TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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剣闘士編
1:初めまして


 

皆さん初めまして、今日は如何お過ごしでしょうか。

 

そちらの季節が解らないのでかしこまった挨拶ができないのは心苦しい限りですが、こちらの天気は正に快晴。気温も過ごしやすい程度に温かく、お弁当でも片手にピクニックに行きたいほどです。まぁ私はこれから仕事なのですが。

 

ちょっと視線をずらして頂いて、こちらの方を見て頂ければわかると思うのですが、すごい観客でしょう? 歴史の教科書に出てきたコロッセオが完璧な姿で目の前に広がっていて、そこにはたくさんの観客たちが押し寄せている。彼らの熱狂具合も……、前世で見た巨人VS阪神の試合が行われた時の阪神ファンぐらいの熱量です。怖いくらいに無茶苦茶叫んでいます。

 

まぁそれも仕方ないですよね、皆さんお金賭けてるんですもの。ちょっとした遊び程度の金額から今日負けたら無一文という賭け事に命かけている金額まで。まだ試合は始まっていないのですが、少し離れて冷静な目で眺めてみれば少し滑稽に思えるほどの熱狂具合。

 

そんな観客の視線と声援を集めながら行われるのは楽しい楽しい殺し合い、剣と剣がぶつかり合って命のやり取りをする試合です。

 

現代では少々どころか大問題な試合、実行しようものなら警察の皆さんがフル装備で駆けつけてくるようなものですが、この世界においてこういった試合は国家が娯楽として推しすすめているもの。おそらくですが非番の憲兵さんたちも見に来ていることでしょう。いわゆるパンとサーカス、皆様の世界に比べれば娯楽が格段に少ないのです。

 

ま、この世界において命の価値なんか総じて低いのですから、誰が死のうとあんまり気にならないって雰囲気があるのは確かです。しかもここで戦う人間たちは大体が奴隷。剣闘士なんてかっこいい名前が与えられますが、単なる奴隷なので彼らのオーナー以外はその命に何の価値もありません。勝ったらうれしいけど、負けたら一人数が減った程度。

 

毎日毎日剣を振るって殺し合い。たまにコンビを組んで相手のコンビを殺す。たまに捕まえてきた猛獣や魔物と戦って死ぬ。もしくは腕自慢の冒険者とかがやって来て殺し殺され。そんな試合が闘技場では行われています。ほぼ毎日結構な数の試合を行っているので、すぐに奴隷の数が0になってしまいそうなものですがやっぱりあるところにはあるんでしょうね。剣闘士が足りなくなったという話は全く聞きません。

 

人さらいや奴隷狩りによって連れてこられた人とか、借金で首が回らなくなった人とか、犯罪者になって連れてこられた人とか。毎日数は減りますが、その分増えてくるわけです。ほら、もうすぐ始まる試合の出場者の一人もそんな感じみたいですよ? 元冒険者で市民を殺した犯罪者が剣闘士として出場ですって。

 

ちなみに一応勝ち続けたら応援してくれる人も増えますし、推しに貢ぐ感じでお金とかご飯とかも恵んでくれたりすることもあるんですよ。試合に勝った場合剣闘士にも賞金が出るのですが、約八割が主人のものになります。ですがさっき言ったプレゼントはそのまま届くので如何に自身の人気を高めて貢いでもらうか、ってのが肝心なんですね。

 

そんな感じで少しずつお金を貯めれば晴れて奴隷解放。自分を買い直して自由になれるって寸法。

 

でもまぁお金ってどんな場所でも必要でして。稼ぎ始めたら始めたで主人からの最低限の支援が切られて自分でやりくりしないといけなくなったり、試合で勝ち残るためにいい装備を手に入れないといけなくなったり、体を維持するために食事にお金を掛けたり、自身の財産を他の剣闘士に盗まれないように対策したり。

 

これが面白いように貯まらない。

 

入ったら入った分だけ抜けていくんですよ、まぁ最近はようやく希望を持てるかな、ってぐらいにはなって来たんですけど。

 

それに女だったりするとまぁ~た面倒な話が付いてくるんですよ。剣闘士ってやっぱり体力とか頑丈さとか力とか必要になってくるわけで、女がいない訳ではないんですけどどうしても男社会みたいなところあるんです。んで、そういう男女の関係性とかウチの主人は自己責任というか、奴隷から生まれた子供は最初から奴隷なので『強い子増えるからどんどんやれ』って感じなんですよ。

 

性的に襲い掛かってくる奴の息子を蹴り飛ばしたりとか、しつこい奴を試合で切り殺したりとか。……うん、ほんとに色々あった。いやまぁその過程で私自身の人気も上がって来て、この小さい世界から脱却も見えてきたわけなので……。最近は絡まれることも少なくなってきましたし、絡んできた奴は大体天に召されちゃったので気にしないでおくことにしましょう。

 

んじゃま、そろそろ切り替えましょうか。

 

 

 

「……よし。」

 

 

 

聞こえる歓声がより大きくなって、目の前の鉄の格子が上げられていく。

 

 

 

 

 

はい、まぁもう解ると思うんですけど。

 

 

私。

 

 

転生したらTSした上に気が付いたら奴隷で剣闘士でした。

 

 

う~ん、クソ。

 

無駄にテンション上げないとやってられねェ!

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

朝起きたと思ったら体中に違和感があって、よくよく自分の体と周りを確認すると性別が変わっている上に、見たこともないようなぼろ布着せられて鉄の手錠に繋がれながら他の奴隷たちと一緒に馬車でドナドナされている、その時の私の気持ちを200字で説明しろ。

 

そんな目覚め最悪な異世界転生大学入試問題。入学する意思以前に試験すら受ける気がなかったのに、無理やり連れてこられた私の回答は『ハァ? 意味わからないんですけど!?』だった。

 

う~ん、部分点すらもらえない。

 

まぁ実際は周りみんな死んだ目してたし、騒げるような雰囲気でもなかったから口にはしていないけど、そう思ったのは確か。できれば叫んで地面を転がりながら胸に秘められた感情を爆発させたかったんだけど、馬車の中には奴隷船のようにこれでもかと“お仲間”が乗せられていて、少し視線をずらして荷台の外に目を向けてみれば前の方に何台か同じような馬車。そして周りには武装した奴らがいた。

 

しかも運がいいことに(その人にとっては最悪なんだけど)ちょうど前の馬車から騒いでいる奴隷が引きずり降ろされて、武装した奴に切り殺されていた。まぁその時点で声を発するっていう選択肢は消えたよね。

 

声も出せず、身動きしようにもスペースがない。できることは今の状況を頑張って把握してこの身に起きたことを理解するぐらい。あぁ、あと素数を数えるって言うのもあるよね。んでちょっと考えた結果わかったこと。

 

 

〇体を確認したがやっぱり女、TSしてる

〇前世の記憶はあるけどこの体の記憶はない

〇おかげさまで名前も解らん、全部解らん

〇でも言語は解るみたい、外の武器持ちの言葉解るし

〇両手鉄製の腕輪で拘束されてるし、なんか首輪もされてる

〇同じ馬車に乗ってる人も全員同じ、どう考えても奴隷

〇悲しいけどこれ、現実なのよね

〇114514は素数じゃない

 

 

だった。

 

いやさ、よくある異世界転生ものってトラックにひき殺されて神様に転生させてもらう、って感じだよね? それとももう時代遅れ? 私の記憶自室で寝たところで途切れてるんですけど! 神様なんか会ってないんですけど! チートとかもらってないんですけど!

 

っと、色々心の中で叫んでみたけれど全然気は晴れないし、そもそもなんだか虚しいだけ。現実は物語のようにうまく行かない、ってことなんでしょう。……まぁ今の段階で私の中に眠る秘密の力とかがまだ目覚めてない感じで、どっかのタイミングで覚醒するんじゃないのかなぁという淡い期待を持っていたのは否定しない。

 

だって朝起きて女の子になってたら……ねぇ? 他にも色々期待しちゃうじゃん?

 

あ、ちなみにそう言ったR18方面の欲望だけど基本前世のまま。つまり女の子が好き、って感じでそこは変化していない。でも自分の性別が女である、ってことはなんか理解しちゃってるからよくある『男と女、どっちがどっちなんだ……!』みたいな苦悩はしそうにない。まぁややこしくないってことはいいかもね。

 

そんな感じで色々考えて、眠くなったら寝て。

 

体を全く動かせてないことと、食事が与えられなかったことを除けば最高に虚無な生活を何日か続けた後。

 

私たち奴隷は都市へとたどり着いた。

 

 

「……ここが、町か。」

 

 

馬車の帆の隙間から見る町、案の定異世界ヨーロッパみたいな街並みだった。どうやらこの国の首都みたいで、結構栄えている場所みたい。奴隷商人と門番が話しているの聞いた感じ、どうやらこの馬車は大陸中央の田舎、どっかの山村あたりから南下してこの場所まで来たみたいだ。

 

記憶がないせいで解らんけど多分その田舎出身だろうなぁ、私。人さらいにあったショックで前世の記憶が出てきた感じなんですかねぇ?

 

門番と別れた後はそのままドナドナされ、到着したのはおそらく奴隷商人の館。鎖に繋がれながら連れてこられた館は結構大きかったことを覚えている。しかも木製じゃなくて多分コンクリート製。……あ、古代ローマとかのコンクリートね? 現代的じゃない奴。あれ石じゃないだろうし、詳しくないけど合ってると思う。外から見ただけだけど『稼いでるなぁ』って感じだった。

 

そっから先は結構怒涛の展開。

 

なんかよくわからん人に馬車から降ろされたと思ったらひよこのオスメス判別のように仕分けされて庭みたいなところに整列させられる。こっから何が起きるのかなぁと思えば私たちを攫ってきた奴隷商人がへこへこしながらあからさまに金持ちって人と屋敷から出てきたのよ。

 

んでちょっと私たちのところを見たと思ったら

 

 

『じゃあこっからここまでの奴隷を買おう。』

 

 

すぐに売買契約が成立。並べられた人たちの分け方を見るにおそらく丈夫そうか否か、って分け方だったんだろうね。私のご主人様になった人はそんな人たちを全部買った。何か魔法的な契約が為されたみたいで、それまで繋がれていた鉄の首輪を外された後、微かに発光する魔術の首輪が奴隷たちに刻まれ、同じように私にも刻まれた。

 

痛みとかそういうのはなかったし、初めての魔法を目の前で目撃した訳だからちょっと気分も上がるかなぁ? と思ったけどやっぱりそういうことはなかった。何が悲しくて奴隷落ちしたことを喜ばないといけないのよ。

 

それで奴隷の証が刻まれた後は、また馬車に詰め込まれてドナドナされて、たどり着いたのが歴史の教科書に出てきそうな闘技場……、の横に建てられている剣闘士たちの宿舎。正確にはちょっとマシな牢屋? そこでようやく。

 

 

「あ。私って剣闘士になるんですね。」

 

 

ということを理解できたのでした。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

まぁその後体洗われたり、飯食わされたり、いきなり闘技場に放りだされたり。

 

色々ありましたが今日も真面目に剣闘士しているわけですよ。

 

 

いや~、最初は「私義務教育受けてたんで計算できますよ計算! お役に立てますよ!」って思ってアピールしてやろうかと思ってたんだけど全然活用する機会ないじゃん。剣振り回して人殺すことしかしてないよ私? 最初ビビり散らしてたけど殺さなければ自分が殺されちゃうからもう普通に順応しちゃったよ私。人間は慣れる生き物だ、って言ってたけど限度があると思うよ私。これも異世界ってやつですかねぇ?

 

ま、そんなわけで。

 

 

「おう嬢ちゃん、今からみっともなく命乞いするなら苦しまずに綺麗に殺してやるぜぇ?」

 

「あ~、りょ。そういうタイプね。」

 

 

今日も元気に人殺しですよ。

 

まぁでも? 今日は心が痛まない相手でよかったよ。犯罪者相手だし、気兼ねなくヤれるってもんだ。

 

 

「これでも結構生き残ってる方でね? さ、お客さん楽しませないといけないしさっさと始めましょうや。」

 

「ケヒヒ! ならそうさせてもらう、ぜッ!」

 

 

名も知らぬ彼の上段からの一撃を剣で受け流し、姿勢を崩す。まぁ明らかに一撃で決めようとしてたからね、それぐらいできるさ。隙だらけだし首を狙えばすぐに殺せそうなもんだけど、それはしない。奴の姿勢が整うまで待ってあげて、口角を上げることで挑発してあげる。そこから始まるのは楽しい楽しい剣舞のお時間。

 

最初のころは余裕がなかったせいで出来なかったけど、精神的余裕に私自身の技術もついて来たおかげで出来るようになった。自身の安全のためなら速攻で殺した方がいいんだけど、それじゃあ試合を見に来た人を楽しませることはできない。

 

私の生命線、お財布にとって大事なのはファンからの貢ぎ物だ。女が長期間生き残っている、ってだけで客寄せパンダ的なことは出来ている。後は物珍しさにやって来た観客たちを私に夢中にさせて、貢がせるだけ。

 

 

「ダラァアッ!」

 

 

目の前のカモくんの攻撃は一撃一撃が重く、スタミナもあるだろう。だけど技術に関しては私の方が上だ。詳しくは知らないが冒険者という者は魔物、ファンタジー的な生物や獣を狩って生計を立てているらしい。元冒険者にして犯罪者、現在剣闘士なこいつの攻撃はそんな化け物たちを確実に殺せるような剣の使い方をしている。一撃で葬り去るか、反撃をさせぬ連撃で命を刈り取る、確かな経験の下で成り立っている剣術。

 

性格や人殺しなことを考えなければ……、よい剣を使うのだろう。

 

男が繰り出す連撃を回避し、剣で受け流していく。そして、連撃の隙間。スタミナ切れによって生まれた綻びに、数打ちの剣をゆっくりと滑り込ませる。

 

切るのは敢えて、首の薄皮一枚。持てる限りの殺気を添えて。

 

 

「ッ!」

 

 

死を、錯覚したのか大きく後ろに飛ぶことで私から距離を取る彼。肩を上下させ息を切らせている。その顔色は明らかに悪い。

 

 

「……なんで、当たらねぇ。」

 

「ふふ、なんでだろうね。」

 

 

彼は善き剣士だ、だが圧倒的に対人戦闘の経験がない。同程度、もしくは上位の人間との戦闘経験が圧倒的にない。そうでなければこんな簡単に受け流すことも、見え見えのフェイントに引っかかることもないはずだ。私だってこんなに余裕をもって試合ができることもなかっただろう。

 

 

「さぁ、そろそろフィナーレとしようか。」

 

 

観客に魅せつけるように、積み重ねてきた剣闘士としての私が芝居のように終幕を告げる。

 

イメージするのは最強の私、……ではなく女性だけで構成された劇団。その男役のような私。そっちの方がご婦人方からも、紳士の皆さまからも受けがいいのだ。試合が終わった後にガラじゃないと身震いしてしまうけれど金には代えられないのだよ。

 

勝負を決めようとした私に反応したのか、最低限のスタミナを回復させたのか。目の前の彼が私に向かって襲い掛かってくる。その体がオレンジ色の光に包まれ、明らかにその速度と力が上昇する。

 

 

スキルだ。

 

 

やはりこの世界も異世界、ということで魔法やスキルのようなファンタジーというべきかゲームと言うべきか。そんな要素が存在している。その身に纏う色からおそらく筋力増加と俊敏増加だろうか。この一撃にかける、ということだろう。

 

確かにここぞという時にそういった必殺技みたいなのを使うことは理にかなっている。……私に全く通用しないことを除けば、だけど。

 

 

「君が使うなら……、私も使ってもいいよね?」

 

 

私がこの剣闘士の世界で生き残れたのは、このスキルのおかげだ。

 

転生した直後は使い方が解らなくてできなかったけど、初めて試合に出された時。生命の危機を感じたせいか自然とできるようになっていた。コレのおかげで私はまだ生き残っているし、ご飯が食べられている。スキル様様だ。

 

っと、そろそろ使わないと。

 

 

 

 <加速>

 

 

 

頭の中で何かのスイッチを入れた瞬間、世界の速度がガクンと落ちる。私の目の前で剣を振り上げている彼の速度も遅く、観客たちの歓声は掻き消える。とても静かで、私だけの世界だ。

 

このスキルの効力はその名の通り、自身を加速させる。いわば自分だけ倍速が掛かるって感じだ。

 

これがね、結構強いのよ。

 

目の前の彼が振り下ろす剣を避けながら自身の武器をその首へと添える。

 

例えばの話なんだけど、私がバッターで、相手に150㎞/hの剛速球を投げるピッチャーがいるとするでしょ? それで今の私が体への負担なしで使える限界の五倍速を自身に付与してみればその剛速球は30㎞/hのストレートになるわけだ。バッティングセンターの一番下のレベルで大体70くらいだよ? その半分の速度になると考えれば……、なんでもできそうでしょ?

 

そんなことを考えながら自身の刃を押し込む。

 

 

速さは、力だ。

 

 

柔らかい肉に、ちょっと固い骨を断ち切れば。私の剣はすべてを断ち切って帰ってくる。

 

後は血が掛からないようにちょっと離れて、スキルを解除。

 

後ろで対戦相手の子が倒れる音を聞きながら、物語に出てくる騎士様のように血を払い、納刀すれば……。

 

 

 

闘技場を埋め尽くす大歓声。私の今日のお仕事は終了、ってわけだ。

 

 

 





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