取りあえず今日一日、死なない様に頑張りたいです。
プライベートでこの場所に来るとは思わなかった。高校卒業以避けてきた場所だ。
学校の授業は不可抗力なので仕方ないが、好き好んでくるまいとは思っていたのに……。
腕を摩る。夏だと言うのにどうしてか肌寒い。こんなに肌をされして外にいるのは高校生の授業以来だ。
はしゃぐ男女に走り回る子供達。水しぶきが舞い散り、時折肌に触れる水は、冷たすぎず心地良い温度。
「あきなちゃ~ん。早く~」
手を振って名前を呼んでいるのは、水着姿のもみじ。もみじの周りには他にも水着姿の女子が数人。
呆然と立ち尽くす俺の所に駆け寄ってきたもみじが、俺の腕を掴む。
「ほら、行くよ」
もみじに引っ張られるまま向かうには、今年出来たプール施設。あかりから貰った優待券で訪れている。
「どうしてこんな事に……」
ことここに来ても尚、俺には理解できない。どうして俺はプールにいる? どうしてもみじに腕を引かれている?
―――どうして、女性用水着を着て、公共の施設であるプールに来ている?
「うひょー! 涼しい~!!」
ベッドにダイブして寝転がって暴れまわる。久しぶりの自室のベッドは、生物学的に感じる事のない自分の匂いが男臭く感じた。
「エアコン、直って良かったですね」
部屋ではしゃぐ俺を無表情で見ているあかり。
「おぉ! ありがとな、あかり。俺の代わりに業者の人とやり取りしてくれて」
「別に先輩の為じゃないです。みはり先輩の為です」
ぷいとそっぽを向く。女の子の身体になってしまった俺の代わりに、あかりが修理業者の対応をしてくれた。
「ツンデレめぇ~」
「デレた記憶はないです」
「まぁ、何はともあれ、ありがとよ。理由はどうあれ、あかりがしてくれたのは事実だから、お礼は言わせてくれ」
「……どうも」
素直な気持ちで感謝すると、あかりは俯きながら答える。普段のあかりらしくない反応だが、彼女も彼女で素直に受け止めてくれたと言う事なのかも知れない。
「―――後さ、お礼ついでにお願いがあるんだけど……」
「どういうついでですか?」
「いやー、ははは」
笑って誤魔化すが、訝しむあかりの視線が突き刺さる。
「ちょっと、買い物に付き合って欲しいんだよね」
「それは……構いませんよ。私も我儘を聞いてもらった訳ですし」
「本当か!? 言質取ったぞ!?」
「そこまで必要な案件ですか?」
若干引き気味のあかり。良からぬ方向に勘違いされているみたいだが、別に大した事ではない。
「いや、なに、ちょっとした買い物だからさ」
「それはさっきも聞きました。具体的には?」
「その~……、み、水……」
「水?」
「水着を買うのに一緒に来てほしくて……」
「水着? ですか?」
小首を傾げるあかり。あかりからしてみれば、俺からそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。俺もそんな事を人生で言うとは思わなかった。
「実は、まひろ達とプールに行く事になって、水着が無いから買いに行かないとでして……」
「……その身体で?」
「はい……」
ばつの悪い顔になる。俺だって行きたくはないが、かえでさんからの提案で、俺は彼女の言う事は一回は鵜呑みにしなくてはならない制約がある。致し方なかったのだ。
「……何となく、断れない状況だったとお察ししますけど、私の考えだと、その話の流れになった時に、水着が無いなら一緒に買いに行こうとなりそうですけど?」
「それは、持ってるって嘘吐いた」
「理由は……それも察せますけどね」
理解の早い後輩で助かる。俺もプールに行く事になった時、水着が無いと言いそうになった。でも、そんな事をかえでさんの前で言ったら、必ずと言っていい程『じゃあ、一緒に買いに行こう』となる。俺は水着を買った事は無いが、衣服の一種なら試着とかもあるのだろう。水着、試着の連想ゲームから良くない未来を幻視するのは容易だった。
「試着室から可愛い水着を着て出てくる先輩を皆で見るのも、また乙でしょうね」
「他人事だと思いやがって……!」
俺のあられもない姿を想像してニマニマしているあかり。俺からすればその想像は背筋も凍る恐怖体験だ。
「でも、その理屈で行くと、私と買いに行っても同じじゃないですか?」
「いや違う。あかりは特別だ」
「と、特別!?」
「あかりに見られるのは多少マシだからな」
「……その心は?」
「あかりは異性と言うより、妹って感じだし」
「……」
あかりの視線が冷たくなり、俺は首を傾げる。何か変な事言ったか?
「……まぁ、いいでしょう。腑に落ちませんが、二人で行きたいと言う気持ちは買います」
「いや、二人じゃないぞ? まひろもいるぞ?」
「は?」
「まひろは事情知ってるから協力してくれるって言ってくれてさ。みはりちゃんも言ってたくれたんだけど、流石に恥ずかしくて……」
「……はーん、ほぉーん」
更に一段と視線が冷たくなる。何だか身体がぶるりと震えてしまう。エアコンの温度を下げ過ぎただろうか?
「……今日の所は飲み込みます。私は大人ですから。そうですから」
「? よく分かんないけど、お前はまだ子供だろ?」
「これ以上喋らないで貰えますぅ!?」
ぐいっと顔を近づけて威嚇してくる。その態度に気圧されて取りあえず「は、はい」と頷く。
「買い物行く日が決まったら連絡ください。私はエアコン修理の請求書をちとせ先生に渡しに行きますので。それじゃ」
そう言い残しドタドタと足音を鳴らしながら出ていく。残された俺は何が何だか分からなかった。
「何で怒ってんだ? アイツ……」
人生で水辺を避けてきた理由は二つある。
一つは己の性癖である。
しょっぱなから言いづらい内容ではあるが、とにかく少しでも可能性を減らす為の取り組みとして、海やプールと言った水着を拝む場所は避けてきた。
実際に来てみた今思えば、小学生くらいの子がその姿で走り回っているのを見ても何とも思わないし、首ももたげない。……今の俺にもたげる首がないのはさておき。
食わず嫌い、気にし過ぎだったのかも知れない。これからは海水浴に行ってもいいかも知れない。前向きな発見が出来た。
そして二つ目は、単純明快にして、真っ先に思いつく理由。
俺は泳げない。
浮き輪でぷかぷかと浮かぶのは存外に悪くない。小学生の頃は家族で海に来て浮き輪で浮いていたが、あの頃は何が楽しいの理解出来なかった。遊び盛りの子供には分からない趣向だ。
ぼんやりと上を向きながらプールを漂う。気分は水面に浮かぶ木の葉の如く、ふらふらと流れと浮き輪に身を任せる。
「こんな所に居たのか!」
漂い彷徨う俺の所に、水をザバザバさせながらあさひがやってくる。
「あっちのプールで泳ぐぞ!」
「……私、泳げない」
「そうなのか!?」
「最初に言ったんだけどなぁ……」
驚いているあさひは案の定聞いていなかったみたいだ。
「泳ぐのは楽しいぞ!」
「いや、だから泳げないって」
浮き輪をプールサイドに引っ張っていく。浮き輪の上の俺は成すがままだ。
「こら、あさひ。無理に誘わないの」
プールから上げられ、競泳用のプールに引っ張っていくあさひを駆け寄ってきたもみじが咎める。
「ごめんね~。いっつもこの子強引で」
「大丈夫です」
「……もしだったら、泳ぎの練習する? 手伝うよ」
「練習か……」
あさひを羽交い絞めにするもみじからの提案。競泳用のプールで泳ぎの練習。
「……悪くない、か」
少し悩んだが、それも在りか。ずっと浮き輪で浮いているだけも味気ないし飽きてしまう。
「お願いします」
「うん! 任せて!」
そう言うと、今度はもみじが俺の腕を掴んで連れていく。
「私が手を掴んでるから、バタ足で泳いてみて」
言われた通りに、水に浮いて足をバタバタさせる。もみじが腕を引っ張って前に進ませてくれる。
「―――ぷはぁ!」
「そうそう、息継ぎは一定の間隔でね」
プールの端から端まで来た所で一旦ストップ。
「ふぅ……こんな感覚なのか。泳ぐのは」
「あきなちゃん、飲み込み早いよ。これなら直ぐに一人で泳げるよ」
「そ、そうですか?」
「泳げるようになったら競争だな!」
「そこまではハードル高いですね……」
流石に今日で競い合うまで泳ぎが上手くなるとは思わない。でも、確かに自分でも泳げるようにはなる気がしてきた。
そもそも、俺はどうして泳げないんだっけ? 確か、身体が浮かなくて、そこから苦手意識が生まれたはず。でも、今は浮いている。
「……胸が浮くって本当なんだな」
両の胸を下から持ち上げる。水面に付けると、確かに浮いている。成程、泳げない俺の専用浮き輪と言った所か。
「「……」」
胸をぷかぷか浮かせて遊んでいる俺を、もみじとあさひがじっと見つめている。
「どうかしました?」
「「……いや」」
二人同時に同じ反応をする。何だかぶるりと身体が震える。
「泳ぎの練習、続きをお願いします」
「……うん」
先程まで前のめりだったもみじが微妙な反応をする。何だ? もしかして俺、何かしたか?
違和感を拭えないまま、もみじ先生の水泳教室は続いた。その後暫くは、もみじから冷ややかな視線を向けられていたが、何となく理由は聞けなかった。
次回更新が明日だったら良かったのにと、夢に見ます。
明日は無理ですね。申し訳ありません……。