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「報告書にあがっていたけれど──妙なモノが紛れ込んだみたいね」
暗闇に女の声が響くと、ややあってアアとかウンとか、そんな応え。こちらは男の声だ。年の頃は中年やそこらだろうか。声には奇妙な
「教団の
言い聞かせる様な女の声の後に何かを舐めるようなぴちゃり、ぴちゃりという音──そして二度三度と喘ぎ声。
「そう……そうよ。いい子ね。……そう、明日からしっかり対処なさい」
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翌日の教団事務局。
集会所と同じビルの六階に信者は立ち入れないフロアがある。表札は「株式会社ミナモト企画」。イベント運営会社という触れ込みだが行われている業務はイベント運営とは縁もゆかりもない。
高梨はそこの応接室で三人の男女と向かい合っていた。
「先生のご意向だ。例の鈴木という男を調べる」
高梨という男は教団の応用問題を一手に引き受けている。応用問題とは何か。教義で解けない問題の事である。金の流れ、行政対応、うるさい家族への恫喝、そして──今回のような
「調べて、それからどうします?」
問うたのは沼田要三。五十絡みの、乾いた雑巾のような印象の男である。元は興信所の調査員で今は野獣組の下請けとして飯を食っている。素行調査、身辺調査、行動確認。人ひとりの生活を丸裸にする作業を延々と続けてきた男だ。
「取り込む。あの男は信者の人気を集めすぎている。放置すれば教団が割れる。潰すよりもこちら側に引き込んで飼うほうが利口だ」
「なるほどねえ」
沼田は手帳を開いた。この男の手帳は伊達ではない。ここに書き込まれた人間は二週間後には収入も借金も女関係も病歴も全て書き足されている。
ところでカルト教団が新規信者の身辺を調査するという話を大袈裟な創作だと思う向きもあるかもしれない。残念ながらこれは現実の手口である。現実のカルトは入信者の財産状況、家族構成、交友関係、性格的な弱点を組織的に記録して名簿として管理する。誰にいくらの資産があり、誰が親と不仲で誰が離婚したてで心が柔らかいか。要するに羊の毛を刈る前にまず羊を数えるのだ。畜産業として極めて真っ当な発想である。真っ当におぞましい。
「攻めの担当はこのみちゃんで?」
沼田が視線を向けた先には若い女が座っている。
里村このみ。二十九歳。教団の専従スタッフであり、肩書きは「広報」。その実態は勧誘の専門家である。彼女がこれまで教団に引き込んだ人間は百人を下らない。医者、税理士、地方議員の秘書。難物とされた獲物ほど彼女は確実に落としてきた。
「ええ。お話を伺う限り、簡単なお仕事みたいですし」
このみは微笑んだ。営業スマイルというものは大抵どこか嘘くさいものだが彼女のそれは違う。心の底からあなたに関心があります、という顔をする。実際は心の底から関心などない。ないのだがないという事実を本人の顔面が完璧に隠蔽する。天賦の才である。
「儂はどうすりゃいい」
最後の一人が口を開いた。大迫祐次、六十二歳。作務衣を着た白髪の男で教団では「霊視の先生」として通っている。信者の背後に先祖の霊を視、因縁を視、憑き物を視る。
ちなみに大迫が視たと称する「水子の霊」の除霊料は一件三十万円であり、大迫はこの商売を長年続けて一度も本物の霊を視た事がない。
「あんたは仕上げだ。段取りは追って指示する」
高梨は三人を順に見た。
「一つ言っておく。相手はただの清掃員だ。だが先生が気に掛ける男でもある。つまり、何かあるということだ。だから──慎重にやれ」
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沼田の仕事は速かった。
三日後には鈴木よしおの生活は概ね丸裸になっていた。
朝七時十分に安アパートを出る。駅前のコンビニで飲むヨーグルトを買う日と買わない日がある。買う日は週に二回ほど。現場に直行し、日中あるいは深夜に清掃業務。同僚は若い男女が数名。仕事後の付き合いはほぼ無し。まっすぐ帰宅し、部屋の明かりは深夜一時前に消える。休日は月に六日から八日。過ごし方は洗濯、自炊、そして映画。レンタル店が減った昨今、よしおは配信で観る。ジャンルは調べがつかなかったが後の調査でハッピーエンドの作品しか観ない事が判明する。
交友関係、無し。
女の影、無し。
実家、無し。施設育ちである。
親類との交流、無し。
趣味の集まり、無し。SNS、無し。行きつけの飲み屋、無し。
沼田は長年この仕事をやってきて、様々な人間の生活を眺めてきた。浮気に狂う男、借金から逃げる女、二重生活の末に破滅する家庭。人間の生活とは大抵うるさいものだ。誰かと繋がり、揉め、縺れる。その縺れの中に調査のとっかかりがある。
鈴木よしおの生活にはそれが無かった。
静かなのである。人間一人の生活として不自然なほどに静かでそして整然としている。毎朝同じ時刻に起き、働き、飯を食い、眠る。まるで喪に服しているような生活だ、と沼田は思った。何の喪だかは知らないが。
「──こいつはいいカモだ」
報告書をまとめながら沼田は呟いた。
孤独な中年男。離婚歴あり。家族無し。友人無し。承認に飢えているに決まっている。愛情に飢えているに決まっている。こういう男の心の隙間に教団という楔を打ち込むのは濡れた紙に指を突っ込むより簡単だ──と、少なくともこの時点ではそう思っていた。
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攻略会議は簡潔だった。
「絵に描いたような孤立者ですね」
沼田の報告書をめくりながら、このみが言った。
「通常、勧誘の第一段階は対象の孤立化です。家族や友人から引き剥がして、相談相手を奪う。ここに一番手間がかかるんですけど──この人、最初から誰もいない。孤立化工程、丸ごと省略できます」
カルトの勧誘には型がある。まず理想を描いて見せて次に理屈を与え、対象の現状の不満を聞き出し、目標を設定させ、最後に「私たちが支えます」と抱き込む。この五段構えはカルトのみならず悪徳商法のセミナーでも自己啓発の広告でも使われている、いわば人類共通の狩猟術である。
中でも重要なのが第三段階、現状の聞き出しだ。対象が何に不満を持ち、何に飢えているか。そこが分からなければ楔の打ち所が分からない。だから勧誘者は親身になって話を聞く。聞いて、聞いて、聞きまくる。世間ではこれを傾聴と呼ぶ。カウンセリングの用語である。良い言葉も使う人間次第という見本だ。
「攻め筋は王道でいきます。ラブシャワーから入って、依存を作って、段階的に引き上げる。三週間ください」
このみの言うラブシャワーとは対象を過剰な愛情と関心で包み込む技術の事である。あなたは特別だ、あなたには価値がある、ここがあなたの居場所だ。孤独な人間はこれに抗えない。砂漠で水を差し出されて断る者はいないのだ。
そして水には仕掛けがある。愛情は出しっ放しにはしない。対象が組織の意に沿う時だけ与え、疑いを見せた時にはすっと引く。与えて、引いて、また与える。この出し入れを繰り返すうちに対象は組織の顔色を窺うようになる。犬の躾と同じ原理である。心理学の教科書には間欠強化という上品な名前で載っている。
「一点だけ」
高梨が書類の隅を指で叩いた。
「対象と親しい新入りの女がいる。茜山とかいう若い女だ。対象の紹介で入った。念のためこっちの身元も洗っておけ」
「はいはい」
沼田が手帳に書き付けた。
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里村このみの初手は完璧だった。
定例集会後のお茶の時間。彼女は「最近入会した悩める子羊」としてよしおの隣に座り、完璧な角度で首を傾げ、完璧な湿度の瞳でよしおを見上げて言ったのである。
「鈴木さんのお話、ずっと伺いたかったんです。皆さんが仰るんですよ。鈴木さんは特別な方だって」
この台詞は計算の塊である。まず「ずっと」で継続的関心を示し、「皆さんが」で社会的評価を匂わせ、「特別」で承認欲求の急所を突く。孤独な中年男はこの三連撃で確実に落ちる。頬を緩め、饒舌になり、次に会う約束を欲しがる。百人がそうだった。
よしおは湯呑みを置いた。
「特別、ですか」
「はい。特別です」
「良い言葉ですね。ところで里村さん、特別とは何に対しての特別なのでしょうか」
「……え?」
「特別という言葉は比較を前提にしています。何かが特別であるためには特別でない何かの集合が必要です。つまり僕を特別と呼ぶ時、皆さんは皆さん自身を特別でない側に置いている事になる。僕はそれが気になるのです。愛を探しにきた人々がなぜ自分を並の側に置いてしまうのか。里村さんはどう思われますか」
「え、ええと」
「フロムは自己愛と利己主義を区別しました。自分を愛せない者は他人も愛せないと。だとすれば自分を並と規定する謙遜は一見美徳のようでいて、実は愛の探求の妨げになっているのかもしれない。いや、そもそも特別と並という区分け自体が──」
これが九十分続いた。
このみは相槌のプロであり、話を切り上げるタイミングの見極めには絶対の自信を持っていたがよしおの話には切れ目というものが存在しなかった。一つの問いが次の問いを生み、次の問いが三つの問いに分裂する。まるで増殖する単細胞生物の観察である。しかも困った事に内容はいちいち筋が通っているのだ。
解散後、このみは事務局の給湯室で頭を抱えた。
「……何なんですか、あの人」
落とせなかった事は問題ではない。初手から落ちる獲物ばかりではないのだ。問題は九十分の会話を終えて、対象の弱点が一つも見つからなかった事である。承認をぶつければ承認の定義を問われ、好意を見せれば好意の構造の講義が始まる。楔を打とうにも打ち込む面がつるつる滑る。
こんな人間は初めてだった。
◆
このみは戦術を変えた。
二週目、彼女は「聞き出し」に移行した。褒めて駄目なら悩みを聞く。対象の不満、不安、後悔。心の傷こそ最大の攻め口である。傷に指をかけて、広げて、そこに教義を流し込む。基本にして奥義だ。
「鈴木さんは……お辛い事とか、ないんですか。その、私ばかり聞いていただいて申し訳なくて」
布石は打ってあった。前回の集会で彼女は架空の身の上話を三つ披露している。返報性の原理という奴で先にこちらの傷を見せれば相手も傷を見せたくなる。人間とはそういう風にできている。
「ありますよ」
よしおはあっさり言った。
「僕は愛が分からないのです。妻に去られて、その理由が今も分からない。分からないから、ここに通っています」
「……そう、なんですね。お辛かったですね」
来た、とこのみは思った。離婚の傷。想定通りの急所である。ここから「お寂しかったでしょう」「一人で抱えてこられたんですね」と共感の重ね塗りに入り、「先生の教えの中に答えがあるかもしれません」へ繋げる。手順は頭に入っている。
「ところで里村さんは先週お父様の話をされていましたね」
「へ?」
「事業に失敗されて、蒸発されたと。中学二年の冬だと仰っていた」
それは作り話である。正確には作り話の
「あの話をされている時、里村さんは一度も瞬きをしませんでした。人は本当に痛い話をする時、目が乾く事に気付かなくなるそうです。証券会社にいた頃、破産の相談に来るお客様がそうでした」
「……」
「お父様を探された事はあるのですか」
このみの喉の奥で何かが詰まった。
探した事はある。二十歳の時、貯金をはたいて興信所に頼んだ。三か月後に届いた報告書には九州の港町で別の家庭を持って暮らす父の写真が挟まっていた。新しい娘と手を繋いで笑っていた。彼女はその日から人の心を操る側に回った。操られる側の、無防備に信じて捨てられる側の惨めさを二度と味わわないために。
そんな事を気付けば喋っていた。
全部である。父の事も興信所の報告書の事も写真の中の知らない妹の事も。勧誘のプロが獲物の前で本物の身の上話を洗いざらいぶちまけていた。よしおは口を挟まず、ただ聞いていた。相槌のタイミングは素人のそれでお世辞にも聞き上手とは言えない。言えないのだがこの男の沈黙には奇妙な圧があった。安い共感で話を折らない、というだけの事がどれほど得難いか。
「里村さんはお父様に会いたいのではないと思います。ただ会うだけではなく──」
話が尽きた頃、よしおは言った。
「会って、問い質したいのでしょう。私を捨てた人生は幸せだったかと。それは愛憎の憎のように見えて、根は愛の側にある問いです。どうでもいい相手の幸不幸を人は問い質したりしませんから」
このみはぐっと歯を食いしばった。
何を知ったような口をとよしおに対して怒りを覚えた。
そう、怒ったのだ。
人はどうでもいい事を見当はずれの事を言われて怒ったりはしない。
しかしこのみは怒った。
どうでも良くない事だから。
よしおの言葉は見当はずれとは真逆の事だったから。
怒って──そして泣いた。
憎むだけなら被害者のままでいられるものを、まだ愛しているとなれば彼女は今も「捨てられた娘」であり続けていることになるからだ。
顔を真っ赤にしながらも静かにぽろぽろと涙をこぼすこのみをよしおは黙って抱きしめた。