【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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2:ちょっとだけ裏側を

 

「お疲れ様ですビクトリア様!」

 

「あ~、っと。……そうだね。ありがとう。」

 

 

なんでわざわざ芸名の方で呼ぶんだ、って言葉が口から出てきそうになったが、なんとか押し込めて外向きの剣闘士としての声色で礼を言う。危ない危ない、まだ仕事中だった。ちょっと視線をずらしてみれば、私が勝った瞬間に勢い余って控室へと続く通路まで降りてきちゃったご婦人たちがいる。さっきの試合見てくれたら解ると思うんだけど、私すごく外弁慶なのよ。まぁ演じてるんだけど。ファン兼金蔓のみんなの夢を壊さないためにも役を演じる必要があるのだ。

 

試合中は私たちが戦ってる場所と観客席との距離が離れていることと、歓声で自分の声が掻き消えるので動きだけ演じていれば大丈夫なんだけど、ここまでファンの人が降りてきちゃってるのなら声色も変えていかないといけない。大変。

 

ちなみに今私にタオルを渡してくれた子の名前は『アル』、身の回りの世話をしてくれる奴隷だ。私のじゃなくて私のご主人様のね? 今は確か10くらいだったと思うけど、体が大きくなったら剣闘士になる運命が待ち構えている子、成長するまでは私の雑用とかをして過ごすことが主人から命じられている。ま、早い話私専属のお手伝いさん、ってわけだ。この子も普段はもうちょっと柔らかい感じなんだけど、お客がたくさんいるせいで口調や動きが演劇っぽくなってる。

 

うむうむ、私が教えた通りに演技できててえらい! まさに騎士様に忠誠を誓う従者って感じ。……あ~、うん。解ってるよ? 私もそれにふさわしい役を演じなきゃってことは。はぁ、疲れる。

 

 

「ビクトリア様~!」

「今日も素晴らしかったです!」

「こっち向いて~!」

 

 

黄色い声援をくれるファンのご婦人方に手を振り、そのあまりにも強いパワーに押し出されている紳士方のファンにウインクを送る。正直もう身の毛がよだつような行為なんだけど、お金のためにはやるしかないんですよ。ゲへへ、私お金様のためなら何でもやりますぜ。だからどんなに精神が削られようとも涼しい顔でファンサービス~!

 

 

「応援ありがとう! 小鳥ちゃんたち! 今日の試合は楽しめたかい? よかったら次も観に来てくれ!」

 

 

軽い投げキッスをプレゼントし、役者がするような気取った礼をする。その瞬間上がるご婦人方の歓声。いや何が小鳥ちゃんだよ、頭おかしいんか? はぁ、もうね? すごいちんどい。でもお金ちゃんのためにはやめられないの。ほら今日も一番のお客様である元老院議員の奥様が来てるでしょ? あの人すごい貢いでくれるし剣闘士の身分じゃ一生食べられない果物とか送ってくれるからさ。絶対に手は抜けないのよ、もし私に飽きたり、他に推しが出来ちゃったりしたらもう大変。でも贔屓しちゃうと他の人とのもめ事に繋がっちゃうし、私に『お金で動く』ってイメージが付きかねない。

 

というわけで応援してくるみんなのことが大好き! 声援に全力で応えるお姉さま、ってイメージを維持しながら全力で公平に愛を振りまいていく。う~ん! ビクトリア様はみんな(お金)のために頑張りますよ~!

 

 

「ビクトリア様、そろそろ次の試合が始まりますので。」

 

「おっと、そうだったねアル。とても名残惜しいけど、失礼するよ! 他の人に迷惑かけちゃだめだからね。君たちとまた会える日を楽しみにしている!」

 

 

背筋を張り、優雅に。だけど足早に。もちろん手を振り笑顔を忘れず。

 

追いかけようとするファンが職員に押さえつけられるのを横目にその場から離れる、たまに警備を抜け出して控室前まで押しかけてくる方もいるから最後まで気が抜けない。たとえ次の試合に出るために歩いていた剣闘士とすれ違った時、すごい哀れなものを見るような目を向けられたとしても気にしない。同じ宿舎で生活してるこいつからすれば今の私はほんと笑い者。確かに宿舎でいるときの私と全然違うけど、もうこういうキャラ付けで通っちゃったからやめるにやめれんのよ!

 

何とか控室までたどり着き、部屋の中に入る。中に誰もいないことを確認した後、アルがしっかりと鍵を閉めたことを確認。

 

 

「……もう大丈夫かな?」

 

「はい、お疲れ様です。ジナさん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁあああああ、つかれたもぉぉぉおおおおん!!!!」

 

 

 

 

 

そのまま備品の椅子に体を投げ捨てる。

 

 

「いつ見てもそうですけど仮面の被り方ヤバいですよね。」

 

「言わないで……、それに次、君だよ?」

 

「……そうでした。」

 

 

ようやくお仕事の時間は終わり、試合のおかげで高揚していた気分は無理矢理上げていたせいか急降下。精神に多大なダメージを与える『ビクトリア』という役のせいもありもう疲労困憊だ。叫び声ぐらい上げないとやってられない。

 

 

「ほ、ほら。あの元老院の奥様に頂いた果実持ってきてますし、早く食べて撤収しましょう? 交代まで時間あまりないですし。」

 

「はぁぁぁぁぁあああああ……、そうだね…………。」

 

 

控室、って言っても今日一日ずっと使えるわけじゃない。まだまだ後ろに試合は控えてるし、この部屋を使う予定の奴らはたくさんいる。トラブルにならないためにも早めの撤収が基本なんだけど、もう疲れました私、休憩!

 

彼女から渡された果物、ブドウを口に放り込む。歯を立てると同時に口内へと流れ込む甘い果汁。あぁ、マジで甘いものがなきゃやってられん。房からもう一つの実をとり口の中へ投げ込んだ後、アルにも少し分けてあげる。

 

 

「ま、でも今日もちゃんと生き残れましたし。ヨシとしますか……、アルちゃんも順調に仮面被れるようになってきたし? ほらお食べ。」

 

「いいんですか! 頂きます!」

 

 

剣闘士ってのはよく死ぬ職業だ。だからこそ生き残ってる奴は注目されるし、人気も集まる。単に強さだけで大量のファンを獲得する奴もいれば、私みたいに役作りして成りあがる色物もいる。そこら辺は結構人によって違うけど、共通して言えることは生き残っている時間が長い剣闘士ほど金を生み出すってこと。

 

つまり奴隷の主人たちは如何に剣闘士として長生きさせるか、ってのが腕の見せ所になってくる。

 

死なないような試合のメイクや、日々の生活の保障。私の場合だと、最初は大広間で雑魚寝とかだったけど、人気を得た今では個室も貰えてる。この控室だって最初のころは大部屋にこれでもか! と詰め込まれてたんだけど、今じゃ家具付きのお部屋を予約してもらえる好待遇だ。

 

 

「うぅぅぅぅん! やっぱりおいしいですよね! ジナさん!」

 

「だねぇ。」

 

 

ま、そんな風に金を生み出す剣闘士には試合に出る以外にもお仕事がある。それが後進の育成ってやつだ。ぽんぽこ毎日死んでいく剣闘士の中に、後々大成するような奴がいたら大損害。だからこそある程度一人歩きできるようになった奴は才能が有りそうなやつを見つけて指導するという業務がある。たしか名前は舎弟制度だったかな? まぁつまり簡単に言うと弟子を取れ、ってやつだ。

 

ただ教えるだけだと師匠側に旨味がないので、教わる側は指導のお礼として雑用になるって感じ。さっきみたいな控室までの誘導とか、日々の生活のお世話とかそういうの。ファンの方々からもらった品の整理とかもね。

 

んで、今果物で頬を緩ませているのが私の弟子。『アル』ちゃんだ。

 

ウチのご主人が「顔がいい」ってことで買った奴隷なだけあって結構綺麗な顔をしている。私がこの子に教えてるのはもちろん剣闘士としての生き残り方だけど、メインは『役作り』。どうやって自分を売り込むか、って内容だ。

 

さっき私『次は君だよ?』って言ってたでしょ?

 

どうしても剣闘士って殺し合いのお仕事だからさ。どんなに用意してても死ぬときゃ死ぬし、運よく生き残れたとしてもいつ体が動かなくなるかわからない。ほぼ毎日殺し合いする仕事だし、剣闘士としての寿命はどうしても短くなってしまう。

 

目の前のこの子に求められているのは『次の私』。

 

ご婦人でも野郎でもいいから観客から黄色い声援を受けて金を巻き上げる客寄せパンダのレールが敷かれてるってわけ? 私はそれのうまい付き合い方、どうやればパンダとして振舞えるかを教えてる。

 

 

「ま、無駄になるかも。いや無駄になって欲しいんだけどね?」

 

「? 何がですか?」

 

「い~や? なんでも? さ、そろそろ次のやつ来ちゃいそうだし帰りの支度しますよ。」

 

「あ、はい! わかりました!」

 

 

でも流石に10ぐらいの前世で小学生ぐらいの子に殺し合いの世界に入ってほしいと思うほど私の精神は死んでないんだよね。

 

聞いた話だと外も外で戦える力はいるらしいから、剣とかそういう指導をするのはいいんだけどさ。

 

やっぱり、もぉ~っと金稼いで目の前のこの子ぐらいは解放してあげないとねぇ。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ジナ、この中から選びなさい。」

 

「はい、ご主人。……何人ぐらい取った方がいいのでしょうか?」

 

 

彼女と出会ったのは大体……、私が今のやり方。ビクトリアという大層な名前を使って演技するようになってからのことだ。わざわざ髪を青に染めて、肌の手入れをちゃんとするようになったころ。その時にはもう自分の戦い方やスキルの習熟がある程度確立してて、“ビクトリア”って言うキャラクターの方針も固まってこれから名を上げていくぞ、って時。

 

一応剣闘士として一人前になった、ということでご主人様からお祝いとして“ビクトリア”にふさわしい防具と武具を頂いた。白がメインのまさに姫騎士、って感じの装備。そういったものに詳しくないから解らないけど、明らかにそれまで私が使っていた数打ちの装備とは比べ物にならないぐらいの高級品だった。

 

そんなピカピカの装備を身に着けて連れてこられたのがあの奴隷商館。運が良いのか悪いのかは知らないけど、自分が買われた商館と一緒。子供がちょうど多く入ったからそこにしたらしいが……。まぁ私を買ったのは今の主人の先代だ。知らなくても無理はないだろう。

 

 

「1人からでいこう、様子を見て増やすかもしれないがね。」

 

「……了解です。」

 

 

かなり質のいい装備、まるで鑑賞用の様な高級品を渡された時から怪しく思っていたが……、案の定厄介事だった。一人前のお祝い&これからの厄介事の前報酬&それを着てもっと大きく稼ぎなさいってことみたい。まぁそんなことだろうと思ったけどさ……。

 

傍から見れば優しそうな顔をして恰幅のいい商人とそれに付き添う綺麗な女騎士、って感じだろうがその中身は金にしか興味のない守銭奴な剣闘士のオーナーに、顔は引き締めてるけど内心駄々っ子のように喚き散らしたいと考えている私だ。この装備返すんでナシってことには……、あ、はい。ならないですよね。

 

 

「商人殿。」

 

「傷つけなけりゃ触ってもらっても構いませんで。全員公用語も大丈夫でさぁ。」

 

「感謝を。」

 

 

どうあがいても逃げ切れそうにないので、諦めて自身の弟子となる子の吟味を始める。

 

ご主人サマが私に子供を弟子として任せるってことは、私にはそいつを一人前になるまで育てる責任が発生する。しかもその過程でその子にケガさせるのはダメ、もちろん死なせるのも。剣闘士としての価値を損ねないまま大人にする必要が出てくる。ウチの人がどんな方針かは知らないけどよその剣闘士から聞いた話じゃ、もしその子の価値を損ねてしまった場合。その損額分は師匠である私が払わないといけないらしい。

 

ま~じでやってられない。

 

基本弟子を取るときに判断する要素としては、年齢や性別。体つきとか柔軟性。あとは体を作るのに必要な食事はどれだけ食べられるのか、後は単純な筋力とか判断力とか反射神経とか? あとは動体視力とかも調べる必要があるだろう。

 

その上私には“ビクトリア”っていうキャラクターがいる。普段の私と、剣闘士としての私。そういうのをちゃんと判別できて、秘密を守れるぐらいの真面目さと危機管理能力も。いやむしろさっき上げた要素よりもこっちの方が重要かもしれない。

 

 

(面倒なことになった。)

 

 

全部で20人くらい、一列に並べられた子供たちを眺めながらとりあえずその前を歩いていく。

 

マジでどうしましょうかねぇ? 真面目さとかそういう危機管理能力とかこの場じゃ解らない要素だし……。というかそもそも私が人にものを教えてもいいのか、っていう問題もある。剣だって我流だし、スタイルは私しか使っているのを見たことがない『加速』頼り、その上前世の記憶を元に作り上げた役を演じる売り方をしている。誰かに教えられるようなものじゃない。

 

……まぁとりあえず、ちょっとばかし試してみますか。

 

 

 

 

 <加速> 三倍速

 

 

 

 

“今”の私ができる負担のない速度で子供たちの前を歩いてみる。とりあえずは動体視力のチェックだ。

 

一番早く反応した子を……、おん?

 

 

 

 

 

……この子、見えてる?

 

 

 

 

 

三倍速ってのは数字にすればそこまでだが、実際目の前に現れれば結構な速度だ。だって時速40㎞で走ってた車が120㎞になるんだぜ? それが目の前で急に現れるんだ。普通はすぐに反応なんかできない。車よりは速くないけど、私だって一端の剣闘士。速度重視の戦い方をするおかげで踏み込みの速度には自身がある。

 

しかもこの子たちはこれからの自分の人生が掛かってるわけだからずっと真剣に私のことを見てた、緊張してたわけだ。普通なら目で追いかけるなんてできないし、加速している私自体スキルなしじゃ目で追えるかわからない。……それを、この女の子は反応している。

 

 

あたりじゃん。

 

 

スキルを解き、彼女の目の前に立つ。

 

 

「君、名前は何という。」

 

「あ、アルです!」

 

 

緊張からか、武装した者が目の前にいるせいか。声を震わせて自身の名前を言う。……うん、いい顔だ。表情が、じゃなくてこの子の顔自体が整っている。人気商売に顔の良さってのは一番重要だ、不細工な奴と綺麗な奴、貢ぐならどっちがいいと聞かれて大半のやつが後者と答える。

 

 

「いい眼をしている。」

 

「あ、ありがとうございましゅ!」

 

 

アルの頬に手を当て、顎へと指を回す。

 

顔を持ち上げ、私と彼女の距離を縮める。

 

そっと耳に、優しく語り掛けるように。

 

 

「やる気は、あるかい?」

 

「にゃんでもしましゅ!」

 

 

 

よし、かわいい。

 

 

 

「ご主人、この子にしよう。」

 

 

 

 

 

 

これが、私とアルがあった時の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 





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