僕の全力です。
夏の終わりは夏休みの終わり。学生の頃はそんな感覚だったと、今更ながらに思い出した。
八月ももう直ぐ終わるので、夏の終わりと言っても過言ではないだろう。
近所で開催されている花火大会。もみじからのお誘いがまひろに来て、まひろからのお誘いで俺が来たのが一連の流れ。ついでにみはりちゃんの手でまひろ&あきなは浴衣姿で颯爽登場。知らない人から見ればさながら三姉妹の様だった。
「何だか三姉妹みたいねぇ~」
俺と同じ感想を持ったのは、同じく浴衣姿のJKお姉さん、穂月かえでさん。目を輝かせながら俺達を交互に見やる。
「あんた、また私服~?」
「あはは……」
みはりちゃんだけ装いが違うのに文句がある様子のかえでさん。確かにみはりちゃんも浴衣の方が統一性があるし、より仲良し姉妹感が出て良かったかも。
「……」
「……もしかして、あきな、ちゃんも同じ感想ですか?」
「―――絵としてはそっちの方が映える」
親指と人差し指でフレームを作り、中にまひろとみはりちゃんを入れ込む。
きょうだい揃って浴衣で花火大会とは、中々に心躍るシチュエーションではないか。
「だよね~、あきなちゃん分かってるぅ~」
後ろから両肩を掴まれて身体を密着さてくるかえでさん。突然の事で身体がビクリと震える。
「でも、あきなちゃんも同じ絵の中に居た方が映えだよ?」
「そ、そうっすかね~?」
苦笑いをしながら冷や汗の止まらない身体を摩る。夏であるはずなのに身体の震えが止まらない難儀な恐怖症である。
「う~ん、やっぱりみはりも浴衣着ようよ~」
「うえ!? い、いいよぉ。私はこのままで」
俺から離れ、今度はみはりちゃんに絡んでいく。いつもながら彼女のアグレッシブさには肝を冷やす。
「ふぅ」
「大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、サンキュー」
深く息を吐いて呼吸を整えている俺にペットボトルに入った水を手渡してくれるのは、浴衣姿にお祭りで買ったと思われるお面を頭に装着したなゆただった。
「外に出て大丈夫なのですか?」
「俺も不安しかないんだけど……まぁ」
「?」
「―――まひろの誘いだし、断るのも、さ」
確かに男に戻りつつある身体で外出するのは危険だが、俺の事を思って息抜きの場を設けてくれたまひろやみはりちゃんの善意を無下にはできない。
「……」
「あきな? 顔赤いですよ?」
「……気のせいだろ」
貰った水を勢いよく飲み干して、なゆたに背を向ける様にゴミ箱を探す。確か近くに自販機があったし、そこにゴミ箱もあるだろ。
自販機の隣に備え付けてあるゴミ箱にペットボトルを捨て、深呼吸をして数分。もう一本水を買い、また飲み干した。
「それにしても、祭りなんて久しぶりだな」
花火大会。その会場である神社周辺で催されている夏祭り。俺はその雰囲気に幼少時代の記憶を刺激されていた。
小学生の頃は夏と言えば夏休み。夏休みと言えば夏祭りというくらい定番だった。なけなしの小遣いを握りしめて、くじ引きで全額すったのは、今になってみればいい思い出でもあり、知識が付いた大人からすれば、あくどい搾取だったと涙を禁じえない。
女子中学生一行の最後尾を歩きながら、露店を見て歩く。焼きそばにタコ焼き、リンゴ飴にチョコバナナ。件のくじ引き屋や、輪投げに射的と、記憶の中のお祭りと何も変わらない風景が広がっている。
どれだけ時間が経過しても、変わらない物がある。そう感じされてくれるのは貴重なのかも知れない。
「うまーい!」
むしゃむしゃとタコ焼きを頬張るまひろ。口元にはソースを付けている。
「もっと大人しく食えんのかね」
「いやー、ちょっとテンション上げすぎちゃったかな?」
「ソースついてるぞ」
指摘すると、両手が塞がっているまひろは手に持っているタコ焼きの容器を俺に渡し、指でソースを拭ってそれを舐める。
俺は、その様子を眺めながら、手渡されたタコ焼きをクンクンと嗅ぐ。
「まぁ、美味しいのは認めるけど」
「だよなぁ。祭りで食べるタコ焼きって、なんか雰囲気と相まって一層美味く感じるよな」
「屋台は壁が無いから、匂いやら見た目やらがダイレクトに伝わって、嗅覚や視覚が刺激されて空腹感を感じやすくなるらしいぞ」
周囲から漂ってくる飲食物の香りが、俺の嗅覚も当たり前に刺激してくる。
「……」
「あきなは何か食べないのか?」
「……持ち合わせがない」
より正確には、貧乏一人暮らしの身で、価格設定が上向きにバグっている屋台の食べ物など買う余剰資金はない。さっきから焼きそばの屋台から漂ってくるソースの香りが鬱陶しいのなんの。
「……」
「お金無いなら奢ってやるぞ?」
屋台を睨む哀れな俺に、まひろが救いの手を差し伸べてくれる。しかし、甘言に惑わされてはいけない。
別に腹が減っている訳ではない。ただ、祭りの雰囲気に呑まれてついつい買い食いをしてしまう精神性の問題なのだ。ここで誰かに頼って無駄な食欲を満たしてしまったら、財布の紐が緩む危険性がある。
「……同級生から奢られるのはちょっと」
適当な理由を付けて突っぱねる。本当は奢ってくれるなら一切の抵抗も躊躇いもなく飛び付くのだが、今回は前述した理由がある為これを拒否。
これは己との戦いだ。一人暮らし貧乏大学生の意地とプライド。そして財布事情との戦い。
「―――なら、これならどうだ? 一個くらいならいいだろ?」
そう言いながら、俺が持っていたタコ焼きの容器からタコ焼きを一刺しし、俺の口元に近付けてくる。
「ほら、まだ冷めてないし、美味いぞ」
「……」
「ほらほら」
「……あーん」
パクリ、と、差し出されたタコ焼きを食べる。タコ焼きはまひろが言う様に、まだほんのりと温かく、食べるのにちょうどいい温度だった。
「美味いか?」
「……うん」
「だろ? 美味いだろ? もっと食いたいだろ?」
「うん」
「なら遠慮すんなって。奢られるのが嫌らなら一緒に食べようぜ」
無邪気に笑うまひろ。その顔を見て小さく頷くと、気分を良くしたのかもう一度、串に刺したタコ焼きを口元に持ってくる。
「ほら、もう一個」
「あーん」
パクリともう一個食べる。もうそこには、鉄の意思とプライドを持ち合わせた大学生はいなかった。さながら餌付けされている犬の如し。尻尾があったら左右にブンブン振っていただろう。
「ほらほらぁ、もう一個」
「あー
「あむ!」
更にもう一個と行こうとした所で、横からかっ攫われる。
「あ、もみじ」
「……二人で何してるの?」
モグモグと口を動かしながら、鋭い視線を向けてくる。まひろはもみじの視線の意図が分からずたじろいでいる。俺はというと、奪われたタコ焼きを惜しんで、代わりに指を加えている。
「わ、わたしも食べたい!」
「う、うん!? そんなに食べたかったのか?」
ぷんすか怒っている様子のもみじに、残ったタコ焼きを食べさせるまひろ。俺の手にあるタコ焼きの容器からまひろがタコ焼きを取り、もみじに食べさせるという謎の三角関係が構成されていた。
全てのタコ焼きを食べ終わり、空になった容器だけが俺の手元に残された。
「ふぁふぅふんふお!?」←焼きそばを食べながらなので、何を言っているか分からないあさひ。
「……いい」←うっとりしているみよ。
「?」←よく分かってないなゆた。
祭りと言えばくじ引きだが、大人になって無駄に知識を付けてしまった俺には、もう無邪気だったあの頃の様に、屋台の表にでかでかと飾ってあるラジコン目当てに、なけなしのお金を費やすことは出来ない。
もみじが実際にくじを引いて、名称も分からないゴム製の伸びるおもちゃを当てて、何とも言えない表情になっているのを見て、俺もまた、いたたまれない気持ちになった。
何が質が悪いって、輪投げとか射的とか金魚すくいとか、意図的に取りづらい細工がされている可能性はあっても、ある程度の技量や時の運でミラクルを起こせる事があるし、取れなくても自分の実力のせいに出来るし、何より体感型のゲームとしての『楽しさ』がある。
しかし、くじ引きはただくじを引くだけで、面白みの欠片もない。それが好きな人もいると思うが、俺にはその簡素な行為に楽しさを見出すことは出来ない。
だから、俺はくじ引きはやらない。祭りの中で、もっとも無意味で無価値な屋台だと言い切れる。
「……」
キラキラ光る棒状の『何か』を片手に、キラキラ光るバネの形をしている『何か』(どちらも名前が分からない)を引っ提げた俺に、まひろがいたたまれないと言わんばかりの視線を向けてくる。
「さっきの語りの意味は……?」
「……童心に帰るというやつだ」
「何で二回も?」
「悔しいじゃん。外れが」
光る棒をライトセイバーみたいに左右に揺らしながら、不服をアピール。あの頃は一回で諦めていたけど、今はお金を持つ大人。再挑戦の権利がある。
今度は当たるかも。そんな淡い期待をしてしまうのがくじ引きの恐ろしい所だ。大抵の場合は、一度ならず二度までもとなる。俺もそうなった。
「三度目の正直かぁ」
「二度あることは三度あるだろ」
くじ屋にずかずかと歩いていく俺を冷静にツッコむまひろ。俺の心はさながらピーターパンである。まひろの方が余程大人に思えた。
因みに三度目のトライは、知らないキャラのお面だった。頭に付けて置けば手荷物にならないのが唯一の救いと言えよう。これで千五百円飛んだとかマジ?
バネの光るおもちゃはあさひにあげた。喜ぶ彼女の笑顔が眩しかった。
「射的しよう!」
その一言から始まった。興奮気味に射的屋台を指さすもみじ。
「いいぞぉ! どっちがいっぱい景品取れるか勝負だぁ!!」
そんなもみじに対抗するのはあさひ。お互い視線を交わし、バチバチと火花を散らしている。
「もみじ、ああいうの好きそうだもんなぁ」
もみじとあさひが屋台に駆けていった後ろ姿を見届けているまひろは、うんうんと納得した様子で頭を上下に振っている。
「どっちが勝つか賭けようぜ」
「もうギャンブルは止めろっての」
俺の提案に乗り気でないまひろ。確かにギャンブルだが、くじ引きよりは賭けがいはあるし、考察要素もある。
「賭ける金があるなら自分でプレイしろよ」
「それは……一理あるな」
あさひともみじがワイワイとはしゃぎながら射的をしている様子は、とても楽しそうで微笑ましい。
「射的か……」
小学生以来だが、全く景品を取れた記憶がない。正直苦手とまで思っていたが、FPSで鍛えられたエイム力がもしかしたら発揮されるかも?
「いっちょやってやるかぁ」
二人の隣に立って、屋台のあんちゃんにお金を渡す。弾を貰って銃を構えようとしたが……、
「……重い」
重くてまともに構えられない。そういえば、小学生の時も鉄の銃は重かったのだ。小学生程の体格で、更に非力な少女の今の俺には、銃を正確に構える筋力はない。
というか、身長が小さいせいで、上半身が台に乗らない。乗り出して景品に近付いて撃つのが、簡単で効果的な攻略法なのだが、小学生でも低い方の身丈では、目の前の台に身体を乗せたら、地面に足が付かない。
屋台の人から台座を借りて、高さを調節した所で改めて銃を構える……が、重さで手がプルプル震えて照準がブレる。
そのせいで、当たり前だが全く景品に当たらない。二、三発撃ったところで腕の疲労が限界に達し、銃を台に置いて、両手も台に付く。
「はぁ……はぁ……。くっそ重」
もはや息切れまで起こす始末。重いものを無理に持って固定させたせいか、変な所に力が入ってお腹に何故かダメージが及んでいた。腹痛い。
「大丈夫ですか?」
涙目でお腹を摩っていた俺に声を掛けてきたのは、俺が頭に付けているのとは違う、これまた謎のキャラクターのお面を付けているなゆただった。
「大丈夫……ではない」
腕をだらりと垂らす。明日は確実に筋肉痛になる。
「銃が重いのですか?」
「思ってたより」
「なるほど……まだ弾も残ってるみたいですね」
「すまんけど、残りはなゆたが撃ってくれないか? 俺もうギブ」
弾を手渡すと、それをじっと眺めてからぎゅっと握る。
「それなら、二人で撃つのです」
「は?」
そう言うと、俺の背後に立ち、身体に腕を回してくる。
「え? な、なに?」
「銃を持つです」
「こ、こうか?」
言われた通りに銃を持つと、後ろから伸びている腕が、銃を支える。
「僕が支えるので、撃ってください」
後ろか抱きつき様な形で銃を構えるなゆた。この状態なら手を放しても落下せず、俺は引き金を引くだけの簡単なお仕事なのだが……、
「これ、俺が撃つ必要なくないか?」
「僕はあくまでもアシスト専門なのです」
「そのポリシーはよく分からんが、その……なんだ。撃ちづらい……」
「もう少しくっついた方がいいですか?」
「それだと、もっと撃ちづらく……」
小首を傾げながら身体を更に密着させてくる。浴衣姿なので助かったが、夏特有の薄手の服装だったら、一部部分の膨らみの感触が背中に伝わってくる所だった。
不幸中の幸いではあるのだが、それくらい『女の子』が密着しているのは、俺にとってはレットアラートが鳴る。
「標準は任せるのです。上手い具合に合わせるです」
「……集中出来ん」
前後左右に銃を動かすと、俺の動きに合わせてなゆたも支えている銃を動かす。まるで運動を補助するパワードスーツの様な格好だが、完璧な補助には程遠く、スティックの様な円を描く動きには不慣れだった。
それこそロボットの様に十字でしか標準を定められない銃で、何とか狙いを定める。適当に当たりそうで取れそうな箱型のお菓子をターゲットとし、とにかく早く残弾を使い切る事を目的とする。
(後ろに居るのがなゆたで助かった。かえでさんやら室崎だっと思うと……)
想像するだけで冷や汗が止まらないが、そんな、ある種失礼極まりない事を考えている事などつゆ知らず、何やら興奮気味のなゆた。
「狙い撃つです」
「俺がな」
不思議で不格好な二人羽織で射的をした俺達。傍から見たら、小さい妹の面倒を見ている姉という、微笑ましい構図だったのだろう。実際の所は、何とも胡散臭い二人組なのだが、それもまた、俺の中だけの真相なのだろう。
結局は、命中こそしたものの一つも台から落とせず、射的自体は失敗だったが、仲良し姉妹の俺達に屋台の人がおまけで、倒したお菓子をくれた。詐欺ってこういう事を言うんだろうなと一人ごちる俺だった。
貰ったお菓子はなゆたにあげた。大変喜んでいた。なゆたもあさひも素直でいい子だと、改めて実感した。
祭りも佳境に差し掛かる。もう数分で花火大会が始まる。
花火なんて何年も見ていない。特にテレビ中継でない生の花火なんて、記憶の中にもあるかどうかのレベルだ。
ぼんやりと夜空を見上げる。まだ花火は打ち上がっていない。暗い夜空に幾つかの星が見えるだけだ。
神社の階段の一番上の場所に腰掛け、一人夜空を見上げる。人もまばらで、静かに花火を見るには申し分ない。適当にここまで来たが、もしかしたらベストスポットなのではないだろうか。
先程までJC達と一緒に祭りを回っていたが、射的をした辺りから感じた事のない腹痛と、気分の悪さに襲われ、皆の輪から離脱して身体を休める場所を探してここに辿り着いた。一応、まひろには一時休養を伝えてある。体調が戻ったら、スマホで連絡を取って皆のいる場所に合流しよう。
「……」
そんな事を考えていると、一人でいるせいなのか、ふと我に返ってしまう。掌を見つめながら『本当』の自分を見つめてしまう。
(合流……していいのか?)
一緒に祭りを楽しんでいるメンバーは、同じクラスのクラスメイトで、短い期間ではあるが、友情関係を築いていると思っている。しかし、それは俺の『偽り』の姿でだ。本当の俺は、中学生でもなければ女の子でもない。
そんな自分に、果たして彼女達と一緒にいる資格はあるのか。もっと言えば、このまま嘘をついたままでいいのか。
「―――あれ?」
花火が上がる。特有の爆発音が鳴り響くが、目の前の夜空に変化はない。音だけが聞こえてくる。
音の聞こえてくる方を見る。振り返ると、神社越しに花火がチラリと見えた。どうやら俺がいる場所は反対だったらしい。
夜空に上がる花火に背を向けて、階段に座り直す。ちょっと前までは少しだけ花火を楽しみにしていたが、今は見る気分になれない。
綺麗に夜空を照らす花火は、今の俺には眩しく映った。
「こんな所にいたのか」
再び振り返る。今度は声が聞こえた場所、その主であるまひろが、俺の肩越しに立っていた。
「よく見つけたな」
「皆裏に居るぞ。みはり達が良い場所見つけたってのが、そこなんだ」
後ろを親指で差す。やはり、ベストスポットであったのは間違いないらしい。
「身体は平気か?」
「まだちょっと痛む」
「そうか」
二人の間に静寂が横たわる。聞こえてくるのは、花火の音とと、少なからずいる他の人達の声。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「何?」
「あきなはさ、その……引きこもり、だったんだよな?」
「そうだな」
「どうして、引きこもりを止めた……いや、どうやって引きこもりを脱したんだ?」
俺の隣から少し間隔を空けて座ったまひろが、聞きづらそうにこちらを見ないで聞いてくる。
「どうして、か。……昔やってたネトゲがあってさ」
「は?」
「同じギルドに居た奴が励ましてくれて。それが嬉しくて、励みになったからかな」
「な、なんだそれ……」
呆気に取られているまひろ。俺もあまりに適当な返しをしてしまった事に反省する。
「なーんて、冗談だ。まぁ、きっかけはそれだから、間違いじゃないんだけどな」
「はぁ」
「本当は……悔しかったからだろうな」
「悔しい?」
小首を傾げるまひろに、俺は真っ暗な夜空を見上げながら答える。
「どうして俺がこんな目にってな。俺は何も悪くないのに。そんな風に自分を誤魔化して、行いを正当化しようとしている自分が情けなくて。悔しかった」
振られたのは俺のせいじゃない。後ろ指を指されるいわれはない。だから、引きこもるのも仕方がない。そうして言い訳で武装して社会から隔絶した空間で踏ん反り返っている事実を『当然』と主張している自分が情けなくて、腹立たして、悔しかった。
自分の弱さを棚に上げて、全てを他者のせいにする。それで自分のアイデンティティーを守っている。安いプライドを引っ提げながら。
それが許せなかった。だから、自分で自分を壊した。
「だから必死に勉強して、俺を振った女とか、後ろ指を指してたクラスの連中とか、そういう諸々を見返したくて頑張った。その結果、高校は受験できたし、一浪はしたけど大学にも合格できた。俺の逆襲は成功と言っていい。だけど……」
今度は俯きながら答える。石で出来た階段を見つめながら。
「気が付いた時には周りに誰も居なくて、嘘で塗り固めないとまともに人と会話できないピエロ野郎になってた訳だ。はぁ、馬鹿が馬鹿だって悟られない為に勉強してた訳だから、結局根本的には変われなかったんだよな。人って簡単には変われないもんだ」
元々引きこもりだった俺には友達もおらず、支えてくれる『誰か』もいなかった。だから気が付くのが遅かっただけで、最初から一人なのは明白だったのだが。
「―――変な一人語りして悪いな。要は、頑張って脱ニートしたけど、結果嘘つき野郎に成り果てた惨めな男ってのが俺だ。笑ってくれ」
たははと情けなく笑いながら、隣に座るまひろを見る。まひろは俯いていて、少しだけある距離と、夜の暗さで表情は読み取れない。
またしても静寂が二人を包む。変な話をしてしまったせいで困らせてしまったのだろうか。まぁ、確かに、こんな不細工な人生譚を聞かされたらたまったもんじゃない。
「わ、悪い、まひろ。こんな話されもしょうがないししょうもないよな。 忘れて―――」
「しょうもなくないよ」
ぽつりと、小さく、ただはっきりとその言葉を口にする。
「え?」
「しょうもなくない! 全然しょうもなくない!」
徐々に力強い語気に代わる。
「お前は凄いよ、あきな。一度引きこもってから『一人』で立ち直って、ちゃんと更生してみせた。誰にでも出来る事じゃない。……少なくとも、オレには、出来ない」
少し離れていた距離を一気に詰め、顔と顔が触れ合う程の距離で力説される。最後の方は、近すぎたからなのかは分からないが、少し俯いていた。
「凄い。本当に凄いよ!」
間近でそんな事を言われ、顔が熱くなってくる。褒められるのは幾つになっても慣れない。そう、慣れる物ではないのだ。
特に、俺みたいな今まで褒められたことがない人生を送ってきた者にとっては。
「―――本当に凄いよ。オレには、同じ事は出来なかったから」
「……」
「だから―――」
伸びてきた腕が、頭にポンと置かれる。
「凄いし、偉いよ。あきなは」
優しくて、愛しむ様なまひろの表情や手つきが印象的で、その光景が瞳から離れなかった。
理由は説明できないけど、この時の込み上げてくる感情に、俺は既視感があった。
それは、ずっと忘れていた『何か』で、俺には名前を付けられない、付けてはいけない。
(これは……ダメだろ)
我慢できなかった。あふれ出る感情を抑え込めない。どうしてか最初は分からなかった。
でも、徐々に理解する。恥ずかしくて顔真っ赤で、口には出せないことだけど―――。
「……」
「どうした? あきな」
「……う」
「お、おい!? 何で泣いてんだ!?」
頭を撫でられながら涙を流す俺に、まひろは酷く動揺する。
悲しい訳じゃない。悔しい訳じゃない。嬉しい……事もない。
恥ずかしくて、顔も見れなくて、そんな自分に頭にくる。
ただ、この現象に理由を付けるなら、そうだな。
俺は、褒めて欲しかった……のかも知れない。
本当に恥ずかしい話である。
他の皆が合流するまで、俺はまひろに頭や背中を撫でられて、慰められていた。
次回更新に向けて頑張ります。
それしか言えませんありません在り得ません。