レイラちゃんに恋する天才 〜ナイルの元で〜   作:バゼる

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UA10000件行ってたので前話の設定集のあとがきにフェジュロアのイラスト追加しました(小声)



十四話 レイラちゃんと誕生日(前)

 

 

「「「フェジュロア、誕生日おめでとう〜」」」

 

「ありがとう皆、これで私は遂に酒を合法的に飲めるぞぉーーーーっ!!!」

 

「「「いぇーい!!!」」」

 

なんてことがあってから早4ヶ月が経った。

 

スメールシティではどこもかしこも忙しそうに動き回る人々で溢れている。今年も遂にこの時期がやってきたか。

 

───花神誕祭。

 

かつて花神ナブ・マリカッタが前草神マハールッカデヴァータの生誕を祝った事から由来するこの祭りは、今となってはただの騒ぐ為の口実だ。

 

人々は現草神クラクサナリデビを信仰していない。ただアーカーシャを運営する為の機械と化した彼女を…人は信仰するに足り得ない存在だとして見ている。

 

スメールシティの中核、聖樹を見上げる。この頂点に存在する『スラサタンナ聖処』には、クラクサナリデビ様が幽閉されている。私は一度も見た事は無いが、詰まるところ彼女は存在しているだけの神なのだ。

 

そんなクラクサナリデビ様を私は信仰している。幼き日、ニャルが草神の姿を模して私の前に現れた時から、それは変わらない。元々は勘違い…だったが、今となっては立派な確固たる信仰へと変わった。

 

だが、そんな敬愛すべき神を私はまた裏切る。

 

今年の花神誕祭では、スメールシティのアーカーシャに接続されている住民全員の脳から『知恵』のエネルギーを奪取する手筈になっている。大賢者アザール、ドットーレ、スカラマシュ…そして私、フェジュロアがこの計画の中枢に立っているのだ。

 

新たな知恵の神を創造する為に、民に負担を強いる行為をきっとクラクサナリデビ様は許しはしないだろう。神と敵対するというのは気が重い。だが、彼女なら、知恵の神なら私の真意を汲み取ってくださる筈だ。最善策だと分かってくれる…筈だ。

 

私は草神様の為にこの計画に"癌"を仕込んだが…それは果たして機能するかは神が起動するまでは分からない。きっと…私は賢者たちから裏切り者と罵られ、ファデュイに命を狙われ、スメールの全ての民からも排斥されるだろう。

 

愛すべきレイラからだって、失望されるだろう。

 

だがしかし、レイラだけは守り抜く為に私はドットーレにある契約を取り付けた。

 

スカラマシュが神と化した後、私がファデュイの一員となりドットーレの部下となる契約だ。

 

ファデュイの…それもドットーレの部下となればある程度の自由は利くだろう。氷神に信仰を捧ぐのは少々不愉快だが、レイラの為なのだ。やれない事は無い。

 

何故ドットーレがこの申し出を許可したかと言えば、今後も継続して私の頭脳を分析して、この時代から剥離した数学力を獲得したい為らしい。元より散兵という実験道具の穴埋め…元の形から変化が無いのならそれで構わないだろう。

 

それに、スメールの神の心を奪取する為とはいえ散兵という執行官の損失はスネージナヤにとって手痛い。私という邪神の力を扱える人間をファデュイに加わる事でドットーレは多少なりとも補填をしたい…という様な事情もあるのだろうか。

 

だが、こうして祭りの前の雰囲気を感じていると、申し訳ない気持ちに襲われる。彼らは何も覚えはしないだろうが、私たちはこれから彼らの脳を消耗させるのだ。

 

その行為は…市民から見れば無作為で、無意味で、無益で…理不尽な出来事。これに罪悪感を覚えない者が居るのならば、その人間を私は人間とは呼べないだろう。

 

その点で言えば私は人間だ。自責し、後悔し、こうして開き直っているのだから。

 

花神誕祭はもう目前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

冷えたローズシュリカンドを啜りながら壁に一つだけ貼られた絵画を眺める。

 

蝶々の羽が擦り切れる過程が記されたそれは、フェジュロアが幼年期に残した唯一の芸術品だそうだ。フォンテーヌでなにかの賞を貰ったらしいそれは彼の人にあまり大きく言えない自慢らしい。

 

芸術が過小評価されるこの国で、彼は学術と芸術の両方の才能を持っていた。神は二物を与えずなんて言うが、彼の場合は幾つ貰っているのか数え切れない。クラクサナリデビ様を本当に信仰すれば私も…なんて事は流石に考えるには時期尚早だと思うけど。にしてもこの絵は…まるで、

 

私はその絵の蝶々に自分という存在を重ねてしまう。

 

どんなに今を優雅に生きられたとしても、全ての末路は朽ち果て滅びる事なのだと、釣り針が皮膚に食い込んだみたいに微かな傷を残して痛みだけを強く覚えさせられる。傷は消えても、記憶だけは残るそれが、とても今の私には辛かった。絵を通して彼に諭されているのでは無いかと錯覚するほどには。

 

ここ数日、彼は家に帰って来ない。いつかの賢者様の研究の付き合いで忙しいそうだ。

 

今日も私が明論派の教室に向かう途中、両目の下に隈を作っている彼の姿を見掛けたけど…一言二言交わしただけで会話は続かなかった。忙しくしている人にもっと構ってとお願いするのはいけないことだ、とは分かっていてもやっぱり少し寂しい。

 

フェジュロアは…今何を考えているんだろう。研究のこと?私のこと?…ううん、そんな事私が考える意味は無いんだ。

 

魘されるように部屋の隅にあるソファにうつ伏せで倒れ込む。

 

……そういえば、1週間後には花神誕日だ。クラクサナリデビ様の誕生日。その日に、どこかへ出掛けようと誘おう。あの日は休日、クラクサナリデビ様を透明化している教令院であっても休みだと決定づけられている日だ。なら…大丈夫だよね。

 

──アーカーシャに手を伸ばし、彼に一週間後の誘いを送る。すると、返信はものの数秒で帰ってきた。

 

(「ごめん、その日は無理。」………ごめん…か。……そっか、もしかして私…彼に飽きられちゃったのかな。)

 

最近の私たちの関係を振り返ってみる。

 

私は彼の家に夕方に通い、夕飯を食べ、お風呂に入り、同じ布団の中で抱き合いながら寝る…という日々を過ごしていた。

 

でも最近は違う。彼が家に居ることは少ないし、私といえば勝手に彼の家に入り込んで作り置されているご飯だけを貰って宿に帰っている。

 

そう、もう二週間と夜を共にしていない。こういった状況で思い浮かぶのは悪い想定。

 

教令院で研究の手伝いをしているなんてのは嘘で、私よりももっと良い人を見つけたのかもしれない。

 

頭が重くなる。そういう事は考えないように考えないようにと思っていたけど、フェジュロアの顔や頭の良さを考えれば女の子なんてすぐに着いていくだろう。それでも、彼は私にだけ目を向けてくれている…という自信が今まではあったから最悪を考えなかったのだけど……

 

フェジュロアがもし他の人と……ミディア先生とかな…彼女は彼との距離が近いし。彼が学生だった時も名前で呼びあってたし………

 

教員といえばファルザン先生もいた。あの人は姿が若いし、フェジュロアが彼女の精神性に興味を持っていた。影でなんだかんだ事が進んで引き返せない領域までとか…それは嫌だな。

 

そんな風に彼の関係性のある人物を探っていると、アーカーシャに通知。彼からのメッセージだ。

 

私は先程想像していた事柄から連想し、死刑宣告でもされるんじゃないかとさえ思うほどの緊迫感を感じていた。『別れの切り出し』…全然有り得る。だって、普段私は彼に迷惑を掛けてばかりだし、満足に夜も…出来てないし。

 

そのメッセージを開くのはとにかくはばかられた。

 

 

丁度一時間経った頃だ。ソファに横になっていた私は玄関の鍵ががちゃりと動いた音を拾う。もしかして、会いに来てくれたのかな。

 

私は思わずソファから飛び起きて、玄関に走る。

 

「フェジュロア、お疲れ様!………ってあれ?」

 

玄関口に立っていたのはフェジュロアと……もう一人。フェジュロアと似た薄紫色の頭髪を持つ背の小さな女の子。その少女は金色の大きな瞳を瞬かせ、小動物を思わせる可愛らしい表情をこちらに向けていた。え、え、まさか?

 

「ただいまレイラ。こちらは…」

 

「…あ、が、……か、隠し子!?」

 

「は?」

 

浮気を通り越して既にこんな…8歳くらいの背の娘が居たと!?もう、フェジュロアを信頼することなんて…

 

「……別……い…の…」

 

「…ん、なんて言ったレイラ。というかこいつは別に隠し子では…」

 

「そんなに私と別れたいのって言ってるの!!」

 

「?????」

 

フェジュロアは困惑だけで脳が埋まったとでもいう様な惚けた顔を見せる。

 

だが、その後にフェジュロアは何かに勘づいたのか少女に「眼鏡をかけろ」とか言い出す。眼鏡?それでこの状況の何が変わるっていうんだろう。二週間触れ合えずにいてもどかしい感覚に襲われていた所に、私と出会うよりもずっと前に作っていた子供を家に連れてきて、私を混乱させて…本当に、本当に彼は何がしたいんだ。

 

彼との今後を本気で思い悩んでいると…彼が連れてきた少女が私の上着の裾を小さい手で掴んできた。なんだ?

 

「…ごめんね、取り乱しちゃって。私はフェジュロア…じゃなくてパ、パパの彼女……友達で…」

 

 

「あなたが、新しいまま?」

 

 

フェジュロアに関する全ての困惑に襲われている私に対して差し伸べられたのは、少女の些細な…重大な一言。『まま』…それは彼と私を結び付ける最大級の祝福で…

 

ママ…私と、パパ…フェジュロアとの繋がりを改めて実感するのだ。フェジュロア…もしかして、この子を…なら、私は反対しない。

 

「私は、この子を迎え入れる…」

 

「ありがとう、まま!」

 

「…!」

 

感じたのは、その体温。子供特有のポカポカ具合とはこの事だろうか。

 

急に抱きついてきた少女の重さを感じた私は、この子を…今日から背負う命の一つの重さを…私は実感して…少女を抱き締め返した。

 

そんな私たちを呆れた目で見つめる男が一人。

 

フェジュロアだ。何かおかしいのだろうか。

 

「いや、何やってるんだ二人とも。事前に口裏合わせでもしてたのか?いや…まさか本当に分かっていないのか?ほらレイラ、こいつを見ろ。」

 

「ん?」

 

そう言ってフェジュロアは少女の鼻の上に小さな眼鏡を重ねるように持って見せた。………あれ、この顔…見覚えある。

 

そうだ、いつかはこの顔が寝る前に過ぎるほど恐怖を覚えたんだった。

 

「おやおや。なんでだかフェジュロアの愛しのレイラちゃ〜んがお怒りのようでしたのでちょっと夫婦仲を取り持つために一芝居打ってみまし〜たけれども、中々上手くいったようでございますわね!お〜っほっほっほっほ!!仲介料として10万モラいただきますわ〜♪」

 

「誰が払うか。」

 

「ちょっとプルフラナの跡取り!貴方と違ってわたくしには無駄にしていい脳神経の余裕が無いのですわよ!頭をはたかないでくださいまし!!」

 

「私の脳神経だってフル稼働で宇宙の心理を計算中だ。」

 

フェジュロアがどこかから取り出したハリセンで頭をはたかれた少女を見遣る。この小煩い笑い、癖のある喋り口調、ニタっとした笑み。…間違いない。

 

少女の名はドリー。スメールに於いて遭遇するのは魔物以上に厄介だと言われる存在、最悪の商人ドリー・サングマハベイだった。

 

 

 

「粗茶ですが…」

 

「ありがとう、レイラ。」

 

「有難くいただきますわ〜」

 

普段全然使っていない応接間に出来たばかりの珈琲を運んでいく。席に座って向かい合っているフェジュロアとドリーの表情は、すごく真剣だ。真面目に商談をするつもりらしい。

 

先程のフェジュロアからのメッセージを確認してみれば「一時間後に家で商談をするから出来れば応接間を綺麗にしておいてくれ」というもの。…ちゃんとメッセージは届いた時に開こう。幸い特に汚くなかったので掃除要らずだったけど…

 

「………うーん。いい珈琲ですわね。香りがより立つ淹れ方を熟知している。」

 

「ありがとうございます。」

 

「…ところで、フェジュロアは何故レイラのような学生を深夜に家に連れ込んでますの?事によってはマハマトラに訴えますわよ!」

 

「…黙秘。というか私たちが同棲まがいの事をしているのは教令院の教員どころか賢者でさえ知っている。当然マハマトラもな。言うだけ無駄だ。」

 

え、それ初耳だけど…?

 

「あら…シティの風紀は乱れに乱れきっているようですの…わたくしが整えて差し上げましょうかしら。」

 

「モラの無駄だろ。」

 

「そうですわね。寧ろ風紀の乱れは新たなモラの通り道の発見のチャンスでもある訳ですし〜わたくしは見て見ぬふりをする側でしたわ♪」

 

フェジュロアとドリーは特に意味の無い会話の応酬を交わし続ける。本題の"商談"とやらには移る気配が無い。

 

(…あ、私が奥に下がらずにさっきからフェジュロアの後ろでドリーとの会話を聞いていたからかな。)

 

私はドリーに一度礼をしてそっと応接間を離れようとすると、二人は何も言わずに目で私を見送った。どうやら先程の予想で正解だったらしい。商談とやらに私を介入させる気は無いか…

 

私は廊下に出て応接間の扉を閉める。

 

このまま宿に帰るのもありかななんて思いつつ、私はやっぱり商談とやらが気になる。わざわざドリーに話をつけるなんて変な取引でもしてるんじゃないかと疑ってかかるべきだ。

 

第一、ドリーは子供じゃないのだから浮気の線もまだ生きているんだよね…なんだか二人は息が揃っていたし。

 

私は廊下を音を立てながら移動し、暫くしてからその場で立ち止まり、音を立てないように応接間の扉の前に戻った。

 

壁に耳を当てて聞き耳を立てる。応接間の壁が厚いかとか薄いかとかは考えたことないから聞こえるかは分からないのだけど。

 

頑張って耳を澄ませてみればうっすらと聞こえる声があった。

 

【…………あぁ…頼…。】

 

【承りますわ。ですが、その取引は既にもう終わった話ですの。とある旅人にわたくしがその情報を売り渡し、教令院の書記官がそれを奪取したみたいですわね。】

 

【何……アルハ……ンが。】

 

【彼がその後奪取したそれを売り渡す事の無いよう市場を監視することも出来ますけど…お高いですわよ?】

 

【………いくらだ…】

 

【ざっと300万モラですの!わたくしをそんな長期間拘束するのですからそれくらいは覚悟して貰いたいですわ!!】

 

【……だろう。】

 

【おっほ〜商談成立ですわ〜〜♪】

 

ドリーの声だけがしっかりと聞き取れた。だが、この会話内容が正しければフェジュロアは彼女に300万モラも払ってしてもらいたい要項があるという事か?

 

私がそう考えているうちにも商談は進行していく。

 

ドリーの声を頼りに会話の内容を想像するしかないが、先の話題とは別の…教令院としての話に移っていった。花神誕日でのモラの動きが基本のようだ。

 

フェジュロアの声はうっすらと聞こえるのみだが、声色も低いしいつも以上に口調が固い。

 

私は30分以上も二人の商談を盗み聞きし続けた。交わされる会話は世間話も混じり始め無為な様相を呈している。

 

そろそろ私もこの行為に飽きていた。

 

(この調子なら…二人で怪しい雰囲気になんて……ならないよね。というかドリーだし。)

 

私は二人に気づかれないようにそっと扉の前から離れ、寝室に向かい仮眠をとることにした。

 

もう帰るには遅い時間…どうせだから泊まっていってしまおう。

 

寝室に入り、部屋の隅に畳んで置いてある布団をいつものように敷き、しばらく部屋で一人呆然と考える。が、纏まらない。私は彼とドリーの商談が終わるのを待つだけだ。

 

(星でも見ようかな。)

 

この部屋に設置された窓からは星空の一角が見える。

 

外に出ればもっと綺麗に見える筈なのに、今の私にはそれで充分な気さえした。

 

暇が見当たらない程に忙しい人と付き合ったというのは最初から分かっていた筈だった。最近まで…この部屋で自堕落な時間を共に過ごせたのは、彼が賢者様から戴いた課題を共にこなす為という言い訳があったからだ。

 

今は…その課題を一人で抱え込んでこの家でする事は無くなった。単純に私の知識を必要としなくなったからか、なにかその課題研究に私を遠ざけたい理由があるのかは分からない。でも今重要なのはそのせいで彼と過ごす時間が減っているということ。

 

どうすれば彼を長く拘束出来る?

 

彼は前に"功績を残したい"と言っていた。…その功績のために賢者様の研究を手伝っているんだろうし……私に出来ることは…

 

(そういえば前に…一緒に何かを研究したいと言ってた。もしかしたら…それを持ちかければ…でも……)

 

彼は今忙しくて手一杯で…そこにこんな事を言っては厄介この上無いと思う。

 

(私って厄介?面倒くさいのかな。でも、彼だって流石に放置しすぎだ。二週間…そんな期間触れ合ってないのならそれは他人とほぼ変わらないと思う。)

 

私は悶々としながらも布団をゴロゴロしていると、不意にノックの音が聞こえる。寝室…今いる部屋の扉の向こう側から誰かが叩いている。フェジュロアはこんな事しない、トイレ以外なら何も気にせずに扉を開ける。じゃあ…ドリー?でもなんで彼女だとして何故寝室に…

 

戸が開け放たれた。そこに立っていたのは…

 

「おや、やはりここに居ましたわね。学生の内からそうやって彼氏の家で寝泊まりなんて、とても褒められたものじゃありませんけど、ちょっと来てくださいまし。」

 

やはりドリーだった。本当になんで?私を呼びに来たの?

 

「……ドリー?商談は終わったの?」

 

「まだ途中ですわ。学生を誑かす悪〜い学者の彼にある商談を持ちかけてみたところ、なんと気に入ってくださいまして。ほら、まだ眠ってはいないでしょう?ほら、早く。応接間まで。」

 

「えっ…わっ、」

 

私はドリーに手を引かれながら廊下を駆ける。彼女の上機嫌な様子を見るにわざわざ私を連れてくるのにはそれなりのモラが関わってくるらしい。モラ大好き人間の彼女のことだから……でも"商談"っていったい何なの?

 

全容を掴めぬままに私は応接間まで辿り着く。

 

そこには……宝石類の色鮮やかな輝きがあった。貴金属の類、宝飾品が小さな机の上にぎっしりと並べられていた。

 

「フェジュロア、これ…もしかして買うの?」

 

「ん、レイラか。ドリーが突っ走って行ったが…そうか、君のような女の子の方が受けが良いとでも考えたのか?ドリー。」

 

「えぇ、レイラさんならばきっっっとこの宝石達の魅力を分かって頂けると思ったのですわ。」

 

どうやら私は…高価な宝飾品を売る為の標的にされたらしかった。

 

フェジュロアの隣に座り、私もその宝飾品類を見てみる。純金の腕輪…青い宝石の嵌ったイヤリング……小さな宝石で飾られた時計なんかもある。

 

「どれか欲しいか?中々君にこういった物をあげる機会は無かったが……普段の服装からすると飾り付け自体は嫌いでは無いようだからな。」

 

「うーん…でもちょっとキラキラしすぎて…私が着けたらアクセサリーに負けちゃいそう…」

 

「そんなことは無いと思うが……だがそうだな。ドリー、もう少し値を落として上品な輝きを持つ品等は無いのか?これらの品はレイラにとっては眩しすぎるらしい。」

 

「うーむ…そんなに今日は宝飾品類を持ち歩いておりませんが………これなんてどうでしょう?ペアリング!純金からはワンランク下がりますけど仲の良い二人にはピッタリじゃ無いですこと?」

 

そう言ってドリーが懐から取り出したのは1つの包箱。私が受け取ってそれを開いてみれば、中には何かが刻印された金の指輪が二本入っていた。

 

…これって…

 

「婚約指輪みたい…だね。」

 

「婚約はレイラが学生の内は早い気もするが……って気に入ったのか?」

 

「……うん。」

 

「ドリー、値段は。」

 

「ざっと………40万モラですわ。」

 

「そうか。…ドリー、重さを測ってみても?」

 

「良いですわよ〜」

 

ドリーから渡された重量検査キットを使ってフェジュロアは指輪の金の比率を調べ始めた。もし本物の金じゃないならケチを付ける為だろう。でも…この流れ、本当に買っちゃうの?私は嬉しいけど…さっき300万とか聞こえて来たからフェジュロアの財布が不安になる。

 

フェジュロアが指輪の内容物の証明に間違いが無い事を確認し、私に向き直った。なに?

 

「レイラ、この指輪…良ければ私の左手の薬指にでも嵌めてくれないか?」

 

「分かっ………今ぁ!?」

 

「そんなに驚くことか?」

 

「お、驚くよ!だってそれってまるで婚約みたいな…」

 

「婚約はそのうちするさ。今は気分だけ…ほらやってみてくれ。」

 

「…うん。」

 

恐る恐るその指輪の大きめの方をフェジュロアの指に着ける………着け……嵌らない。そういえば、指輪って調節する必要があるとか言うもんなぁ…

 

「あれ、嵌らないな。」

 

「そういうこともありますの。後で加工して差し上げますけど…その分支払うモラは増えますわよ?」

 

「…まぁ、良いが。念の為こっちも…」

 

そう言ってフェジュロアはもう一つのリングを私の薬指に嵌めようとして…こっちは緩いかな。

 

「どっちも調節が必要みたいですわね〜モラがもっと増えますわ〜〜」

 

……どっちもサイズが合わなかったみたいだ。

 

「……レイラ。」

 

「何?」

 

「君は…もし今婚約してくれと言われたら、許可してくれるか?」

 

「婚約…」

 

個人的には結婚すらしても良いって気持ちではあるけど…今は…フェジュロアの真意を質したい。

 

「もし婚約したら…もっと一緒にいれる?最近ずっと会えてないし…」

 

「………一緒に……」

 

そう言ってフェジュロアは黙ってしまった。いそいそと宝飾品を片付けているドリーなんて私たちの眼中には無いくらい、緊迫した雰囲気が私たちの間には流れていた。

 

彼との沈黙が気まずいなんて思ったのは…結構久しぶりだ。付き合ってからは初めて……

 

私は後悔する。なんで今この発言をした。フェジュロアが忙しい事なんて分かってるのに…

 

自分の行動を悔いていると、彼の口が唐突に開かれた。何を言うんだろう。

 

「……レイラは…もし、私と……いや、ごめん。」

 

何がごめんなんだろう、貴方は何を言おうとしたの?

 

私は彼の全てを知りたいのに…また何も言って貰えない。彼女になっても明かして貰えない事って何?

 

「…フェジュロア。」

 

「………なんだ。」

 

だから私はここで切り出す。迷惑なんて考えちゃ居られない、こっちだって迷惑を被っているって分かっているんだから。

 

「一緒に、何か研究をしない?」

 

私はもう言ってやることにした。これはいつか貴方が言ったことなんだから…拒否は許さない。

 

だというのに彼は…

 

「………いつか、な。」

 

そう言って事態を先延ばしにするんだ。

 

私と彼の溝はまた少し広がった。

 






◇レイラ…フェジュロア・プルフラナという青年と付き合っている少女。時間によって生まれた彼との距離感に迷いが生じ始めている。


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