鈴木よしお地獄道   作:埴輪庭

37 / 37
愛の伝道師⑬

 ◆

 

 ある日の午後二時十五分。

 

 いつものように傷のなめ合いをしていると、不意に集会所の入口が開いた。

 

 入ってきたのは見知らぬ男だった。

 

 人好きのする顔だ。五十代の男性としては平均以上に身なりが良い。グレーのジャケットにノーネクタイの白いシャツ。靴はきちんと磨いてある。髪は薄くなりかけているが前髪で上手くカバーしている。目は大きめの二重で、笑うと更に人が良さそうに見える類の造り。

 

 要するに、女にモテる顔だ。

 

 よしおはそう判断した。証券マン時代にこの手の顔をした上司や同僚を何人も見てきた。営業成績はさておき飲み会には必ず呼ばれる男。合コンでは必ず幹事を任される男。顔のパーツそのものは平凡なのだが「雰囲気」で六割増しになるタイプ。

 

 信者達が一斉に立ち上がり、拍手が湧く。

 

「先生!」

 

「鳥飼先生!」

 

 そんな声があがる。

 

 そう、何を隠そうこの中年こそ鳥飼真人当人であった。

 

 鳥飼は両手を軽く上げて拍手を制し、穏やかに微笑む。

 

「皆さん、座ってください。気楽にやりましょう」

 

 声が良い。低くて耳当たりが柔らかいそれは、FM局の深夜パーソナリティにいそうな声質だ。よしおはジョン・Kという男を思い出した。ジョンはテレビの超人気コメンテーターだ。れっきとした日本人だが、経歴詐称で報道界隈から追放されている。学歴、職歴、名前、そして外見や国籍にわたる広範囲な詐称──つまり、何からなにまで全部嘘だった。それでもなおジョンは不思議と根強い人気や「どこか憎めない」とする再評価の声が常に存在していた。

 

 実力だけは本物であった──そんな声すらある。

 

 よしおも嫌いではなかった。今も嫌いではない。

 

 コメンテーターに必要なものは何か。それは学歴でも職歴でもない。説得力だ。要は実力。それがジョンには確かに存在しており、よしおは()()()()()を好む。よしお自身もどこかそういったタチにできた男であるからだ。

 

 よしおも立ち上がり、力強い拍手で鳥飼を迎えた。

 

 しかしすぐに気づく。

 

 ──この人の中には何もない。

 

 怒りがない。悲しみがない。喜びがない。渇望がない。焦燥がない。嫉妬がない。自己嫌悪がない。期待がない。諦念がない。愛情がない。憎悪がない。

 

 何もない。

 

 器だけがある──そんな風に感じた。

 

 まるで精巧に作られた蝋人形が笑っているような。

 

 あるいは──死体が立って歩いているような。

 

 ◆

 

 鳥飼真人が壇上に立った。

 

 壇上といっても集会所のそれは十五センチほどの段差に過ぎない。パイプ椅子を半円形に並べた信者達の正面、ホワイトボードの前に立つ。マイクはない。この程度の広さなら肉声で充分だ。

 

「今日はグリーフ・シェアリングの時間を少し長めに取りましょう」

 

 鳥飼はそう切り出した。

 

「最近、皆さんの表情がとても明るくなったと聞いています。嬉しい事です。報告を読むたびに、ああ、皆さんの中に愛が育っているんだなと感じます」

 

 信者達が頷く。汐里は壁際に立って微笑んでいたが、その目の奥に薄い疲労の色があった。

 

「愛とは何でしょうか」

 

 鳥飼が言った。

 

「難しい問いですね。哲学者も詩人も何千年もかけて答えを出せていない。でも私は思うんです。答えは案外シンプルなんじゃないかって」

 

 間を置く。信者達が息を詰める。

 

「愛とは、受け入れる事です」

 

 鳥飼の声が部屋に響いた。

 

「相手のすべてを──長所も短所も、美しい部分も醜い部分も──丸ごと受け入れる。ジャッジしない。評価しない。ただ、あるがままを認める。それが愛の第一歩だと私は信じています」

 

 信者たちは鳥飼に釘付けである。

 

「皆さんの中に既に愛はあるんです。気づいていないだけで。この場に集まっている事自体が、愛を求める心の証です。そしてその心がある限り、皆さんは必ず愛に辿り着ける」

 

 拍手が起きた。

 

 ◆

 

 自己啓発セミナー、カルト教団の説法、キャバクラの接客、高級エステの初回カウンセリング、そして大手証券会社の資産運用提案書。これら五つに共通する話法構造がある。

 

 抽象語の多用だ。

 

「受け入れる」「繋がり」「内なる力」「本当の自分」「可能性」──これらの単語には具体的な定義がない。定義がないからこそ強い。聞き手は各自の経験でその空白を埋める。失恋した人間は「受け入れる」を恋愛の文脈で解釈し、親を亡くした人間は死別の文脈で解釈し、職場で虐められている人間は自己肯定の文脈で解釈する。全員が「先生は私の事を分かってくれている」と感じる。

 

 鈴木よしおも証券マン時代にこの手法を使って年間三億円の手数料収入を叩き出していた。まあ今の彼はそれを栄誉ある事だとは欠片も思っていないが。()()()()()()()()彼はいまやそういったやり口を嫌悪している。

 

 そんなこんなで鳥飼の話は三十分ほど続いた。

 

 まあ抽象語のオンパレードであった。一つとして具体的なエピソードを含まないのだ。チェンマイの瞑想リトリートで聞いた受け売りばかりでろくな中身がない。

 

 それでも信者達は感動していた。涙を流す者もいるが──

 

 よしおの腹の奥で何かが疼いた。それは非常に暴力的な何かであった。薄っぺらさを感じるのだ。上っ面めいた何かを……。よしおは()()がとてもとても嫌いであった。どれだけ巧妙に偽装しようとも、よしおの被害者意識めいた高感度センサーは敏感に感じ取ってしまう。

 

 そして「こいつは()本気(マジ)で向かい合っていない。それはなぜか。それは俺を見下しているからだ。嫁を上司に奪われてメソメソウジウジと日々を暮らすカスであると、岩の下の湿った土の世界しか知らないワラジムシ以下の存在だと思っている。それならそうと言ってくれればいいものを、上っ面だけ取り繕って接してきている。それは、それは俺に対するこの上ない侮辱だ。魂のレイプだ。魂への侮辱には! 殺人さえも許されるッ!」──そんな精神病めいた被害者意識を覚えてしまうのだ。

 

 ──彼は、ジョンじゃない。

 

 よしおの目に危険な光が宿る。

 

 言うまでもないが、よしおは病気であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

お姉さんと僕(作者:埴輪庭)(オリジナル現代/ホラー)

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、母の再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離…


総合評価:8447/評価:8.84/連載:124話/更新日時:2026年06月01日(月) 12:21 小説情報

☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜(作者:ちんこ良い肉)(オリジナル現代/冒険・バトル)

火賀灯真は、世界が終わる日を知っていた。▼正確には、世界が“サービス終了する”日を。▼午前十時。▼現代日本にダンジョンが出現し、人類の一部にレアリティとクラスとスキルが配られる。▼世間は混乱し、国家は対応に追われ、凡人は怯え、英雄願望のある者は浮かれる。▼そして俺は、ゲームの周回で猛威を振るった、自爆宝具…もとい戦闘不能と引き換えに繰り出す超火力広域攻撃スキ…


総合評価:4951/評価:7.96/連載:26話/更新日時:2026年05月09日(土) 23:00 小説情報

ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~(作者:裃 左右)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

▼ 飢え死に寸前、貧乏男爵。毒物を食ってるうちに、新エネルギー発見!?▼ 壊れた『病み堕ちループ令嬢』のため、世界を敵に回す。ヤバい仲間と、最底辺からの人生大逆転っ!▼ 超絶シビア、実力派内政サバイバル!▼~あらすじ~▼ エルフもドワーフも真似できない。人間の武器は――救いようのない『執着』だ。▼ 我がヤバマーズ男爵家は、一言で言って「マジでヤバい」▼ 初代…


総合評価:916/評価:8.6/連載:116話/更新日時:2026年06月05日(金) 08:13 小説情報

カス女ハーレム(作者:大豆亭きなこ)(オリジナル現代/恋愛)

カス女でハーレムを作ろうとする男が奔走する話。▼『愛でどこまで許容できるのか。露悪的ラブコメディ』▼※カクヨムにも投稿中です。


総合評価:5682/評価:8.95/連載:12話/更新日時:2026年05月30日(土) 19:50 小説情報

スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら(作者:石田フビト)(オリジナル現代/冒険・バトル)

迷宮という存在が当たり前となった現代社会で、冒険者になろうとしている青年がいた。▼何か高尚な理由があったわけではない。▼ただ生きるためには、母を楽にさせるためには金が必要だった。▼されど一攫千金も莫大な名誉も求めずに。▼永遠と続く薬代を稼ぐことだけを希望として。▼その青年は一人、迷宮へと足を踏み入れる。▼……はずが、何故か個性的な女性達と関わり合い、彼自身も…


総合評価:1704/評価:8.34/連載:31話/更新日時:2026年03月16日(月) 20:37 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>