先輩はおしまい!   作:朋也

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 今日はアニメ放送ですねぇ~。楽しみだな~。

 来週は十三話もあるよね~。お休みだから正座して放送を待つ予定なんですよねぇ~。

 こままずっと、おにまいを見続けていきたいですねぇ~。


あきなとこれまでの思い

 暗い。とにかく暗い。右も左も真っ暗だ。

 

 その方が都合がいい。何も見なくて済む。自分が誰で、何をしているのかも分からなくなる。それが、今の俺には心地よかった。

 

 それでも、ずっとこのままではいけないと、心の何処かで叫んでいる。暗闇は、人の悪なる物を引き出す。いつか、精神が耐えられなくなる。

 

 だから、電源を付ける。パソコンの電源。映し出されるモニターの映像を見ながら、コントローラーを操作する。

 

 どれだけの時間が経ったか分からず、疲れたら寝る。その繰り返し。

 

 いつ終わるか分からない時間を、ひたすらに、ひたすらに。

 

 布団に潜ってまた願う。いつも願うのはただ一つ。

 

 もし、やり直せるなら、俺は絶対に―――。

 

 

 

 

 

「……」

 

 アラームの音で起こされる。カーテンの隙間から差し込む陽光が眩しい。

 上半身だけムクリと起き上がると、隣にベッドがあり、思わずひじ掛けの様に腕を置いてしまう。どうやら、寝ている間に落ちたらしい。

 

「……夢か」

 

 薄れゆく記憶が、寝ている間に見ていた情景を思い出させる。昔から、夢を見ている時は寝相が悪くなる。

 眠い目を擦り、ゆっくりと起き上がり、背伸びをする。何だか疲れが取れていないみたいだ。昨日は遅くまで勉強をしていた。

 スマホの画面を確認する。アラームの音で起きたが、表示されている時刻は、俺が設定した時間を疾うに過ぎていた。

 

「……寝坊かい」

 

 スヌーズ機能で鳴っていたアラームに舌打ちをして、急いで支度をする。最近は寝坊する事が多い。遅くまで勉強をしている弊害だろうか。

 転がる様にアパートの部屋を飛び出す。今日はゴミ出しの日だったのに、また袋が溜まってしまった。

 

 大慌てで学校に向かう。また飯抜きだ。昼も無いから、ゆうたとみなとに乞食しよう。

 

 

 

 

 

「はーい、まずはお休み前にやったテスト返しまーす」

 

 順番に生徒が呼ばれ、テストを受け取っていく。様々な反応を示すのは、テスト返しの醍醐味の一つだ。人によっては楽しみだったり、親の仇の様に憎しみを抱いていたり。

 俺も少し楽しみだった。中学校で初めて受けたテスト。点数は如何ほどか。

 

「藤村くーん」

 

 呼ばれて教壇に向かい、テストを受け取る。渡す先生は俺を見て微笑んでいた。先生の反応は上々だ。

 席に戻って点数を確認する。俺の想定通りの点数に―――。

 

「……九十五点」

 

 目に入ってきた点数に、俺は目を疑う。何だこの点数は。

 

(……満点じゃない)

 

 俺は、見た目は中学生だが、中身は大学生の成人済みだ。後輩のサイコパス女に毒薬を飲まされ、目が覚めたら身体が縮んでしまってたという名探偵ムーブをかましてここにいる。つまり、身体は子供。頭脳は大人のはずだ。実は毎日家で中学校の勉強もしているし、入学までの時間でも予習復習をして、満を持して臨んだテストで、満点を逃した。

 

 俺は机に突っ伏す。正直、かなり凹む。楽しいテスト返しになると思っていた反動で、身体から力が抜けていく。

 

「……はぁ、マジか」

 

「どうした? 点数悪かったのかぁ?」

 

 前の席のまひろがこっそりと後ろを向いて話しかけてくる。思考を放棄した俺は、突っ伏したまま腕だけ挙げて、テストを渡す。

 

「どれどれ、どんな悲惨な結果に……って、九十五点!? 高いじゃん!?」

 

 驚くまひろ。まぁ、普通に高得点だし、俺の事情を知らないまひろにおいそれと見せたのは間違いなのだが、この時の俺は思考力が低下していた。

 

「何でこの点数で落ち込んでんだよ……!」

 

「……満点、取りたかった」

 

「意識高いな」

 

「そういう訳でもないんだけど……いや、何でもない」

 

 説明するのは難しい。俺としては、レベルが上がった状態で序盤のダンジョンを攻略している気分だったのだが、思いのほか苦戦してしまった。

 

「まひろは何点だったんだ?」

 

 何となく気になった。俺のイメージでは、申し訳ないが賢くないのだが……。

 

「ほら」

 

 渡されたテストを見ると、それなりに高得点だった。

 

「……意外と高いな」

 

「意外ってなんだよ! 意外って!」

 

 ぷんすか怒っているまひろ。失礼なのは承知なのだが、どうしても賢いイメージがまひろにない。

 

「頭、良いんだな」

 

「……いやー、それほどでもないんだけどねー」

 

 照れながら浮かれているまひろ。実に分かりやすい反応。こういう所が彼女に知性を感じない部分だが、口が裂けても言えないな。

 

「態度がアホっぽいんだけどなぁ」

 

「おい! 直球過ぎる!」

 

 思いっきり睨んでくる。あれ? 口に出してしまった。どうにも最近、気が抜けている。

 

「悪い悪い。最近なんか力入んなくてさ」

 

「……もしかして、風邪でも引いてんじゃないか?」

 

「うーん……そんな感じは―――」

 

 手で額を触って温度を図ろうとするが、俺の手より早く、まひろの手が俺に額に触れる。

 

「―――熱はないっぽいけど」

 

 自分の額を左手で、俺の額を右手で触り、温度を比べる。まひろの掌は、思いのほか温かかった。

 

 ―――記憶の底。記憶も薄れて朧げなある日。熱を出して寝込んでいた時に握っていた、母の掌を思い出した。

 

「―――おい、あきな。大丈夫か?」

 

「―――え?」

 

「え、じゃないよ。ぼーっとして」

 

 まひろに呼ばれて我に返る。気が付くと、まひろが俺を訝しむ様に見ていた。

 

「顔赤いし、本当に体調悪いんじゃないか? 保健室行くか?」

 

「……いや、大丈夫。何ともない」

 

 顔を背けながら答える。俺の態度にまひろは懐疑的だったが、大丈夫と念を押し、無理矢理前を向かせる。

 

 心配してくれて申し訳ないが、顔が赤くなったのは、まひろの手の温もりで、気恥ずかしい過去を思い出したからとは口が裂けても言えない。だから、裂ける前に会話を終わらせた。

 

 

 

 

 

「今からどっか寄ってかね?」

 

「いいねぇ。何処行く?」

 

 放課後、ゆうたとみなとの二人と一緒に下校する。最近は三人と一緒に帰るのが定番だ。

 

「……」

 

「―――おーい、あきな。どうした? ぼーっとして?」

 

「―――え?」

 

「何か悩み事か?」

 

 心配そうに尋ねてくるゆうた。俺は何でもないと返す。

 

「あ、もしかして。来週の授業参観の事考えてたんじゃない?」

 

「ふーん、成程。確かに考えると憂鬱だよなぁ」

 

 二人が溜息を吐く。今日、先生から授業参観のプリントが配られた。学生にとって、授業を親に見られるのは恥ずかしいし、そもそも親を友達に見られるのは、何とも言えない抵抗感がある。……みたいだ。

 

「うち、親来ないし」

 

「そういえば、あきなの親御さん海外なんだっけ?」

 

「おーい、ずりぃぞ。あきな」

 

 不満そうなゆうた。そう言われても、海の向こう側から授業参観の為に帰国する親はいないだろう。まぁ、日本にいたとして、俺の親が授業参観に来る訳ないんだが……。

 

「……そんなに憂鬱なのか?」

 

「だってさぁ、クラスメイトに親見られるの恥ずかしいだろ?」

 

「普段と違うお洒落とかしてくるの、見てられないよ……」

 

 それぞれに不満を漏らす二人。言いたい事は何となく分かるが、どうにも共感は出来そうにない。

 

「俺、親が授業参観に来た事無いから、分かんないや」

 

「そうなんだ。小学校の時とかは?」

 

「昔から仕事忙しそうだったから、イベントごとは全部不参加だったし」

 

 母子家庭の八神家は、母親が家計を支え、姉が家事を担当していた。と言っても、料理だけは母がしてくれていたけど。

 

「親が来るのって、そんなに恥ずかしいのか?」

 

「まぁ、人によるとは思うけど、周りの奴は皆そう言ってるし」

 

「実際、来ない方が気が楽だよねぇ」

 

 二人の反応を見るに、授業参観とは、学生側としては好意的に捉えられていないらしい。

 

「……そんなもんか」

 

 二人が自分の両親の愚痴を言い合うのを、一歩引いた場所から聞く。俺の目には、嫌々と言いながらも、楽しそうに話している様に見える。俺はその光景を、心の何処かで羨ましいと感じていた。

 

 昔から、親が来ないのが当たり前だと思っていた。だから、周りの皆が親と楽しそうに、はたまた鬱陶しそうにしているのを、俺は自分には関係ない世界の常識と思って見ない様にしていた。

 本当は、俺もそんな風に、面倒な不自由に縛られていたいと、思っていたのだろうか―――。

 

「……何か、変な事考えてるな。俺」

 

 頭を振って思考を霧散させる。我ながら、らしくない妄想をしていた。思い出すと恥ずかしい。俺はいつからメンヘラになったのだろうか。

 

 もしかしたら、本当に熱でもあるのかも知れない。帰ったら正確な体温を測る事にした。

 

 

 

 

 

 参観日当日、教室内はいつもと違う空気に浮ついていた。

 嬉しかったり、恥ずかしかったり。ざわつく教室内で、俺は机から一歩も動かずじっといていた。

 

「やっぱり風邪か?」

 

 マスクをしている俺に、まひろが心配そうに聞いてくる。

 先週の体調不良が、授業参観当日まで長引いてしまっていた。

 

「……大丈夫だ。問題ない」

 

「それはダメなパターンだろ……」

 

 溜息を吐くまひろ。ボケてみたが、風邪特有の怠さが強くて何も反論する気になれない。

 

 教室内は保護者でいつもより人口密度が濃い。何だか息苦しい気分を味わいながら、大人しく時が過ぎるのを待つ。

 

「皆さん、席に着いて! そろそろ授業を始めますよぉ」

 

 先生が入ってきて、授業が始まる。背後からの保護者の視線が、教室内の空気を引き締める。独特の緊張感に包まれる中、俺は風邪の症状に苦しめられていた。

 

(怠い。全然授業が入ってこない。……これで親も居たら、更にしんどかったのかな……)

 

 益体のない妄想をしながら、ぼんやりと授業を聞く。古文の授業なのも相まって、何も頭に入ってこなかった。途中、前の席のまひろが先生に当てられていたので、こっちまで来るかもしれないとヒヤヒヤする場面もあった。

 授業終了のチャイムが鳴り、無事に一時間を乗り切る事が出来た。今日は早く帰って寝よう。

 各々の生徒が保護者と話している。俺は遠巻きにそれを眺める。

 

「……親、かぁ」

 

「恋しくなったかい?」

 

「まさか。そんな歳じゃない―――って」

 

 いつの間に隣に立っていた誰かが、何食わぬ顔で話しかけてきていた。

 

「ち、ちとせ先生!? どうしてここに!?」

 

「授業参観だからだよ。見れば分かるだろ?」

 

 いつものように不敵な笑みを浮かべている。質問の意味が分からない人ではない。揶揄っているな。

 

「……悪いですけど、今日は先生の遊びに付き合えるテンションじゃないんで」

 

「ん? 風邪でも引いているのかい?」

 

 俺のマスクを見る。無言の肯定をすると、ずずずと顔を寄せてくる。

 

「見てあげようか。私は医学に精通しているよ」

 

「確かに犠牲は付き物とか言いそうな顔してますもんね」

 

 教科書を顔に押し付けてガードする。幾ら慣れているちとせ先生でも、至近距離まで顔を近づけないでほしい。ただでさ風邪で怠いのに、恐怖症まで発症したらぶっ倒れる自信がある。

 

「おっと済まない。あきな君が心配でね」

 

「思ってもない事を平気な顔で」

 

「本当さ。心配だったからなゆたに君の事を教えてしまうくらいにね」

 

「それはそれは、ご心配ありがとう―――は? 今、何て?」

 

 不敵な笑み。その表情は、見てきた中で最高に今が似合っている。なゆた? 天川なゆたの事か?

 

「おねーさん。呼んだですか?」

 

 ちとせ先生の後ろからヒョイと顔を出す天川なゆた。彼女は俺が大学生だと知っている人物であり、あかりの手の者の疑惑を掛けている要注意人物だったのだが……。

 

「……一つ、聞いていいですか。先生」

 

「何かな?」

 

「この件、あかりは?」

 

「無関係だよ。この子は私の管轄でね」

 

 そう言いながら天川の肩に手を回す。天川も懐いている様子でちとせ先生にくっ付いている。

 

「……まさか、お子さんが居たとはね」

 

「みはりちゃんにも言ったけど、そんな歳じゃないよ……」

 

「おねーさんの助手なのです」

 

 胸を張る天川。ちとせ先生に「自称」と付け加えられる。

 

「助手ねぇ。また怪しいのが出てきたぞ……」

 

 ちとせ先生の助手。本人は否定しているみたいだが、少なくとも、それに近しい存在なのだろう。あかりが絡んでいない事は良かったが、考え得る中で一番厄介な存在になっている。ちとせ先生の手の者なんて、一番質が悪い。

 

(関わらない方がいいか……それとも、目的をはっきりさせた方がいいか……)

 

 天川が一体何の目的で俺に接触してきたか、この場で聞いた方がいいか。それとも、面倒事になる可能性を避け、あえて触れない方がいいか。

 二択を迫られる。じっくりと思案したい所だが、生憎と今日の俺は的確な回答を導き出せる思考力がない。

 実質一択。俺は聞かない事にした。ちとせ先生の側近と分かっただけで大きいし、後から確認する事も可能だろう。

 

「あ、藤村君。こんにちわ~」

 

 小さく手を挙げながら近づいてくるのは、授業参観にはそぐわない白衣の女の子、みはりちゃんだ。

 

「……どうも」

 

「あれ? 藤村君と先輩って知り合いなんですか?」

 

 ちとせ先生と俺を交互に見る。ちとせ先生が俺の方をチラリと見る。俺は気まずくなって視線を逸らす。

 

「……あぁ、ちょっと縁があってね。一時期面倒を見ていたんだよ」

 

「面倒……?」

 

 小首を傾げるみはりちゃん。要領を得ない説明だが、大学一年の時からそれなりに世話にはなっているので、嘘ではない。

 

「……面白がられているだけですよ」

 

「ひどいなぁ~。あんなに構ってあげたのに~」

 

 このこのと腕を突いてくる。俺達のやり取りに、みはりちゃんは納得した様子だった。

 

「先輩、程々にした方がいいですよ……」

 

「何だか私が厄介な女みたいになっているな?」

 

 不服そうなちとせ先生だが、事実なので否定は出来ない。

 

「せっかくあきな君も込みで授業参観に出席したのに、もう少し有難がってくれよ」

 

「頼んでないですよ……それに」

 

「それに?」

 

「―――僕は一人で大丈夫ですから」

 

「……」

 

 周りを見ると、親と嬉しそうな、鬱陶しそうな、様々な反応を示しながらも和気あいあいとしてる生徒達。

 その喧騒が、風邪気味の脳に響いて五月蠅かった。

 

「全く、みはりの奴。白衣で来やがって……」

 

 まひろが不満そうにしながら席に座る。

 

「あきな、どう思う? 授業参観に白衣で来るなんて、常識ないよなぁ?」

 

「……」

 

「……? おーい、あきなぁ~?」

 

「……あぁ、何?」

 

 ぼんやりと窓の外を眺めていて、まひろに話しかけれている事に気付かなかった。

 

「大丈夫か? 風邪で辛いなら、帰った方が良くない? 誰か家族は来てるの? 親は海外って言ってたけど、うちみたいにお姉さんが来たりとか」

 

「……来なくていいよ。俺は一人で大丈夫だから」

 

「?」

 

 ぼそりと呟く。まひろは聞こえていない様だったが、俺は言い直す事無く、窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 何時間経ったか分からない。とにかく画面に向き合い続ける。こうしている間は余計な事を忘れられる。

 

 自分を騙し、誤魔化して。見たくない事実に蓋をして。外界を遠ざける。そうしないと、自意識を保っていられない。

 

 少しでも気を抜くと、叫び出しそうになる。胸が苦しくて仕方なく、眠っている間も、心臓の音が五月蠅い。

 

 だから、今日も画面を見つめて、コントローラーを動かす。この時間だけが、今の自分を定義付ける。

 

 ―――あぁ、分かった。夢か。また夢を見ている。とても懐かしい。昔の夢。

 

 何も出来ない、無力な子供だった。誰かの夢。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 ―

 




 次回は多分土曜日になります。きっと金曜日は廃人になっていると思いますので……。

 三月中は走りたいと思いますので、よろしくお願いします!
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