眠くないのは寝てる時くらいです。寝てるので。
「先輩……」
「あかり……」
にじり寄ってくるあかり。後退するが徐々に距離を詰められる。
「先輩……!」
壁まで詰められ、両手で壁ドン。左右に逃げ道無し。
「や、やめろ……! あかりぃ!!」
あかりの両手が俺の肩に置かれ、その後に背中に回される。
「可愛い!! 先輩、可愛いです!」
「止めろって! あかり……うぷ」
抱きかかえられ、振り回される。グルグルと回され三半規管にダメージ。ついでに女性恐怖症の発病で、吐気は最高潮。
「こらこら、あきな君が困ってるよ?」
青ざめて吐瀉寸前の所で、ちとせ先生があかりを嗜める。
「すみません。ついつい」
あかりの腕から解放された俺は、ダッシュでトイレに向かう。数分後に出す物出してグロッキーな俺に、みはりちゃんが水をくれる。
「大丈夫ですか?」
「……何とか」
「本当なんですね。女性恐怖症……」
ここはみはりちゃんやあかりが所属する研究室。その一室。
みはりちゃん製の『女の子になる薬』を飲んで、少年から幼女になってしまった俺の現状を確認する為に、薬が開発された大学の研究室に訪れた。
「まさか先輩が女の子になったなんて。驚きです」
「俺が一番驚いてるよ」
「よく死にませんでしたね」
「そっちの驚き!?」
「薬の同時投与なんて、想定していませんでしたから。何が起こっても不思議じゃないと思いまして」
「こわ……」
両肩を抱く。可能性とはいえ、そんな危険があったのか。
「流石に大丈夫だと思います。……確約は出来ませんが」
「みはりちゃんに言われると一気に不安になるなぁ……」
適当ぶっこくあかりでなく、冗談を言わないみはりちゃんにそう言われると、途端に現実味を帯びてくる。
「何はともあれ、無事でよかったよ」
「そりゃどうも」
「と言っても、何の異常もないとは言い切れないし、検査は必要だね?」
「は?」
にたりと笑うちとせ先生。気が付いた時には、背後にあかり。出入口にはみはりちゃんの布陣。
「さぁさぁ、お姉さんに任せない。天井の染みを数えてる間に終わるよ」
「男としての威厳が終わりそうなんですけど!?」
前後から詰められ、逃げる場所はない。前からは不気味に笑うちとせ先生。後ろには舌なめずりするあかり。
「じゅる……観念してくださいね? 先輩?」
「私は医学にも精通してるから安心したまえ」
「誰も信頼できない!」
二人は目と鼻の先。全身から冷や汗が流れ始める。身の危険もそうだが、女性恐怖症もビンビンに反応してる。
「み、みはりちゃ~ん!」
「……すみません」
片手で謝罪の意を示している。あぁ、もうダメだ。
「く、来るな……来るなぁ! ら、らめ~!?!?」
「お兄ちゃんから見た私も、あんな感じだったのかなぁ?」
「ぐす……ぐす……」
「いつまで泣いてるんですか? 先輩」
「ちょっと刺激が強かったかなぁ?」
「ただ身体検査しただけですよね? 聴診器当てて」
女性二人に襲われた俺は、色々と失った気分だった。
「もう、男に戻れない……」
「まぁ、経過観察と言った所かな。色々と」
タブレットに何やらデータを入力している。それをみはりちゃんとあかりも閲覧しながら話し合っている。
「大きいですね……」
「背丈に見合わないサイズだ。将来が楽しみだねぇ」
「……胸のサイズと薬の効果に何か因果関係が?」
聞こえてくる内容は俺の身体を案じているとは思えない。……本当にこの人達に任せて大丈夫だろうか?
「―――まぁ、何はともあれ、不具合が無くて良かったよ」
「人を実験中のロボットみたいに扱うの止めて貰えます?」
「実験中なのは事実だろう? 女性恐怖症克服のさ」
「余り進歩はないみたいですけど」
ちとせ先生とあかりの言葉にぐうの音も出ない。確かに、恐怖症克服については殆ど進歩していない。
少し前までは、クラスの子達と普通に話せるようになったことを喜んでいたが、よくよく考えれば年下の女の子と話せなくなったのは身体が縮んだ弊害で、元に戻ったという方が正しい。
俺の女性恐怖症は全く改善されていない。それは昨日のかえでさんや、まひろとの絡みからも証明されている。
「俺も、少しは頑張ってるんだけどなぁ」
「努力が足りないという事です」
「そう言われてもなぁ……」
正直、女性恐怖症の克服と言われても何をどうすればいいのか分からない。殆ど取っ掛かりがない。
一応、実験終了条件として『異性を好きになる事』というのがあるが、例え女の子に恋したって、それで克服出来たという訳でもないし。
「うーん……」
「……そうだ! なら、実験してみません?」
「は?」
「せっかくここは研究室ですし、先輩の女性恐怖症を正確に把握する実験です」
「実験?」
楽しいそうなあかり。実験とは不穏なワードだが、一体何をするのだろうか。
「現在、先輩がどれくらい女性に対して恐怖するのか実験してみましょう」
「既にお前に吐かされたが?」
「なら、私は後回しにして。まずはみはり先輩からですね」
「え?」
突然名前を呼ばれて驚くみはりちゃん。話の流れからするとまさか……。
「二人共、向かい合ってください」
「こ、こう?」
「……」
指示通りに向かい合って立つ。正直、止めた方がいい気がするが、出入口には今度はちとせ先生が立っていた。またこれか。
「そうです、そうです。―――それでは、良きタイミングでハグしてください」
「え!? は、ハグって!?」
「抱き合ってください。私では嘔吐しましたが、みはり先輩なら違うかも知れません」
「また、可笑しなことを……」
何を言っているのか呆れる所だが、あかりは一切ふざけてなどいない。至って真剣な表情をしている。
「さあさあ」
「はぁ……馬鹿馬鹿しい。みはりちゃん、付き合う必要は―――」
言い終わる前に、正面から抱きつかれる。
「え? ……あ、あの」
「……どうですか? あきな君」
「どうって……」
みはりちゃんの温もりを感じる。不意の出来事過ぎて脳の処理が追い付かないが、心臓がバクバクして五月蠅くて、それで―――。
「―――吐きそう」
慌てて抱擁を解くみはりちゃんを置いて、全力でトイレに駆け込む。本日二度目のリバースは、もう出てくる物もなく、酸っぱさだけが口に広がるのみだった。
「あー、やっぱりダメでしたか」
「……分かってたならやらすな」
水を飲んで身体を落ち着かせる。あかりは相変わらず真剣にデータと睨めっこしている。
「次は先生ですね」
「お、私の出番かい?」
腕まくりをしているちとせ先生。その姿を見て、俺は顔を逸らす。
「いや、先生はいいです。気のが乗らないので」
「酷い!」
愕然としている様子のちとせ先生だが、正直、この中でちとせ先生だけはヤダ。何か生々しくて。
「仕方ないですね。……じゃあ次は、ハグ以外はどうなのか検証しましょう」
「まだやるのか?」
気乗りしないのだが、あかりはやる気満々だった。
「みはり先輩、床に座って貰っていいですか? あきな先輩はその隣で、みはり先輩の膝に頭を置いて貰って……」
「おい、それってまさか」
「膝枕です」
当たり前だろと言いたげな顔で淡々と指示を飛ばしてくる。
「膝枕程度なら大丈夫かも知れません。ハグは身体の設置面積が多いですが、膝枕は頭を重点的に密着させます。もしかしたら、密着部位の差異で変化があるかも」
「真面目な顔で馬鹿らしい事言うな」
「ほら、早く早く」
「早くって―――」
急かされてみはりちゃんの方を見ると、既にスタンバイが完了していた。
「―――え? みはりちゃんはいいの?」
「そうですね。私も少し気になります」
そう言うみはりちゃんの目は、あかりと同じような目をしていた。……この子もこの子であかりと同値の変態だった事を忘れていた。
「……はぁ、こりゃ、長くなりそうだな」
「諦めな。彼女達に捕まった君の運の無さを」
溜息を吐きながら落とす肩に、ちとせ先生が手を乗せてくる。励ましてくれているつもりなのだろうか。それなら何にも励みになっていない。
この後、実験と称した俺で遊ぶ会は、俺が腰が抜けて立てなくなるまで続いた。
そろそろ本格的に休みが欲しいですね。夏休みの終わりが二章の終わりなので、そこら辺まで書きたいです。
この作品、二話で一話みたいな所あるので、一週間の内、思い出した時に読むくらいが丁度いいのではないでしょうか?