TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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30:出発~

 

「帝都から出て、一日野宿。ララクラを経由して……、二日ぐらい野宿? そしたら到着な感じ。」

 

「小旅行か。……魔物避けの香は買ったのか?」

 

「もちろん、余分に買ってあるよ。」

 

 

旅行の簡単な工程を気の許せる友人と雑談する、未だ交通網の整備どころか内燃機関がない世界だと10日以上の移動はザラにある。私からすれば"小旅行"、ではないんだけど彼らの感覚からすれば、そんな感じらしい。ま、こんな楽しい雑談を聞けば優雅なお茶の時間でも思い浮かべてしまうだろうが、実際はうるさいほどの剣撃が、金属と金属が衝突し、摩耗する音が絶え間なく鳴り響き続ける。

 

私からでも、タクパルからしても、こんなお遊戯は準備体操にもならない。型に嵌った何の面白みもない剣、『三倍速』という"遅い"速度で振るえば片手間に雑談なんか余裕ってもんだ。最近ようやく七倍速に体が追いついて来た感じだし、タクパルだってずっと前に進み続けている。二人とも衰えが来るのは、まだ先だろう。

 

 

「っと、まぁこんなもんでいい? タクちゃん。」

 

「あぁ、構わん。」

 

 

数百ほど打ち合ったあと、汗ひとつかかずに剣を納める。お互いに鈍っていないかの確認の意味もあったけど……、大丈夫そうだね。

 

 

「というわけで"ジナちゃん"のお遊戯会はおしまい! 私もタクちゃんも全然疲れてないのは見たらわかると思うけど、キミらでもまだ目で追える程度に抑えてるからね? これがてっぺんだとは思わないように。解ったかね、ニュービーたち?」

 

 

フレンドリーなジナちゃんとして、新人たちに教えを説いてあげる。つまりさっきまでのタクパルとの模擬戦は彼らに見せるためにやっていたのだ。

 

実はちょっと別件というか、私宛の荷物が宿舎の方に届いちゃったって連絡を受けてね。そのまま置いておいてもらうのも悪いから、ってことで旅に出る前に直接取りに来たのよ。そんなに重い物でもないし、取って帰ればそのまま出発するつもりで鎧とか装備を付けたままやって来たんだけど……。ちょっとタクパルに頼まれちゃってね。

 

 

『新人が来たから軽く"戦闘"というものを見せてやりたい、変に自信のある者もいてな。確かに持つスキルは強力なのだろうが……、如何せん実力不足だ。』

 

 

ってことで急遽予定を変更して模擬戦をやった、って感じ。まぁタクちゃん的には『ジナちゃん市民になって気が抜けてない? ちゃんと鍛錬してる? 何かあったときに力がないと困るよ?』って気持ちもあったんだろうけどね? ほぼ毎日顔合わせていた知人だし、時間も取らないだろうから受けたってわけ。当初の目的通り、新人君たちみんなが青い顔してる。そうそう、気を抜いたら普通に死ぬからねぇ? "傲慢"さは重要だけど、それをさらけ出したいのならタクちゃんに圧勝するぐらいしなきゃ。

 

 

「では、各自訓練に励むように。……出口まで送ろう。」

 

「悪いね。」

 

 

彼の号令に従い素振りなどを始める新人君たちを見ながら、二人で出口まで歩く。元々三人の弟子を持つタクパルだったけど、私が剣闘士の世界から離れた間にいつの間にか先生みたいなことをしているみたい。まぁ面倒見いいもんね、キミ。

 

 

「それで? ウチの稼ぎ頭さんのお弟子君たちはどうしてるの?」

 

「少しずつだが独り立ちの準備を進めている。オーナーから新人たちの面倒を頼まれたこともあってな。良い機会だからと一度好きにやらせようかと思っている。」

 

「へ~。」

 

 

少し懐かしさを覚えながら宿舎を眺める。闘技場。剣闘士の世界の中心で諸悪の根源みたいな、あの空間には正直二度と行きたくないが、宿舎はまた別だ。人の入れ替わりは激しかったけど、知り合いに友人に、アルとの思い出がここに残っている。ま、悪くない場所だよね。実際少しずつだけど、生活の質が上がってるらしいし。

 

 

「ほんとはオーナー、剣闘士の案件全部閉じたいらしいんだけどね? 奴隷商人とか剣闘士の組合とかの付き合いもあってなかなかやめられないんだと。だから比較的強そうなやつを買って、タクちゃんに育てさせて、次の私たちを作るんだってさ。」

 

「……そうか。」

 

「実際、好きでしょ? 誰かに教えるの。」

 

「ふっ、まぁな。」

 

 

言い方は悪いが、数字で見れば面白いほどの数が減るのが剣闘士だ。関係を持った奴、仲良くしてた奴が消えて、その翌日に自分も消えるなんてよくある話。だから剣闘士が誰かに入れ込む、ってのはあんまりないんだけど……、こいつは別。アルが来るまで最低限の関係すら拒否していた私とは違い、人として向き合い、乗り越え、生きてきた奴だ。

 

そこまで年は行ってないけど、子供とか若人が好きで、色々教えちゃうタイプなわけ。

 

 

「ま、悪いようにはならないと思うよ。私で大分儲けたらしいし? それ使って何しようとしてるかは知らんけど、あの人は奴隷の死を損失として考えて、無くそうとする人だ。冗談は通じないけど、お金には敏感。"損してる"って思ってるのなら大丈夫そうじゃない?」

 

「確かに、そうだな。」

 

 

実際、彼は殺しナシの大会を作ろうと考えていることは伝え聞いている。使い捨ての剣闘士ではなく、何度も使い成長し続ける剣闘士を。

 

私レベルとまでは行かないけど、人気のある選手を多数集めて、競わせる。そして人気が出たらグッズとかの販売で稼ぐ。まぁ簡単に言うとあの人、剣闘士をアイドルにしようとしてるんだよね。明らかに私の成功で味を占めてる。……ま、それをやってくれるのならいいんだけどさ。頂点の座は当分渡さないよ?

 

 

「軌道に乗るころにはタクちゃんも引退してるだろうし、そん時はのんびり後進の育成でもしたら? ほら、剣闘士用の戦術学校とか作ってもらってさ、教官やるの。好きそうだし、向いてそう。……っと、もう着いちゃった。」

 

 

後ろで纏めていた髪を下ろし、意識を切り替える。宿舎の中にいる人は基本契約で縛られている、それに言いふらすような奴もいない。だけど宿舎から出てしまえば、私はビクトリアとして振舞う必要がある。ほんとは市民になった瞬間に捨てようかと思ってたんだけどね? まだまだ使えそうだし、気を引き締めていかなきゃなんですよ。

 

 

「タクパル、時間を取らせて悪かったね。何かあればいつでも呼んでくれ。」

 

「……あぁ、ではな。ビクトリア。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、いたいた。」

 

 

普通に地上を歩くと人の目に留まってファンの方々が寄ってきそうだったので、あの時と同じように屋根の上を走っていると、ようやくアルたちの姿が見えてくる。お願いしてた準備、ちゃんとしてくれてたみたいだ。……え? 街の空飛んで怒られないかって? うん、もちろん一回怒られたよ。

 

いや普通に衛兵の人に見つかってね、この前衛兵隊の隊長さんがわざわざウチまで来て『危ないですし、歩行者が空を見上げてケガしてしまうかもしれないので……。』って感じに『次やったらしょっ引くからね?』ってことを言われた。まぁ普通に帝都全体の防衛的にも迷惑だから仕方ないよね。それに自然に崩壊した屋根とかがあった時、『壊したの踏み込み過ぎたビクトリアじゃね?』って判断されるかもだから、やめておいた方が無難ってことを教えに来てくれたのだ。

 

……でもまぁその時にはもう、ね。アルを人力ジェットコースターにしたことが熱心なファンの皆様、特権階級である貴族のお嬢様方にバレててね? というかその場にとある子爵令嬢が来ててね。『私にもやって♡(脅迫)(札束ビンタ)』状態だったもんだから……。

 

残念ながら衛兵隊長さんは平民上がり、この国のパワーバランス的に貴族に反発できるのは同格かそれ以上の権威を持つ者だけ。震えながら『ごめんちゃい、ゆるして』って懇願する隊長さんに、『わたくしの恋路を邪魔するなら容赦しませんわ!』な子爵令嬢に、なんとかその場を収めようとする私。いや~、大変だった。

 

 

「ま、そんな感じで好き勝手飛べるわけだけど……。急いでるときぐらいしか使わないし、許してくれるとありがたいかなぁ……。」

 

 

また今度詰所とかに差し入れとか送っとかないとねぇ。色々世話になってるわけだし、治安維持組織と仲良くしてて悪いことはない。ま、そんなことは置いておくとして……。空からアルの真後ろに着地する。衝撃と、金属音が鳴り響く。

 

 

「ぴゃッ!」

 

「おまたせ~。」

 

 

鍛冶師のドロのところであつらえてもらった革製の防具に身を包んだアル、ちゃんと武装出来ててえらい! と褒めてあげたいところだけど……、後ろに何か来たらすぐさま剣を抜いて切りかからないとダメでしょう? エブリデイゴルゴ13じゃなないと生き残れないぞ♡

 

 

「か、勘弁してくださいよ……。あとゴルゴって誰ですか。」

 

『私たちからしても心臓に悪いからやめて欲しいわね。』

 

『ですです~。』

 

「ありゃ、味方無しか。ごめんね、反応が可愛いからつい。」

 

 

お姉さん系の話し方をする"ルぺス"に否定され、のんびりな"コピア"もそれに賛同。まぁ普通人間って上からの攻撃とかマジで無防備だからね、元々警戒してなきゃ驚くのは当たり前。アル自体びっくり系は苦手みたいだし、お馬さんも基本大きな音は苦手。……うん、どう考えても私の方が悪いですね、反省いたします。

 

 

「……うん、一度ちゃんと荷物纏めると二人に来てもらってよかったね。」

 

 

そう言いながら、二人。二頭の馬を見る。両者ともに鞍、そして簡単な馬用の防具をしているが、コピアの方はそれに追加して簡易なテントや食料品、硬貨などと言った荷物を背負ってもらっている。対してルぺスは何もなしだ。

 

これは単純に、運ぶものの重さの関係。ルぺスの方には武装した私が乗って、荷物を持っているコピアの方には軽いアルが乗る。そうすると大体同じくらいの重量になるわけだ。……いや、若干私の方が重いかな? 鎧とか結構な重さだし。

 

 

「あ、そうだ師匠。この大きな槍はもっていかなくていいんですか?」

 

「うん? あぁ、それね。いらないいらない。それに私槍とか使えないし。」

 

 

うんしょうんしょと運んできてくれた大きな白い槍、アルの皮鎧や馬用の防具を注文した時にドロが『やっぱランスチャージこそロマンやろ! というわけで気が付いたらなんか出来とった! 姉ちゃんのおかげで最近調子ええからな、持っていき!』とプレゼントされたソレ。私の体ぐらいある馬上槍で、アルだけでなく馬の彼女たちにも人気な品であったのだが……、如何せん私に槍の知識はない。歩兵用の槍ならまだしも騎乗兵用の槍とか扱い方ワカンナイ……、ということでコイツはお留守番だ。

 

 

「よし、じゃあアルが準備頑張ってくれてたみたいだし……、行きますか。忘れ物はないかい?」

 

「はい! 戸締りもちゃんとしておきました!」

 

「うん、ありがと! じゃ、ルぺスにコピア、頼むよ!」

 

『了解!』

 

『はい~!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱ弱くない?」

 

 

そう言いながら剣を振るうのは、とんでもない速度で動き始める私たちの購入者で、新しい主人。

 

 

「ここまで弱いとなるとアルの練習相手にしてもよかったかも。」

 

「えっ! や、やめてくださいよ……。さすがにまだ実戦は怖いです。」

 

「そっか~、ならやめとくか。あ、でも。実際どう? 正直ゴブリンぐらいならアルでも行けると思うけど。」

 

「そうですか?」

 

 

襲われているのに、明らかに動じていない。人間の幼子である彼女も、私たちの主人も。十数頭の魔物たちが一瞬にして肉塊へと変えられていく。そして、心底恐ろしいことに返り血一つ浴びていない。妹のような彼女も、それがおかしいとは全く思っていない。

 

 

「にしても。帝都付近だし、ある程度間引かれてるって聞いてたけど……、思ったより出てくるんだね。」

 

「ここから森が見えますし、あそこに潜んでいたんでしょうか。」

 

「『普通なら十数人の団体が通るのに、今日は運が良いことに二人しかいない。』って思っちゃったのかな? っと終わり! アル~、全部燃やすから火種出して。」

 

「あ、はい!」

 

 

 

 

 

 

"テイト"と呼ばれるとても大きな町から数時間ほど歩いたところ、私たちの購入者である"ビクトリア"や"アル"、私たちが生まれた厩舎のころからずっと仲の良かった"コピア"と雑談しながら目的地に向かって歩いていた時。私たちは魔物からの襲撃を受けた。

 

距離は離れていたけれど、私だって魔物くらい見たことがある。基本的に人間よりも強くて、こちらの害になることしかしない化け物たち。色々な種類がいて、私たちでも勝てるような小さいのもいれば、どうあがいても勝てそうにない大きいのもいる。厩舎にいたころは"ボウケンシャ"と呼ばれていた人間たちがどうにかしてくれたし、襲いに来るとしても私たち馬よりも、もっと弱い動物を狙っていた。

 

だけど……。

 

運が悪いことに、私たちは魔物に狙われてしまった。その時はまだ知識がなく、その大きさで判別していたのだが、どうやら豚の魔物である"オーク"と、小鬼の魔物である"ゴブリン"の混成部隊が襲い掛かって来ていたようだ。オークが6に、ゴブリンが17。訓練された人間、一般的な冒険者が10人は欲しいぐらいの数。

 

当時の知識のない私でも明らかに理解できた、すぐに逃げなければいけない。

 

そう思い自身の新しい主人に進言しようとしたのだが……。

 

 

「うん、あれぐらいなら大丈夫。アル~。いやなら目を瞑っときなさいな?」

 

「大丈夫です!」

 

「あ、そう? なら……、ㇱ!」

 

 

何の異常事態も起きていない、そんな声色で私の背を叩きながら、彼女は私から降りる。剣を抜くのか、という私の予想に反し、地面に落ちていた人の拳より一回り小さい石を拾い上げ……、彼女は投擲する。

 

その瞬間、魔物の頭がはじけ飛んだ。

 

 

『『え』』

 

 

コピアと私の声が重なった瞬間、隣にいたはずの主人が、魔物たちの前に出現する。驚きのあまり瞬きをしてしまうが、一瞬視界が暗闇に包まれ開かれた次の光景は、さっきまでこちらに向かって走っていた魔物たちの死体だった。

 

"ビクトリア"や"アル"が何も起きなかったかのように雑談をしていると、いつの間にか魔物たちは全て物言わぬ塊と化しており、赤い血の池が出来上がっていた。その傍にいるのは、全く汚れていない純白の鎧で身を包んだ私たちの主人。まるで今から買い物でも行くのかという雰囲気で、魔物たちの死体に火をつけている。

 

 

(コピア、これ私の目がおかしくなったわけじゃないわよね?)

 

(たぶん私もおかしくなってるので獣医さんに診てもらった方がいいです~。)

 

 

 

 

 

 

 

((怒らせないようにしとこ……。))

 

 

いや強いとは聞いてたけどここまでとは思わないじゃん……。

 

 

 

「師匠、魔石とかは取らないんですか?」

 

「解体したら手、汚れちゃうでしょ? 洗うの面倒だし、今は距離稼いだ方がいいしね。」

 

 

 

 

 

 

 






踏文 二三 様(@HUMIhumi_0224)様から表紙イラストの方を頂きました、この場で共有させていただきます。本当にありがとうございます!



【挿絵表示】




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