先輩はおしまい!   作:朋也

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 みはりちゃん、誕生日おめでとー!! 偶然にも今日投稿できるのは何となく嬉しいですね。本編には登場しませんが…。

 Twitterでみはりちゃんトレンド入りしてましたね。界隈が賑わえば二期にぐっと近づくので、この熱を絶やしたくないですよね。

 この活動もコンマ一ミリでも界隈の活性に貢献出来たら幸いと思って投稿していきたいと思います。思い上がりですね。すみません!







あきなと無自覚の怪物

「ふじむらぁ~……」

 

「うお! 何だ!?」

 

 放課後、荷造りをしていると机に桜花がへばりついてきた。

 

「どうした? 桜花」

 

「勉強……辛い……」

 

 呻き事の様に呟いている。身体を揺すってみるが、机に突っ伏して起きる気配がない。

 

「もみじおかあーさーん」

 

「人を保護者呼ばわりしないで」

 

 そう言いつつ、へばりつく桜花を机から剥ぎ取る。

 

「ほら、帰るよあさひ」

 

「ぐえぇ……」

 

 羽交い締めの体勢で連れていかれる。あの様子だと、休日中も自主学習に励んでいたのだろう。

 期末テストまでは時間がある。それまでにある程度学力を高められればいいのだが、先週の勉強会の手応え的には不安しかない。

 

「やっぱり、もう少し面倒見た方がいいよな……」

 

「本当か!?」

 

 ぼそりと呟いた言葉を地獄耳で聞き取った桜花が、もみじの羽交い絞めを振り解いて俺の腕を掴みに来る。

 

「もう一人じゃダメなんだ! 頭がおかしくなるッ!!」

 

 ゆさゆさと俺を揺さぶる。女の子に直接掴まている状況に若干の緊張を感じるが、涙目で泣きついてくる桜花の姿に身体のこわばりも解れる。

 

「わかったよ! わかったから! もう揺らすなって!」

 

 徐々に強くなる揺れを鎮めさせ、改めて桜花に向き直る。

 

「教えてやるから。まぁ、勉強は毎日続ける事が重要だから、一日二日でどうこうって訳じゃないけどな。特に勉強が苦手な奴は……」

 

 短期間で見に付くのは短期記憶。つまり一夜漬けの山勘だ。まだテストまで時間もあるし、教えるなら毎日少しづつが理想なのだが。

 

「……無理そうだな」

 

 口角が下がった桜花の表情から察してしまう。毎日はハードルが高いか。確かにこういうのは習慣づけるまでが大変だ。まだテストまで日付があると言っても、二週間やそこらでは身に付かないかも知れない。

 つまり短期的に効率よく教える必要がある。テスト範囲はある程度予測できている。後は決まった範囲を重点的に教え込むのがいいか。

 

「……とにかく、出来るだけ協力するから。毎日が無理なら何日か掛けて長時間教え込むしかないけど、大丈夫か?」

 

「………………………うん」

 

「せめてやる気だけは十分であってくれ」

 

 長考の末、承認が出る。頷くだけ有り難いと思うしかないか。

 

「じゃあ、勉強できる日を教えてくれ。準備するから」

 

「今日」

 

「え?」

 

「今日」

 

 思わず聞き返す。桜花は丁寧に二度答えてくれる。

 

「今日って……まぁ、家は別にいいけど。今日は夜から雨降るらしいから、遅くなると面倒―――」

 

「なら家に泊まるといいぞ」

 

「……え?」

 

「家に泊まるといいぞ」

 

 またしても聞き直し、また丁寧に答え直してくれる。

 

「俺の家?」

 

「内の」

 

 自分を指さす桜花。確かに一人暮らしの俺の家に女の子が泊まるよりは、ご家族と住んでいる桜花の家に赴く方が健全で―――。

 

「いやいや! そうではなく! ダメだろ、そんな……」

 

「どうしてだ?」

 

 小首を傾げる桜花。本当に分からないと言った様子。そんな純真無垢な瞳で見られたら、説明のしようがない。

 

「……マジで?」

 

「お泊り会、楽しみだなぁ!」

 

「だから遊びじゃないって……」

 

 ウキウキしている桜花。諦めを込めてもみじを見ると、もみじも手を上げて溜息を吐いている。

 

 こうして、桜花宅での勉強会と相成った。可愛い抵抗ではあるが、もみじにせがんで一緒に泊まってもらう承諾を得た。

 

 何となくだが、俺単身で異性の家に泊まりに行くのは気が引けた為だ。とんだヘタレである。

 

 

 

 

 

 他人の過程の食卓を囲むのは緊張する。一回緒山宅で食事したが、あの時も随分緊張したものだ。

 

 それにしても、俺の人生で友達の女の子の家族と夕飯を一緒にするなんてシチュエーションがあるとは思っていなかった。前は姉妹だけで保護者ポジションのみはりちゃんは知り合いだったが、今回は言い訳のしようがない程親御さんの二人が目の前でご飯を食べている。

 

「この野菜炒め美味しいねぇ~。藤村君、料理上手だね。流石は毎日作ってるって言うだけあるわぁ」

 

「……どうも」

 

 桜花母に褒められ小さく頭を下げる。その隣では桜花父が黙々と食事を取っている。

 

 一食一般の恩義として、夕食を作るのを手伝った。一応、一品作らせてもらったのだが好評で何よりだ。

 

「藤村の料理は美味いぞぉ~。この前も藤村の家で食べたんだけどさぁ―――」

 

「……」

 

 桜花が俺のエピソードを語る度に、黙々と食事を取る父親に視線がいってしまう。怖い。

 

 突然娘が男の友達を連れてきて『今日泊まるんだ』と言われた父親の気持ちとは如何に。俺には父親がいなかったから姉弟のそういう場面に出くわした事は無いから分からないけど、心が穏やかではないと容易に想像できてしまう。俺の隣で桜花一家と楽しそうに喋っているもみじが居なかった針の筵だっただろう。ありがとう、もみじ!

 

「そう言えば、ゆうやさんに聞きたい事があるんですが」

 

「何? 藤村君」

 

 今回改めて互いに自己紹介し合った。桜花ゆうや。桜花あさひの兄で、今年受験の高校三年生。かえでさんの時もそうだが、勿論俺の方が年上だが敬語で接する。しかし、男相手だと気が抜けるとタメ口を利きそうになる。

 

「もみじろうって何ですか?」

 

「あー、それはね―――」

 

 少し気になっていた、ゆうやさんがもみじを呼ぶ時の呼称。もみじは『あだ名』と言っていたが、実際にはどうなのだろうか。

 

「あさひがそう呼んでたからさ。小学校低学年の時の話で、僕も真似てね」

 

「じゃあ、妹さんがつけたあだ名なんですか?」

 

「妹さん? それってあさひの事か?」

 

 むしゃむしゃとご飯を食べていた桜花が話に入ってくる。

 

「なんか、その呼び方はムズムズするぞ」

 

「そうか? でも、皆桜花だから……」

 

「なら、あさひでいいじゃん」

 

 もみじが名前呼びを提案してくる。まぁ、それが一番丸いだけど……。

 

「おー! それがいいぞ! じゃあ内はあきなって呼ぶぞ!」

 

「……好きに呼べ。……あさひ」

 

「おう! あきな」

 

 にへらと笑うあさひ。正直俺も、最初から名前呼びが分かりやすいとは分かっていたのだが、どうにもタイミングと申しますか、きっかけが無くて変えられなかった。それと―――。

 

「……」

 

 お父様の手前、名前呼びや気安い気がして遠慮していたという理由もあります。娘を名前で呼んでいる同級生の男ってどうなの? 俺の気にし過ぎか?

 

「僕もあきなって呼んでいいかな?」

 

「……それはどうかな」

 

「え? ダメかな!?」

 

 ガーンと落ち込んだ様子のゆうやさん。それを見て笑っているもみじとあさひ。いやー、だって俺の方が年上だし。

 

 そんなこんなで笑いの絶えない食事は進む。家族団らんと言うには不純物が二名いるけど、それでも温かい食卓なのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、僕は部屋に戻るね」

 

 食事の後、後片付けや諸々を終えた頃。リビングでのんびりしていたゆうやさんがそう告げて自室に向かう。

 

「あさひ、アンタ先に風呂入っちゃいなさい」

 

「はーい」

 

 洗い物を終え一休みしている母からそう言われ、洗面所に向かうあさひ。

 

「もみじも一緒に入ろー」

 

「いいよ~」

 

 そう言って二人で部屋を出ていく。リビングにはあさひの両親と俺が残される。

 

 流石に友達の両親と仲介役抜きで残されるのはキツイ。どうしたものかと考えた挙句、消去法的な選択肢としてゆうやさんの部屋にお邪魔する案が俺の中で採用された。

 

「僕もそろそろ……」

 

 そそくさとリビングを去ろうとすると、あさひ母に呼び止められる。

 

「藤村君」

 

「な、何ですか?」

 

「ありがとうね。あさひに勉強教えてくれて。あの子、勉強苦手だから大変でしょう?」

 

 同情してくれるあさひ母。先週の勉強会は想像を絶する程過酷だった。それを長年見てきている母親の言葉だと思うと重みが違う。

 

「……まぁ、確かに大変ですけど、その方がやりがいがあるし。それに……」

 

「それに?」

 

「勉強が嫌いな奴にやらせるのは慣れてますから」

 

 リビングを出て、ゆうやさんが向かった部屋に向かう。適当に部屋をノックし、向こうから返事があった部屋の扉を開ける。

 

「失礼します」

 

「あぁ、あきな君。どうしたの?」

 

「二人が風呂に入って暇になっちゃいまして」

 

 ご両親と三人でリビングに居るのは気まずいし。

 

「成程。それなら二人が出てくるまでここに居ればいいよ。漫画とかあるから、適当に読んでていいよ」

 

 本棚を指さす。俺はそこから何冊か取り出して読み始める。ゆうやさんは机に向かって勉強を始める。

 流石は受験生。平日でも勉強を欠かさないのか。俺も高校時代はそんな感じだったが、高校生なんて飯食ったら部屋で寝っ転がりながらゲームするもんだと思っていた。

 

 暫く漫画を読んでいると、ゆうやさんの唸り声が聞こえてくる。

 

「ここは……どうだっけ?」

 

 ペンの柄で頭を掻いている。後ろから覗いてみる。

 

「確立漸化式……面倒なもんやってんなぁ」

 

「え? 分かるの?」

 

 思わず呟いてしまった。それにゆうやさんが反応する。

 

「……まぁ、何となく?」

 

「何となくで分かる中学生はいないと思うけど……」

 

 訝しむゆうやさん。全く持ってその通りだが、中身だけは大学生級の俺には分かってしまう。

 

「……これは多分―――」

 

 ゆうやさんからペンを借りて解いてみる。正直入試の時は吐く程予習したが、もう大分忘れている。

 数十分後、導いた解を合っているか確認してもらう。

 

「……正解だ。凄い。どうして……?」

 

「まぁ、何となく?」

 

「流石にその言い訳は通じないよ!?」

 

 驚くゆうやさん。俺も解けると思ってなくて驚いた。覚えてるもんだなぁ。

 

「……実は知り合いに大学の准教授とか、何研究してるか分からない怪しげな白衣の人達がいて、その人達から勉強を教えてもらったんですよ」

 

「准教授はともかく、後者は悪の組織か何かなの?」

 

 昔、ちとせ先生やあかりに勉強を見て貰った事があるので嘘ではない。説明にも一切嘘はない。

 

「高校生から大学受験位の範囲ならそこそこ出来ますよ?」

 

「凄いなぁ。本当に中学生?」

 

「……違うかも知れませんね」

 

 冗談っぽく笑って見せる。俺はどうしても嘘を吐くのが苦手なので、出来るだけ事実をベースに会話する事で違和感を無くす。中学生から疑われた時は、素直に違うかもと言えば嘘ではないから動揺もしない。

 そのおかげかどうかは分からないが、冗談と受け取って真に受けないゆうやさん。まぁ、身体が縮んだ大学生なんて、誰が疑おうと言うのか。

 

「現役生程じゃないですけど、少しはお手伝いできるかもしれませんよ?」

 

「……立場が逆な気がするけど、お願いしようかな」

 

 こうして二人の勉強会が始まる。ゆうやさんが詰まった所を俺が見て、一緒に考える型式。先週の勉強会と変わらない体勢だ。

 

 暫く二人で問題集と睨めっこした。それなりにテキストをこなし、切りのいいところまで進めた所で一旦休憩する。

 

「いやー、本当に凄いね。現役の高校生の僕より高校の勉強出来るんじゃない?」

 

「自分でも驚く程覚えてましたね」

 

 自分の記憶力に感嘆する。卒業してから一年以上経っているのに、いざ問題を目の前にしたら身体が、いや脳が覚えている。

 

「ありがとう。ここからは一人でも大丈夫」

 

「お役に立てたのなら幸いです。受験、頑張ってください」

 

 そう言い残して部屋を出ようとする。そろそろ二人も風呂から上がってくる頃だろう。

 

「あ、そうだ。連絡先交換しない? また二人で勉強しようよ」

 

「……二人きりって、なんかやらしいですね」

 

「そういう意図はないんだけどなぁ!?」

 

 取りあえず揶揄ってから、連絡先を交換する。

 

「今度連絡するよ」

 

「次はゆうやさんが勉強教えてくださいね」

 

「必要があるならね」

 

 そう言い残し部屋を出る。あさひに勉強を教えるのをきっかけに、意外な交友関係に発展したものだ。

 人生どんな所で何が起こるか分からない。予想だにしない展開なんて幾らでもある。その時に自分がどんな対応をするか大切だ。

 

「……もしかしたら、後輩になるかも知れないしなぁ」

 

 ゆうやさんに偉そうにするあかりを想像し、不覚にも笑ってしまう。俺とあかりとゆうやさんでキャンパスを歩く。そんな未来もあるかも知れない。

 そんな妄想をしながら廊下を歩いていると、リビングに繋がる通路であさひと遭遇する。

 

「よう、風呂上がったなら早速勉強って、うお!!」

 

 咄嗟に視線を逸らす。目の前には全裸でタオルを首から掛けているあさひがいた。

 

「お前! なんて格好してんだ!?」

 

「あ、そう言えばあきなが居るの忘れたぞ」

 

「こら、あさひ! 服着てから出なさいって、あきな君!?」

 

 足音と共にもみじの声が聞こえる。後ろを向いている俺には音しか聞こえない。

 

「もみじ? 悪いけどそこの痴女を回収してくれないか? 居なくならないと前も向けない」

 

「言われなくてもそうするよ! ほらあさひ! 戻る戻る!」

 

「う、うん……」

 

「……もしかして、恥ずかしかったの?」

 

「うん。ちょっとな……」

 

 二人が去っていくのが足音で分かる。恐る恐る振り向くと、そこには誰もいなかった。

 

「全く、何やってんだか……」

 

 まぁ、自宅なんだし全裸でウロチョロするなとは言わないけど、客人が居る時は同性でも気を付けた方がいいぞ。……なんか全裸慣れしてるみたいだったけど、もしかして普段からそうなのか?

 

「これは……兄貴の苦労が偲ばれるなぁ」

 

 ゆうやさんの部屋に向けて合掌する。高校生になったら全裸徘徊は流石にしないと思うが、今からでも教え込んで置いてくれ。

 

 その頃には、俺はあさひの傍には居ないと思うけど……。

 

 

 

 

 

「さて、これから勉強する訳だが……」

 

 あさひの部屋で勉強会が始まる。あの後俺が風呂に入り、上がってきてあさひの部屋に集合したのだが……。

 

「このお菓子の山は何かな?」

 

「美味しいぞ?」

 

「そういう話ではなく」

 

 これから勉強するには不必要な代物だ。百歩譲って糖分は疲労した頭にいいと言っても、既にむしゃむしゃ食べているあさひには通用しない理論だ。

 

「まぁ、いいか。糖分の前借という事にする」

 

 いちいちツッコミを入れていたらキリがない。状況を受容して、確実に目的に近付く能力が求められる。遠回りでも、結果として学力が向上すれば問題ない。

 

「とにかく勉強だ。今日は時間もあるし、数学だけじゃなくて英語も教えるぞ」

 

「うえ……気分悪くなってきた」

 

「気のせいだ」

 

 口を抑えるあさひ。病は気からとは言うが、明らかな仮病なので構わない。

 

「―――しゃあない。期末テストでいい点取ったら、ご褒美をやろう」

 

「ご褒美!? なんだなんだぁ!?」

 

 一瞬で目を輝かせて食いついてくる。言った手前申し訳ないが、何も考えていない。

 

「そうだな……。何でもいいから言う事を一つ聞いてやろう」

 

「本当か!? 何でもいいのか!?」

 

「一般常識の範囲で頼む」

 

 一気にやる気を出すあさひ。その様子を見ていたもみじが感嘆の声を漏らす。

 

「凄いね。あさひを扱うの上手」

 

「もみじ程じゃないよ」

 

「何でも言う事聞くって、そんな事言って良かったの?」

 

「……まぁ、あさひだし」

 

 あかり相手なら自殺行為だが、あさひなら大丈夫だろう。無茶なお願いはされないはずだ。

 

「何か目標があった方がいいだろ? あさひは勉強が苦手みたいだし、勉強の達成感より自分の欲望に近い目的を設定した方がいい」

 

 勉強の楽しみは理解が増える、物事を多く知れる知識欲だったり、何かを成し遂げる達成感だったりする。でも、勉強が苦手な人はそう言った事に楽しみを見出せない人が多い。それなら、勉強をする事で自分の知る範囲で『嬉しい事』があれば苦手な勉強も耐えられる。

 

「やっぱり、扱い上手だよ」

 

「まぁ、なんだ。そういう奴の尻に火をつけるのは慣れてるんだよ」

 

 

 

 

 

 時刻は十二時を少し過ぎた頃。中学生ならもう眠る時間だろう。

 現に目の前のあさひは眠そうに頭を揺らしていた。

 

「そろそろ終わりにするか」

 

「そうだね。明日も学校だし」

 

「……ぐがぁ」

 

 もう半分寝ているあさひ。もみじがベッドまで肩を貸す。ベッドにぶっ倒れたあさひは、そのままいびきをかきながら眠ってしまう。

 

「俺達も寝るか」

 

「……本当にいいの? 私はあさひと一緒にベッドで寝るよ?」

 

 部屋の床に布団を敷く。もみじが寝る用の布団だ。

 

「いきなり泊まるって言いだしたせいで、用意できるのが一つだけだったなんて盲点だったな」

 

「だから私があさひと一緒に寝て、あきな君が布団で寝た方が……」

 

「シングルベッドで二人は狭いだろ? 大丈夫。ゆうやさんがベッド貸してくれるって」

 

 事情を説明したら、自分の寝床を提供してくれた。その代わり、ゆうやさんは寝る場所を失い、リビングのソファーで寝るみたいだ。

 

「お兄さんが可哀想じゃ……」

 

「気にするな。男は誰しも、何処でも寝れるって特技を持ってるから」

 

「そういうものなの?」

 

「そういうもんだ」

 

 渋々納得してもらう。何なら俺がソファーで寝てもいいんだが、流石に却下された。客人をそんな場所で寝させるわけにはいかないという至極真っ当な意見だ。

 

「じゃあ、また明日な」

 

「うん。おやすみ」

 

「……おう。おやすみ」

 

 就寝の挨拶を交わして部屋を出る。……少しだが、おやすみと言い合う行為にドキッとしてしまった。そう言えば、最後に面と向かって誰かにおやすみと言ったのはいつだろうか。風邪を引いた時に緒山宅でみはりちゃんに言われたけど、返事したっけ俺?

 これは、ドキッと言うより気恥ずかしい感じに似ているかも知れない。だからみはりちゃんにも返事で居なかった気がする。

 

「……寝るか」

 

 なんだか恥ずかしい思考をしている。誰かにおやすみくらい言えるし、それが何だと言うのか。普通の事だろ。

 ただ、寝る時の挨拶はどうしても言う相手を身近に感じてしまう。俺の中の感覚では、おやすみを言うのは家族程の関係で、友人に言うのは少し、いや結構恥ずかしい。

 

 そんな気にし過ぎの勘違い野郎である俺が一番恥ずかしいと言う事は、今の俺には気づけなかった。

 

 

 

 

 

 朝。目が覚めると床の上。隣のベッドではあさひがいびきをかいて寝ている。

 

 痛む腰を摩りながら、目覚めだした脳をフル回転させて状況を整理する。

 

 ここは俺が寝ていたゆうやさんの部屋だ。寝る前と一切変わっていない。俺はここで昨日眠りについた。

 あさひが占拠しているベッドで確実に寝ていたはず。どうして俺は床で寝ている? それより何より、どうしてゆうやさんのベッドであさひが寝ている?

 

「起きてるー? 入るよー」

 

 部屋のドアが開く。ゆうやさんの声だ。俺は咄嗟にこの状況の言い訳を考えるくらいには脳が目覚めていた。

 

「ゆ、ゆうやさん!? これはその……あれですよ! 何というか……」

 

 しかしながら、上手い言い訳は何も思いつかず、あたふたするだけだった。

 

「あぁ、あさひもいたのか。悪いけど、起こしてきてくれない?」

 

「……え? それは良いんですけど、その……」

 

 何ともないという様子のゆうやさんに、俺は面食らってしまう。

 

「ん? あぁ、そうか。初めてだとビックリするよね。大丈夫、たまにあるんだ。多分、夜トイレとかで起きて部屋に戻る時に間違ったんだと思うよ」

 

「間違った……?」

 

「そうそう。戻る部屋間違えてそのまま気付かずに寝るんだよ。そいつ」

 

 ゆうやさんが指さすあさひは、幸せそうに涎を垂らして寝ている。ゆうやさんが頬を突くが、一向に起きる気配がない。

 

「まぁ、可愛い間違いだと思って許してやってよ」

 

「……俺は全然良いんですけど、女の子的にお兄さんからしたらどうなんですか?」

 

 今の説明を聞いた限り、俺も寝ていて分からないが確実にベッドで年端も行かない男女が一緒に寝ていた事になる。途中でベッドから落とされた様だが。

 

「今の所大丈夫なんじゃない。僕から言うのはあれだけど、あさひってそういうの分からないと思う」

 

「それは……そうですね」

 

 寝ているあさひを見る。確かにお兄さんの前でも全裸でいて平気な女子だ。一緒に寝るくらいなんてことはないかも。寧ろ、俺を抱き枕くらいに考えてた可能性すらある。

 

「……ヤバい。流石にそれは慣れてないかも」

 

 寝ている間の事を想像すると、失礼なのだが少し吐気がしてきた。幾ら慣れてきて対象も俺の恐怖症を感じづらい見た目だとしても、異性と長時間密着していたと想像すると、恐怖を通り越して身体が拒否反応を起こしてしまう。

 最近発症する事が無かっただけで、俺の女性恐怖症は完治していない。それは肝に銘じておかなければ。

 

「大丈夫? 少し顔色悪いけど」

 

「……大丈夫です。腰が痛いだけです」

 

 腰を摩りながら答える。自宅でもたまにベッドから落ちた事に気付かずに朝まで寝て、起きたら腰がヤバい事がある。特に大学に通っていた頃は頻発していた。

 

「―――あさひを起こしましょうか。もう朝ですし」

 

 幸せそうな眠りを邪魔するのは気が引けるが、そろそろ起きなければ学校に遅刻してしまう。

 

 俺達は二人であさひを起こした。布団を剥ぎ取っても眠っているあさひを起こすのは骨が折れた。毎日しているであろう親御さんには頭が上がらない気分だった。

 

 

 

 

 

「へぇ、昨日あさひの家に泊まってたの?」

 

「そうそう。あきな君に勉強教えて貰ってて」

 

「ッ! それって、藤村君もお泊りしたって事!?」

 

「そうだぞー。あきなが作ったご飯美味しかったなぁ」

 

「……名前で呼んでるのです」

 

 ホームルームが始まる前。朝の談笑が聞こえてくる。どうやら昨日の勉強会の話をしているらしい。

 

「おーす、あきな。おはよう」

 

「おはよ」

 

「? 腰なんて摩ってどうした?」

 

「あぁ、何でもない……」

 

 腰を労わる俺の様子を心配してくれるゆうた。今日は一日中腰の痛みとの戦いかもな。

 

「あさひってば、間違ってお兄さんの部屋で寝たりするんだよー」

 

「気を付けろよー。突然妹が入ってくるなんて、兄からしたら緊急事態だからさ」

 

「それは、経験則です?」

 

「そうなのか? でも、昨日にーちゃんの部屋で寝てたのはあきなだから大丈夫だぞ」

 

「そうなの? それなら安心―――んん!?」

 

「え? あさひちゃん、もしかして―――」

 

「? あきなは抱き心地いいぞ」

 

「「「!!」」」

 

 

 

 

 

「……おい、あきな。何か見られてるぞ?」

 

「気にするな」

 

「というか、あっちから聞こえてきた会話の内容が聞き付てならないんだが……」

 

「……気にするな」

 

「なぁ。まさかとは思うんだけど、腰が痛いって何か関係するのか……?」

 

「……ないと言えばないけど、あると言えばあるな」

 

 窓の外を眺めて誤魔化す。というか、右側は見れない。よく分からんが、まひろ達の視線を受け止めきれる自信がない。

 何やら騒がしい声が聞こえる。俺を呼んでいる気がするまひろの声。俺に呪詛を吐いている気がする室崎の声。必死に事象を説明してくれているもみじの声。隣で俺とまひろ達を交互に見て慌てているゆうた。

 今日も今日とて教室は騒がしい。これが青春って奴か。まるで失われた時間を取り戻した気分だ。そんな益体のない事を考えてながら、とにかく時が過ぎるのを待つ。

 

 痺れをきらしたまひろが俺の席まで来て、俺の肩を揺らすまでに時間は掛からなかった。全く、少しはあさひも『そういう事』を理解してもいいんじゃないか? 俺だけが苦労するのは不公平だろう。二つの意味で。









 昔、原作者の方が書いていたなのはの四コマ漫画を読んでいたら、とても創作意欲が湧いてきました。

 もしかしたら、そっちでも何か書くかも知れません。

 ……まぁ、今の投稿頻度に挟まる余裕ないので、たらればの域ですが。

 関係なんですけど、ゆうたとゆうやがに過ぎてて、どっちがどっちだが分からなくなる時があります。誤字ってたらすみません!
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