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ごぎりごぎりごぎり、と鈍い音が鳴り響く。いうまでもなく、音の発生源はよしおである。
この心胆寒からしめる不協和音は、よしおが小首を傾げている音なのだ。
よしはなぜ陽が邪魔立てするのか本気で理解できなかった。彼
の認識では陽は協力者であり、
──本当に?
よしおは自問した。
よしおにとって、敵とはつまるところ
愛を餌に肉欲を満たそうなど、これはもうよしおの基準からして許してはならない暴虐である。
つまり──。
──つまり、
よしおは再び自問した。
この辺の流れは、
とはいえ、根本的な部分が狂っているには違いないのだから、そんな狂った認知による自問への自答もまた狂っている事は言うまでもない。
となれば、
◆
──これは!
茜崎 陽は、よしおの全身からむわりと何かが立ち昇ったのを視た。そして、
──
霊力という正体不明の出力を現世に定着させるにあたり、術者は魂の指向性に従って二つの門のいずれかを叩くことになる。
すなわち、内力系と外力系である。
陽の場合は後者──外力系だ。これは己の霊魂を燃料として外界の物理法則へ直接干渉する手法を指す。彼女が得意とする発火能力のように、霊力を熱量へと置換して大気を焦がす芸当はその代表例であった。
一方の内力系とは、霊力を文字通り肉体の運動性能そのものへ変換する手法である。例えば眼球の毛細血管を過給することに長けた者ならば文字通り千里眼の視界を得るだろうし、脚部を極限まで練り上げた者ならば韋駄天もかくやという跳躍力を手に入れるだろう。
とはいえ霊力なるあやふやな代物がそう行儀よく二分できるはずもない。発火現象一つを取り上げても大気中の塵を収束させて火種とする手合いから己の髪の毛を触媒に差し出さねば火の粉一つ起こせない不器用な輩まで、細かく見ればその手続きは雑多に分別できる。分類など個々の魂が抱え込んだ業の数だけ存在するに過ぎないのだ。
ではよしおの場合はどうか。彼はいかなる仕掛けであのイカれた身体能力をひねり出しているのだろう。答えは毒気だ。一部の毒物が身体能力を賦活することなど、その辺で死にかけている野良犬ですらよくよく知る理屈であろう。
例えばストリキニーネである。
大量に摂取すれば全身が痙攣してくたばる代物も微量ならば反射と筋の緊張を高めるため、強壮剤として使用されることもある。よしおの場合はこの薬理作用を霊力で忠実に再現していた。己の内界からじっとりと滲み出る精神毒ともいうべき劇毒で、全身と全霊を隈なく賦活させているのだ。
鈴木 よしおは、そう、パワー系のキチガイの極致ともいえる。
そして、キチガイのキチガイたる所以はその思考回路にある。よしおは陽の手をボロカスにした瞬間には、もう彼女を殺害対象であると見定めた。敵の味方は敵なのだ。
が──。
◆
「待ちなさい!」
陽は早々に白旗をあげた。
元より交戦するつもりなど毛頭なかったのだが、それ以前によしおがとんでもない思い違いをしていることを知らしめる必要があった。
それは──。
「鈴木さん! この人は何も知らない一般人よ! この教団の職員ではあるけど、内部の事情なんて何一つ知らないはずよ!」
鈴木よしおはキチガイである。これはもう絶対的かつゆるぎない事実なのだが、キチガイにも話せるキチガイと話せないキチガイが存在する。よしおはどちらかといえば前者だ。確かに自分の価値観を他人に押し付け、それが守られないとなるとぶっ殺そうとするキチガイであるのは間違いないが、どれだけ歪であろうと、そこには一定の論理が存在する。そしてよしおは、無辜の者をあたら無駄にぶっ殺して良いと考えるほどにはイカれてはいなかった。
むんむんむらむらと立ち込めていた毒気が急速に薄れていく。よしおの
「……どういう事です? ああ、手……血が出ていますよ。すぐに手当てをしなければ」
よしおは襤褸屑になった陽の手を取りながらそんな事を
──てめぇが私の手をこんなふうにしたんでしょうが!! このクソキチガイ!!! 死ね!!!
内心ではそう罵倒するものの、口には出さないだけのタフな精神・理性は流石西の姫巫女といった所だろう。