか」

 

「ヤバいですか」

 

「ヤバいっすね~……」

 

「……僕は普通ではないのかもしれません」

 

「いや、褒めてるんすよ。俺なんか親と喧嘩して家出てきただけで、愛とか考えた事なかったし」

 

「お父さんと喧嘩されたんですか」

 

「ッス。二年前。大学中退した事で」

 

「何を仰いましたか、お父さんは」

 

「お前に何百万かけたと思ってるんだって」

 

「何百万かけたんですね」

 

「……え?」

 

「何百万ですよ。それは投資ですか」

 

「投資……でしょ、普通に考えて」

 

「投資なら回収できなかった時点で損切りして終わりです。でもお父さんは怒った。損切りではなく怒った。怒りは投資家の感情ではありません」

 

「……じゃあ何の感情ですか」

 

「僕は専門家ではないので断言できませんが」

 

「言ってください」

 

「期待が裏切られた痛みだと思います。期待の裏には愛がある。……多分ですけど」

 

 谷川は黙った。五秒。

 

「……多分じゃなくて、そうかもしれないッス」

 

「かもしれませんね」

 

「俺、親父に連絡した方がいいっすかね」

 

「それは谷川さんが決める事です。僕が言える事は一つだけです」

 

「何ッスか」

 

「僕は元妻に連絡する勇気がまだありません。谷川さんの方が僕より遥かに勇気がある」

 

「……鈴木さん、ずるいっすよそういうの」

 

「すみません」

 

「ずるいけど……ありがとうございます」

 

 ◆

 

 信者達がよしおの周囲に集まり、よしおの言葉に心を開き、よしおに救われたと感じている光景──これを鈴木よしおの人柄と話術の賜物だと解釈するのは容易だ。事実、よしおの人柄は温かく、話術は巧みである。元証券マンの傾聴技術、相手の言葉の裏を読む嗅覚、感情の機微を拾い上げる共感力。いずれも実力だ。

 

 だが実力だけでは説明がつかない。

 

 何かプラスアルファがないと、ここまで人心というものは動かない。

 

 そのプラスアルファこそが霊力である。

 

 強大な霊力を有する人間の傍にいると、霊力を持たない一般人の精神は影響を受ける。これを業界では「霊的感化」と呼ぶ。感化の質は霊力の持ち主の感情に依存し、怒りの霊力は不安を、慈悲の霊力は安堵を誘発する。

 

 感化それ自体は珍しくない。

 

 高僧の読経を聴くと涙が出るとか、怖い上司が入室すると空気が凍るとか、そういった日常の現象の何割かは霊的感化で説明がつく。だがこれらは微量の霊力による一時的な効果だ。

 

 問題は強大な霊力が持続的に一般人に浴びせられた場合である。

 

 一般人──すなわち全人口の九十九パーセント以上は霊力に対する免疫を持たない。霊力を有する人間は同業者との交流や修行を通じて霊的な免疫系を形成するが、一般人にはその機会がない。生まれてから死ぬまで強い霊力に触れずに終わる人間の精神は、霊的感化に対して生まれたての赤子の皮膚のように無防備なのだ。

 

 意図的にであったか否かは議論が分かれるが、この構造を利用した人間が歴史上少なくとも一人いる。

 

 一九一九年。アメリカ合衆国カリフォルニア州。

 

 田所春嶺(たどころしゅんれい)。英名ショーン・タドコロ。日系二世。一八八七年サンフランシスコ生まれ。父は和歌山から渡米した漁師、母はオレゴンの日系コミュニティ出身。田所は幼少期から「人の心が色で見える」と語り、十二歳の頃には近隣の日系住民が悩みを持ち込む少年として知られていた。相談者は皆こう言った──「タドコロの坊やの傍にいると気持ちが楽になる」。

 

 一九一五年、二十八歳の田所は教団「ヴォイス・オブ・ザ・ビースト」を設立する。訳すと「獣の声教団」だ。

 

 黙示録の獣ではない。人間の内なる獣性──本能と欲望の正直な発露を神聖視する教義だ。第一次世界大戦の戦中であり、スペイン風邪の恐怖と排日感情の板挟みに遭っていた西海岸の日系移民コミュニティは精神的に追い詰められていた。

 

 そんな中、田所は「恐れるな、お前達の内なる獣の声に従え」と説いた。

 

 信者は四年間で三百人を超えた。

 

 教義そのものに独創性はなかった。当時のカリフォルニアには類似の新興宗教が掃いて捨てるほどあった。にもかかわらず田所の教団だけが異常な速度で信者を獲得した理由を、当時の霊能力者界隈はこう分析している

 

 ──田所春嶺は極めて強い霊力の持ち主だった。

 

 記録によれば田所が壇上に立つと聴衆の七割が三分以内に涙を流したという。説教の内容に感動したのではない。田所の霊力が聴衆の感情の蓋をこじ開け、抑圧された悲哀を強制的に表層へ引きずり出したのだ。聴衆はこの体験を「魂の解放」と呼んだ。田所本人もそう信じていた節がある。彼は自分の能力の正体を最後まで知らなかった。

 

 一九一九年三月十五日。カリフォルニア州北部サクラメント郊外の農場跡地。田所は三百十五名の信者とともに「最後の覚醒」と称する集団服毒自殺を決行した。全員死亡。例外なし。発見は三日後。現場に踏み込んだ保安官が記した報告書にはこう書いてある──「全員が目を開いたまま微笑んでいた」。

 

 巫祓千手のサンフランシスコ連絡所が事後調査した極秘記録がある。事件から六年後の一九二五年の時点でもなお農場の土壌から異常な霊的残留が検出された。残留量から逆算した田所の生前の霊力は「少なくとも中堅の祓い手五名分に相当」とされている。

 

 祓い手五名分。

 

 鈴木よしおも平時ならばその程度だ。

 

 感情が昂ると──つまりはブッチ切れるとその限りではないが。

 

 要するに、よしおは信者たちに霊的に影響を与えているのだ。

 

 無論、よしおは田所のように意図的に信者を導いていない。よしおは愛を学びたくて教団に入り、信者と会話しているだけだ。だが意図の有無は霊的感化の強度に影響しない。

 

 よしおの霊力は感情駆動型であり、平時は軽度の鬱で出力が抑制されている。しかし教団の中でよしおが感じている「仲間意識」「愛への渇望」「他者の喪失への共鳴」は感情だ。

 

 感情がある限り霊力は微量ながら途切れなく放出される。

 

 水道管の微細な亀裂から水が染み出すように。一時間に一滴。一日に二十四滴。一週間で百六十八滴。九週間で千五百十二滴。

 

 真心の泉の信者達はこの九週間、よしおのドロドロなヘドロめいた霊力を浴び続けていた。

 

 霊力に対する免疫を一切持たない一般人が、だ。

 

 信者達がよしおに惹かれるのは当然なのだ。よしおの言葉が心に刺さるのも、よしおの微笑みで肩の力が抜けるのも、よしおのいない日のセミナーが味気ないのも、全ては霊的感化の作用だ。

 

 よしおがいないと何だか寂しくなってしまうのは、よしおの人柄によるものだと彼らは思っている。

 

 話が上手いのは元証券マンだからだと思っている。

 

 まあそれもあるかもしれない。

 

 あるかもしれないが──本質ではないのだ。

 

 

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