TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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21:最後のひとり

 

 

 

アルちゃんと一緒に深く外套を被り、闘技場の中を歩く。

 

準決勝まで進むと試合数も少なくなったせいか、試合と試合の間にあるクールタイムが大きくなるみたいで。私が気絶しちゃっても十分に間に合うような感じ。ちょうどさっきまでいて帰る人と新しく入ってくる人たちが作る波の中に入れたらしい。ちょうど今は、カモの親子みたいに前の人たちの後ろを付いて行きながら指定の席を目指してるところだ。

 

 

「……師匠、肩かしましょうか?」

 

「ううん、大丈夫。歩けるよ。」

 

 

大丈夫、と言ったのだがそれでも彼女は心配みたいで。いつもは私が手を引くのに、今日は彼女が先導してくれる。なんかもう介護されるような年になったみたい。もう毒は全部吐き出せたみたいだし、今の私の状態は単に疲れてるだけだ。そこまで心配してもらわなくていいのにねぇ? というかアルちゃんと私の身長差じゃ肩かしてもらっても、差があり過ぎてコメディみたいになっちゃいそうじゃない?

 

 

「あ、愛弟子。行き過ぎてるよ。」

 

「…………あ!」

 

「ほら、一回下まで降り切ってUターンするよ。」

 

 

頑張って私を先導してくれたけど、まだちょっと緊張の方が勝ってたみたい。チケットに書かれた番号と今いる場所を見比べ、行き過ぎたことに気が付きアタフタする彼女。か~わい。……まだ私が面倒見てあげなきゃねぇ。

 

大きさだけで言ったら前世見た野球場とそう変わらない、一回降りてまた登って列に入り込むってのは結構な労働ではあるけど、こんなのでヘタるような鍛え方はしてないからね。体は重いけどチャチャっと戻って目的地まで辿りついた。最後までアルちゃんは頑張って先導してくれたけど、ちょっとだけ早足になってたのは秘密。フードで顔は見えないけどお耳とか真っ赤じゃない?

 

 

「っと、座れた座れた。……にしても準決勝となるとすごいことになってるねぇ。」

 

 

私たち剣闘士が戦う下はいつも通り、何もないまっさらな場所が用意されているけど観客席の盛り上がりは試合が始まってないのに絶好調だ。前の世界の歓声ならさっき私が下で殺し合いしてたんですよ、って言ったら絶対信じてもらえないレベルの熱狂具合。野蛮、とは言わないけどなんというかこのすれ違ってる感覚はずっと私の中で残り続けるんだろう。

 

そんなことを考えながら、自身の両手を見る。

 

何もない、綺麗な手。剣を握っているからこその跡みたいなのは残っているが、手入れには気を付けているおかげか何か外傷があるわけではない。さっき掛けてもらっていた治癒魔法の効果もあるだろうけど、戦いをする人間の手ではない。

 

瞬きをし、もう一度見る。

 

 

 

真っ赤。

 

 

 

手自体は綺麗なのに、不気味なほど血で汚れている。どれだけ洗っても、どれだけ手入れしようとも、消えない死の香り。積み上がっていく骸たち。私の糧になっていった弱者たち。それを築き上げてしまった手がここにある。

 

自身が死に近づいたせいか、それともさっきまで戦っていた彼女のせいか。より鮮明に見えてしまう。

 

骸たちは何もしてこない、死体だからだ。だけど、それを見る私にはずっと罪悪感に近いものを覚えている。最初から最後まで生き残ることを考えて、自分がどう思われようと気にせず、使えるものはすべて使う。最後に突き刺されたあのナイフも、生き残るために、私を殺すために戦い続けた証。おそらく私と同じように生き残るために、この地獄から抜け出すためにこの祭りに参加したのだろう。希望を描き、それを実現するために。

 

あぁ、そういえば。私が最後の刃を振り下ろした時、あの子笑ってたっけ……。

 

 

「……ファンなら、名前聞いても良かったかな。」

 

 

死んだモノに言葉を話す権利などない、そいつを殺した私はそもそも聞く権利すらない。いずれ顔も声も薄れていくだろうけど……、できる限り覚えておくことにしよう。それに、いつか私が死んだときにあっちから話しかけに来るのだろうから。

 

 

「ま、だ~いぶ先の話にしてやるけどね。っと、そろそろか。」

 

「みたいですね。……わたし、しっかり見ます!」

 

 

私の代わりに全部看破してやる、と気合を入れる彼女の頭を外套越しに撫でてやる。こんな血塗られた手で無垢な彼女を触ってもいいのか、みたいに女々しいことを考えていた時もあったけど、もう気にしないことにした。考えすぎれば心が壊れるし、彼女は私に触れられることを望んでくれている。

 

血塗られた手も、もう一度瞼を閉じれば何もない手に戻っている。見た目だけかもしれないけど、それでいい。

 

さて、気持ちを切り替えて試合を見るとしましょう。情報ってのはどれだけあっても困らないからね、おしりの穴の数まで全部調べ尽くしてやるといたしましょう。……え? おしりの穴は一人一つだって? まぁそうだけどここ異世界だし300個ぐらいある奴がいてもおかしくないかなって。

 

 

「考えてたら気持ち悪くなってきたな、真面目にしよ。」

 

 

明日の私の試合相手になりそうな人はお二人。両方とも男だけど、片方はなんと種族が違う。

 

この世界はファンタジーらしく結構色んな種族がいる、前見たドワーフがいい例だ。今いる帝国は人間の国家だから人間族が大多数なんだけど、他の種族がいない訳じゃない。普通に市民として生活してる奴とか、冒険者してる奴、奴隷になってる奴と様々。

 

んで今日出てくるのは、なんと獣人族の奴隷。

 

 

「私、初めてみました。」

 

「珍しいよねぇ……、奴隷狩りで来たのかな?」

 

 

奴隷だからもちろん行ったことはないんだけど、帝国を出た北東部には草原地帯が広がってるみたいで大体そこに獣人族がいるみたいだ。人間の体に獣の特徴である耳とか尻尾とかが付いたような種族。部族によって何の獣がモチーフになってるかとか色々違うみたいなんだけど、今日試合に出てくるのはオオカミの獣人族らしい。

 

 

「基本的なスペックも、その上限も人間よりも上。準決勝まで上がって来たなら技術も備えてる感じだろうねぇ。」

 

 

男の獣人族で、しかも肉食系のオオカミ。普通に戦闘向きな奴隷。腰と背中にたくさんの武器を背負っているのに、まるで何も持っていないかのように軽快に歩いている。戦闘型の獣人族が持つ、何の訓練も施さずに熟練の剣闘士を殺せるポテンシャルを最大まで引き出し、身体能力だけでは生き残れない化け物たちを相手にして、ここまで生き残って来たという実績。強敵って奴だ。

 

オーナーが集めた資料によると何か目立ったスキルとかは持っていないらしいが、その感覚器。お鼻が結構厄介らしい。

 

 

「噂では相手の考えすら匂いで読み取るらしいよ?」

 

「……なんか嘘っぽいですね。」

 

「だねー。」

 

 

実際読めるのかどうかは解らないが、鼻が優れているのは確かだろう。相手するなら最初に香辛料とか匂いのキツイものを顔にぶちまけるってのが定石かなぁ? 対策はしてるだろうけど。

 

 

「んで、次は……。」

 

 

もう一人の剣闘士は普通の人間族。

 

けどまぁ……、これを普通って言うのにはちょっと勇気というか常識の改変が必要になりそうだ。

 

身長3m、体重不明。筋骨隆々という言葉を通り越してもうなんか違う生命体としか言いようがない体。鎧も装備も身に付けず、彼が持つのは腰布と剣一本だけ。しかもその剣もかなりおかしい。剣と言うにはどう考えても太く、明らかに研ぎの工程、刃を付ける工程が為されていない剣。まぁクソでけぇ鉄の棍棒を装備してる大男だ。

 

 

「こっから見ても相当大きいのに、実際目の前に立たれるとなると……。」

 

 

厳しいものになりそうだ。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

本人たちは厳かに、観客たちは狂気に飲まれながら試合は始まる。

 

試合前に話すのって実は結構少数だからねぇ、私はおしゃべり大好きだし喋ってたら気を紛らわせるからよくするけど、変に気を惑わされたくないってのが基本みたい。ま、今から殺し合う相手と楽しくお話ししようって方が頭おかしいから正論なのよね。

 

バケモノの中でも"異形"とも呼べる彼と、故郷から離れた地で剣を振るう彼の試合は人間族の優勢で進んでいる。

 

単純なスペック差を強みにする奴は基本、自身を上回るスペックを持つ奴に対処することができない。そりゃ二の矢三の矢と、どっかのお手々だいすきな会社員くんみたいに違う能力を持ってたり、そっから逆転する手段を持ってたりするんだけど……。今回は"異形"の方が上手だったようだ。

 

ある意味、私と同じ。

 

どんな小賢しい技も、手段も、真っ向から力で叩き潰す。すべてを上回る"速さ"か"力"があれば問題はない。

 

オオカミ君が異形の攻撃を掻い潜りながらその胴体に向かって横振りを放つが、その剣はすでに異形の手の中に収まっていた。決して異形の動きは速くない、だがソレを自覚し次の手を予想する頭脳はあるようで。あらかじめ解っていたかのようにその刀身を素手でつかみ、砕く。

 

 

「えっ……。」

 

 

アルの口から驚きが漏れる。実際、私も驚いた。普通剣を握りしめれば皮膚は裂かれ、肉に到達し、血が出る。それが生物としてのルールだ、肉は金属には勝てない。……だが、あの異形はどう見ても血など流してはいない。まともな装備すら身に着けていない。腰に巻いている布は私たち奴隷が身に着けるような襤褸だし、魔化など掛かっているようにはとても思えない。

 

 

 

「スキル、って思いたいところだけど……。」

 

 

体の根本的な作りが違う獣人族を圧倒する身体能力、山そのものと思えるようなその巨体、意味が解らないほど隆起した筋肉。正直スキルとか関係なしに、たた単純にその肉体が世界の理を超えている。金属よりも自分の体の方が堅い。そう思えてしまう。パワー・イズ・パワー。パワーが全てを解決する。……おいおい、私が次コレを相手すんの?

 

どうやらオオカミ君も事前に武器破壊されることは知ってたみたいで、背中に背負う鉄塊の中から素早く次を用意し、攻撃を開始する。彼が背負う武器もミスリルが使われていることからそのすべてが数打ちじゃない、ってのが解る。ウチのオーナーが調べたところによると剣神祭が始まってから一部の工房で剣の大量生産が始められたり、買い占めが起きたりしてたらしい。オオカミ君のオーナーを始め、あの異形の相手した子たちのオーナーが頑張って装備をかき集めた結果だろう。

 

 

「……幸いウチはドロが大量に打ってくれたみたいだから大丈夫だろうけど。」

 

 

そんなことを考えながらオオカミ君が翻弄されるのを眺める。まるで花粉症のティッシュのように剣が振るわれ、破壊され、新しいもので切りかかっていく。薬を飲んでも全く効かなかったときの消費速度だ。……そういえばこの世界に来てから花粉症になってないな。ヌへへへ! スギ花粉メ! 異世界までは追ってこれないだろう!

 

 

「(また師匠小声で変なこと言ってる)……師匠、あの獣人族の人の攻撃。絶対当たってると思うんです。」

 

「当たってる?」

 

「はい、なんというかちょっと離れててよくわからないんですけど……。少しだけ赤いのが見えたような?」

 

 

当たっている、アルが言うこれは多分単純に剣が異形の体に当たっているという意味ではなく、ダメージが通っているという意味で言っているのだろう。実際あのオオカミ君のスピードは結構速いので、異形が対応できずに何度か胴体に攻撃を喰らっている。だか血が噴き出るとかそう言う目に見えるダメージがある感じではない。全部筋肉で防御してるのかと思ったけど……。

 

 

 

 

<加速> 五倍速

 

 

 

自身の速度を切り離し、眼を凝らして異形の肉体を見つめる。

 

ちょうど、スローモーションでその胴体を切りつけられる異形。……確かに、一瞬だがその肉体の表面に赤い線が入っているように見える。が、剣を振り抜く前にその線は消えてなくなってしまう。元からそこに何もなかったように。

 

『加速』を解く。

 

 

 

「…………再生能力持ちかぁ。」

 

 

 

なんでこう、このお祭りには化け物しかいないので?

 

もしかしてあれか? 超回復みたいに肉体の疲労とかも"再生"するタイプかお前? 鍛えたら鍛えた分だけ強くなって再生するタイプかお前? 『再生』じゃなくて『超回復』か? 『強化再生』か? そんな名前のスキルあるか知らんけど、明らかにダメでしょ。トレーニングしたらすぐに体に反映された結果、今、文字通り化け物になってるんでしょお前。

 

えぇ……。

 

 

 

「どうしよ……。」

 

 

 

私が思い悩んでいるうちに、勝負はついていた。持ってきたすべての武器を握りつぶされた後。その拳だけで勝負を仕掛けたオオカミ君、異形も異形でそれに応えたのかはわからないが、クソ重い武器を投げ捨て拳同士での勝負へ。

 

頑張って殴るオオカミ君だったが全く効かず、まるでお人形を掲げるように持ち上げられた後。ギュ、っとして殺された。詳細は話さないでおく。

 

 

 







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